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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


誕生石の女


■序■

 店主が曰くつきのものに詳しいという噂を聞きつけて、その女は蓮を尋ねたらしいのだ。女は、優実と名乗った。祐介という男と、今年の春には結婚することになっているらしい。彼女も彼女の婚約者もどこにでもいる恋人たちだった。少なくとも1週間前までは。
「柘榴、とかいう女が、いきなりあたしの家に来て……祐介は、自分のものだって……」
 ぷかぷかと煙管を燻らせながら、黙って蓮は話を聞く。
 話しているうちに、優実は泣き出していた。
「祐介の家に行ったら、祐介はいなくて……その柘榴って女だけがいたんです。おっきなガーネットの指輪をはめた女なんです。お願い、祐介を取り返してほしいの」
「ンん、そいつはちょいと、あたしの管轄外じゃアないかい? いい興信所知ってるよ」
 ぽん、と蓮は煙管から灰を取り出した。灰が舞った。優実が泣き腫らした目で蓮に詰め寄ったからだ。
「そう言って、誰も取り合ってくれないのよ!」

『フリマでさ、みつけたんだ。いいだろ。優実、1月生まれだもんな? 誕生石って、ガーネットでいいっけ? サイズはばっちりだって。ほら、オレって痩せてんじゃんか。優実と薬指のサイズ変わんないだろ。こうやってさ、自分の指で確かめたんだ。サイズが合うかどうか――』

 ふぱ、
 蓮はうっすら微笑んで、紫煙を吐き出す。
「……ああア。よく言うねエ、ガーネットは嫉妬深い石だって――」
 そしてその艶やかな目を、優実の泣き濡れた目と合わせるのだ。
「いいだろ。知り合いをあたって、何とかするよ。ただし、報酬としてその指輪をいただくけど、構わないね?」
 優実は、何度も何度も頷いた。
 蓮の笑みが、はっきりとした笑みとなった。


■ひかり■

 まばゆい赤い光が数条、東京ではよく見かけるタイプのアパートから飛び出した。音もないレーザーはアパートを切り裂き、電柱とポリバケツに穴を開け、スズメを撃ち落す。
 次いで、光が飛び出したその部屋のドアが倒れた。蝶番が破壊されたのだ。
 血と柘榴のように赤い髪と目の女が、ドアから外へと飛び出した。左手の薬指に、見事なガーネットのシルバーリングを嵌めていた。
「笑わせないでよ。どうしてあたしが、そんな店に行かなくちゃならないの? あたしには持ち主が出来たのよ。あたしは、やっと、あたしらしくなれたのよ!」
 赤い女は、ひらりと3階の回廊から外へ飛び降りた。
 女が飛び出してきた303号室から、ばたばたと4人の男女が回廊の錆びたフェンスに駆け寄る。
 赤い女は、走り去ってしまった。


