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『子の無い母』
カーテンが締め切られた部屋。
その部屋を満たすのは線香の香り。
哀しい線香の香りを濃密に孕んだ空気を震わせる女性のすすり泣き。おそらくはずっと泣いているのだろう、その声は枯れていた。
喪服を着た女性は小さな骨壷を抱きしめながら、声にならない声で泣いていた。
彼女以外には誰もいない部屋。
だけどその部屋の空気が、ざわりと震えた。
骨壷を抱きしめながら泣いていた彼女の声が小さくなり…途切れる。
ぎしっと軋む床板。
感じた気配。
振り返る。
そこにいたのは・・・・・
******
草間探偵事務所のドアをノックすると、草間雫が出迎えてくれた。だが心無しかその赤い瞳が泣き出す寸前に見えるのは果たして気のせいだろうか?
大丈夫? と訊くと、彼女は花束をくしゃくしゃに丸めたかのような表情を浮かべた。無理しているのがまるわかりだ。
事務所に入ると、ソファーに座るこの草間探偵事務所の所長である草間武彦が左手をあげた。彼の右腕は白い包帯で吊られていた。それだけでなく彼の額にも白い包帯が痛々しいぐらいに巻かれているし、左頬にも大きなばんそうこうが貼られていた。
その彼の姿に眉根を寄せると、彼は苦笑いを浮かべて、ソファーの前に置かれたテーブルの上のくしゃくしゃの煙草の箱に手を伸ばそうとする。
びくぅっと、背筋を悪寒が走ったのと、煙草に手を伸ばしていた草間が凍りついたのとが同時であった。
振り返ると、雫が赤い眼を大きく瞠って草間を睨んでいる。滲み出した涙が頬を伝う。
「怪我、してる時に煙草はダメだよな」
彼はそう言うと、不恰好な笑みを浮かべながら手を引っ込めた。頷く雫。
肩をすくめて、ソファーに座る。
で、何があったのか? と、訊くと、
彼は説明を始めた。
昨日、彼の下に依頼が持ち込まれた。
依頼主は杜若ゆき。10歳の女の子。そして幽霊。
彼女は四日前に交通事故で死に、
そして彼女の死を悲しむこの世でたった独りの母親杜若れいはその心の隙間につけこまれてしまった・・・悪魔に!
依頼とは母親をその悪魔から助け出す事。
草間はローマの教皇庁から派遣された悪魔払い専門の神父たちとその悪魔を倒さんと、杜若家に向かうが、しかし、悪魔に取り憑かれた母親の超能力によって神父たちは皆殺しにされ・・・
「そして俺もこうやって重症を負った。まさしくぎりぎりだったよ」
そう言う声はおどけているように聞こえたが、彼の瞳は真剣そのものだった。
無意識に体が緊張に硬くなる。
「それでな、今回、おまえに来てもらったのはその悪魔払いをおまえに引き継いでもらうためだ。どうだ、やってくれるか? 見ての通りに危険な…命がけのミッションだが?」
【二人の音楽家】
「えーっとですねー、杜若ゆきさんを轢いたトラックの運転手は死んでます…正確的には、自殺です」
草間探偵事務所で合流した教皇庁より新たに派遣されてきた神父は、手帳のページをぺらぺらと捲りながら、流暢な日本語でそう言った。
「自殺? 留置場で?」
「いえ、病院で」
「病院で、ね」
なんともまあ、愚な行為。人が病気と戦う場所で自殺をするなんて。
私のその感情が伝わったのだろうか? 彼は微苦笑を浮かべると、付け足した。
「ですが、その自殺、少々妙なんですよ」
「妙?」
「ええ。警察は自殺と発表しているんですが、僕以外の今回のこの事件に投入された異端審問官の調べでは、彼、どうやら悪魔に殺されたらしいですね」
私は鼻を鳴らした。
なんとなくこんなにも明るい日差しの下で僧服を纏った神父が生真面目な顔で、悪魔、などと口にしているのがおかしかったのだ。
彼はおどけた仕草で肩をすくめた。しかし、この神父。私とは違って、百面相をするし、仕草も道化っぽいしで、まるで神父らしからぬ男だ。これで異端審問局から派遣されてきているのだから驚く。彼をスタッフにしている異端審問局の枢機卿はそれは心が広いのか、それとも目が節穴のどちらかだろう。
まあ、しかし別にそんな事はどうでもいいか。
「それで悪魔に殺されたって、具体的にはどんな手を? 何でも杜若れいは超能力を使ったらしいけど」
「それがですね、目撃者の話だと、まるでそこに誰かがいるかのように独り言を口にしながら飛び降りたそうです。会話の内容は誰かに真剣に謝罪していたと」
なるほど。神父たちは見えざる誰かが、彼を自殺に追いやったと考えた訳だ。警察ではそんな事は口に出来ぬから、自殺と断定したけど。
「杜若ゆきちゃんが事故死したその交通事故というのはどんなだったのかしら?」
「ああ、それが……ええ、それ自体もおかしいのですよね」
神父は言葉を濁した。
私も別に彼にそれ以上の情報は求めなかった。言わないという事はいずれはわかる事なのだろう。もしくは言うべき事ではないのか。いずれにしろすぐにわかるし、それに正直私は彼と話す事も一緒にいる事も苦痛だった。
それは私が魔人候補だからかしら?
