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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『子の無い母』
 カーテンが締め切られた部屋。
 その部屋を満たすのは線香の香り。
 哀しい線香の香りを濃密に孕んだ空気を震わせる女性のすすり泣き。おそらくはずっと泣いているのだろう、その声は枯れていた。
 喪服を着た女性は小さな骨壷を抱きしめながら、声にならない声で泣いていた。
 彼女以外には誰もいない部屋。
 だけどその部屋の空気が、ざわりと震えた。
 骨壷を抱きしめながら泣いていた彼女の声が小さくなり…途切れる。
 ぎしっと軋む床板。
 感じた気配。
 振り返る。
 そこにいたのは・・・・・

 ******
 草間探偵事務所のドアをノックすると、草間雫が出迎えてくれた。だが心無しかその赤い瞳が泣き出す寸前に見えるのは果たして気のせいだろうか?
 大丈夫? と訊くと、彼女は花束をくしゃくしゃに丸めたかのような表情を浮かべた。無理しているのがまるわかりだ。
 事務所に入ると、ソファーに座るこの草間探偵事務所の所長である草間武彦が左手をあげた。彼の右腕は白い包帯で吊られていた。それだけでなく彼の額にも白い包帯が痛々しいぐらいに巻かれているし、左頬にも大きなばんそうこうが貼られていた。
 その彼の姿に眉根を寄せると、彼は苦笑いを浮かべて、ソファーの前に置かれたテーブルの上のくしゃくしゃの煙草の箱に手を伸ばそうとする。
 びくぅっと、背筋を悪寒が走ったのと、煙草に手を伸ばしていた草間が凍りついたのとが同時であった。
 振り返ると、雫が赤い眼を大きく瞠って草間を睨んでいる。滲み出した涙が頬を伝う。
「怪我、してる時に煙草はダメだよな」
 彼はそう言うと、不恰好な笑みを浮かべながら手を引っ込めた。頷く雫。
 肩をすくめて、ソファーに座る。
 で、何があったのか? と、訊くと、
 彼は説明を始めた。

 昨日、彼の下に依頼が持ち込まれた。
 依頼主は杜若ゆき。10歳の女の子。そして幽霊。
 彼女は四日前に交通事故で死に、
 そして彼女の死を悲しむこの世でたった独りの母親杜若れいはその心の隙間につけこまれてしまった・・・悪魔に!
 依頼とは母親をその悪魔から助け出す事。
 草間はローマの教皇庁から派遣された悪魔払い専門の神父たちとその悪魔を倒さんと、杜若家に向かうが、しかし、悪魔に取り憑かれた母親の超能力によって神父たちは皆殺しにされ・・・
「そして俺もこうやって重症を負った。まさしくぎりぎりだったよ」
 そう言う声はおどけているように聞こえたが、彼の瞳は真剣そのものだった。
 無意識に体が緊張に硬くなる。
「それでな、今回、おまえに来てもらったのはその悪魔払いをおまえに引き継いでもらうためだ。どうだ、やってくれるか? 見ての通りに危険な…命がけのミッションだが?」

【指きり】
 実の両親の事はわからない。
 九重の家は、俺を引き取ってくれた家。だから血の繋がりは………
 ………無い。
 だけど九重の両親も、そして妹も俺にとても優しくしてくれたんだ。
 覚えている。
 遠い昔の記憶。

『さあ、今日からここが蒼ちゃんの家よ』
 優しく微笑む母。
『さあ、行こうか。家ではもうひとり蒼を待ってくれている家族がいるから』
 蒼…そう、父に呼び捨てで呼ばれた事が嬉しかった。
 そして、家族という響きも。
 だけど俺は、その時は幼い子どもで、だから本当にそこにいていいのかわからなくって、
 そう、俺は九重の家に自分が入っていいのかわからなくって、幼い子どもなりに苦しんでいた。