■そうなる前に■

 姫間第一アパート303号室で騒ぎが起きる、1時間前のことだ。

 優実という女がアンティークショップ・レンを出ていった後、優実と入れ替わるかたちで入店したのは、光月羽澄だった。
 彼女はすれ違った女が何となく気になり、女の後ろ姿を眺めながらドアを閉めた。店内は薄暗くなった。光を嫌うものを色々と置いてあるからと、店主は言う。
「こんにちは、胡弓堂です」
「おや、羽澄かい」
「お使いなんです。うちの店長が――」
「あア、約束のものはとっといてあるよ。で、暇かい?」
「……今のこの用事が済めば、暇になりますけど」
「今さっき舞い込んできた話があってねエ。あんまり乱暴な奴には頼みたくないんだ。羽澄なら穏やかに解決してくれるかなア、って思ってね」
 羽澄は苦笑した。蓮は相変わらず口が上手い。
 それに、気にもなっていた。きっと、今さっき舞い込んできた話とは――あの、入口ですれ違った女が持ちかけてきたものだろう。
「僕も是非、行かせてください。乱暴じゃありませんから」
「!」
「羽澄、気にしないで。なアんか、いつの間にか居たんだよ」
 蓮の斜め後ろにあったガラクタの山から、長髪の男がすっくと現れたのである。まるで気配も感じなかったため、羽澄は一瞬目を丸くした。
「宇奈月慎一郎です、よしなに」
 男はにこにこしながら、抱えている怪しげな本を猫のように撫で回していた。
 古いドアにつけられた鈴が涼やかに鳴り、青と白の色彩を持つふたりが入ってきた。ふたりは楽しげに談笑していた。
「あ」
 青い目のふたりのうち、背が低いほうの顔を見て、羽澄は声を上げる。
「あ?」
 少年なのか少女なのか判別し難いが、ともかく相手も声を上げた。だが、しばらくその後が続かなかった。羽澄は首を傾げて、尋ねてみた。
「……どこかで会った? 光月羽澄だけど」
「どっかで……会ったよね。石神月弥」
「どこだったかしら?」
「どこだったっけ?」
「たまにあることです。会っているのかもしれないし、ひょっとすると勘違いなのかもしれない。その引っ掛かりが切っ掛けとなって、人々は知り合っていくのかもしれません。世の中というのは、不可思議なものです」
 月弥と名乗った少年(この場の全員が、仮に、そうしておくことにした)の後ろに佇んでいた青と白の青年が、静かに微笑んだ。言葉には、いやに年季が入っていた。
「はじめまして、御母衣今朝美と申します。今日は、こちらに面白い顔料があるとお伺いして来ました」
「あ、俺はただお喋りに来ただけだよ」
 月弥は思い出したかのようにそう言うと、そばにあった成分が定かではない石の置き物に手をかけた。
 蓮は――にい、と笑って、煙管の中の刻み煙草を取り替えた。
「こりゃア、今日は運がいい。優しそうな面子が揃った。どうだい、礼はするよ。羽澄には、前からあんたがほしがってたあの真鍮のブローチをあげようか。今朝美には、その顔料。月弥には今触った『語る石』。慎一郎には、いましっかり持ってる『カルコサ日誌』。どうだい? やってくれるかい?」
 4人は顔を見合せた後、苦笑して、蓮に頷いてみせたのだった。


■柘榴の味■

 何故、アンティークショップの店主・碧摩蓮が、今日は気立ての穏やかな人間ばかりを望んでいたのか――話は、簡単だった。
 蓮は、話に出てきたガーネットの指輪を欲しがっていたのだ。その時点で、蓮は今回の話の真相をすでに掴んでいたのだろう。ということは、過去にも類似事件があったのかもしれない。
 それはともかくとして、4人は優実とやらの祐介というらしい婚約者に何が起きてしまったのか、知る由もないのであった。ただ、想像はついていたが。
「乗っ取られでもしたのかなあ」
 月弥は頭の後ろで手を組んで、ぞっとしない推論のわりには呑気な口調だ。よくある話だ、と言いたげでもあった。そんな現実離れした憶測にも、羽澄と今朝美は大きく頷く。蓮の店や草間興信所やアトラス編集部に関わる人間たちは大概こうだ。
「祐介さんは、フリマで指輪を買ったのよね。中古の宝石には何かと曰くがつくものよ」
「柘榴石と人間との歴史は古いものです。厄介なことになっていなければいいのですがね」
「……もうなってると思うわ、御母衣さん」
「……そうですか?」
「あーあ、こういうことが起きるから、また古い石の評判が悪くなるんだよ」
 月弥くん、石が好きなの?
 羽澄がそう尋ねようとしたそのときに、慎一郎が古びたアパートを指差した。
「姫間第一アパート。あれですね」


 303号室の扉は開いていた。
 祐介という男は、金田という苗字らしい。
 しかし、303号室の中にいたのは、どう見ても「金田祐介」という名前ではなさそうな女だった。血と柘榴の美のような赤い髪を持った、妖艶な女だった。
「柘榴さんね」
 羽澄が声をかける。月弥と今朝美は、その赤に目を奪われていたからだ。
 女は振り向いた。テレビを見るでもなく、雑誌を読むでもなく、彼女はたったひとつの部屋の真ん中に座り込んでいた。部屋の中は片付いていたが、男物の服がベッドの上やテーブルの前に放り投げられていた。部屋の持ち主自体は、さほど几帳面ではないのだ。きっと誰かが定期的に、この部屋を掃除しているのだろう。
「……何よ、あなたたち」
「正義の味方と言ったところかもしれません」
 ふっ、と慎一郎が髪をかき上げた。女の視線はともかくとして、羽澄・月弥・今朝美の視線までもが、慎一郎にじっとりと突き刺さる。
「正義?」
 女は、真っ赤な唇を三日月の形に歪めた。
「どっちが正義かしら」
「祐介さんはどこ?」
 羽澄が、またしても尋ねる。女の視線が、強くなった。射るような視線だ。赤い、光線だった。
「あの女がよこしたのね。何度も言ってるのよ。祐介はもう、あたしのものなのに」
 女が,ゆらりと立ち上がった。真紅のワンピースに、真紅のハイヒールを履いていた。左の薬指には、見事なガーネットの指輪があった。
「きれいだ」
 月弥は、言葉とは裏腹に、顔を曇らせる。
「きれいなのに、なんでこんな――。おまえ、祐介っていう人間、喰ったな」
「喰うだなんて。あたしをものにしてくれたのは、祐介だもの。あたしの一番最初のひと。あたし……嬉しいのよ」
 うっとりとした声で、女は指輪を嵌めた手を、豊満な胸に押し当てる。