まあ、別にいいけど。
私は杜若ゆきちゃんが事故死した現場にきた。
そこで私はわずかに目を見開く。
理由は二つ。
一つは、その事故現場が3斜線のとても広い一本道で、通常であればとてもじゃながい交通事故など考えられぬ場所であったから。
もう一つは、枯れた花束と、燃え残った線香の束が添えられた電信柱のすぐ脇で、リュートの美しい旋律を奏でる少女に目と心を奪われたから。
「綺麗な音色ですねー。でも、なんだかとても物悲しい曲だ」
「当たり前よ。これはレクイエムなんだから」
そう、この曲はレクイエム。とても透明で純粋無垢な音色は、この現場で死んでしまった幼い少女をイメージしたもの。その旋律が物悲しく聴こえるのは、それはすぐそこで杜若ゆきちゃんが泣いているから。
ねえ、リュートを弾くあなた。あなたにも見えているのね、ゆきちゃんが。そして、聴こえているのね。この交通事故現場に残る魔の曲の残滓が。
そう、私の耳には聴こえる。
どす黒く、
そして冷たい…
聴くだけで、
心の奥底に理性で封じられている色んな醜い感情が、
迸ってしまうような、
そんな魔性の音色。
それはおそらくは悪魔が奏でた音色だ。
「・・・」
リュートの音色がすぅーっと途切れる。
そして彼女はこちらを向いた。
「うわぁー、倉菜さんと一緒で、綺麗な―人だなー。でも、少し怖いな」
腰まである長い黒髪に縁取られた白磁の美貌はどこか冷たく感じた。風に揺れる前髪の奥にある紫暗の瞳も切れ長で、そこに宿る光はどこか頑なに閉じられたつぼみかのようで、人を寄せ付けない印象を与える。
おそらくはそれは当たっているのだろう。
彼女はすぐに私たちには興味が無さそうに、視線を逸らし、そしてリュートを奏で出した。
だけど、私は残念ながらそんな彼女には悪いが、彼女と話をしてみたいと想った。
「ちょっと、いいかしら?」
後ろで神父が何やら彼女に話し掛けた私に悲鳴のような声をかけたのは無視して、もう一度私は彼女に話し掛ける。
「ねえ、ちょっと、そのリュートを見せてくれる?」
真っ直ぐに事故現場を見ていた紫暗の瞳が黒髪の奥で動く。
私はにこりと彼女に微笑みかける。いや、別に媚を売ったのではない。同類、そう、自分とよく似ている者に出会った喜びが素直に顔に浮かんだのだ。草間探偵事務所からここまですごく嫌な人間と一緒にいたのだから、その感はなお更のこと。
「どうぞ」
そして彼女も同じように感じてくれたのかもしれない。リュートを私に渡してくれた。後ろで神父が、おおー、と何やら感心したような歓声をあげたのはやはり無視だ。
「よいリュートね。作り手の深い愛情も感じるし、あなたのこの楽器への愛情も感じる。だけど・・・少しいじってもよくて?」
彼女はこくりと頷く。
私は鞄にいれてあった道具を取り出し、ほんの少しリュートをいじくる。先ほど彼女の弾くそのリュートの音色を聴いた時から少し気になっていたのだ。
「はい、修復完了。これでより良い音が出るはずよ。ただこれは応急修理だから、ちゃんとした道具作りの所へ修復に出すのを進める。もちろん、私に任せてくれるなら大歓迎」
そう言ってにこりと微笑んだ私に、彼女は不思議そうに眉根を寄せた。
「私は硝月倉菜。まだ祖父の下で修行中だけど、一応は楽器職人の端くれ。そのリュート、本当にとても美しいから、私、気に入ったの」
彼女はにこりと笑った。
「ありがとう。このリュートは私の師がくれたものなの。だからそう言ってもらえると嬉しいわ。あたしは綾瀬まあや。ぜひにあなたに修復を頼みたいわ」
「喜んで」
私たちは微笑み合う。
そして同時に私はこんなにも素直に感情を顔に出せる自分に内心驚く。私は人馴れしなくって無口無表情になりがちなのだけど、だけどこの綾瀬まあやの前では自然に感情を顔に出せた。おそらくはそれはこの彼女から聴こえてくる音楽がとても心地よく、そして何よりもその音色が私の心が奏でる音色に似ているから。
「えっと〜、あの、倉菜さん」
ああ、この人の事を忘れていた。
「この人はローマの教皇庁異端審問局から派遣されてきた神父さん」
「どうも。サラリー・バスガロフ神父です」
