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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『兄貴の料理』
 夜の街。
 恋人たちのデートの待ち合わせ場所によく利用される都会の中に作られた小さなスペースに気持ちのいい音があがった。
 ぱちーん。
「悪かったわね。だけど兄貴はプライドを持ってやってんのよ、家庭科教師を」
 それを目撃した人々は驚いたように大きく眼を見開き、あるいは痛そうな表情を作ったり、大きく開いた口を手で覆ったり。
 そして人々にそんな気まずい反応をさせた当の本人…男の頬を平手で殴った嘉神しえるはふんと鼻を鳴らして、ダークブラウンの緩やかなウェーブがかかった髪を翻らせると、何の躊躇いもなしに平手打ちされた頬を手で押さえながら呆然と立ち尽くす男を置き去りにして立ち去ってしまった。
 ムカツク。むかつく。ムカツク。むかつく。ムカツク。むかつく。ムカツク。
「むかつく〜〜ぅ」
 嘉神しえるは今夜のデートのためにせっかく気合を込めてセットした前髪をくしゃくしゃと掻き乱して、いつもと同じにすると、
「はぁーーー」
 大きくため息を吐いた。
 夜空を見上げる。今夜は星月夜。とても月が綺麗だ。だけど彼女の心は・・・
「はぁーーーー」
 ため息が止まらない。
 そして無性に腹がたってしょうがない。このままでは眠れそうもない。ストレスで肌が荒れてしまうじゃないか!
 あ〜〜、なんだかまた余計に苛ついてくる。くそぅ。
 しえるはまた大きくため息を吐いた。

 ******
 喧嘩の原因は何気ない会話がきっかけだった。
「待った?」
 しえるは自分よりも先に待ち合わせ場所に来ていた彼に楽しそうに微笑みながら話し掛ける。
 彼は顔を横に振って、自分も今来たところ、と、お決まりの文句を口にした。
 今夜はこれから軽く喫茶店で食事を済ませた後に映画を見て、それから彼の家に行き、しえるが彼に料理を作る約束だ。
 しえるはこの日のために、兄である嘉神真輝においしい親子丼の作り方を教わっていた。ちなみになぜ、親子丼かと言うと、雑誌のアンケートに載っていた男心をくすぐる彼女の手作り料理と言うのがにくじゃがと親子丼らしいからという理由でだ。
「じゃあ、喫茶店に行こうか。軽くサンドイッチでもつまんどこ」
「ええ。でもサンドイッチでお腹を膨らませないようにね。せっかく兄貴に美味しい親子丼の作り方を教わって来たんだから」
 と、彼女はつい本当の事を言ってしまう。
 そして彼はちょっと意外そうな顔をした。
「へー、しえるさんのお兄さんはコックさんなの?」
 まあ、そう判断するだろうな、と想いながらしえるは首を横に振って、兄の職業を口にした。
 と、その瞬間に彼が笑い出した。
 とても馬鹿にしたように!
 そして笑う彼の頬にしえるが・・・・・

 ******
 同じマンションに住む兄の部屋。
 そのドアが若干へこんでいるように見えるのは何でだろう?
 しかし、そのドアの前に立ったしえるはそんな事には何の疑問も持たずに、ビールやチュウハイ、カクテルなどが山のように入ったビニール袋5袋をさげた腕で、ドアをがんがんと叩いた。
 ドアは彼女のその行為に抗議の声をあげる。
 ただいまの時間はPM10時32分。
 しかし、しえるはそんな事にはおかまいなしだ。
 ドアは抗議の声をあげる以外は何ら変わりない。
 なに、居留守? いるのはわかっているのだ。外から見た時には部屋の明かりがついていた。
「兄貴がいるのはわかってんのよ!」
 彼女は鳴かぬなら鳴かせてみせよう、ホトトギス、って感じで、部屋のドアを叩き続けた。
 そしてその根競べはしえるの勝ちだ。
 程なくして部屋のドアが開く。
「兄貴、飲むわよ」
「あー、おまえは、っとに・・・」
 しえるの兄、真輝は色んな事に呆れた表情で、なぜか勝ち誇ったような表情を浮かべるしえるにげんなりとため息を吐いた。
 そしてそんな兄の反応は見ないふりして、彼女はわずかに空いていたドアのスペースに体を滑り込ませて、勝手知ったる兄の部屋で、ずかずかと入って行ってしまう。
 真輝はまた大きくため息を吐いた。

