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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:子狐こんこん
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

「あら?」
 草間零が足を止める。
 珍しいものを見た。
 大都会の真ん中を走る子狐。
 何かを探しているのか、ときに立ち止まってはきょろきょろしている。
「こっちへおいで」
 手招き。
 ふつう、人間の言葉を狐は理解しないものだが、
「こーん」
 子狐が近づいてくる。
 まったく奇妙な光景だった。
 都会に狐がいることも、それを抱き上げる少女も、道行く人々がまったく注目しないことも。
「そうなの。家に帰ろうとしていたのね」
 ふわふわの毛並みを撫でつつ問いかける。
「こーん」
「詳しい場所は憶えていないの。それは困ったわね」
 優しげな言葉。
 安心したかのように、子狐が力を抜く。
「判ったわ。私が一緒に探してあげる」
 微笑。
 慈愛に満ちた。
「こーん」
 嬉しそうに鳴く子狐。
 雑踏に、なぜか穏やかな空気が流れていた。






※久しぶりに、零がホスト役の話です。
 しかも零の様子が、普段とはだいぶ違います。
 彼女に協力して子狐を飼い主(?)の家まで届けてあげてください。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。

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子狐こんこん

 極東のメガロポリス。
 一二〇〇万近い人間を呑み込む巨大都市。
 東京。
 新宿区の一角。
 古ぼけたビルの四階。
 不本意ながら怪奇探偵と呼ばれる男の牙城がそこにある。
 草間興信所という。
 アンダーグラウンドの世界では、けっこう有名な場所だ。
 そのため、いろんな人間が集まってくる。
「‥‥うちはサ店か?」
 所長たる草間武彦が嘆いている。
 気持ちは判らなくもない。
 なんでこういつもいつも、所員でもない人間がうろうろしているのだろう。
「まあまあ、賑やかでいいじゃない」
 肩を叩くのは、一応の職員のシュライン・エマ。
 草間興信所の大蔵大臣とか、影の支配者とか、草間の奥さんとかいわれる女性だ。
 どの評も、もちろん事実無根ではない。
 区役所だって認めている。三番目のは。
「国が認めても、正義が認めないって意見もあるけどねー」
 応接ソファーから、巫聖羅がからかった。
 熱心に、初瀬蒼華と守崎啓斗が頷いている。
 三人とも学生である。
 蒼華は大学生、啓斗と聖羅は高校生。
 働かずに食える身分なのは羨ましい限りだが、聖羅は仕送りを受け取っておらず自活している。
 啓斗にいたっては、両親をすでに亡くして弟と二人暮らしだ。
 けっこう重苦しい過去を背負っていたりする。
 例外は新参の蒼華だけで、彼女はごく普通の家庭の出身である。
 とはいえ、特殊能力を持ってしまっては、なかなか普通の生活は大変だ。どこにでもいる女子大生に見える蒼華だって、やはり「仲間」ともにいる方が心強い。
「ようするに、ここは互助会みたいなものなのよね」
 とは、シュライン女史の弁である。
 この意見に対して、所長たる草間は反論しなかった。
 たまに自信がなくなるのだ。
 本当にここは探偵事務所なのか、と。
 