彼は三枚目の顔を無理やり二枚目にさせようときりりとした表情を浮かべようとがんばったようだけど、その顔はお世辞にも二枚目と呼べなくって、まあやさんは怪訝そうに眉根を寄せるだけだった。私は笑ってしまう。
「あ、ひどいな、倉菜さん」
拗ねた彼は無視して、私は彼女に訊く。
「ねえ、まあやさん、あなたにも見えて、そこで泣いてる少女が。そして聴こえて、悪魔の曲の残滓が」
「ええ。だからあたしはここで、このリュートで、ここに残る悪魔の曲の残滓に狂った世界が奏でる音楽を調律しようとしていた」
「なるほど」
頷いた私は視線を事故現場に向ける。
「こんな普通なら交通事故などありえない場所で、だけど交通事故が起きた」
「そう、そしてその現場に残る悪魔の曲の余韻」
私たちは顔を見合わせて、頷きあう。
「なにもかも悪魔がやった事なのよ」
「そう。そうね。運転手にゆきちゃんを殺させ…」
「そしてれいさんに運転手を殺させた」
そう、そうなのだ。それがこの事件の真実。
子どもを亡くした母親が悪魔に…それはとても痛ましい話。
善良なるドライバーを狂気に走らせ、横断途中だった杜若ゆきを轢き殺させ、
そしてその母親の悲しみにつけこんで、今度は杜若れいに運転手を殺させる。
ねえ、だけどれいさん。あなたはその相手を殺せばその相手にもやはり母親がいる事をあなたは考えたのかしら? そう。そう考えてもなお痛みは消せなくて、それであなたは悪魔に堕ちたのね…。
私は想う。ゆきちゃんとれいさん。この哀れな母娘を助けたいと。だから…
「ねえ、あなたと私。偉大な音楽家が二人いれば、悪魔など恐れるに足らずと想わない?」
まあやさんは頬にかかる髪を掻きあげながら、にこりと笑う。
「あたしも今、そう提案しようと想っていたところ」
そして私たち二人は頷き合うと、まず手始めに、そこに漂う悪魔の曲の残滓に狂った音楽を調律した。
【思い出という歌】
天気予報では2月14日は一日快晴という事だったけど、私とまあやさんが杜若家に近づけば近づくほどに、空は曇り、雷が轟き、そして激しい雨がスコールかのように降り出して、最悪な天気となった。
途中で擦れ違ったカップルの女の子がどうせ降るなら雪が良かったのに、なんて事を言っていたけど、それは私を白けさせるだけだった。
まあやさんもそうだったようで、二人で顔を見合わせて、これから悪魔と対決すると言うのに、くすっと笑いあった。
だけど杜若家に近づくにつれて最悪になっていく空が、普通ならこれ以上ない恐怖とか戦慄を私に与えるのだろうけど、だけど不思議に私は怖くない。それは私が魔人候補だからというわけではない。おそらくそれは・・・
「なに?」
「いえ、なんでも」
隣でにこりとその冷たく感じるほどに整いすぎた美貌に金属の結晶めいた笑みを浮かべたまあやさんがいたから。なんとなく彼女をお姉さんのように感じてしまう自分に私は少し笑えた。
だけど、私の予感が当たってしまっていれば、おそらくはこの今私が感じている想いという奴も、粉々に砕け散ってしまうに違いない。
そんなこんなで私たちは、杜若家に到着した。
目の前に落ちた雷のせいで、しばし視覚と聴覚が鈍る。
「凄まじい音色ね」
「そうね。だけど私たちの楽器が、その音色を奏でれば、この音色は消える」
こくりと頷きあう。
そして私たちは、杜若家に侵入した。
家の中はもはや異界だった。
まるで墓場に迷い込んだかのような感覚に陥りながらも辿り着いた子ども部屋。そこにいた杜若れい。そして彼女が抱いている杜若ゆき…の姿をしている悪魔。
「こんにちは。れいさん。あなたを救いにきたわ」
れいさんは反応しない。
そして、悪魔がこちらを向いて、にんまりと笑う。
ついで私たちを御もてなししてくれようと動き出した、無数のぬいぐるみたち。まるでB級ホラー映画のよう。私は肩をすくめる。
「すごいぬいぐるみの数。悪魔って意外に女の子の趣味、わかってるものなのね」
私は袋に入れていた刀を取り出すと、それをスカートのベルトに帯びて、鞘走らせる。そしてその鞘走りの音に合わせて歌うように私は彼女に言った。
