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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】ひとひらゆえに確かなもの

『ゆゆちゃん、雑草と言う花は無いのよ』

 何の話題だったのか……そう、にっこり微笑んで言ってくれた、お姉さんの顔。
 私が鈴蘭と言う花から生まれたように。
 その他の私がまだまだ名前も知らない、お花さん達にも――きちんとした名前があって色があるから。

『だから花は、私たちへと自分たちの姿を持って教えてくれるの。似たようで居て、違う。一つとして同じ者なし――と言う事を』

 だからね?

 言葉を止め、一瞬考え込みながらもその人は次の言葉を選ぶ。
 凄く凄く丁寧に言葉を選んでくれたから。
 私の中では、今もお姉さんが言ってくれた全ての言葉は思い出の中。

 ――私たちは花が持つ言えぬ言葉を伝えるために。

 花を求める人たちに花と、ある言葉を渡すのかもしれない――夢見るように微笑んだまま、そう言ってくれたっけ……。

 多分、その時からだと思うんだ。

 私の中で、ある一文字が凄く大事に思えるようになったのは―――。





                       ◇◆◇


 庭園。
 陽が冬の頃よりも暖かみを増して草木に光を与えている。
 冬枯れから色を待ちわびたように、草木も花も温かな陽の光を浴び、喜ぶように上を向いて。
 じき、全てが冬枯れから緑溢れる色に変化するだろう庭園を四阿(あずまや)から見る人影がふたつ。

 一人は黒尽くめの青年。
 そしてもう一人は……青年の黒の服装とは正反対の白の服装で纏められた少女。

 …何処かに鈴があるのだろうか、りん……と涼やかな音色が響いている。

「……本当に暖かくなりましたよね」
「春が、近いからね。ところで、少女」
「はい?」
「…先日していた一文字の話を覚えているかい?」
 花の中でも待ちきれなかったのだろうか、クロッカスが風にそよぐのを見て少女は口元に微笑を浮かべながら猫の問いに「はい」と答えた。
 その答えに満足したのか、猫も少女へと笑い。
「どうやらね、私と一緒にその話をしてくれる人が居るらしいよ」
「……ま、また、何処かへ行ってたんですか!?」
「心外だな……ただ単に私は、話をしてくれる相手が居ないかと」
「……何て言うか、私としては猫が誰を呼んだのか…それだけで解ってしまいました……ご迷惑で無ければいいのですが」

 ふぅ、と少女は溜息をついた。

 彼女とは、猫共通の知り合いであり――友人であり。

 とても素直で、優しい彼女ゆえに一番に気になるのは「迷惑」ではないかと言うことだ。

 だが猫は、そんな少女の言葉なんて何処吹く風。
 どう言う話をしてくれるのかが本当に楽しみで仕方ないらしく……少女はもう一度だけ、猫に聞こえないように小さな溜息を、ついた。


                       ◇◆◇

 そして少しばかり時間は前後して。
 とある花屋の昼下がり。

「好きな、一文字?」
「そう良ければそれについて話してくれると嬉しいと思ってね」
「んー……今じゃなきゃ駄目?」
「今でなくとも構わないよ。纏まったら遊びに来てくれればね」

 何時でも来れるように門は開けておくから、と猫は微笑って――急に消えた。

(……気まぐれだなあ、本当に)

 「猫」と呼ばれているのは猫に姿を変えられるから――と言うよりも、その性格が主なんじゃないの?と言いたくなってしまうが少女に聞くと困ってしまいそうな顔が浮かぶので、あえてこの考えは頭の隅にほおる事に決めた。

 それに。

(話してて楽しいって言うのはあるし……文字……うん、考えておこうっと♪)

 ゆゆは猫が消えた場所を見、暫くしてから――好きな漢字が入っている本を見るべく、此処の娘であり、ゆゆの「お姉さん」でもある少女の部屋へと入っていった。

(色々、好きな文字はあるんだ)

