コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


神父さまの秘密
「時人さま、いらっしゃいますか?」
 遠慮がちに戸を開けて、シスターの綾井ひとみが顔を出す。
「え、どうかしたんですか?」
 時人は首を傾げながら、戸の隙間からこちらをうかがうひとみに声をかけた。
「あの……実は、わたくし、折り入ってご相談が……」
「ああ。つまりは依頼ですね。じゃあ、どうぞ、そんなところにいないでこっちに」
 時人は立ち上がり、お茶の用意をしながらひとみに椅子をすすめる。
「でも、そんな、かしこまらなくったっていいのに……。なにか、あったんですか?」
 ひとみは、ちょくちょくこのマジックショップの戸を叩く、いい常連客なのだ。はじめのうちはどこか遠慮した様子だったが、今ではすっかり馴染んでいたはずなのに……と、時人は不思議そうに訊ねる。
「はい……。その、実は、久川神父のことなのです」
「え、あの、上司の?」
「はい、そうです。久川神父がなにか、近頃、わたくしに隠しごとをされているようで……」
「う〜ん、別に恋人同士とかいうわけでもないんだったら、隠しごとのひとつやふたつ……」
「でも、ものすごく怪しいんです! なにか、こそこそとしていて……。教会の中であんなにこそこそしているなんて、絶対に変です。だから……お願いします、久川神父がなにを隠しているのか、調査してはいただけませんでしょうか」
「でも、探るっていったって、どうやって……?」
「……新人シスター、ということでいかがでしょう?」
「へ?」
 大真面目に提案するひとみに、時人は間抜けな声を出した。

「ここが……その、教会ですか?」
 こぢんまりとしたたたずまいの教会を見上げながら、修道服を着た銀髪の少女――マイ・ブルーメは同じく修道服姿の時人に訊ねた。
「ええ。とりあえず、綾井さんがちょっと神聖都学園の方に行かないといけないので、その代わりに――ということで呼ばれた臨時バイトで、綾井さんの知り合い、ということで」
「あ、それじゃあ、綾井さんっていないんですか?」
 時人の隣で、同じく真っ青な長い髪のうつくしい、修道服姿の少女――海原みなもが訊ねかえす。
「だ、大丈夫です! 僕も一応、綾井さんからひと通りのことは聞いてきましたし……それに、ブルーメさんは本職の方なので! いざとなったらブルーメさんに聞けばきっと大丈夫です!」
「みなも様、よろしくお願いしますね」
 ブルーメはにっこりと笑って頭を下げた。
「……こんな状態で大丈夫なのかな」
 こっそりとみなもがため息をつく。
 時人には聞こえていないようだったので、ブルーメはそれを聞かなかったことにした。
「じゃあ、がんばりましょう! えーっと……僕はあんまりしゃべらないようにするので、よろしくお願いします」
 そんなふたりの様子に気づいていないのか、時人が勢いよく頭を下げた。