 羽澄はその言葉を聞いて、軽くかぶりを振った。
 柘榴のはじめての男が、祐介?
 月弥のことば。祐介を、喰った?
 月弥はすでに知っているのだ。
「ああ、そうなの」
 彼女は袖口から、するりと鈴を取り出した。
「ちょっと、勘違いしていたわ。あなたは、柘榴そのものなのね」

「そう、だからかくも美しい」
 今朝美が、ほうと溜息を漏らす。
「あなたは柘榴。美しい意味を持つ石と花、そのものです」
 彼はごそりと袖の中を探った。
「出来れば、色を採らせていただきたいのですが――穏便にはいきませんか、ね」

「あたしは、もうどこにも行きたくないわ!」
 かあッ、と柘榴の光が飛び散った。眩い光は、ライトと夕陽を浴びたガーネットの輝きだ。宝石の輝きは、ときに人の心を奪うほどに眩い。それは赤という光ではなかった。赤い宝石が放つ光は、当たった光と同じ色であるはずだ。柘榴が跳ね返した光は、4人の男女がもともと持っている光に過ぎなかったのか。
 目を背けなかったのは月弥だけだった。月弥の目もまた、宝石の輝きを持っていたからだ。
「あんたならわかってくれるでしょ? 青い月長石!」
「わかるよ、わかるけど」
 月弥は一旦唇を噛んで、言葉を選ぼうとした。
 この宝石を責めることは難しかった。
「祐介さんは、もう、他のひとのものなんだよ」
「貴方の貰い手も見つかっています」
 今朝美が、蒼い目をすがめながら進み出た。その手に、真新しい筆がある。
「貴方のように『強い』物の扱いに長けた方です。『強い』物の気持ちを汲み取っても下さいます。骨董品屋のご主人です――その方に、御身を委ねられては、いかがでしょう」
 柘榴が息を吸い込んだ。
 まるで、怒号を上げるためにか、悲鳴を上げるために吸い込んだかのよう。その美しい真紅の瞳に光が生まれた。
 その光は、今度こそ真っ赤であった。


■そして、ひかり■

 まばゆい赤い光が数条、東京ではよく見かけるタイプのアパートから飛び出した。音もないレーザーはアパートを切り裂き、電柱とポリバケツに穴を開け、スズメを撃ち落す。
 次いで、光が飛び出したその部屋のドアが倒れた。蝶番が破壊されたのだ。
 血と柘榴のように赤い髪と目の女が、ドアから外へと飛び出した。左手の薬指に、見事なガーネットのシルバーリングを嵌めていた。
「笑わせないでよ。どうしてあたしが、そんな店に行かなくちゃならないの? あたしには持ち主が出来たのよ。あたしは、やっと、あたしらしくなれたのよ!」
 赤い女は、ひらりと3階の回廊から外へ飛び降りた。
 女が飛び出してきた303号室から、ばたばたと4人の男女が回廊の錆びたフェンスに駆け寄る。
 赤い女は、走り去ってしまった。

「ここは、僕の外道拳の見せ所ですね!」
 突如、慎一郎がフェンスに足をかけた。
「ちょっ――」
 羽澄が手を伸ばすのも虚しく、慎一郎の身体は華麗に宙を舞う。
「とあーッ!」
 ずさーッ! ぼきっ!
「あーッ! 足首をひねりましたーッ! 折れたかも! あー!」
「何なんだよあいつ!」
 柘榴という女を追って3階から飛び降りた慎一郎は、植え込みの中で七転八倒した。柘榴は人間ではないのだ。痛める足首など持っていない。月弥は落ちた慎一郎に思わず吐き捨てると、フェンスをひらりと跳び越えた。彼は、柘榴のように軽やかに着地した。
「中古品じゃなかったのね」
「あの台座の銀と石の輝きは、真新しいものに近かった」
 羽澄の呟きに今朝美が答える。
「ずっと、蔵かショーウインドウの片隅で、持ち主が現れるのを待っていたのでしょう。人間はとにかく、たくさん売るためにたくさんものを作る。買い手がつかないまま忘れられてしまう物は、あの柘榴さんだけではないでしょうね」
「でも……でも、祐介さんはどうなるの?」
 羽澄は、仕方なく今朝美を睨むしかなかった。誰を睨めばいいのか、わからなかったのだ。
「人間には強すぎる想いよ。ガーネットの嫉妬心なんて、ただの迷信だわ。彼女はただ、ずっと寂しがっていた宝石なんだもの。たまたま彼女がガーネットだった、それだけよ」

