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<東京怪談ノベル(シングル)>


モデルのお仕事


 彼女はこの学校の水泳部であった人だ。
 つまりOG。
 現在は泳ぐ事が好きだった事を行かして、水族館や色々なところで仕事をしているそうだ。
 その先輩が、どういう訳かみなもを見つけた瞬間にそれはもう満面の笑みで微笑んでいる。
「あの、どうかしましたか?」
 それしか言えない。
 なにせ相手は何も言ってないのだから。
 いや、一言だけ。
「逸材だわ」
 ずごく、嬉しそうな笑顔でみなもの手を取る。
「ね、バイトしてみない。貴方ぐらいの体型でこれだけ泳げる子がここで見つかるなんて私は嬉しいわ。そうよ、そうと決まったら急がなくっちゃ、何てラッキー。さ、急ぎましょう」
 前半から疑問系であったかどうかも怪しかったが、後半は断る隙なんかなかった。
 隣にいた顧問の先生を見ると諦めてと首を振る。
「……彼女、昔からこうなのよ。とりあえず行ってあげて頂戴」
「はい……」
「じゃあ行くわよ」
 みなもは苦笑しながら後へと続いた。


 唐突な話だったが、詳しく話を聞いてみれば良さそうなバイトだった。
「こんど水族館で金魚をモチーフにしたショーをするのよ。それで私が頼まれたのはその衣装作り。みなもちゃんにはその試着をして貰いたいの」
「モデルですか?」
「そうなるわね、実際には歩くんじゃなくて泳いで貰う事になるから。バイト料は……これぐらいでいい?」
 パチパチと電卓を弾いて出した金額はなかなかに魅力的な金額だ。
「悪くない話でしょ。二週間のあいだ、放課後毎日……二時間ぐらいでどう?」
 確認はしているがきっと断る余地何てないのだろう。それになんだか面白そうな仕事でもあるから、やってみたいと思って快く引き受ける事にした。
「はい、よろしくお願いします」
「良かったわ、よろしくね」
 しっかりと握手を交わし話はまとまったが、もっと早く気付くべきだったのだ。
 世の中、甘い話には裏があるのだと言うことに。


