コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


節分には太巻きを食べよう。

節分――
季節の移り変わる時、すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日の称。
特に立春の前日の称。この日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したものを戸口に立て、鬼打豆と称して炒った大豆をまく習慣がある。【広辞苑より】

「節分というのは豆をまく習慣だけでなく恵方巻きと言われる太巻きを食う習慣もある」
場所は公民館の調理室。
真名神慶悟はホワイトボードの前に立ち、弁舌している。
「恵方巻きそのものは海苔屋の陰謀だという話もあるが、いずれにせよ恵方を尊ぶ信心こそが吉兆を招く。太巻きの胡瓜は青鬼。人参、生姜は赤鬼だという。これを福と共に一巻きにし、一息に食らってしまおうという……吉の招き入れと凶の滅却を同時に行う儀である訳だ」
「へぇ。知りませんでした」
と、怪奇ものを扱う編集者ならば少しくらいは知っていても良さそうな知識に感心する三下。
「面白い習慣ね。初耳だわ。でも切らずに無言で食べるってけっこう大変じゃないかしら?楽しそうだから参加するけど」
微笑みを浮かべながら、その抜群のスタイルを邪魔せず、逆にお料理上手な若奥様的な雰囲気を醸し出すようなエプロンをウィン・ルクセンブルクは着けながら言った。
まぁ、ここに来たのも太巻きの作り方を覚えて同居中の彼に食べさせてあげたい、という乙女心があるのだからあながちその雰囲気は近々現実のものになるのかも?
そして、もう一人同じ目的で参加した人物。
「太巻きは毎年恵方を向いて食べているしお手の物だ。どんと来い。料理は得意だっ」
と、矢塚朱姫は何故か自信満々に胸を張って言う。その心意気は良いのだろうが、果たしてどうなるのか……
「じゃあ、早速始めましょうか」
シュライン・エマの声を合図に女性陣(数人除く)が動き始める。
恵美、シュラインの料理の腕は周知認めるものであり、零もウィンもそして天薙撫子もお料理上手。
そんな女性陣に混じって、意外なのがこの男。
忌引弔爾は何の違和感も持たずエプロンを身につけると、袖を捲くり米をとぎだす。
その手つきは慣れたもの。
「お前、料理出来るのか?」
驚きの表情で弔爾の動作を見て呟いた草間に事も無げに弔爾は返す。
「まぁな……一人暮らしだし、こういうチマチマした事は嫌いじゃねーし」
「はぁ……意外だ」
「お兄さん。お兄さんも手伝って下さい」
零に言われ、しぶしぶ手伝いに動き始める草間に苦笑を浮かべた。
「結構材料ありますね」
和服姿に割烹着という、日本の古き良きスタイルの撫子は台の上に広げた具材を見つめて苦笑した。
「そうね。皆それぞれ持ち込んだものもあるし」
同じく、苦笑を返すシュライン。
太巻き作りの参加人数は多いが、それでも余りそうな材料に恵美も苦笑するが、零だけは違う様子。
「余ったら持って帰って良いですか?捨てるのは勿体無いですよね?」
「……なるほど。その手があるわね。零ちゃん、残ったら私の分も持ち帰ると良いわ」
ウィンの言葉に嬉しそうな零。
「ありがとうございます、ウィンさん」
「わたくしの分もどうぞ、零さん」
「撫子さんも、ありがとうございます」
二人にお辞儀をする零の姿に感心する朱姫。
「さすが、頼りない兄に代わって妹がしっかりしてるんだな」
「おい……」
朱姫の真後ろにいた草間が非難の声を出し、ジト目で睨む。
「事実なのぢゃ」
「少しは金になる仕事をしぃや〜草間さん。零ちゃんが可哀想やで」
と、嬉璃に天王寺綾もからかい口調で言うとくすくすと笑いながらシュラインも続けた。
「仕方ないわよ、武彦さん」
「シュラインまで……」
めそりと影でひっそり涙を流す草間の肩にぽんと手を置く慶悟。
『ここの女子は強いのだな。うむ、頼もしい』
と、何故か感心している弔爾の持っている妖刀が頷く。
それには何もツッコまず、シュラインの作っていた昆布で作っただし汁を加えた米を炊飯器にセットし、弔爾はスイッチを入れた。
「おい、米の準備は出来たぜ」
「あら。じゃあ具の準備をしないといけませんね」
さっと手元にあった卵のパックを取ると、撫子はボールに次々と割り入れ始める。
シュラインはかんぴょうを手に取る。
そして、ウィンはメモ帳とペンを手に。
「今和食のレパートリーを増やしてるのよ。だから、レシピをメモしようと思って」
「しまった。私も持って来るんだった!」
悔しそうに拳を握り締める朱姫だが、立ち直りは早い。
「ま、いいさ。で、何すればいいんだ、恵美?」
「じゃあ、一緒に卵焼きを焼きましょう。この人数分ですから三人でやればすぐ出来ちゃいますし」
「おしっ」
女性陣が揃って料理をしている姿というのはなかなか微笑ましい光景である。
それを見ながら、男性陣。部屋の隅で三人揃って煙草を吹かす。
「去年は恵方巻き、食ったか?」
ぽつりと視線はお料理中の女性方に向けたまま草間が問う。
「最近は食ってねーな……」
「俺は、毎年コンビニのものだったからな。利益も薄かった気がする」
同じく視線は華やかな照明の当たる彼女らに向け、言った弔爾に慶悟。
何とも悲壮感さえ漂っているよに感じるのは気のせいだろうか?
「こらーサボりはいけないんだぞー!」
調理台に背が足りない柚葉がぴょんぴょんと跳びはねながら、三人に指を刺す。
「そんな大人数で何するというんだ。俺たちは邪魔になるだけだろ」
「そうそう。太巻きを巻く段階になったら参加するさ」
「右に同じ」
「うむ」
と、何時の間にか嬉璃までちゃっかり湯のみなぞ持ちながら三人に混ざって頷いている。
「もう」
撫子は困った顔で苦笑するが、確かにもう調理台は定員オーバー状態。
「仕方ないわね。巻くのは自分でしてもらいますからね」
ウィンの言葉に四人は気合のない返事をした。
そして、にまりと小さく怪しく笑むウィンに気づいた歌姫だが、ちいさく首を傾げるだけで何も言わなかった。
「ねぇねぇこれはどうするの?」
「あ、これはね……」
「こうで良い?」
「そうですわ。お上手です」
教え、教えられの光景の中、一人悪戦苦闘しながらも撫子に教わり卵焼きが形になってきた朱姫。
今までの中で改心の出来に一人満足な笑みを浮かべる。
が、すぐに思案顔に変わる。
「……同じ味ばっかじゃ面白くないよな」
いや、何をするんですか?とツッコミを入れる人が彼女の側にいなかった。
そして朱姫は卵のボールに己の好奇心から手を加えていったのであった。