 だけどそんな俺の想いをいとも簡単に吹き消してしまった…出来事…笑み。

『おかえりなさい、パパ、ママ』
 それはまだ小さかった妹。
 病弱な彼女は俺を見て人見知りのような困った表情を浮かべた。
 俺は幼いなりにまるで自分が彼女をいじめているようで胸が苦しくなる。
 だけど、俺よりも3つも小さな彼女が、もじもじとしながらも俺の手を握ってくれて…そう、とても小さくって温かい手で。
 そして真っ赤な顔でかわいらしくふわりと笑って言ってくれたんだ。
『行こう、おにいちゃん』
 おにいちゃん…嬉しかったんだ、とても…とても。その優しさが、言葉が、そして温もりが。怖かった…今まで独りがとても怖かった分だけ。
 泣き出してしまった俺。
 そんな俺を見て泣き出してしまった妹に、俺は泣きながらだけど(変な表現だけど)慌てるのだけど、でも、彼女が握ってくれている小さな手にまた今まで以上にこめられた力が嬉しくってだからまた泣いてしまって、
 母はそんな俺たちに優しく微笑みながら、ぎゅっと両腕で泣いている俺と妹を抱きしめてくれて、父はただ黙って大きな手で泣いている俺と妹の頭を撫でてくれたんだ。
 小さな手の温もりと込められた力、
 やわらかな感触とやさしい香り、
 大きな力強い手、
 ただそれに俺はどれだけ癒され、安心できただろう。
 そう、俺には子どもはいない。父親になったこともない。だから親の気持ちはわからない。女親の気持ちなんて尚の事。だけどそんな俺にもわかる事はある。そう、それは…

 心の奥底から大好きで大切な親を想う子どもの気持ち

 俺は草間武彦の隣で、長い黒髪に縁取られた美貌を涙で濡らしながら嗚咽を零し続けている杜若ゆきの頭をそっと撫でた。
 そう、父がそうしてくれたように。
 俯かせていた顔をあげるゆき。
 俺は泣いている彼女に優しく微笑む。
 そして小指を立てた右手を出した。
「指きり。俺がゆきちゃんのお母さんを助けてあげるよ」
 
 指きりげんまん、嘘ついたら、はりせんぼん、飲ます

 かわした約束。
 守りたい約束。
 守らなければならい約束。
 そして絶対守ってみせる約束。
 涙に濡れる彼女の幼い美貌が微笑む事は無いけど、その顔を必ず俺が咲いた花のように微笑まさせてみせる。
 そう、あの時の妹のように。

【綾瀬まあや】
 空は分厚い鉛色の雲に覆われ、雷が鳴っていた。直に雨が降り出すのだろう。天気予報では今日はずっと快晴という事だったのだが。
 俺はそんな空の下、杜若家に向かっている。
 俺が、草間さんに依頼を引き受けると言うと、
 彼は俺に頭を下げた。
 だけど彼が気に病む事はない。だから俺は彼にそう言った。
 そう、俺がこの依頼を引き受けたのは、それがゆきちゃんの願いだから。母親のそんな状況がどんなに辛いか。
 この依頼、悪魔を倒す事はもちろんだが、杜若れいさんにゆきちゃんが死んでからも彼女を守ろうとしている事を、今、俺の隣で母親を想って泣いている事を伝えたい。そう、彼女に明日を見られるようになってほしい。そうしないと、本当の解決にはならない。
 ………もっとも、悪魔は強敵だ。草間さんに言われたように命がけ。れいさんだって、人質にとられているようなもの。この戦い、れいさんの心を取り戻すのが先か、俺が悪魔にやられるのが先か。
 俺は、杜若家に到着する。
 雷がすぐ近くの民家の庭に落ち、
 そして激しい雨が降り出した。俺はほんの数秒でずぶ濡れになる。
 耳朶を叩くのは、ただノイズかのように激しく降る雨の音と、そしてその雨が傘を叩く音。
「こんにちは」
 赤い傘をさした少女がにこりと微笑む。ちょうど妹と同じぐらいの娘。
「こんにちは。君が、綾瀬まあやさん」
「ええ」
 彼女は頷くと、傘を持つほうと反対の方の肩に背負ったゴルフバッグを下ろした。
 彼女にゴルフバッグのファスナーを開くように言われた俺は、言われた通りにファスナーを開けた。中から出てきたのはゴルフのドライバーではなく、一振りの刀だ。手にとってみると、その重みはずしりと重い。
「鞘から抜いてみてください」
「ああ」
 鞘から抜く。刀身は鈍い光を発している。無駄な装飾の無い完全なる斬る、という行為だけを考えて作られた刀。
「これは?」
 俺の上にも傘がくるようにしてくれた彼女に俺は訊く。
「草間さんからの餞別です」
「餞別、ね」
 俺は肩をすくめる。
 そして彼女は、その曇りの無い瞳で俺を見つめ、唇を動かす。
「もう一度だけ、あなたに訊くように言われてます。相手は悪魔。あなたの能力を最大限に使っても勝てるかどうか…。それでもこの依頼、引き受けますか?」
 訊かれるまでもない。
「やってやるさ」

