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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


幼き来訪者

 ――扉を叩く音がした。
 ――扉を開くと一人の小さな少年がいた。

 「……で、そいつを連れてきた、って訳?」
 草間武彦は眼前で眠る少年を指差し、呆れた物言いで零に訊いた。
 ことの顛末を簡単に説明し終えた零は、それを笑顔で肯定する。
 その日突然草間興信所にやってきた少年は、何も言わずに応接セットのソファに倒れこんだという。手には分厚い封筒が握られていたのだが、既に封を切られ、武彦の手に収まっていた。
 宛名は何も書かれていなかった。
 また厄介事ですかね、と零は慣れた口調で呟き、そうかもしれない、と生返事が返される。
 まだ雨の残る早朝、窓から見える景色を鬱陶しそうに視界に納めながら、最近はめっきり所長らしきことをしていない青年は、深く嘆息した。
 黒い髪に黒い目。自身と同じ色を持つ少年の頬を突付いてやると、夢心地ながらくすぐったそうに少年は身をよじらせる。
 こいつは誰だ?
 何故ここに来たんだ?
 湧き上がる疑問を胸に抑え、武彦は身支度を始める。
 「お兄さん、どちらへ?」
 少年に毛布を掛ける手を止め、零が問う。
 「多分、探偵を児童預かり所だかなんだかと思っているふざけた奴の仕業だ。とっとと見つけて、このガキを付き返してくる」
 それに、と上着の胸ポケットに入れた封筒をちらりと覗かせる。
 「こんな大金、貰える道理がないだろ?」
 中に入っていた何十枚の紙幣を見て、
 「今月も赤字……でしたよね?」
 「それを言うなって」
 今月「も」というところに自身の不甲斐無さを感じながら、武彦は扉のノブを捻った。
 (ここは一つ、情報屋に当たってみるとするか)
 財布と簡単な打ち合わせとして、その足を興信所からそう遠くない場所へ向かわせた。

 扉の荒々しく閉じられる様子に、
 「要は暇なのね」
 シュライン・エマは子供の靴を脱がせながら、そう指摘した。黒髪が顔の横から数本落ち、彼女は鬱陶しそうに耳に掛け、少年の眠るソファの腕に腰を軽く乗せる。
 少年はまだ気持ち良さそうに寝息を立てていた。
 「起きるまで待っていた方が良かったんじゃないか、って私は思うんですけど」
 反対側の腕に零が座り、呆れたように呟く。シュラインも同意し、
 「近頃仕事がなかったから暇で仕様がなかったんじゃない? 落ち着いてのんびりした雰囲気は好きじゃないみたいだし」
 黒髪を優しく梳かしながら、そう付け足した。
 こんなに小さい男の子が、何の用なのだろうか。初めは疑問に感じていた二人であったが、よくよく考えてみると、草間興信所には人間は勿論のこと、幽霊だか妖だかその種類さえ皆目検討のつかない類まで含まれていることもざらなのだ。だから人間の少年が一人くらい流れてこようとも、大して不思議がることでも、ましてや急いで追い出すこともないのだ。それでも、すぐに行動を起こした武彦の理由とはやはり、「暇」の一点に尽きてしまうのだろう。
 軽い溜息を遮ったのは、サイレンに近い興信所のベルの音だった。
 「草間さん、お仕事なんですか?」
 おっとりとした声がひょいと扉から見え、シュラインも零も同時にそちらを向く。
 「アルバイトを探しに来ましたけど、手伝えそうですか?」
 瞳と髪の青い少女、海原みなもはそう言って興信所に入った。学校が休みだと告げる彼女の服装は、いつも身につけているセーラー服とは異なり、青いワンピース姿だった。
 シュラインと零に一通りのことを話され、情報集めに取り掛かろうと意気込む少女に向かってシュラインは提案した。
 「私達はここで待機していましょう」
 「どうしてですか? 草間さんのお仕事手伝わないと」
 首を捻るみなもに、
 「暇人は時間を掛けて情報を徹底的に集めてくるわ。時間が時間だし、聞き込みも容易でしょ?」
 「なるほど。新聞配達の人や牛乳屋さんに訊けば、情報はすぐに集まるってことですね」
 時刻を見れば、既に朝食の時刻だった。零がカーテンを開けると、雨上がりの空からは眩しい朝日が差し込んでいた。
 腕にはめた時計を見ると、少年が興信所に転がり込んできて、一時間が経ったことが示されている。
 「……で、これから何をしますか?」
 ぼそりと呟いた言葉に、シュラインと零は動きを止める。三人は顔を見合わせ、揃って眉根を寄せた。
 「と、取り敢えず、何か消化の良いものでも作りましょうか」
 手を挙げ、みなもは言う。二人の視線が一斉に注がれ頬を軽く赤らめ俯くが、その視線の先が自身とはどこか別に向かっていることに気付く。
 みなもは、二人と同じく、視線を下方へ向ける。
 「……お早うございます」
 上体を起こして、少年は辺りを見回し、消え入りそうな声で一言呟いた。
 「ここ、どこですか?」
 首からは赤いお守りがぶら下がっていて、俯くと同時に小さく揺れた。
 「お母さんはどこ?」
 その瞬間、三人はほぼ同時に、少年が迷い込んできた意を得たのだった。

