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<東京怪談ノベル(シングル)>


サクラ降る香る花びら紅の夜


 甘い薫り漂う室内に飾られているのは、数々のチョコレート。
 ガラスケースに飾られている物はどれも美味しそうで、店に来た女の子達を魅了してやまない魅惑の菓子だ。
 有名な高級ベルギーチョコレートの専門店だけあって、この時期の店内には砂糖菓子でてきているような女の子達で活気に溢れ、楽しそうにバレンタインチョコレートを選んでいる。
 だけど今日、この時間は少しばかり勝手が違う。
 黄色い悲鳴や視線を集めているのはチョコレートではなく、テラスでお茶を飲んでいる人物の一挙一動に対して店内は色めき立っている。
「悪い、遅くなった……って」
「いいえ、構いませんよ」
 かけられた声に振り返ったのは、歓声を浴びている最中の、斎悠也その人だった。
 声をかけた人物に対して微笑み返すが、その相手は5メートル先でしまったというような顔をしている。
 つい先ほど、先輩である彼に交渉してここの店の厨房を借りる事が出来るように交渉してもらったのだ。
「どうかしました?」
「いや、ここに置いておけば客寄せになると思って……失敗だったな」
 女の子は確かに集まっているが、それは悠也目当てだ。
「許可は取れたから、厨房使っていいってよ」
「ありがとうございます」
 話をする間ここで待つように言われたのである。
 つまりいるだけで客寄せになると思っての事だろうが、想像以上の事になってしまったのだろう。
 苦笑してから、悠也は店の奥へと案内して貰った。
「使っていいのは、こっからここまでな。他は明日の準備があるから」
「はい」
 調理台の一部を借りて、先輩にコツを教わりながらチョコレートを作る準備を始める。
 材料はあらかじめ買ってあったが、広い調理場や道具が揃っている場所となると流石専門店のキッチン。
 目の前に並べられた道具は、どれも珍しい物ばかりで、丁寧に使い込まれている。
「お借りします」
「多少癖が付いてるが、まあ大丈夫だろ。基本的な事は知ってるだろうから省くとして……どんなのが作りたいんだ?」
「それならレシピを作ってきたので」
「へえ、どれ?」
 先ほどテラスで待っている間、ただ待っていた訳ではない。イメージが上手く伝える事が出来るようにとノートにレシピを書き込んでいたのだ。
「桜モチーフか」
 レシピを見る目はプロの真剣さだ。有名店で勤める事が出来る実力があるだけあってその実力は確かな物である。
「解った、あとは作ってみるか」
「よろしくお願いします」
 用意する材料はビターチョコとホワイトチョコ。桜のジャムとイチゴジャム。そして薫り高いチェリーブランデー。後は必要に応じて細かくそろえていけばいい。


 お菓子作りという物は見た目の華やかさに比例して繊細さと同時に思い切りの良さも必要とされる。
 手先の器用さは当然として、細かい作業をを集中力を持続させる事と、思い切りの良さも重要だ。
 繊細さと大胆さ。
 その点は悠也は申し分ないほど兼ねそろえていた。
 少しコツを教えてきただけで、チョコレートを型に流し込み、流れるような動きでビターチョコの中に甘い桜のジャムとアルコールを飛ばしたチェリーブランデーを注ぎ込む。
 細かなその作業はまずためらって手がふるえてしまうか、慎重になりすぎて動作が遅くなってしまうかするのだが悠也の動作には去れが微塵も感じられないのだ。
「上手いもんだな、始め立てからそこに行くまでにまず何年かかかるぞ」
「ありがとうございます、お菓子作りは趣味ですから」
「趣味なぁー、ま、とりあえずこっちは冷やして……出来がどうなるか楽しみだな」
「綺麗に出来てるといいんですが」
 メインのチョコは完成したから、今度は飾り作りに取りかかる。
 綺麗に混ぜたホワイトチョコと色鮮やかで新鮮なストロベリーを混ぜ桜花びらの形にデザインし、その中にも薔薇のよい薫りのするイチゴジャムを入れていく。
 その細やかさは繊細の一言に突き、とても美しい。
「これも後は冷やすだけですね」
「そーだな」
 そのころになったら先輩は感心するようにチョコをしげしげと見つめて、周りも驚いたように集まってきていたりする。
「お前ら仕事しろ」
「でもこれ……」
「……まあ、これも勉強か」
 それほどまでに、いい出来なのだ。


 そして完成したチョコレートを箱に詰めていく。
 西洋チョコと桜というテーマを用いた西洋と和が見事に調和した悠也特製のベルギーチョコだ。
 まるで絵画のような細工はホワイトチョコレートで描かれており、緩やかに重なる水をを表している。
 その周りに散っているのは桜の花びら、ではなくて薄い桜色のストロベリーチョコレートだ。
 一つとっても素晴らしい完成度なのだが、全て合わさると芸術の粋まで高まっている事がよく解る。
 プロとして即戦力。それ以上の実力は十分にある。
 ダレが見てもため息が出るような作品は閉じるのが惜しいぐらい。だがこうして華やかにラッピングしてしまえば、それすらも見事で……渡されただろう女の子はいつまでも飾っていたくなるような仕上がりだった。
 それも完成したのは一つではなく、大量になのである。
「こんなに作ってどうするつもりだ?」
「お店のお客様や皆さんや、友人にも配って見ようと思っているんで」
「うれるぞ、これ」
「お遊びで配る方の分も入ってますから」
 あっさりと言ってのける悠也に、先輩は今度は別の意味で深々とため息を付く。
「嫌な奴だな。裸足で逃げ出したくなる」
 眉をひそめて渋い顔をする先輩に、悠也は褒め言葉と受け止める事にして微笑み返した。
「ありがとうございます」



 キッチリとあとかづけまで綺麗に済ませてから、沢山のチョコレートを持って帰るのに必要だろうと貰った紙袋。
 部屋に戻って、紙袋から一つ取りだし力を用いて異空間へと転移させる。
 そのチョコレートがどうなったかは、そっと微笑む悠也だけが知る事だ。