【絆】
 玄関のドアはびくともしない。
「鍵がかかっている?」
「それか、悪魔の仕業」
 だな。
 俺は腰のベルトに帯びた鞘からすぅーっと刀を鞘走らせた。
 そしてそれを上段に構え、一閃させた。
 だが、刀はドアを覆う見えない何かに弾かれ、ただ俺の両腕に痺れが走った。
「だったら…」
 能力を込めた一撃を。
 しかし、俺が刀を再び構えようとした時、それを綾瀬が止めた。
「待ってください。その力は悪魔と戦う時のために、取っておいてください。ここはあたしが、やります」
 そう言うと、彼女はどこから取り出したのか、いつの間にかリュートを持っていて、それを奏でだした。
 その音色は雷鳴が轟き、激しい雨が降りしきる中で、ただ静かに流れていた。
 しかしその透明で澄んだ音色は、この世界にあるどんな音色よりも、確かな存在感をもって、俺の耳朶に届き、心の中にいとも簡単に流れ込んできた。ふと、身も心も軽くなるようなそんな不思議な音色。
 そして、その不思議な音色によって玄関の前にあった何かが消え去ったのは、そこにある空気の雰囲気でわかった。
「さあ、行きましょうか」
 彼女はまたいつの間にかどこかにリュートを隠していて、そして玄関を開けた。
 開いたドアの隙間から、外に流れ出してきたのは鼻が曲がりそうな腐敗臭だ。それは血や肉が腐ったようなそんな臭い。もはや鼻は満足に機能してはいないのではなかろうか?
 いや、それどころか、腐敗臭を飽和しきれぬほどに孕んだ空気が俺の全身にある毛穴の一つ一つから染みこみ、体をうちから腐らせるような、そんな嫌悪感と恐怖感に襲われる。
 浮かんだそんな想いに、俺の心臓は早鐘のように脈打った。
「くぅ…」
 息苦しさに喘ぐように俺は空気を欲するが、この家にたゆたう空気を吸い込む事を体が拒否し、酸欠になった意識は濃密な白い霧に覆われる。
 白濁した意識の片隅にあるほんの少しの意識が今現在の俺のこの状況に警鐘を鳴らすが、しかしもはや遅い。俺は何もできない。意識が飛ぶ寸前に俺が見た古いビスクドールは果たして幻だろうか?

