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親友
皇室ゆかりの大庭園は、今が冬の見せ場なのかも知れないと、ふと、思った。
守崎啓斗が足を運んだとき、年明けから一輪一輪花開き始めた寒桜が、ちょうど見頃を迎えていた。早春の代名詞である白梅はわずかに時期をずらしていたが、早咲きのものが慎ましやかに花弁を揺らし、甘酸っぱい香りを辺り一面に漂わせている。
張り出た枝から視線を外し、下を見やると、黄色の福寿草の小さな蕾が、剥き出しの土の地面を色鮮やかに飾っていた。
冷たく澄んだ空気が、心地よい。
有名な観光名所のはずなのに、今日は、驚くほど人の数が少なかった。当たり前の家族連れも、遠足の幼稚園児の姿もない。広々とした空間が、そのまま、たった一人のためだけの散策の場と化していた。
こんな贅沢も悪くはないと、思わず啓斗は天を振り仰ぐ。快晴の高い空を、気の早い二羽の春鳥が、仲睦まじく飛び交っていた。
「啓斗！」
呼び声に振り向くと、そこには、御崎月斗が立っていた。
これからの体の成長にあわせて、少し大きめのダッフルコートを着込んだ格好が、何だか、ひどく可愛らしく見える。
風邪を引いたら大変と、弟たちにでも巻き付けられたのだろう。ざっくりとした毛糸のマフラーが、口元近くまでも覆っていた。
「何だよ、啓斗。こんな場所まで呼び出して」
まだ花見をするには早いよなぁ、と、月斗が辺りを見回す。
えらく下手くそに結ばれたマフラーが、その拍子に、小さな肩からずり落ちた。
「ああ、ったく！ 邪魔だってのに！」
悪態を付きながらも、決して取ろうとしないのは、それが、三つ子の一番下の弟の手によるものだからだろう。
月斗は、二人の弟には非常に甘い。
彼らに対するときだけ、武装を解いて、素に戻るのだ。強かな陰陽師が、平凡な少年に還る瞬間。無愛想な表情の奥から、自然な笑顔が零れ出る。
「でも……」
時々、啓斗は、不安になる。
あまりにも、普通の小学生とは違いすぎる、この弟分。
付け入る隙を与えないその性格も手伝って、月斗は、他人にとにかく冷たい印象を与える。よく知れば、決してそんなことはなく、豊かな喜怒哀楽の顔を見せてくれるのだが…………大抵は、よく知り合う前に、月斗の方から深い関わり合いを拒んでしまう。
彼も、たくさんのものを、背負い込み過ぎているから。
無理をするのが、当たり前になっている。
自分を抑えるのは、もはや生まれつきの性と言っても、過言ではないだろう。
この前の、陰陽師がらみの仕事でも、そうだった。ぼろぼろに傷ついて帰ってきた、月斗。大丈夫、と、最期の最期まで、意固地なまでに言い張った。
啓斗の前でも、絶対に弱みを見せまいと、誤魔化し笑いを浮かべるのだ。まだ十二歳の少年が、苦痛を訴えたとして、それを咎める者などいるはずもないのに！
「俺の周りは、こんなのばかりだな……」
だから、守り石が欲しかったのかと、考える。
少しでも、負担を減らしてやりたい。苦痛を肩代わりしてやりたい。
ただ、静かに、見守ってやりたい。
そう…………まるで、義兄のように。亡父のように。
「なぁ……月斗。生活費のこととか、頑張りすぎてないか？」
自分のことは棚に上げて、啓斗が尋ねる。
月斗は、何ともばつの悪い顔をした。普通に小学生をしながら、ネットで会社を持つこと自体、既に無理のある話なのだ。しかも、自分だけではなく家族の分の食い扶持まで稼がなければならない。
家計が、豊かなはずがなかった。
「ほどほどにな。学費と食費も出せないほど、困窮しちゃいないさ」
「なら、いいけどな」
「何だよ」
「義務教育も終わってない身で、そこまで頑張らなければならないこと、あるかなって、思ったんだ」
「俺は、誰にも頼らない。自分と弟くらい、食わせてやれなくてどうする」
「意地張っているうちは、ただの子供だ。月斗」
「誰が子供だって!?」
らしくもなく声を荒げた月斗の中に、年相応を見出して、ほっと啓斗は息をつく。
挑発に乗るなら、それはまだまだ素直な反応。若さの証。全てに達観してしまったときの方が、むしろ怖い。心が枯れてしまったら、そこから一切の成長は見込めなくなる。
「お前に言われたら、オシマイだぜ。俺にとっちゃ、啓斗の方が、弟みたいなモンなんだからな」
精一杯に背伸びして、ふんとそっぽを向く。
啓斗は思わず苦笑した。こんな事を言ったら、噴火した活火山のように激怒するに違いない……わかってはいても、つい、言葉が、口をついて出てしまった。
「なんか、月斗って…………可愛いかも」
ぽんぽんと、幼い子供をあやすような感覚で、頭を叩く。月斗の顔が、瞬く間に紅潮した。
「頭に触るな！ お前なんか、俺より五歳ばかり早く生まれただけだろうが！ 年上ぶるな！」
「五年は、大きいさ。月斗。お前が生まれたとき、俺は、自分の名前が既に漢字で書けたんだ」
「そんなこと……」
まだ文句の言い足りない様子の月斗の前に、啓斗が、小さな三個の玉を差し出す。