 武彦が戻ってきたのは、それから数時間後の話になる。
 扉を開けたときに視界に入った四人の団欒に顔をしかめつつ、少年と二三言葉を交わした。少年は嬉しそうな顔で武彦の服の裾にしがみ付き、彼の手を引っ張って去ってしまった。
 突然静かになった室内に、みなもは軽く目を伏せ言った。
 「寂しいですね」
 食器を片付ける手を止めずに、シュラインは答える。
 「もっと後ろ髪をひかれる別れ方になるかと思っていたけど、案外素っ気なかったわね。子供ってそんなものかしら」
 部屋を間違えた、という偶然のもたらした数時間ではあったが、三人にとっては弟が出来たように楽しかったのだろう。みなもと零は弟が欲しいとの趣旨の話をし始め、シュラインはといえば扉の方を何度も見ていた。
 「只今」
 武彦が再び戻ったのは、少年と出て行ってから間もなくしてだった。
 「あの少年さんは、どうしたんですか?」
 今にも掴み掛からんとするみなもを制し、四人はソファに腰掛ける。
 「ただの間違いだったんだよ」
 息を整え、武彦は手に入れた情報を語り出した。

 訪れた馴染みの情報屋は、武彦の話を訊くと暫くの間パソコンに向かって高速で指を動かした。幾つかの画像を消して一つにすると、彼に見えるようにウィンドウを動かした。
 「何だ? これは」
 「武彦さんの集めた目撃談と、僕の情報網に引っ掛かったデータを総合した結果、例の少年というのは彼だと思いますよ」
 ウィンドウには一人の少年の画像と詳細なデータが映し出される。
 「何年か前に両親が離婚して父方に引き取られたそうです。ですが、数日前に第二の人生を父親が歩み出したために、厄介払いされたんでしょう。貴方の家のすぐ近くに住む母方に、養育費持たせて追い出したってのが真実でしょうね」
 「なら母親を家に寄越せばいいんじゃないか?」
 「僕に訊かないでください。僕はただ情報を提供するしがない人間で、推理するのは貴方の仕事でしょう? 息子を捨てる人間の気持ちなんて、僕には理解しかねますから」
 見下し半分の情報屋の台詞に、武彦は不服そうに画像に目をやる。そこには、両親に挟まれ嬉しそうに微笑む少年の姿があった。
 「じゃあ、任務完了」
 無造作に移動した指がキーボードを這い、どこかのキーを押すと一瞬にして「0」と「1」の羅列に変わる。情報漏洩防止だか趣味だとかは理由は忘れたが、情報屋の手によって情報は消えてしまった。
 それがさも、彼が言わんとしていることを意図しているように感じられた不快さに、武彦は数枚のコインを置いて、逃げるように席を立った。

 それが武彦の手に入れた情報だった。

 「不憫な話よね」
 武彦の話を聞き終えると、シュラインは小さく首を振った。
 「慰謝料持って母親のところに追い出された、って可哀想」
 「それで、その子はどうなりました?」
 「どうしたもなにも、母親が引き取って実家に連れて行ったよ」
 女らの表情は沈んでいったが、その一言で僅かに明るくなり、彼の胸を安心させる。零一人でさえ相手にするのは神経がいるのに、それが三人ともなれば下手に逆らうことは出来ない。言葉を選んで行動せねば時には命さえ危うくなることも、半分冗談だが、ある。
 「草間さんは、そんな父親になりませんよね?」
 みなもは紅茶を口から離し、笑顔を武彦に向ける。強張った顔が錆びた機械のようにみなもの方に向くが、間髪入れずに合いの手が飛ぶ。
 「その前に、彼を人生の伴侶にする人間がいるかが問題ね」
 「シュライン、せめて「人生の伴侶にする“女性”」って言ってくれないと」
 「あら、伴侶にしてもらえる人間がいるだけで幸運じゃない」
 最高の笑顔を向けられ、武彦は力なく所長の椅子に座る。結局今回の事件で得た報酬はゼロ。出費といえば、情報屋に支払った数枚の硬貨のみ。それでも痛い出費だった。得たものは、何かあっただろうか?
 「あの子、幸せになれるといいですね」
 みなもはふと、漏らすように言った。
 「そうね、あんなに良い子なのに……」
 「なれるさ、きっと」
 シュラインの言葉を遮り、武彦はポケットに手を入れる。そこに忍ばせてあった固いものを握り締め、呟く。それは少年が首にしていた赤いお守りだった。
 「大丈夫、あの子は幸せになれるよ」
 去り際に少年の渡した唯一の報酬に、そう願いたくなった。



【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
初めての受注小説なので至らぬ点もあるとは思いますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
書いてみて分かったのですが、この女三人組(シュライン、みなも、零)は素敵なタッグを組めそうです。武彦が主(あるじ)なのに、と苦笑しつつキーを叩いていた記憶があります。
少年は幸せになったのか、というのは想像するしかありませんが、私としてはそうなって欲しいと思います。またどこかで武彦達に会えたら……と、きっとどこかで願っているに違いありません。出来ることなら、是非とも後日談を書き上げてみたいものです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