 けれど本当に。

 本当に好きな一文字は………―――


                       ◇◆◇

 ちりん……。

 りんりん、りんりん、鈴は鳴る。
 少女は、外に置いていた風鈴を一つ一つ外して室内へと入れていく。

 青に金色、赤に白、透明な硝子に達者な筆で記された金魚と草のある風鈴、様々な色と模様の風鈴を。

 風は揺れる。

 さわさわ、さわさわ、樹と共に。
 目で見えずとも、樹が揺れれば風があり、風があれば樹が揺れる。

 さわさわ、さわさわと。

「…もうじき、来られますね――鈴代さん」

 少女は微笑む。

 りん……。

 掌で鳴る最後の風鈴を外しながら。


                       ◇◆◇
 庭園内にある四阿。
 猫や少女が、いつものように日向ぼっこをしてるだろう、その場所へ、ゆゆが入ると待っていたように猫が微笑う。
「やあ、来たね」
 笑って出迎えてくれたのは猫一人だけ。何故か、もう一人……少女が居ない。
 きょろきょろ。
 ゆゆは辺りを見回す。
 今回も少女は居ないのかな?と考えた所為でもあるし、辺りを見渡せばもしかしたら、居るかも知れないと思ったから。
 だが。
 少女の姿は、やはり何処にも見えないままで。
(き、嫌われてるわけじゃあ……ないよね)
 ふいに、そんな考えが浮かび「まさか」と考え直し猫へと、問い掛けた。
「…ねえ……女の子は?」
「ああ、少女だね。あの子なら風鈴を外しに行ったよ。話をするのに音が鳴るんじゃ五月蝿いだろうからって」
「……そんなの気にしなくても良いのに。どっちかっていうと、私、此処の風鈴の音好きだし」
「ありがたい言葉だね。あの子が戻ってきたら、是非それを教えてやっておくれ。喜ぶと思うから」
「うん!」

 ゆゆは、勧められるに四阿に備え付けられてる椅子へと腰掛ける。

 すると、其処から早咲きのクロッカスが目に飛び込んできた。
 丁度、腰掛けた位置に座ると棚に置いてある鉢植えが見えるようになっているのだと、ゆゆは気付き微笑う。

「あ……もう、クロッカスの時期なんだね」
「そうだね。2月半ばくらいから咲くからね。……さて、好きな一文字は見つかったかい?」
「見つかったよ♪ でもね、字って面白いよね。私も家でまんがを読んでた時に色々見たけど…」
「うん」
「木へんの字と草かんむりの字は見てて飽きないよね。こういう字を書くんだって」
 そう、言いながらゆゆは小さな手でテーブルの上になぞるように文字を書く。
 猫はそれを見て、
「確かに草かんむりの字は見ていて飽きないね。花と言う字は――草が化ける、と書くし……芳しい(かんばしい)で使われる芳は草に音を示す方で草花の香気が四方に発散する意を示してたりで」
「へぇ…やっぱり、色々な意味が文字には込められているんだね。でもさ」
 草が化けるって言うのが「花」って言うのは嫌だなあと、ゆゆは呟く。
 何と言うか、それではまるで草のお化けのようではないかと思ってしまったのだ。
「ああ、ごめんごめん。けれどね草花、という言葉があるように花と言う一文字には草の花と言う意味もあるんだよ。草原に咲く草花は絵の具では使えない緑があって綺麗じゃないかな?」
「それは綺麗だけど…………」
 トントン。
 ゆゆは、指でテーブルを叩く。
 それを見た猫は困ったような微笑を向け、
「じゃあ、もう一つだけ。花車と書いて何と読むか知っているかい?」
 と、問う。
 突然、問い掛けられた言葉に、ゆゆは瞳を丸くした。
「え? それで"はなぐるま"って読むんじゃないの?」
 違うよ、と猫は首を振る。
 考え込み読み方を探してみるものの、何と読むのか全く考えが浮かばず、ゆゆは降参、と両の手をあげた。
「これはね、簡略された文字ではあるのだけれど"華奢(きゃしゃ)"と言う意味がある。花で作った車は――どうなるか、解るかい?」
「解るよ、動かしたら――壊れてしまうんでしょう?」
「その通り。良く人で細くて儚げな人のことを華奢って言うけれど、これはそれが語源だね。花で作った車は美しい。けれども儚く壊れやすく、また花が移ろいやすいものだとも言っている」
 だからこそ。
 人は美しいものを長く見ておこうと思って花の車をそのまま動かさず長く留めようとするかもしれないが。
 お姉さんと同じような言葉を聞き、ゆゆは漸く安堵の息を一つ吐く。
「うん……ああ、なんだか凄くほっとしたら、喉が乾いちゃった……お水、くれる?」
「ああ。あまり冷たくは無いけど、良いかな?」
「大丈夫♪」
 ゆゆの言葉に猫は良かったと呟くと、近くにあった水をコップへと注ぎ、手渡す。
 注がれた水をゆゆは、一息に飲み干し、
「美味しかったー♪」
 と言いながらコップをテーブルへと置くとクロッカスの鉢植えに呼ばれたような気がして視線を移した。

(……そう言えば)

 クロッカスの花言葉は――確か「切望」と言うのだと、ゆゆは思い出した。

 望むこと。
 願うこと。
 様々な想いが自分の中にあって。

 そして。

(色々思うこと、全部ひっくるめて――"私"なんだよね)

