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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】ひとひらゆえに確かなもの

 葉が舞う音。
 雨が降る音。
 風が窓の合間に差し込んで鳴る音………。

 全てが音で構築されている。

 例えば。

 私が「あ」と言えば、それは「音」になるのだ。

 言葉にはリズムがある。
 動きにもリズムがある。

 カメラのシャッターを切る音。
 腕と指を動かし旋律を作ることにせよ、単純な動きにさえもリズムがあって。

 全て、音となる。

 全てが音から生まれる。

 今、こうしている時にさえ――音が何処かで生まれては、リズムを作っていく。



                       ◇◆◇


 カサ……。

 じきに春だと言うのに、落ち葉はまだ道に降り積もっている。
 硝月・倉菜は、その事を感慨深げに見ながらも、落ち葉の上を歩く。

 乾いた音が、耳に響く。
 そう、これは――落ち葉を踏みしめたときの音。

 息を吐く。
 自分の声を伴い、微かな息が耳に届く。

『全ては音を認識する感覚から出来ている』

 音が届けば何の音か認識するだろう。
 また声が届けば、誰の声か考え――知り合いの声でなければ「誰だろう」と思う。

 そう言うもので、出来ている。

 音。
 声。
 そして――息。

音は響き、言葉は声になり息と言う熱を伴って伝わる。
 
 倉菜は道を歩く。
 落ち葉を踏みしめながら、落ち葉が出す音を聞きながら。


                       ◇◆◇

 りん……。

 風鈴がなる場所は――庭園ではない、小さな家の中。

 そこに一人の少女が風鈴を吊るしていた。
 透明な硝子に夏の模様である金魚と朝顔が描かれており、ふちは蒼い絵の具で囲まれている、涼しそうな風鈴――それが風にゆれ、りんりんと音を立てる。

「……今日は随分と鈴が良く鳴きますね……」

 少女は座り、本を読む青年に困ったように声をかけた。
 青年は「やれやれ」と声をあげながら本を閉じ少女の傍へと立つ。

「不安に思うことはない。鳴くと言うことは――来訪者があると言うことだ。少女にも聞こえているのだろう? …それとも」

 ――何かを君も感じているのかな?

 青年は、少女へ言う筈の言葉を飲み込み空を仰いだ。


                       ◇◆◇

「此処……かしら?」

 倉菜は首を傾げながら門を見た。
 門から続く曲がりくねった道と、道に添うように薔薇の垣根がある――様に見える。

(……庭園風景、ではあるけれど)

 果たして本当に此処でいいのかしら?
 どうしても「これ」と言う確証が持てずに門の前で考え込むこと、暫し。

 ちりん……。

 微かな、風鈴の音が耳に届いた。

 確か――件の庭園には猫と風鈴売りの少女がひとり住むと聞く。
 では、此処でいいのだろうか?

 りん……。

 再び鈴の音が鳴り渡る。
 倉菜の思考に答えるように、おいでおいでと手招きするように。

 風鈴の音を頼りに、倉菜は音のする方へ方へと一人、歩く。
 花々を見ることもなく、音だけを頼りに。


                       ◇◆◇
 ちりん。
 響いていた音が途切れ、倉菜はじっと辿り着いた場所を見た。

(ああ……音は…此処で鳴り止んでるんだわ)

 小さな佇まいの家が其処にはあった。
 窓辺に吊るされた風鈴は、今はもう鳴くことも鳴く、涼しげな透明の色彩が陽の色に反射し眩しさを作り上げている。
 ふと、倉菜は風鈴の近くに寄り――指で、どのような音がするか鳴らそうとした。

 が。

「……すいません、今現在は鳴らすことは出来ません」
 ――と、困ったような少女の声が倉菜の行動を制した。
「どう言う意味?」
 いきなり行動を制され倉菜の口調が少しばかり冷ややかになるが、目前の少女は知ってか知らずか微笑を深めるばかり。
「…言葉の通りです。此処に来られる方が道に迷わないように鳴らしておりましたので…今、来られた方が居るのならこの風鈴に音を鳴らさせる理由はないのです」
「…面白いことを言うのね、貴方」
「そうでしょうか? 人だって何も言いたくない時があるでしょう? 風鈴にだって――そう言うものがあるかもしれないじゃないですか」