 幻? 幻とは、今俺が見ているモノの方だろう。
 俺の前には、小さな俺がいた。
 ちょうど、九重家に引き取られた直後の幼い俺。
 彼は泣いていた。
 俺は彼にそっと声をかける。
「何を泣いている? もう泣かなくってもいいだろう。君には家族ができたんだから」
 そう、九重の家族が。顔を上げたもうひとりの俺。
 俺がはっと息を呑んだのは、その幼い俺が薄く笑っていたから。
「家族? 家族なんか、いない…よ」
「いるよ」
「誰が?」
 俺は、父、母、妹の名前を言う。
 だけどそれに返されたのは失笑だった。
「それがなに? そんなの偽善だよ。偽モノの家族。偽モノの愛。家族ごっこ。家族ごっこ。家族ごっこ。そう、家族ごっこ。九重の家の人たちもほんとは嫌ってるよ。父親面して、母親面して、かわいい妹の仮面かぶって、だけど心のうちでは疎んでる、僕を」

 ちぃ。どうして、うちが蒼なんかを引き取らなきゃならんのだ。忌々しい。
 ……これがね、僕らが安心したあの大きな手を持ったヒトの本心だよ。
 チガウ。ゼッタイニチガウ。

 本当にどうして、うちがこんな厄介ごとを背負わなきゃならないのよ。あー、もうイヤ。
 ……やわらかな感触とやさしい香りの裏側は、冷たい感情と、嫌悪の香り。
 ウソダ。ダマレ。

 おにいちゃん
 ……本心から呼ばれたと想っていた? 誰が一番僕らを疎んでいたかって、こいつだよ。自分たち家族の中に入り込んできた異物に、表面上とは言え、自分の大事な父親や母親を奪われるのだから。ほら、よくお聞き。これが妹の本音。
【なによ、こいつは? どうして、うちに入り込んできて、あたしのパパやママに馴れ馴れしく触るの? いらない。いらないよ、こんな奴。どっかにいっちゃえ】
 
 クズレテイク。ズットズットズット、ココロノササエダッタタイセツナモノガ……

 気づけば俺は真っ暗な闇の中にいた。
 そこはとても寒い場所。
 一条の日の光も届かない闇の世界。
 俺の居場所。
 だけどそこに小さな足音が届く。
「おにいちゃん」
 誰?
 誰だろう?
 思い出そうとしても、思い出せない。
「おにいちゃん…」
 彼女は泣き出した。
 どうして?
 体育座りして、抱えた膝の上に顔を埋める俺の前で、彼女は泣く。
 濃密な闇の中ではすぐに吸い込まれてしまう彼女のか細い泣き声。その声を聞きながら、俺はこう思っていたんだ。前にもこんな事があった、な……って。
 そう、あれは俺が12歳の時。
 妹が9歳の時。
 その日は、九重の両親がいなくって、
 停電で、
 そしてタイミング悪く俺は熱を出してしまった。
 高熱におかされた俺を看病してくれたのは妹。
 彼女は泣きながら俺の額に冷たい水に濡らしたお気に入りのハンカチを何度も何度もつけてくれて、
 そう、それで、血相を変えて部屋に飛び込んできた母に彼女は泣きながら抱きついて、
 母はぎゅっと熱に苦しむ俺を抱きしめてくれて、泣きながら謝ってくれて、
 父は俺を負ぶって、深夜の街を病院を探して走ってくれた。
 その時に初めて、俺の中にあった遠慮は完全に消え去った。そう、とてもとてもとても深く感謝をし、愛されていると実感できたから。
 
 ああ、どうして、そんな想い出を俺は忘れていたんだろう?