 花に対して思うことにせよ、文字を面白いと思う事も……全部、全部。

(……ああ、だから)

 願うのかもしれない……切実に。

 鈴蘭の精であろうと、人であろうと変わりなく。



                       ◇◆◇

「どうしたんだい、急に黙り込んで」
「ん? クロッカスさんを見てたらね、思い出したの。クロッカスの花言葉……切望って言うんだって」
「切望、か――中々に奥が深い言葉ではある」
「うん。でね、話を元に戻すけど……一番好きなのは…【夢】っていう字。花じゃないけど草かんむりがついてるでしょ?」
 猫は小さく頷く。
 ゆゆは頷いてくれた猫の表情を見て言葉を続けた。
 一番に好きな文字だから、ちゃんと話が伝わると良いなと思いながら。
「夢っていう字の意味は寝た時に見る夢だったり、自分の未来を考える事だったり。夢って言う字に人がくっつくと【儚い】っていう字になるし…寝て見る夢は起きたら消えちゃう様な儚いものだけど、未来の夢は叶えば夢じゃなくなるんだから、儚いなんて事は決してないよね」
 叶えようと思えば、色々と叶う筈のものだから。
 鈴蘭が持つ花言葉ゆえに、人が夢を持つのは儚いなんて事はないのだと思いたい。
 いいや――信じたい。
(夢を見ることは悪いことじゃないもの)
 思い描けない夢なんて、哀しい。
「夢は現か、現は夢か」
「え?」
 いきなりの言葉でゆゆは、どう返して良いか一瞬戸惑ったが、猫は気にせずに言葉をただ続ける。
「胡蝶の夢は私が見ている夢だろうか、それとも胡蝶が私の夢を見ているのだろうか――……人と、夢は切っても切れないからね、だからこそ儚いと言ってしまうのは……哀しい事なのかもしれない」
「そうだよね! どんな夢でもなくしたらつまらないし寂しいもの。ええと…例えば、その胡蝶の夢にしたってそう。綺麗な夢なら何時までも見ていたいと思うし……多分ね、草木が花をつけなくなったら寂しいのと同じ」

 無くしたら、寂しくて。
 寂しくなると求めてしまう――咲くごとに花を求めるのと同じような気持ちで。

「だからこないだ犀さんにお願いしたの。…そっか、夢って人の心が咲かせる花みたいなものだよね」

 いつか、咲かせたいと言う想いがあるから。

                   ――様々な夢を見る。

「……そっか」

 自分で言った言葉に再び納得したように、ゆゆは幾度となく頷く。

 だから好きなんだ……夢って言う文字が。
 人の心の中に――必ずある花だから。

「そう言えば――ちょっと関係ないんだけど」
「うん?」
「私の名前のゆゆ、っていうのは家にいた綺麗な熱帯魚が二匹並んだ形からとったの。ゆの字…魚に見えるでしょ?」
 ひらひら、ひらひら舞うように。
 花が風に舞うように、水に舞う魚のように。
「ひらひらと踊る蝶のような魚から、か。いい名前だと常々思っていたけれど……うん、なるほどね。……ああ、風鈴を片し終わった少女が戻ってきた」
「えへへ、いい名前でしょ? 私も気に入ってるんだ♪ …あ、ホントだ! おーい!!」

 ゆゆは、猫と同じくこちらへ歩いてきている少女を見つけると「気にしないでよかったのに」と言うことを伝えるべく少女へ向かい駆け出していく。
 駆けてくる、ゆゆを見て少女は微笑を浮かべながら「お久しぶりです」と呟いた様に見え――。


 望むこと。
 願うこと。
 思うこと。

 全ては、人の心の中。

 夢と言う文字に人をつければ確かに「儚い」ものに変わるけど。

 だからこそ、信じる。

 夢と言う一文字――何時の日か咲きたいと願う花ゆえに。
 ひとひらの花びらさえも散らせる事無く、と。




―End―

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■   登場人物                  ■
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【0428 / 鈴代・ゆゆ  / 女 / 10 / 鈴蘭の精】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、秋月です。
いつもお世話になっております。
今回も鈴代さんにお逢い出来て、猫も少女もとても喜んでおりました(^^)
NPCに変わって御礼申し上げます。
本当に、ご参加有難うございます♪

今回、一文字と言うことで猫と鈴代さんには色々とお話をして頂きました。
鈴代さんのプレイングは、いつも本当にとても可愛らしいので
書いていて凄く楽しいです♪
猫が時折奇妙なことを言ってたりもしますが(汗)鈴代さんが
呆れずに居てくれたら良いのですが……。

では、また何処かにて逢えますことを祈りつつ……。