「ああ、あなた方ですか」
 敷地内に入るなり声がかかって、みなもは思わず辺りを見回した。
 礼拝堂のすぐそばに、掃き掃除をしている男性の姿があった。
 ここは小さな教会で、ひとみと久川以外に人はいないとの話だったから、あれが久川に違いない。
 久川は足早に近づいてきて、3人の前で立ち止まると人好きのする笑みを浮かべる。
「まさか、3人も来ていただけるとは……。小さな教会ですから、ほとんど人も来ませんし、やることといえば掃除くらいしかありませんが、よろしくお願いいたしますね」
 若白髪なのかそれとも異国の血が混じっているのか、銀色の髪を短く刈り込んだ久川が、もともと細い翠色の目をさらに細めながら頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 つられて、みなもも丁寧に頭を下げ返した。
 顔を上げながらこっそりと観察してみるものの、久川には特におかしな点は見あたらない。
 けれども、まだ会ったばかりなのだし、油断は禁物だ。みなもは気を引き締めながら、久川の言葉を待った。
「神父さま、まずはなにをすればよいでしょうか」
 ブルーメがわずかに首を傾げながら訊ねる。
「そうですね……では、礼拝堂の掃除をお願いします。その前に、ひと通り中を案内しましょう。案内するほど、複雑な建物ではありませんが」
 苦笑しながら、久川がほうきを脇に置く。先に立って歩き出す久川のあとを、3人は必死に追いかけた。
「まず、ここが教会堂です。普段はまったくといっていいほど使ってはいませんが……主に、こちらの掃除をお願いすることになります。埃がたまりやすいので、毎日掃除していてもなかなかきれいにはなりませんね」
 すぐ手前にある、てっぺんに十字架の立った質素な建物を指して久川が言う。
 みなもがなにか訊ねる間もなく、久川は教会のすぐそばを通って裏手へとまわる。
「それから、こちらは私が普段寝泊りしている場所ですね。綾井くんには別のところから通っていただいていますが、部屋は余っていますから、泊まろうと思えば泊まれないこともありません」
 教会の裏には、小さな家が立っていた。家、というよりは少々立派な小屋、と言ったほうが正しそうなくらいの粗末な家だ。
 いくつかある窓にはカーテンがかかっていて、中をうかがうことはできない。
「どこか、入ってはいけない部屋などはありますか?」
 ブルーメが訊ねる。
「いえ、特には。……私の寝室は、できれば、あまりのぞかないで欲しいですが……別に入ってはいけない、というほどのことはありません。なにか、気になるものでもありますか?」
「い、いえ……」
 不思議そうに問い返され、ブルーメは視線をそらす。
「そうですか? それなら、いいのですが……もしもなにか気になるものがあったら、気にせずに聞いてください」
 ブルーメの様子をおかしいと思わないのか、久川はにっこりと笑う。
「あ、あの、あれはなんですか?」
 話をそらそうと、みなもは小屋の隣に広がる、不自然に整地された場所を指した。他の部分には雑草が生えているのに、そこだけは土がむきだしになっている。
「ああ……あれは畑です。土地も余っていますし、どうせなら畑にしてしまおうかと思いまして……もしよろしかったら、収穫の頃に来てください。おすそ分けしますよ」
 久川は畑の方を向いて答える。
「そうなんですね。ありがとうございます」
 どうやら、特に怪しいものではなかったらしい。みなもは内心がっかりしながら、久川に頭を下げた。
「……と、ここにあるものといえば、これくらいですね。見ての通り、小さな教会ですから。他になにか聞きたいことはありますか?」
 久川が振り返って言う。
「……別に、あやしいところは特になさそうですよね」
 みなもはこっそりと、黙って後ろをついてきていた時人に耳打ちした。
「うーん……でも、綾井さん、それだったらどうして神父の様子が変だなんて……」
「なにか、綾井さまにだけは隠しておきたいことがあるのかもしれませんね。直接、聞いて見ましょうか?」
 ブルーメも声をひそめて言う。
「その方がいいかも……あたしの予想だと、なんだかロマンスの香りがするんですよね」
「ロマンス、ですか?」
 ブルーメが目をぱちくりさせる。みなもはうなずいて続けた。
「ええ、ほら、今ってバレンタインシーズンじゃないですか。きっと、それでそわそわしてるんだと思うんです」
「……なるほど。男ってみんな、この時期そわそわしちゃいますもんね。わかります」
 時人が実感のこもった様子で同意を示した。
「じゃあ、ちょっと聞いてみます」
 そうして、みなもは久川に向き直った。
「どうかなさいましたか?」
「あの、もしかして、綾井さんにバレンタインのプレゼントを渡そう、とか考えてたりしませんか?」
「……え? 深刻に相談をしているからなにかと思えば……女性はそういう話の好きな方が多いのを、すっかり忘れていましたよ」
 一瞬きょとんとしたあとで、苦笑しながら久川が言う。
「綾井くんには毎年、バレンタインやクリスマスには贈り物をしていますけれど……恒例の行事ですし、特にそういった意味はありませんよ?」
「恒例の行事、なんですか……」
 だとしたら、違うのかもしれない。毎年恒例なら、特に怪しいそぶりを見せるはずはないし……予想がはずれて、みなもはこっそりとため息をつく。
「今年は、みなさんにもなにか用意しなくてはいけませんね。とはいっても、大したものではありませんが」
 みなものため息の意味をなにか誤解したのか、久川が言う。
「あ、いえ、あたし、そんなつもりで言ったんじゃ」
「日ごろお世話になっている方々に感謝の気持ちを込めてお贈りしているものですから、気にしなくとも大丈夫ですよ」
「あの、神父さま。それでは……なにか、綾井さまに隠しごとをしてはいませんか?」
 続いて、ブルーメが訊ねる。
「隠しごと、ですか? いえ、特には……隠すようなことはとくにありませんし」
 答える久川の様子には、やはり、どこも不審なところはない。
「やっぱり……綾井さんの勘違い、なのかも」
 ぼそり、とみなもはつぶやいた。隣で、時人が小さくうなずく。
「でも、綾井さまはなにか神父さまが隠しごとをしているようだと……心配していらっしゃいましたけれど」
「……綾井くんがそんなことを? そうですねえ……。ああ、私は外を掃除しますから、みなさんは教会の中の方をお願いできますか?」
 久川はごまかすように笑うと、すたすたと歩き出す。
「今、ごまかされましたよね?」
 ブルーメが声をひそめる。
「ええ、絶対、なにかごまかしましたよね」
 みなもも小さく同意した。
 そうしてみなもが久川神父を呼びとめようと顔を上げた瞬間、強い風が吹いた。
 久川の黒衣が風でめくれあがる。久川がそれを慌てて押さえる。
 みなもは自分の修道服を押さえるのも忘れて、大きな青い瞳をさらに大きく見開いた。
 久川の黒衣の下に見えたもの――それは、みなもの見間違いでなければ、白いフリルがまぶしい、ガーターベルトだった。
「……み、見ましたか?」
 みなもは小声で他のふたりに訊ねる。
 ブルーメも時人もしっかりとその瞬間を目撃してしまったらしく、がくがくと首を振る。
「ガーターベルト……でしたよね」
 ブルーメが恐ろしいもののことを語るような口調で言う。
「しかも白いフリルのついてるやつだったような……」
 時人が十字をきりながらうなずく。
「……多分、隠してることってあれじゃないかなって思うんですけど……綾井さんには、黙っておきませんか?」
 みなもが提案すると、ブルーメも時人も、大きくうなずいたのだった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0126 / マイ・ブルーメ / 女性 / 316歳 / シスター】
【1252 / 海原みなも / 女性 / 13歳 / 中学生】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
 こんにちは、3度目の発注、ありがとうございます。今回執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
 今回はシスターのコスプレネタ+ちょっとキワモノネタ、という感じだったのですが、いかがでしたでしょうか。
 あまりにもキワモノ過ぎて、生温かい笑みを浮かべられているのではないだろうか――と少し心配です。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 でも、明るい雰囲気のみなもさんは書いていて楽しかったです。一服の清涼剤、という感じでした。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。