 俺は顔をあげる。
 泣いている女の子が俺にすがりついて言う。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。だけどお願い。負けないで。負けないで。負けないで。あなたが負けてしまうと、あたしのお母さんは・・・」
 俺はその娘の頭をそっと撫でる。
 顔をあげる彼女。
 俺はその娘に小指を立ててみせる。
「指きりげんまんしただろう」
「うん」
 微笑むゆき。ああ、その笑みだけでどれだけの力がもらえるだろう?
 濃密な闇は再び俺の心を囚えようとするけど、俺はもう負けない。惑わされない。信じる。俺の想いを。俺の大切な人たちを。
 血のような粘性をもって体に纏わりつく闇を引き千切り、俺は産声かのような声をあげる。再び俺がいるべき世界に戻るために。
「うぉおおおおおおおーーーーーー」
 そう、俺は負けない。負けるもんか。
 俺は立ち上がる。
 そして音も光も無い闇に、俺は全神経を集中させる。感じた闇。周りの闇よりもより濃密で冷たい闇。
「そこだぁーーーー」
 そして俺はそこに向かって、刀の一撃を叩き込んだ。

 ・・・。
「おかえりなさい」
 リュートを奏でながら、綾瀬が皮肉っぽい笑みを浮かべた。
 俺は肩をすくめる。
「どれぐらい、俺は気を失っていた」
「30秒ぐらいかしら?」
 あのくそ長い悪夢が30秒か。
「よく戻ってこれたわね」
「ああ、絆が俺を連れ戻してくれたよ。それと君のリュートの音」
 そう言うと彼女がとても綺麗に微笑んだ。ただただ純粋な微笑みを。
「さあ、行こうか。悪魔は上の子ども部屋だ」
 綾瀬は何かを感じたのだろう。こくりと頷いて、俺についてくる。
 そう、れいさんと悪魔の居場所はわかっている。ゆきちゃんが教えてくれたから。
 果たして子ども部屋に、悪魔はいた。
 れいさんに大事そうに抱き抱えられた古いビスクドールはきりきりとこちらを向き、変わるはずがないのに、陶器で出来た顔を変えて笑った。
「たった独りぼっちの蒼君にお友達いっぱーーーい紹介してあげるぅーーーーー」
 部屋に置かれたぬいぐるみがいっせいに俺たちに襲い掛かってくる。だけど俺は刀を抜くと、それらすべてを斬り落とした。
 そして最後の一体…斬られた部位から綿をはみ出させ、有り得ない事にじくじくと鉄さびにも似た臭いを発する赤い液体を出すテディーベア―を俺は足で踏みつけ、こちらを光らないガラス玉の目で見る悪魔に、刀の切っ先を向ける。
「人間が、子を思う親の心が、悪魔に負けるわけがない。俺はそう信じるし、そしておまえを倒して、それを証明してみせる」

【母】
「いーっひっひっひっひ。人間が、子を思う親の心が、オレに負けるわけがない? 俺はそう信じるし、そしてオレを倒して、それを証明してみせるぅ? ひゃーっはははははは。寝言は寝てからほざきな、坊や」
 汚い言葉を呪詛のように吐き出すビスクドールは無視して、俺は、れいさんに話し掛ける。そう、彼女の光りの無い目はだけど泣きながら自分に抱きついて体を揺り動かす娘のゆきちゃんを見ているから。
 彼女も本当はわかっているのだ。
 ただ…ただ、ほんの少しの勇気がもてないだけ…現実を認める……。
「俺は人の悲しみは、その人以外には本当にはわからないと想う。どんなにがんばっても、理解しようとしてもだ。それが哀しいが、現実」
 俺は顔を横に振る。
「だからゆきちゃんを失った貴女の悲しみも本当には理解できない」
 ゆきちゃんはただ必死に、母親を揺り動かす。母を助けたい一心で。
「ただでさえそうなのに俺は男だから、尚の事母親の気持ちなんてわからない。だけど大切な人はいる」
 きっぱりとそれを言い切った瞬間、俺は自分で自分の顔が綻ぶのがわかった。それを嬉しく想った。
 れいさんの目がそう言った俺の顔を見る。俺はその彼女に告げる。必死に自分の想いを紡ぐ。
「大切な人たちは俺にもいる。それはやっぱりれいさんと同じ家族。俺の家族は血の繋がっていない俺を受け入れ、今では本当の家族になった人たちだ。だから失うことは、恐ろしい。失ったら喪失感に襲われるだろう。だからこそ、そういった状況につけいられた貴女を助けたいと想う。そして何よりもそれがあなたの大切なゆきちゃんの願いだ。なあ、れいさん。貴女は貴女を助けたいと願うゆきちゃんのその想いを無視し、現実から眼を逸らし、そうやってずっと偽者のゆきちゃんを…悪魔のささやきのままに抱き続けるつもりですか? 2度までも貴女は娘を失うのですか?」
 俺の言葉に彼女はびくりと小さく震え、そしてそのまま赤い瞳からぼろぼろと大粒の涙を零しながら、引き結んだ口から、
「うぅうぅうぅうぅうぅう」
 押し殺した声にならない声であげる嗚咽を零し始めた。
「さあ、れいさん。俺のこの手を取って。何よりもそれを一番に願ってくれるゆきちゃんのためにも」
 そしてれいさんは、俺の手を取り、悪魔は怒りの咆哮をあげた。