 なるほど。
 確かに、そのように考えてしまえば風鈴が鳴る道理はない。

 倉菜をこの場所に呼ぶべく風鈴は鳴っていたのだから。
 では、この少女が名前の無い「風鈴売りの少女」なのだろうか。

「ねえ?」
「はい、何でしょう?」
「確か……此処で、好きな一文字の話をするって言うのがあったと思うのだけれど……」
「はい。……猫は時折、そう言う話を誰かとしたがるようで」

 困ったものなのですが、と言いながら少女は先ほどの微笑とは違う苦笑を浮かべた。
 ……この表情で、どれだけ少女がいつも困っているのかを察し、倉菜も苦笑を浮かべてしまう。

「本当に困ったものね。……あ、でも私はこう言う話に興味があったから伺ったのだけど……貴方には、その事さえも迷惑なのかしら?」
「いいえ。その様なことはありません。猫と話をしてくださる方が嬉しいですし……それに、貴方は」
「ん?」
「――猫にとって興味深いお話を聞かせてくださる気がいたします」
「…私にとっては、貴方の方が興味深いけれど」

 ぽつり。
 倉菜は少女に聞こえないように呟くと「さて」と言い。

「ところで、件の猫さんは何処かしら? 貴方と話すのも楽しいけれど猫さんとも出来るのならば話してみたいわ」

 にっこり、まるで花のような笑みを浮かべた。

                       ◇◆◇

「――……おや、随分とお待たせしたようで申し訳ない」
 まるで倉菜の言葉に反応したように少女の後ろに、添うように立つ青年が一人。
 漸く来た青年に対し、倉菜は
「いえいえ。こちらの女の子に付き合っていただいてましたから」
 そう言う事を忘れずに、猫へ挨拶をしつつ名を名乗った。
 硝月さん、と繰り返した少女の声が耳に心地よく届く。
「そうかい? なら良いのだけれど…ああ、立ち話もなんだし、良ければ中でお茶にでもしようか」
「喜んで」

 扉がある方へと向かい入ると、礼儀正しく靴を揃えて一歩を踏み出す。
 家の中は外観と同じように静まり返っていて、猫と少女のふたりで過ごしているのが寂しくも感じられた。

(さて…まずは何から話すべきかしら?)

 考えながらも倉菜は少女に誘われるままに室内の方、座り心地のよいソファへと腰をおろす。

 少女も倉菜がソファへと腰をおろしたのを確認すると腰をおろし……少しばかり遅れて入ってきた猫は、お茶を淹れていたのだろうか、人数分のお茶を差し出しながら座った。

「じゃあ……君は何を話してくれるかな?」
「そうですね……私は幼い時から「音」に敏感な子供でした、と言う話から……」

 一番最初に話すべき言葉では無いような気もした。
 けれど、何を差し置いてもこの言葉以外に最初に言える言葉は見つからなかった。

 だから、私の好きな言葉は「音」なんです――手を組みながら倉菜は話しはじめた。
 湯気の向こうにある、少女と猫の顔を見つめながら――ゆっくりと。


                       ◇◆◇

 音が、小さい頃は凄く怖かったんです。
 何故って……多分それは私が生まれもった能力の所為もあるとは思うんですが――。

 凄く、凄く、音そのものが怖かった。

 こうして樹木が風に乗り音を立てる葉擦れの音でさえ……まるで私自身を怒っている様に感じられた。
 勿論、何かが壊れる音、なんて論外です。

 だから小さい頃は出来るだけ音を聞かないように……シーツに包まってばかりでした。

 そうすれば、音って少しは防げるでしょう?
 子供心にすっごく真剣に考えてやっていた行動なんですよ――今思うと、もっと色々と音を防ぐ方法もあっただろうに、とも思うんですけど。