 
 事務所に入ってきた草間零は、どことなく普段と異なる様子だった。
「どしたの? 零ちゃん」
 義姉のシュラインが訊ねる。
 曖昧な笑みを浮かべる零。
 なんとなく肩に手などやっている。
 霊感のないシュラインや草間や蒼華には見えないが、
「狐? 霊体‥‥だよね?」
 聖羅が問いかけた。
 零が唇に人差し指を当てる。
「この子自身が、まだ気づいていませんから」
 周囲の困惑をよそに、義姉の手を取る。
 心づいた聖羅と啓斗が、それぞれ蒼華と草間の身体に触れた。
 これで霊視のできないものにも、一時的に能力を仮借するのだ。
 全員が、子狐の姿を見る。
 蒼華の瞳が輝いた。
「可愛い〜〜〜〜☆」
 まあ、わりと普通の反応である。
 小動物の最大の武器は、その愛らしさだから。
 一人を除いて、皆にこにこしている。
「また厄介ごとか‥‥」
 除かれた一人。すなわち怪奇探偵が、なにやらぶつぶつ言っていたが、もちろん誰も注目してくれなかった。
「ちょっとこの子を休ませてきますね」
 零が自室に消える。
 やがて戻ってきたとき、普段通り彼女だった。
「説明してくれるわね? 零ちゃん」
「はい。お義姉さん」
 全員が応接セットへと移動する。
「じつは‥‥」
 見たことを見た通りに話す零。
「なるほどねぇ」
 聖羅が腕を組む。茶味がかった髪が揺れる。
「家を探すっていっても、そう簡単な事じゃないわよね」
「いや、野生の狐がこんなところをうろうろしてるはずがないと思う」
 啓斗が反論した。
 良くも悪くも、東京には自然が少ない。
 二三区に関していえば皆無といっても過言ではないだろう。
 となれば、そんなところに野生の狐の巣があるとは思えない。
「ペットだったとか?」
 当然の問いかけを、蒼華が発した。
 ゆっくりと頭を振る啓斗。
「それは俺も考えたけどな。犬や猫ならともかく狐だろ?」
「そうね‥‥」
「だからさ。稲荷とか、可能性高そうじゃないか」
「なるほど。それはあるかも」
 どんどん古い建物が壊され、新しい建造物に取って代わられている。
 神社だって消えてゆく。
 そんな時代に取り残された稲荷神がいても、べつに不思議ではない。
「うーん。でも、そんなに神々しくは見えなかったけどなぁ」
 聖羅がけっこう酷いことをいうが、まあ、事実ではある。
 あの子狐は、どう見ても子狐にしか見えない。
「ペットの線と神社の線。両方で探ってみましょうか」
 シュラインが言った。
「結局やるのな‥‥」
「大事な妹のためでしょ。だらけてないで動きなさい」
「わかったよぅ‥‥」
 夫婦の会話。
 社用車のキーを手に取りながら、
「これ以上ないってくらい敷かれてるな」
 と、啓斗が思った。
 むろん、口に出したりはしなかったが。
「どっち」
「FTR。大型は持ってないからな。俺」
 聖羅の質問に肩をすくめる少年。
 シャドウスラッシャーの方は、シュラインと草間くらいしか運転できない。
 探偵の仕事は足回りが勝負。
 その点、バイクは自動車より戦力になる。
「んじゃ、あたしがうしろにのるね」
「お、おう」
 やや頬を赤らめる。
 同い年の女性とタンデムというのも照れくさい話だ。
「私たちは車よ」
 シュラインがキーを握る。
 修理から戻ってきたワゴン車だ。四輪は、もうこの一台だけである。
「もう一台くら用意したいけどな」
「お金ができたらね」
「もしかして、ここってビンボーなんですか?」
 蒼華が無邪気に問いかける。
 悪気はない。
 アンダーグラウンドではけっこう有名な場所だから、金持ちだと思っていただけだ。
「事実は小説よりも奇なり、ね」
 肩をすくめるシュライン。
 その横で、甲斐性なしの亭主が怒濤の涙を流していた。


 ハイエースとFTRが都内を駆け回る。
 調査としては、べつに複雑な方法ではない。
 子狐の記憶にある景色を零が念写し、その映像を探し歩く。
 手間はかかるが、逆にいえば時間さえかければ必ず正解に辿り着くことができる。
「もう少し品川の方かしら‥‥」
 車載コンピュータがはじき出す情報を元に、シュラインがナビゲートする。
 修理したついでに、いろいろと改造を施したハイエースだ。
 改造を手がけたのは自衛隊の技術部。びっくりするような技術力が詰め込まれているのである。
「品川方面に移動して。啓斗クン」
 蒼華が無線を通して指示を送る。
『らじゃ』
 ある事件以来、すべての社用車に無線を積んだ。もちろんバイクにはヘルメット内蔵のインカムタイプだ。
 怪奇探偵などといわれていても、けっこう近代装備をしているのである。
 特殊能力を誇るだけでは、どんな事件も解決できない。
 最も地味な部分にこそ最も気をつかうべきだ。
 それが所長の持論だったりする。
 やがて、
『それっぽい家を発見したぞ。画像いってるか?』
 啓斗からの通信が入る。
「届いてる。まず間違いなそうね」
 機器を操作するシュラインの横、零の肩の上で子狐が嬉しそうに頷いている。
 かるい溜息を漏らす蒼華。
 難しいのは、ここからなのだ。


 先着した啓斗と聖羅は家の扉を叩き、家主と面会していた。
 ごく普通の家である。
 神社でもないし、動物実験の施設でもない。
 まずは、どうして子狐と繋がるのかを確認しなくてはならないのだ。
「どういう事なのか、話してください」
 聖羅が問う。
 普段の軽い様子はなく、真剣そのものだった。