【悪魔】
「このクソブス。いい加減にしやがれよ。このオレを裏切りやがって。おまえが望んだからオレが現れて、おまえの心の隙間を埋めてやったってのによぉ。決めた。決めたぜ。お前なんか、ヤッて、殺ってやる。おまえら全員殺してやるぅぅーーーーー」
 ビスクドールが空中に浮き、部屋にあったすべての家具が持ち上がる。
「きゃぁーーー」
 暴れ狂う家具にれいさんが悲鳴をあげる。完全に心が戻った事がこの場合は厄介だった。恐慌されたら面倒だ。
「綾瀬。君は、彼女を連れて、この家から脱出しろ」
「だけどあなたはぁ」
「俺はこいつを倒す」
 そう、俺はこいつを許せない。
「わかったわ。気を付けて。あなたにも家族がいるんだから」
「ああ」
 部屋から出ようとする彼女らに、ベッドが弾丸かのような勢いで飛んでくる。
 俺は彼女らを守るように陣取ると、刀を一閃させた。
 転瞬、ベッドは粉みじんになる。
 そう、それが俺の能力。俺は追いつめられた時、気の力を放つことができ、また刀剣で戦うとその能力はアップし、気の力と共に対象に打撃を与えられるのだ。その場合、物理的な力だけでなく、霊的な力も働くので、霊的存在にもダメージを与えられる。つまりは・・・
「うぎゃぁぁあぁーーーーーー」
 ビスクドールはベッドを破壊し尚途切れなかったその一閃に込められた俺の能力の衝撃を受けて、破壊されたのだ。
 だが、
「ちぃぃ」
 その瞬間に部屋の空気がざわりと震え、それは俺が未だかつて感じた事の無い異様なモノへと塗り変わる。もしもこの世に魔界というモノが本当にあるのならば、おそらくはこの空気はその魔界のモノなのだろう。
 そして俺の前には巨大な蜘蛛がいた。
「これがあの悪魔の正体だと?」
 それはそれで相応しい姿だが、俺の全身は激しい怖気に襲われ、すくんでいた。俺はここで死ぬのか?
 がさがさ、と、悪魔が足を動かして、俺に迫る。
 ダメだ。動けない。
 気味の悪い目に見すくめられ、動けない体。
 こみ上げる嘔吐感。
 ばっと、床を蹴って、俺に迫る蜘蛛。
 俺はありありとその蜘蛛に押し倒され、その口で肉を啄ばまれ、生きたまま食い殺される自分が想像できた。
 だがしかし、その時!!!