「柘榴! 待って!」
 月弥が柘榴の気配と光を辿るのは、容易いことだった。
 厳密に言えば違う存在だが、大本を辿れば同じ存在なのだ。柘榴も月弥も、全速力で10分間走り続けていたが、その息は全く乱れていなかった。そもそもふたりは息などしていないし、「ふたり」と数えるべきでもないのだ。
「俺も同じなんだ。100年も待ってたんだ。でも、おまえみたいにならなかった。どうしてなのかわからないんだ――おまえ、パイロープだね。『燃える想い』だから? 俺が『平和と愛』だから、おまえになれなかったのかな?」
「……どう思ってた?」
「え?」
「くらい、澱んだ空気の中で、黒ずんでく肌に……埃をかぶってく目と髪と爪。寂しくて泣きたくても涙も出てこないのよ。人間たちに掘り出されて、人間たちに磨かれたのに、どうして人間たちに忘れられなくちゃならないの? あたし、人間を見たいのよ。あたし、あたしは――もう、石ころなんかじゃないのよ!」
 柘榴が、ふと空を見上げた。昼下がりの何の変哲もない空に、柘榴色の単を着た女が浮かんでいた。柘榴は唇を噛み、月弥は目を奪われた。
『柘榴、貴方も柘榴と云うのね』
 単の女は、ふうわりと地に降り立った。ぱらぱらと、ガーネットの粒のようなものがアスファルトに転がる。
「――ザクロだ――ザクロの実だ」
 月弥が呆然と呟いて、鈴の音が聞こえた。


 青と白の、狩衣にも似た着物を着た今朝美が、羽澄とともにふたりに追いついた。植え込みに落ちてしまった慎一郎は取り敢えず置いてある。
 今朝美の手には、水彩紙があった。ほんの5分前までは、そのうえに熟れたザクロの美が描かれていたのだ。羽澄は、今朝美が絵を広げると同時に、紙から光を伴って剥がれていくザクロの絵を見た。そのとき生まれた赤い光は、柘榴が発した光と同じ色でありながら、強さと意思は全く違うものであった。
「柘榴というものは、ただ赤いだけではありません。様々な言葉を持っている。柘榴石にも、意味と嫉妬心があるように」
『そう、柘榴。吾らには多くの逸話がある。貴方もまた、新しい伝説のひとつとなりましょう』
「だからお願い、きっと持ち主を見つけてあげる。祐介さんには、もう持ち主のような人がいるの。だから返して、祐介さんを」
「なんなら、俺と一緒に行こう。お喋りにずっと付き合えるから」
 ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、
 羽澄が奏でる涼やかな音色の中で、ザクロの精が舞うように動いた。今朝美の命に従うままに、ぽろぽろと涙を流す柘榴のそばに近づいた。
 柘榴の涙は、アスファルトに落ちて、かちんかちんと音を立てた。ザクロの精が落としているのはザクロの実、柘榴が落としているのは、燃え上がるようなパイロープ。
「そんな、いやよ」
 地面に落ちた粒のひとつひとつが、びかりと強い光を放った。
「でも、わかっていたの。あたしを手に取って、はめて、買ってくれた祐介は、あたしのものではないのね。あたしも、祐介のものじゃない。あたしは、あの女に、贈られるはずだったの――」
 ザクロの精が、柘榴の薬指にはまった指輪に手をかけた。精霊と石の爪には、まったく同じ色がぴっちりと塗られていた。即ち、真紅。

 植え込みの中から起き上がった宇奈月慎一郎が見たのは、いつか見てしまった天空の焔のように赤い光だった。
 さきにも弾けた光に似てはいたのだが、今しがた飛び散った光には、悪意も焦りも混じってはいなかった。
 ただ、寂しさはあったけれども――
 慎一郎は足首を痛めていることも忘れて、うっすらと笑った。
 人の好い笑みだった。