 特別に借りたのだという、広いプールの腋で同じように引きつった笑みを浮かべている人が何人か。
 そして対照的に楽しそうな表情で、女の子達に服を着せている人も数人。
「次はこれね」
「は、はい」
 金魚をモチーフにした衣装はどれも変わった物ばかりだった。
 全身が大きな鱗で覆われたようなウェットスーツ。叩けば音がしてまず間違いなく泳げるとは思え無い。
 全身のパーツが別れていて、鱗が付いた甲冑のような物を腰に巻き付け、上から銅の部分を着る。
 ここの二つはピッタリとした剣道の胴着のようなものだ。
 そして手足にも固い手袋のような物をはめられ、ボタンとベルトでキツく止められる。
「あの……これ、泳げるんですか?」
「何事も挑戦、大丈夫。沈んだら助けてくれるから」
 とりあえずで放り込まれたが、動かせるのは僅かに指先と関節がほんの僅かである。
 少しの間奮闘してみたが、当然泳げる訳がない。
 ウエットスーツとは名ばかりで、全身を拘束されて重しを付けられているようなものなのだ。
 なんとか動こうとしてもどんどん沈んでいってしまうのである。これは下手をすれば水中でパニックを起こしておぼれかけない。
 一番下まで沈んだところで、引き上げる専門の人にすくい上げられプールサイドへと上げられた。
「っ、ぷはっ」
「ダメだったかー」
「でも一番いい動きだったね」
「おしいよね、じゃ次」
「あははは……」
 人魚じゃなかったら溺れている気がするんですが?
 思わず苦笑したみなもを余所にトントンと試着は進められていった。
 次に渡されたのはイルカ風の衣装。
 見た目は可愛い、かも知れない。
「どうやって着るんですか?」
「とりあえず下に置くから、中に入って」
 いわば逆さなぎ。
 多少柔らかさはあるようだが、膝を付くように足を入れ、寝そべりながらヒレに手を入れて背中のジッパーを上げて貰う。
 まるで細いくだの中に入れられたような気分だ。
「どう、少しは動けるでしょ?」
 はい、と言いたくとも声はきっと届かない。
 今度もプールに放り込まれ、膝を曲げる力だけを使って前に進む。
 さっきよりはましに動ける。水中を進んでいるのは解ったが……実はこの衣装、前が見えない。
 ゴツン。
 プールの側壁にぶつかり、会えなく沈没。
「………何がいけなかったかな?」
「全部じゃない?」
「つ、次に行きましょう」
 みなもの言葉に、二人の先輩はパッと表情を輝かせる。
「偉いね、みなもちゃん」
「うんうん、いい後輩を持った」
 それからもどんどん出てくる変わった衣装。
 別の日は厚い素材で出来た鯉のぼりのような物。
 これは今までの物で一番動く事が出来たのだが……ふと根本的な事に気付いてしまったのだ。
「金魚じゃないよね?」
 プールから上がったみなもが、同じ衣装を着て泳いでいる人を見たその型はまさに赤い鯉のぼり以外の何者でもなかった。
「服は着やすかったんですけどね」
 言ってしまえばほぼ筒型なのだから、それも当然だ。
 それでも上からかぶせてしまうだけなのだからまだましである。
「ヒラヒラ感はありよね」
 メモしながら、次の物にうつる。
「動きやすさで言ったら、これよね」
 真っ赤に染められたウエットスーツ。
 これが一番無難だ。
 誰でも泳ぐ事が出来る事が利点だが……ショートしての華やかさがたりない。
「コンセプトは金魚でしょ……」
「次よ、次ッ!」
 また別の日に楽しげに見せられたのは、そのまま金魚、というか鯛のような着ぐるみタイプ。
 思わず尻込みしたのだが……帰る訳にも行かないようだった。
「あの、これ……」
「がんばって、みなもちゃん。何人か風邪だとか親族の葬式だとか、連絡が取れない子がでてきたのよ。あなただけが頼りなの」
 鬼気迫る目でまくし立てられては、どうする事も出来なかった。
「か、がんばります」
 この鯛の着ぐるみ、手足は自由なのだが……結局後から来た先輩に間違ってるなんて言う突っ込みを受けて、あえなく却下となった。
 そしてまた別の日。
「今度こそ、今度こそは……」
 メノしたにクマまで作ってきた先輩が出したのは、ウエットスーツではあるのだが、その手足にヒレが付いたようなもの。
「これは綺麗ですね」
「そうでしょ!」
 動きにくさは最初に着た鱗なみであったが、イルカや鯉のぼりを応用してかばた足は出来ないにしても膝を使って進む事は出来る。
 それから肘から下が動ける程度には可能な状態も、多少の方向操作はできるだろう。
 顔もしっかり見えている訳だからぶつかる心配もない。
 とは、先輩の言い分だ。
 ピッタリした衣装はやっぱり着にくかったし、水中で動けたのはみなもを筆頭に、よっぽど練習して多少は動けるかなと言った程度なのである。
 足をヒラヒラと水中で動かしながら上がったみなもに、先輩がにんまりと微笑む。
「泳げたわよね、もういつ、何処でも泳げるわよねっ」
「はい……平気だと思います」
「よしっ、これで行くわよっ!! これだけ綺麗なんだから一人でも泳げればみんな泳げる。とか何とか言って言いくるめるのよ」
 握り拳を作って力説する先輩を前に、本当に大丈夫なのかと思ってしまったのは、ここだけの話。
 きっと、多分。
 他の人はこれを来て泳ぐのに、かなりの練習量が必要だろう。
「じゃ、証拠のビデオ取るから、もう一泳ぎよろしくね」
「はい」
 パシャンと水に潜ってプールの中を時折顔を出しながらグルリと泳いでみせる。
 ヒラヒラとした動きに先輩はとても満足げだったし、大変な仕事だっただけあってみなもとても気分が良かった。
「本当にありがとうね、みなもちゃん」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
「何て可愛い後輩なの、私は嬉しいわっ」
 ぎゅうと抱き締めて喜ぶ先輩に、ついうっかり言ってしまったのである。
「また何かあったら言って下さいね」
 みなもの言葉に線ぽいがこれ以上ないという微笑みを返した瞬間、みなもは少しだけ早まったかなと思った。