 ふふ、と私は笑うとお茶を一口飲むと話を続けるべく言葉を紡いだ。

 あまりに音に敏感すぎて恐怖で固まっていた私を、外に連れ出してくれたのが……父だった。

『このくらいの大きさのピアノの音なら怖くないだろう?』

 ポーン、と高い音。
 頷く私に笑いながら、聞きなれた旋律を何度も何度も弾いてくれた。

 確か、あれは――「星に願いを」。

『何もかもを怖がっていたら、決して真実の音は聞こえはしない。怯えてばかりではいけないよ、倉菜』

 私が怖がらないように、本当に小さなピアノで弾きながら父は言う。
 ピアニストの父、楽器職人の母の子供であるにも関わらず、私は音に怯えてばかり。

 ――本当に、いつも父母ふたりに申し訳ないと思う気持ちも子供心にあったのかもしれない。

 けれど不思議と母が作ってくれた小さなピアノと父がそのピアノで弾いてくれた曲は次第に怖くなくなっていった。

 音が集まって旋律となり溢れる。
 指先から紡ぎだされる言葉のように楽しげに、否――本当に楽しいと曲そのものが歌いだしているかのように。

(音って、こんなに深いんだ……)

 父がピアノを弾く。
 「星に願いを」から「いつか王子様が」と言う曲に変わり……様々な旋律が身体へと染み込んで行く。
 深く――まるで水を吸収していくように私は怖かった音楽を好きになることが出来たのだ。

「……それからは、もう音が作り出す全てに夢中になりました。ほら、音楽って……音を楽しむって書くでしょう? あれは…嘘じゃないなって思います」
 怖くなくなったから楽しめることを覚えたのですものね、と少女が微笑う。
 私は本当にそうね、と言いながら大きく頷く。
「ふむ。そのピアノは今は何処に?」
「勿論、今でも私の大切な宝物です。母はそれをきっかけに私に子供用の色々な楽器を作ってくれました。興味を持つもの全て楽しんで弾ける…そんな子になって欲しいと言って」
「良い、お母さんだね」
「はい。母は私の目標です。楽器達と遊ぶのが楽しくてそのうちに楽器を作りたいと思うようになりました……音は私の友人なんです」
 そう、言い終わると猫の銀の瞳が真っ直ぐに私を見ていた。
「……なるほど。今日、実は君が来る前に風鈴が凄く大きな音で鳴っていたんだ」
「? それがどう言う意味が?」
「解らないかい? 多分ね、この風鈴は――"音"が友人だと言う君が来るので喜んでいたんだよ。……私たちは実を言うとどの様なお客人が来るのかと…気が気じゃなかったんだが」
「あら随分と失礼じゃないですか! 私、暴れたりはしませんよっ!?」
 全く、人のことを何だと思っているのだろう。
 口にはしなかったけれど、そんな事を思っていると猫は手を振りながら、
「いや……勿論、認識を新たにしたよ? ……音を友人だと言える君の話が聞けて本当に貴重だったと思う」
 と、言って少女を見た。
 少女も同じ気持ちだったのだろうか、
「ええ、良ければまた是非――遊びにいらしてくださいね?」
 首を少しばかり傾げながら少女が言う。
 私は、その動作を見ながら。

 ――凄く綺麗なリズムの動作だな、と思いつつ、少し温くなってしまっただろう、お茶を再び口にした。





―End―

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■   登場人物                  ■
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【2194 / 硝月・倉菜  / 女 / 17 /
 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
【NPC / 風鈴売りの少女 / 女 / 16 / 風鈴(思い出)売り】
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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは。
ライターの秋月 奏です。

今回は、こちらのゲームノベルに参加してくださり有難うございました!
硝月さんに、またお逢い出来て嬉しい限りです(^^)
神聖都学園、ゲームノベルと場所は違いますが貴重なお話を聞ける機会を
下さったこと、本当に感謝します。

プレイングも本当に素敵でしたので、猫や少女にはひたすら聞き役に徹して貰いました(笑)
風鈴も硝月さんに逢えて、きっと嬉しかっただろうと思います(^^)

それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。