 その青年と子狐は、奥多摩の山の中で出会った。
 山菜を採りに行ったときのことだ。
 親を亡くしたのだろうか、か細い声で鳴いている子狐を見つけた。
 衰弱しきっており、いまにも死にそうだった。
 たまらず、青年は救いの手を差しのべる。
 自宅に連れて帰り、獣医に診せ、親代わりとなって育てた。
 むろん、善意からやったことだ。
 子狐もよく青年に懐き、とても良い子だった。
 だが、あるとき青年は、かかりつけの獣医に忠告される。
「自然に帰すべきだ」
 と。
 子狐を拾って数ヶ月。衰弱していた体は回復している。
 山に返す頃合いなのかもしれない。
 だが、青年は躊躇った。
 情が移っていたから。それに、こんな小さい狐が自然の中で生きられるのだろうかという不安もあった。
 しかし、幾度も獣医に説得され、昨年の秋に子狐を山に放す。
 寂しさと不安に耐えながら。
「そっか‥‥」
 話を聞いた聖羅が応接間を見回した。
「あ‥‥」
「あれがその子の写真ですね」
 啓斗が確認した。
 サイドボードの上。青年の腕に抱かれた子狐は幸せそうだった。
「ええ。いまでもたまに夢を見ます」
 里村洋一と名乗った青年が、ほろ苦い表情をたたえる。
 後悔は、いまも続いているのだろう。
 きっと幸せに暮らしている、という思いこみが支えているだけなのかもしれない。
 だが‥‥。
「もっともっと後悔させることになってしまうな‥‥」
 胸中、啓斗が呟く。
 その時、玄関のチャイムが鳴る。
 シュラインたちが到着したのだ。
 もうこの世にはいない子狐をつれて。


 雪に閉ざされた山。
 ざくざくと。
 七人の男女が雪を掘る。
 誰も、なにも言わず。
 ただ黙々と。
 彼らはずっとそうしていた。
 やがて、
「いたぞ」
 草間が口を開く。
 白い白い雪の下。
 それは、驚くほど綺麗な状態を保っていた。
「ありがとう‥‥ございます」
 深々と頭をさげた里村青年が、大事そうに子狐の遺体を抱く。
 蒼華は、それに手を触れる。
 そして口を開きんけ、やめた。
 子狐の最後の記憶など読んでどうするというのか。
 青年に伝える?
 ばかばかしい。これ以上、彼の哀しみと苦しみを増やしてどうする。
 探偵の仕事は、終わったのだ。
 遺体を自家用車に乗せて去ってゆく里村を、ただ黙然と見送る探偵たち。
 しばらくして、
「誰が悪かったわけでも、ないのよね」
 シュラインが呟いた。
 その通りだ。
 青年は子狐を見捨てることができなかった。
 獣医は自然のあるべき姿へと帰せといった。
 情としては青年が正しく、理としては獣医が正しい。
「零ちゃんが見た通り、帰ろうとしてたんだよね。あの子」
「ええ‥‥」
 聖羅の言葉に零が頷く。
 山での、自然での生活に馴染めなかったのだろうか。
 自然の中で暮らすことよりも、人間の‥‥否、里村の近くにいる方が子狐は嬉しかったのかもしれない。
 もちろん、忖度するしかないことだが。
「かわいそうだね‥‥」
 蒼華の頬を透明な雫が伝う。
 ちらりと見遣った啓斗。
「自然動物なら九割は淘汰されて死んでる。当然のことだろ」
 感傷を振り切るように言った。
 そう。
 あの子狐だけが特別に不幸だったわけではない。
 自然とはそういうものなのだ。
 屹っと森の深淵を見つめる少年の頭に、大きな手がのる。
 草間だ。
 そんなに無理しなさんな、と、いつも暢気な探偵の顔が語っていた。
「そうだな‥‥」
 少年の瞼の奥。
 次の地へと旅だった子狐の姿が浮かぶ。
「あの子が最後に見た夢はね‥‥大好きなお兄ちゃんに抱っこしてもらう夢だったんだ‥‥」
 嗚咽混じりの、蒼華の声。
 うとましいチカラ。ものの記憶を読むサイコメトリー。
 こんなときは、力なんかいらないと本気で思う。
「最後に笑ってくれて良かったよ」
 道を拓いてやった聖羅が呟いた。
「そうね」
 子狐の遺体のあった場所に、花束を供えるシュライン。
 夕日が彼らの姿を照らし出していた。
 あかくあかく。
 雪までも紅にそめあげて。










                         おわり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
2540/ 初瀬・蒼華    /女  / 20 / 大学生
  (はせ・しょうこ)
1087/ 巫・聖羅     /女  / 17 / 高校生 反魂屋
  (かんなぎ・せいら)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「子狐こんこん」お届けいたします。
ちょっと哀しくせつないお話でした。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。