 ******
 先ほどの疑問。なぜに嘉神真輝のマンションの部屋のドアはへこんでいるのだろうか?
 A しえるが彼氏と別れる度に、真輝の部屋のドアを叩いて、彼の部屋に愚痴を言いに来るからだ。
 真輝もそれはもう兄の宿命らしいと、諦めて、ほとんどオールで聞かされるその愚痴に毎回付き合っている。
 ちなみに今夜、彼が居留守を使おうとしたのは、明後日の教育委員会の役員と校長、教頭、同僚の教師などの前で行う研究授業の学習指導要領やら、プリントやらの最終チェックをしていたからだ。それと、今日の帰りに浮かんだ学習素材も作りたかった。
(はぁー。やれやれ。だが、どうやら今夜はもう何もできないようだな)
 真輝はキッチンに向かいながら、心の中で泣く。
 これはまだ記憶に新しい事なのだが、以前にシエルが彼氏と別れた時にもここに来て、そしてその時は真輝は彼女の愚痴を聞きながら、というかそれを聞き流しながら期末試験の問題を作っていた。
 しかしその彼の態度にしえるはキレて、なんとパソコンのコードを抜いてしまったのだ。それがいけなかったのだろう。期末試験の問題のデーターはすべてが消えてしまっていた。
(同じ悲劇は繰り返さない、ぞ)
 と、自分に言い聞かせつつ…はっきりいって今回、それが起こったらもう絶対に悲劇過ぎて、立ち直れそうも無いので、それはなんとしても避けたい…キッチンに立った彼は、
「で、今度の原因は何だ?」
 と、訊く。これぐらいは訊く権利はあるはずだ。
 と、ぼそぼそと答えが返ってきた。
「は? 聞こえねーぞ」
 若干、からかい気味に言ってやる。なんだかそんな妹の反応はかわいい。どうした、しえる? と、真輝はちょっと意地悪に。
 一方、兄のどこか面白がっているような声に片眉の端をちょっとぴくっとさせながらもしえるは、ぼそぼそと何か言いにくそうに言う。
「だから聞こえないって」
 スライスしたトマトの上にチーズを乗せて、レンジで30秒ちんとさせて作った物をテーブルの上に乗せて、真輝はやはりどこか面白そうに言う。
 しえるはそんな兄の無神経な態度にぴくっと眉間に皺を寄せて、
「だからっ! アイツ、兄貴が家庭科教師だって言ったら笑ったのよ! 馬鹿にしたように!」
 怒鳴るしえる。
 ぽかーんとする真輝。そしてこみ上げてきた様々な感情を我慢しつつ、それでもどうしようもないぐらいに苦笑いを浮かべながら、
「おまえ、それでふったワケ?」
「ええ、そうよ、お兄様ぁ」
 しえるも引き攣った笑みを浮かべながら、応じる。こっちはあんたのために怒って、彼氏と別れたってのに、この兄貴は!
 なんだかしえるはまた無性に腹がたってきた。
 怒りのストレスを解消させるためにここに愚痴りに来たのに、かえってストレスが溜まってる気がする。
「あー、もういい。帰る」
 立ち上がるしえる。
 真輝は笑いを堪えつつ彼女を座らせる。
「まあ、待てよ。今夜は俺が付き合ってやるからさ」
「なによ、面白がってるくせに」
「悪かった」
「本心から謝ってない」
「謝ってるよ」
「謝ってないわよ、顔が」
「そうか?」
「そうよ」
「うーん、じゃあ、誠意を見せるってことで、今度の休みに今夜見るはずだった映画に付き合ってやるよ」
「カップルで見る映画よ」
 すかさずに返す妹に、兄は肩をすくめ、
「いいじゃねーか、兄妹で見ても」