■脱皮■

 ザクロの精がするりと指輪を解き放つ。
 精霊が赤い粒とともに消え去り、月弥が落ちゆくガーネットの指輪を受け止めた。
「あぁ、きれいじゃないか」
 月弥はその指輪を、蝶を捕らえたときのようにふわりと両手で包み込んだ。
 柘榴を抱擁したのだ。
 彼の力がその手に溢れ、鈴の音が力の波長を整える。
 砕けるような、そんな音がした。金槌で叩かれた宝石の音だった。赤い飛沫は血のものにも見えた。
 どさり、と地に倒れ伏したのは――
 洒落たカッターシャツとジーンズを着た、青年だった。柘榴はそこにいなかった。

 羽澄と今朝美とは、月弥の小さな手のひらの中の指輪を覗きこむ。月弥とて、同じことをした。怖々と彼は手を開く。
 羽澄と今朝美が同時に溜息をつき、同時に微笑んだ。
 指輪には、傷ひとつついてはいなかった。大胆にカットされたガーネットは、眩い光を放っている。台座の銀にすら、傷はなかった。新品そのものだ。
「こちらも、無事ですよ」
 片足を引きずって現れた慎一郎が、倒れている青年の様子を見て、ほっと溜息をつく。
「少し弱っているようですが、何日か休めば問題ないでしょう。ああいや、僕は病院ってあんまり好きじゃないんですけどねえ」
「――ひとつ、よろしいですか」
 今朝美は、一旦はしまった筆を取り出した。月弥は黙って指輪をつまみ、ガーネットの石を今朝美に向ける。
 今朝美は、静かに新しい筆の穂先でガーネットを撫ぜた。たちまち赤い色が穂先に乗った。羽澄と月弥が、ほう、と思わず息を呑む。
「あの『柘榴』を、私たちが忘れることはありません。こうして記憶に留めておけるのですから」
 今朝美の筆は、彼が袖から取り出した水彩紙を走った。
 たちまち描かれたのは、赤い髪と赤い目、紅い服の女。
 羽澄が、その絵を受け取った。
「ええ、忘れることはないわね。――今朝美さん、彼女も、あの着物のひとみたいに、この紙から抜け出てくるの?」
「彼女が望み、貴方が望めば」
「――どこかで聞いたわ、その台詞」
「俺も」
「世の中とは、そういったものです」
 ひそかに、
「ええ、僕も――」
 慎一郎も、今朝美の言葉に、どこか遠い目をしていた。


■パイロープ:燃え上がる想い■

 4人の男女が碧摩蓮に直訴したおかげで、指輪の貰い手はすぐについた。
 碇麗香だという。
「ぴったりだわ」
「ぴったりです」
「ぴったりだよ」
「ええぴったり」
「何なのよ、あなたたちは?」
 麗香もこういうときは一介の女性であるらしく、蓮からタダで貰い受けたガーネットの指輪を中指に嵌めて、赤い光に見とれていたのだった。

「やれやれ、あの指輪、ずっと取っておきたかったのに」
 蓮は紫煙に目を細め、呆れたように笑うのだった。
「忘れられた品物なんて、この店には溢れてるンだ。……何だい、お前たちも、持ち主ってのが欲しいのかい?」
 物言わぬ品物たちに、蓮は問い掛ける。
 無言の囁き声が、それに応えていた。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【1282/光月・羽澄/女/18/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1662/御母衣・今朝美/男/999/本業:画家 副業:化粧師】
【2269/石神・月弥/男?/100/付喪神】
【2322/宇奈月・慎一郎/男/26/召喚師】

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               ライター通信
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 モロクっちです。お待たせしました、『誕生石の女』をお届けします。
 今回は、偶然にも異界で会ったり関わったりしている方々ばかりのご参加でしたので、ちょっと遊びを入れてみたり。このお話の中の東京には、東京タワーがあるみたいですね(笑)。
 モロクっちは石にはさほど詳しくはありませんが(興味のない人よりは知っているでしょうけど)、ガーネットは好きです。大好きなシルバーと相性がいい石ですからねー。以前ちょっと小耳に挟んだ、「ガーネットと他の石は一緒に身に付けないほうがいい。ガーネットが他の石に嫉妬して、パワーを無くしてしまうから」という何ともロマンチックな話(笑)が忘れられず、今回ネタにしてみた次第です。実際のところ、柘榴は嫉妬していたわけではなかったのですけれどね。
 お店のショーケースの片隅や、お家の引き出しの奥に、忘れられている指輪か何かはありませんか? 気に留めてあげるだけでも、きっと喜びますよ。

 それでは、また!