炊き上がりを知らせる機械音が活気溢れる調理室に響く。
「うわぁ、美味しそう」
にっこり笑顔の恵美にシュラインも満足そう。
「綺麗に炊けてるわ。さ、飯台にあけましょ」
「さんした。出番やで」
綾にアゴで呼ばれ、心の中で泣きながらもいつもの事なので従う三下は内釜を持ち上げようとしたが熱いし重い。
「アチチチチっ!」
「大丈夫ですか、三下さん」
「はい〜でも、重いですぅ」
情けない声を出す三下にあやかし荘のいつもの面々からは何やら腑抜けだのなんだのの野次が飛ぶが、今日は三下の味方が多い。
「無理もありませんわ。この人数分のご飯ですもの」
撫子のフォローに恵美も頷く。
二人の言葉に嬉しさで涙ぐむ三下はまるで拾われた捨て犬のようにも見える。
「やっぱりここは今まで休んでいた殿方たちに頑張ってもらいましょ」
シュラインの言葉にウィンがにっこりと微笑む。
「という訳ですので、お願い致しますわ」
重い腰を上げた男三人。
弔爾と慶悟は声を合わせて大きな内釜を持ち上げ、炊きたての米をひっくり返す。
「さ、武彦さん!」
と、シュラインが手渡したのは団扇。
大きな飯台にあけられた飯を手早くシュラインがしゃもじですし酢を振りかけ、切る様に混ぜ始める。
その横で一生懸命に扇ぐ草間氏。
「ふむ。加勢が必要だな」
と、更に慶悟は作り出した可愛らしいサイズの陣笠を被った式神三体に、団扇で扇がせる。
すし飯作りは順調。酢飯の良い香りに皆だんだんワクワクし始めている。
「出来た」
「どれ」
額の汗を腕で拭ったシュラインの脇からぬっと嬉璃の小さな腕が伸び、酢飯を一握りひょいと口にほおり込む。
「ま、嬉璃様。お行儀が悪いですわよ」
渋面の撫子がそう戒めるが嬉璃はどこ吹く風。口の中のものを飲み下すと指を舐める。
「何を言っておるのぢゃ。味見というものは料理の基本。特に寿司はしゃりが命と言っても過言ではないのぢゃ」
「じゃあ、お味の方はどうかしら?」
ウィンの問いに嬉璃は無言で、親指を立てて見せた。
「それじゃ、皆で巻きましょう!」
具材は卵焼き、かんぴょう、椎茸、三つ葉、紅しょうがにきゅうり。
隠れ具材に高野豆腐にえびに見た目卵焼きのクレープやホットケーキ風など……
兎に角、それぞれ自分の前に海苔を広げる。
「太巻き、太巻き〜一番おっきいの作るぞー!勝負だ」
何の勝負か分からないが、しゃもじ一杯に酢飯をすくい海苔の上に山盛り置く柚葉。
それを広げる事をせず、その山の周りに具材を手当たり次第たくさん並べる。
「あらあら、柚葉さん。それでは海苔が巻けませんよ。太巻きを作るときはこのように……」
見咎めた撫子がフォローに入る。
「武彦さん……それ、どうするつもり?」
苦笑しつつシュラインに言われた草間は、はっと自分の手元を見る。
柚葉に負けず劣らずの山盛り。食欲が理性を押し切ったのだろう。多分。
「あー……柚葉の勝負を受けたまでだ」
と、顔を薄っすら赤くしながら、そう言い訳する草間に冷静なツッコミが入る。
「嘘はいけないな。腹が減るのは当然の事。それを隠し立てしても仕方あるまい」
「最近ロクなもん食ってなかったんだろ……」
「まぁ、可哀想に草間さん。今度私の家にいらして。いつでもご馳走しますわ。同居中の彼氏と一緒に」
黙々と自分用の太巻きを作りながら言った慶悟と弔爾とは対照的に、にこにこノロケを交えながら同情するウィン。
不機嫌になる顔にやれやれとシュラインもフォローに入った。
「よし、一本目完成!さ、どんどん巻く!巻く!!巻く!!!」
気合十分の朱姫は海苔の上に酢飯を広げ、具を並べ巻く。また、巻く。どんどん巻いていく。
そのスピードは速い。
端から見える中身の配置も鮮やかで美味しそうであるが、彼女の太巻きには勢いに任せて何か、別の、物が含まれている可能性、大。
それでも、大なり小なり多少いびつだったりするものの、皆で作った太巻きは皿の上に増えていった。