 そしてしえるがここぞとばかりに、
「周りには彼氏のいない女二人で見にきてるように見えるわよ」
 そしてものすごくイイ笑みで笑いあう兄妹。
「本当にかわいい妹だよ」
「あら、ありがとうございます、お兄様」
 お互い皮肉たっぷりに言い合って、ふんと鼻を鳴らして、顔を逸らす。
 真輝はキッチンに。
 そしてしえるはテレビをつけて、そのチャンネルで放送されている時代劇にビールを飲みながら野次を飛ばす。どうやら彼女には印籠を見せられただけですべてを諦めてお縄につく悪人が許せぬらしい。
「なんとか将軍の敵みたいに死人に口無し根性で、殺っちゃいなさいよね。少しは悪人の矜持ってのを見せろってのよ。だから三流の悪人で、悪事が簡単にバレるのよ」
 なんだかビール片手に監督気取りでテレビの野球の試合中継に野次を飛ばすおやじのようなしえるに苦笑いを浮かべながら、キッチンから戻ってきた真輝は料理をテーブルの上に置いた。
 そしてそれを見たしえるは顔を綻ばせた。幼い子どものように。
 テーブルの上に乗っているのは、兄貴お得意の【Pizokel】。
「兄貴、こういう時っていつもコレ作ってくれるわよね」
「簡単だからな」
「おい」
 真輝は肩をすくめながら苦笑いすると、しえるの向かいに座って、ビールの蓋をあけて、飲みだした。
「さあ、食おうぜ」
「うん」
 しえるは素直に笑い、頷く。
 真輝が『簡単だからな』と、言ったのは嘘だ。この【Pizokel】は母の得意料理で、しえるがいつも何かあって落ち込んでいたりすると、必ず母親が【Pizokel】が大好物だと思い込んでいるしえるのために作ってくれていた。そしてしえる自身は【Pizokel】が大好物だという訳ではないのだが、そんな優しい母親の愛情を嬉しく想い、それを嬉しそうに頬張っていた。
 そしてしえるが落ち込んでいるときには【Pizokel】っていうのは母から兄に受け継がれたわけで、
 そしてだからしえるは、
「うん、兄貴、美味いよ」
「当然だ」
 美味しそうに優しい味がする【Pizokel】を食べるのだ。
 いつか自分もこうやって心から大切な人に【Pizokel】を作れる日が来るのだろうか?
 そしてその人と自分の子どもにも。
 そんな事を夢見ながら、今はしえるは兄貴に微笑んでいた。

 **ライターより**
 こんにちは、嘉神兄妹さま。
 ライターの草摩一護です。

 兄想いのしえるさん。
 妹想いの真輝さん。
 その両方の優しさは出ていますでしょうか?
 もしもこのお話を読まれて、PLさまがご想像なされていた通りの兄妹の雰囲気が感じられていたら作者冥利に尽きます。

 いつも悲劇的な目に遭う真輝さんも、今回はよい役柄ですよね。でもまあ、しえるさんが帰った後の部屋の掃除に、空き缶のゴミだし、食器洗いの後に地獄のような学習指導要領作りに、素材作りと大変そうですが。やはり、合掌、って感じですか、まきちゃん。
 ですが、しえるさんはたっぷりと愚痴を兄に零し、美味しい料理を食べれてストレス解消で、お肌の危機も回避ですかな?

 なにはともあれ、後半の【Pizokel】にまつわるしえるの感傷は書いていて楽しかったです。^^
 あ、あとは兄妹の言い合いも面白かったです。

 楽しんで読んでいただけていたら幸いです。
 それでは今回もありがとうございました。
 失礼します。