『お兄ちゃん、負けないで』

 その時に俺はなんと叫んだのだろう?
 わからない。
 ただ俺は突っ込んでくるその蜘蛛の頭部に、しなやかな上半身の鞭のような筋力だけを使ったゼロ距離からの突きを放ち、頭部を刺し貫いたその刀を力任せの手首の捻りと腕のふりだけで、刃を上に向けて、刀を振り上げると、そのまま刀の刃を今度は下に向けて力任せに叩き下ろした。常識では考えらぬ動きだが、火事場の馬鹿力というべき力が俺にそれをさせた。
 刀は蜘蛛を完全に真っ二つにし、
 そして刀身が砕け散った瞬間、
 だが、悪魔は最後の力を振り絞り俺を道連れにせんと……蜘蛛の割れた腹から飛び出した緑色の肌の奇怪な赤子が、鋭く湾曲した鉤爪を振り上げて、俺に肉薄する。
 空気に触れながら同時に壊死していく顔の筋肉を動かしてにやりと笑う悪魔。
 だけど、俺だって笑う。唇の片端をクールに吊り上げて。
 そう、途中で刀身の砕け散った刀は捨てて、俺は腰に帯びた重い鉄の鞘を手に取る。剣の極意とは剣にあらず。それを知ってるか、悪魔?

「うぎゃぁぁぁっぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーー」

 鉄の鞘に一刀両断された悪魔は耳障りな断末魔の悲鳴を謳い、消滅した。

【ラスト】
 外に出ると、雨は止み、分厚い雲も消え去っていた。
 雨上がりの夕方の空はとても綺麗なすみれ色。
 そのすみれ色の空にゆきちゃんは花が咲いたような笑みを浮かべて、昇っていったんだ。
 れいさんはそれを泣きながら見送っていた。
 それは母娘のしばしのお別れの光景。だけどもう俺は何も心配しない。だって、ゆきちゃんを見送るれいさんの横顔は母親の横顔だったから。

「さてと、これからどうしますか? あたしは一度、草間さんの所に行きますが」
 俺は俺にしてみれば、ちょっと珍しい表情…愛想笑いを浮かべる。そしてその俺の表情を見た彼女は肩をすくめながら吐いたため息で、前髪を額の上で踊らせた。
「どうやら噂以上みたいですね」
「何が?」
 彼女はとても意地悪そうに微笑む。
「言ってもいいんですか?」
 そして彼女はぴっと俺の顔の前で右手の人差し指を立てて、
「噂以上の妹想い。ゆきちゃんを見てて、妹さんに会いたくなったんでしょう。妬けちゃうな」
「あははは」
 俺は綾瀬に笑いながら謝ると、家に向かって走り出した。
 途中で見つけた小さな花屋。プチブーケを見て、俺は微笑む。そして大切な妹のためにそのプチブーケを買った。
 この花と同じように咲いた花かのように綺麗に微笑む妹の顔を思い浮かべながら。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 2479 / 九重・蒼 / 男性 / 20歳 / 大学生

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、はじめまして。九重蒼さま。
この度担当させていただいたライターの草摩一護です。

ご依頼ありがとうございました。
九重さまのお名前は妹さん共々前々から存じておりましたので、ご依頼本当に嬉しく想いました。

さて、素敵なプレイングをありがとうございました。^^
プレイングに書かれていた真摯な蒼の家族への想い、優しさ、それがプレイングを読むたびに感じられて。
だからこのようなお話が書きたくなって、今回のノベルになりました。
少々、九重さまの設定していた蒼の過去とは違うと想いますが、このような過去の…蒼と家族の絆を描写してみました。
蒼の九重の両親への、そして妹への想いが九重さまに感じていただけられていたら、嬉しいと想います。^^

そうですね。九重さまがお寄せくださったプレイングの内容が本当に印象深い家族愛や優しさに溢れていたので、
少しでもそれを僕なりに形にしたいとがんばりましたので、少しでも九重さまのご想像されていたノベルに近づいていたのなら、それは本当に書き手としては幸いです。

まだまだ理想と現実の筆力とはかけ離れているのですが、
もしもよろしければまたご依頼してくださいね。
その時は誠心誠意書かせていただきます。
それでは本当にご依頼ありがとうございました。
失礼します。