「終了〜」
草間の号令に一同拍手。
「……随分、たくさんになったもんだな」
大皿二つに山盛りになった太巻きに少し呆れる弔爾。
「これは、全員分のお持ち帰りが出来るわね」
「嬉しいです。これでしばらくはご飯の心配しなくて済みます」
殊勝な零の言葉に草間がほろりと涙したとかしないとか。
「さぁ、皆様。お茶をどうぞ」
撫子がおいしいお茶を淹れ、慶悟が方位を確認する。
「今年の恵方は東北東……この方角だ」
と指差した方角に全員が向く。
だが、一人だけ全員の前に立つ、ウィン。手にはデジタルカメラが光っている。
「……なんだ、それは」
草間の問いにウィンはにこやかに返す。
「折角の記念だと思って持ってきたのよ。後でプリントアウトして草間さんにもあげるからね」
にっこりと美しい笑顔でそう言われれば他に何も言えないだろう。
ウィンにしてみれば、面白い写真が取れるだろうって事なのだが、被害者は多くないだろう。
「じゃ、せーの、で食べるわよ。せーのっ」
シュラインの号令で一斉に太巻きを大きな口を開けてかぶり付く。
噛み締め咀嚼し、そして……
『ぶふぅうううっ!!』
特大に噴出す草間と三下。それに、嬉璃。
「きゃ!?ど、どうしたんですか?!」
思わず飛びのく撫子の横でピクピクのたうつ三下。
「な、な、何だこれは!?」
草間の怒号に皆が首を傾げる。
「太巻きだが?」
「そんなのは分かっている。この、この甘ったるさは何なんだー!!」
うがー、と太巻きを握り締める草間からシュラインは太巻きを取り上げると一口食べる。
「うっ……これって、ホットケーキ……?」
口を押さえ、冷や汗流しながら卵焼きらしき物体を引き抜く。
それには周りに透明な粘液が甘い匂いを発して纏わりついている。
「しかも……ハチミツ添え、か?」
その味を想像しようとして止めた弔爾は三下の手の中の物を取り匂いを嗅ぐ。
「……こっちは、豆板醤、か?他にも、なんか混ざってそうだが……」
同じく冷や汗を流しながら、慶悟が手にしたのは嬉璃の卵焼きINブランデー他多数のちょっぴり大人の味バージョン☆
「おい。誰だ、これ作ったのは?」
「私だ」
あ、と手を上げた朱姫は悪びれた様子もなく頭を掻いた。
「いやー同じ味だと飽きるかと思ったんだ。クレープとかホットケーキは結構いけるんじゃないかと思ったんだけどな……ダメ?」
『ダメー!!』
全員の声がハモり、その日残ったのはたくさんのハズレ入り太巻きと決定的瞬間を納めたデジカメのデータ。
吉を呼ぶ為の恵方巻きで、やはり今年もこういう運命なのね……と判明した一日だった。

〜後日〜
「ふふ。良い写真が撮れたわ」
一人、部屋でほくそ笑むウィンの手元には素晴らしいアーチを描いて噴出す三人の姿をおさめた写真。
これで一年はからかえるネタになるのであろう。合掌。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0845/忌引・弔爾/男/25歳/無職】
【0389/真名神・慶悟/男/20歳/陰陽師】
【1588/ウィン・ルクセンブルク/女/25歳/万年大学生】
【0328/天薙・撫子/女/18歳/大学生(巫女)】
【0550/矢塚・朱姫/女/17歳/高校生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、壬生ナギサです。
今年は恵方巻きも豆を食べる事をしなかった節分でしたが、皆さんはどうお過ごしになりましたか?

たくさんの皆さんのご参加で楽しいものになりました。
書いていて楽しかったです。
お持ち帰り頂いた太巻きの中のハズレものは一体誰の手に渡ったんでしょうね?(笑)
ロシアン太巻き!是非、お試しあれ(爆)

では、今年も皆様にとって笑顔多き、幸多き一年になりますように。