少し遅いけどお年玉、と言うと、またも子供扱いするなと怒られそうだ。だから、お土産だよと、呟いた。
「黄水晶と、白瑪瑙と……光石」
「光石？」
その名は、初めて聞いた。
見た目には、ただの水晶だ。だが、正直、これほど純度の高いものは、初めて手にした。加えて……陰陽師としての優れた感覚が、月斗に、それがただの綺麗なだけの石ではないことを、知識とは別のところで教えてくれる。
間違いない。
何かを感じる。
ごくごく微弱だが、石を通して、体の中に、力が流れ込んでくる。
風が集うように。陽の光が満ちるように。ずっと人肌で温められてきたにもかかわらず、石は、ひどく冷たかった。何ものにも染まらない。影響を受けない。全てを弾いて、ただ、真白く、そこに在り続ける。
「でも、お前には、必要ないかも知れないけどな」
お守りなら、既に月斗は持っている。
家族という名の、最強の剣と盾。彼らのためなら、何でも出来る。何処へでも行ける。
元々身に備わった力を、無限にまでも高めてくれる。使命や宿星のためになど死ねないが、弟たちにくれてやるのなら、命も誇りも、惜しくはない。
「うん……。わかる気がする。俺も、同じだから」
想いは、いつも、一つ。
守りたい。
「だから心配なんだ。月斗は、必要と判断すれば、際限なく無理をするから」
「人のこと言えるのかよ」
「俺しか言う奴がいないだろ。月斗の場合。他の誰が言ったって、耳なんか貸さないくせに」
「人を聞く耳持たずの馬鹿みたいな言い方するな！」
「ほら。そうやって、すぐ怒る。子供子供」
くしゃ、と、今度は月斗の頭を掻き回す。思わず、月斗は、拳を真剣に握り固めた。これほど身長差がなければ、強烈な反撃の一打を脳天にお見舞いしてやっているところだ。
「もっと、小学生らしくさ。月斗。遊びたいときには遊んで、学びたいときには学んで。時々なら、無理をしてもいいけど、その後は、必ず自分を労ることを忘れずに」
それが、誰かの受け売りであることを、月斗は、瞬時に見抜いた。
確信がある。これは、恐らく、啓斗自身が他の誰かに言われた言葉。俺だけではなく、月斗もそうなのだからと、自分の台詞に置き換えて、そのまま伝えているに過ぎないのだ。
「こんの…………兄貴面しやがって」
月斗の呟きは、啓斗には届かない。届かないように、極力、声をひそめ、顔にも出さず、心の中だけで、月斗は誓った。
「覚えていろよ。その年上面、必ずブチ剥いでやる！」
ふっふっふ、と、不敵に笑う小学生が、約一名。
十二歳と侮ることなかれ。強かさにおいては、大のおとなも軽く凌ぐ。
頭の回転の速さも、立証済み。タチの悪い復讐法は、それこそ怒濤のように次から次へと脳裏に浮かんでくるのだった。
「まぁ……今日は勘弁だけどな」
渡された三個の貴石に敬意を表して。
今、この時だけは、素直に、小学生を演じてやろう。
「啓斗。とりあえず腹が減ったな」
「そうだなぁ……。もう昼か。たまには贅沢に、外で食べるか」
「ラーメンでいいからな」
「この庭園の中に、レストハウスがあったよな。そこに行くか」
「どこでもいいぜ。ごちそーさん」
「え………奢り？」
「当然。子供に金払わす気かよ。世知辛い大人だな」
「う」
「チャーハンも付けてくれよ。俺は、何と言っても、育ち盛りのお子様なんだからな」
「こ、こんな時だけ……」
「大人は大変だな。まぁ、頑張れよ、啓斗。ちなみに俺は我が儘なお子様だから、聞く耳は持たないぜ。あしからず」
御崎月斗。十二歳。つくづく、空恐ろしいお子様である。
守崎啓斗が、この一筋縄ではいかない小学生に、賢兄らしく人生について説諭してやれる日は…………もしかすると、果てしなく遠い時の彼方にあるのかも知れない。
【親友】
「だけどさ。啓斗。俺は、あくまでも、対等でいたいんだ」
月斗の声を、啓斗は、耳にすることが出来ただろうか？
「頼れる兄貴も悪くはないけど…………肩を並べられる、親友でいたいんだ」
------＜ライターより＞--------------------------------------
ソラノです。今回のシチュエーションノベルのお申し込み、ありがとうございます。
啓斗さんはもちろん、月斗くんもソラノには馴染みのあるＰＣさんでしたので、書いていてとても楽しかったです。
二人のやりとりは、こんな雰囲気かなぁ……と、あれこれ考えてみたり。（笑）
実際のところはどうかわかりませんが、何となく感じたのは、二人は「兄弟」であると同時に「親友」でもあるかな、ということです。
長男同士、抱えるものが多くて、互いが互いに、相手に自分の姿を映している……ような。
もし違っていたらスミマセン。ソラノは多分にイメージで書いてしまうライターなので、どうも先走りしてしまいます。（汗）
後書き可、とのことで、少し感想など添えさせて頂きました。
それでは……。
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