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<東京怪談ノベル(シングル)>


探偵《見習い》物語

 草間武彦の本来の席は机であるが、必ずしもそこに治まる訳ではない。膨大な依頼書で積もった山と、何よりもその内容である《怪異》にうんざりして心理的な頭痛を覚えた頃、妹が出かけてる場合やれやれとお決まりのセリフを一つ呟いてから、カバーが所々剥げているソファに身体全体を乗せ、ぐったりと寝る、のだが、
 ブゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!「うお!?」
 突然何かを投げつけられたようにのけぞる草間。響いたのは呼び出しブザーの音であるが、これぞ興信所名物、軽やかなピンポーンに取って代わる前の、鉱石ラジオに時代を並べる遺物で、唯呼び出すという一点のみを目的としての設計は、大きさの質量が物理的に作用するくらい膨大なのである。それもとびきりギザギザにとがって、いちいち心臓にめがけてくるのだから堪らない。勿論この暴力は呼び出される側だけでなく、呼び出す側にも行使されるのだが、何故だかブザーは鳴り止まず、ブブブゥブブブゥブブブブブブブブゥと三三七拍子をとる始末、堪らず立ち上がり、左耳を人差し指で栓しながら玄関へ、開ければ、
「何を不可解なリズムを刻んでるんだお前はっ!」
 と、ブザーに負けぬよう力いっぱいの突っ込みをした相手は、
「不可解なリズムじゃありません、モールス信号でア・イ・ン・ラ・イ・ホ・ウと」
「……呼び鈴はそういう物じゃない」
 アイン・ダーウィン、東南アジア生まれでサイボーグとか詳しくは個人でお調べくださいこんちくしょうで、草間武彦とは同じ風呂に浸かった中と書くといらぬ誤解を招く恐れがあるがまぁそんな感じである。
 とにかくこのボタンマニア、ほっとけば何時までも押し続ける。傍迷惑を入り口に鎮座させていては他の客も寄り付かないので、渋々草間は中に招いた。すると、所長が用件を聞くよりも早く、
「早速ですが仕事ください!」
 ときたもんである。いきなりの発言に、草間武彦頭を抱えて、
「お前、探偵って仕事がなんだか知ってるのか?」
「勿論ですっ!世に跋扈する魑魅魍魎をやっつける仕事でしょ?」「全然違うっ!」
 さっき座ったばっかりの椅子から立ち上がって突っ込んだが、
「え、でも草間さんの所に入ってくる依頼って、そんなものばかりじゃ?」
「……それこそが一番の怪異だと思うんだがな」
 本人の意思とは関係なく、まともな仕事が来ない事はここに集う者の常識である。
 まぁともかく人手が増えるのは助かる事だ。仕事の依頼書を漁り始めて、「最初はこんな物でいいか」と、柔軟な肢体を持つ気ままな四本足のお嬢様の捜索、つまり猫探しでも押し付けてみた。


◇◆◇


 結果、
「どうですか草間さんっ!俺ちゃんと仕事をこなしましたよっ」
「……確かにこれでもかと猫を集めてきたもんだな」
 が、
「誰が東京中の猫を集めて来いって言ったッ!?」
「そんな、東京中って程じゃありませんよ、せいぜい新宿」「充分だ!」
 という訳で現在草間興信所は猫の館。猫好き達のパラダイスであるが、野良であるからノミやらも飛び回って大変迷惑。
「いや、体中にまたたびをつけて走り回ったんですが、こんなにうまく行くとは思いませんでした」
 にこにこアインに、げんなり草間、こんなにも反応が対照的な理由は、本来の目的である猫がこの中に居ない事である。
「お前にはもうちょっと違う依頼の方がいいようだな」
 と、抜け落ちた毛まみれになった依頼書を適当に抜き取り、冷えた関係の片割れの熱を求める蝶の研究、つまり浮気調査を押し付けてみた。


◇◆◇


 結果、
「今度こそやりました草間さんっ!奥さんの浮気を依頼通り防ぎました」
「……確かに目的は達成したようだな」
 が、
「何故そこのご婦人はお前に惚れてるんだッ!?」
「いえ、浮気相手が乱暴をしようとしたので、私が一生懸命助けたら」「本末転倒だろっ!」
 という訳で現在アインの腕には麗しの未亡人が身も心も貴方にめろりんとばかりしがみ付いてる。
「だいたい、依頼書にあったのは調査までだろ?なんでそこで助けに出るんだ」
 そうタバコをふかしながら投げやりに聞けば、「だって、」真面目な顔になって、
「困ってる人をほってはおけません」
 真面目に答えた。
 少し、意外な反応。まぁある意味、こんな商売に一番必要な物かもしれぬ。
(……案外、この仕事に向いてるかもな)
 とまぁ少しは誉めてやるかと思った瞬間、鉱石ラジオから、
『り、臨時ニュースですっ!都内のSホテル地下駐車場で、893界の勢力アンドレ組の組員が皆半殺しになって転がっていましたっ!死傷者は奇跡的に皆無ですが、彼らはサイボーグがだのマッハ5だの小麦色がセクシーだの意味不明の言葉を』ブツッ。
 ラジオのスイッチを厳かに切る草間、そして、
「お前何をやってきたんだっ!?」とサイボーグでマッハ5で小麦色がセクシーに叫べば、「何って、……知りたいんですか?」と呟いた後くくくと笑っておかーちゃん怖いよう。
「………ともかく」
 最後くらいきちんと依頼を遂行させようと、不本意であるが怪異関係の依頼を取り出す草間、そして己も引率する事にする。この男、野放しにしては危険――


◇◆◇


 結果、
「やっぱり草間さんは凄いですね、女の子に憑いていた霊を、見事に引き離すなんて」
「……アイン、」「依頼料もしっかりもらったし、終わり良ければ全て良しって奴ですね」
「ああ、終わりが良ければな、だが」
 草間武彦は言った。
「お前の所為で、俺が女の子の代わりに呪われたというのが、どう良いんだ?」
 現在彼の背中には、青白い典型的なユーレイさんが。
「いえだって、女の子が苦しむよりも自分が苦しむ方がいいじゃないですか。いや、あの時の草間さんはかっこよかったな」「お前が言ったんだろ!?草間さんを苦しめろって!」
 本気で殴り倒したくなったが、憑かれていたのではその力もあらずである、ゆえ、
「そういう訳で草間さんっ!また仕事くださいね!」
「ってちょっと待てアイン!帰るんじゃないこの霊を、というかお前依頼料っ!」
 マッハ5で去っていくアインを追いかける力は無かったと。