「ねぇ、ゆきちゃん、あなた、歌が歌えて? お母さんとの思い出の曲を。あなたが歌を歌えば私はあなたを【楽器】と認識出来る、あなたに仮初の器を作ってあげる事が出来るわ。命を作る事は禁忌だから出来ないけど一時なら器を…楽器としてだけど…作ってあげられる。あなたはその【音】でお母さんを説得なさい。悪魔から逃れなければ一緒に天へは行けないもの。悪魔は私とまあやさんが引受けるから」
既にリュートの音は奏でられている。
その音がぬいぐるみたちに宿る救われぬ魂を浄化し、その場で魂は天に昇っていくのだけど、ぬいぐるみがぬいぐるみに戻った瞬簡にまたそのぬいぐるみに魂が宿るから、終わりが無い。
この勝負は悪魔が囚える人の魂の数が尽きるのが先か、それともまあやさんの力が尽きるのが先かだ。
その生死をかけた美しい旋律を聴きながら訊いた私に、ゆきちゃんはこくりと頷いた。
私はまあやさんに言う。
「もう少し、時間を稼げて?」
「余裕よ。だからゆきちゃんに最高の楽器を与えてあげて」
「ええ」
私は全世界を敵に回したとしても変わらぬであろう笑みを浮かべて、彼女に頷くと、
「それじゃあ、ゆきちゃんいくよ。すべてを私に委ねて。私があなたにお母さんを助けられる力を今、あげるから」
そして刀を床に突き刺した私は神に祈りをあげるかのように胸の前で手を組み合わせて力を解放する。
私の能力とは、物質具現化能力。これは楽器と認識する物(武器等含)を念じるだけで霊力や魔力・能力等を篭めれる器として具現化できる能力だ。但し最初は全て硝子製。力を篭める事で本物となる。
その力で私はゆきちゃんを一時的に現世に蘇らせようというのだ。
それは半端じゃない力を必要とするけど、だけど今の私は独りじゃないから、安心してそれができた。そう、たとえ異端審問局の神父どもが裏で何をたくらんでいようが…。
そして、私のほぼすべての力を使って作り上げた最高の楽器がこの世に具現化される。硝子細工の幼い少女。
「きさまらぁあああああああーーーーーーーー。何をする気だぁーーーーーー」
悪魔がしゃがれた声で叫んだ。
身を乗り出して、唾を飛ばしながら口にするのも躊躇われるような汚い言葉を呪詛のように吐き出している。
それは素晴らしい音楽を山のように聴いてきた私にとってはノイズもいいところで、そして、そんな言葉は次の瞬間に最後の私の力によって発動したゆきちゃんの歌声の前では尚の事、無力だった。
ああ、私はその彼女の歌声を言葉にはできない。
この世にいるどんな聡明な作詞家や詩人、小説家でも、ゆきちゃんのれいさんを想うその心を歌う歌声を言葉に表現する事はできないはずだ。
それはまるで水を半分注いだ硝子のグラスをそっと指先で弾いた時かのようなそんな純粋無垢で透明な澄んだ音色。
そして誰よりも何よりもれいさんを想う愛情に満ち溢れた歌声。
ああ、そんな歌声がだから愛を知らず…愛を利用するような悪魔如きの力など及ぶはずもなく、深い闇に飲み込まれていたれいさんの心に届いた。
「れいさん。さあ、こちらへ。あなたを想って、こんなにも慈愛に満ちた歌を歌うゆきちゃんのためにもこちらへ帰ってきて」
だけど悪魔も必死だ。
「ダメ。いやだ。いやだよ、お母さん。あたしを捨てないで。あたしの側にいて。あのゆきはお母さんの側にはいられないけど、あたしはお母さんの側にずっといられるんだよ」
れいさんの立ち上がりかけていた動きがびくっと止まる。
それにゆきちゃんの歌が途切れる。
闇がより濃密になる。私たちを塗り潰さんと。
私はまだ動けない。やはり能力の使いすぎだ。
だが、まあやさんが動いた。
彼女が奏でる曲は、先ほどまでのゆきちゃんの歌に相応しい曲。
それにゆきちゃんが彼女を見る。まあやさんは唇を動かした。そしてゆきちゃんは再び歌を歌いだす。大好きなお母さんを想う歌を。
「って、私、何をやってるのよ? ゆきちゃんがあんなにがんばってるのにさ」
私は少し動かそうとしただけでも激痛が走る体をだけど叱咤して、立ち上がる。そして残りかすの力を再び発動させて、フルートを作り出した。
フルートを私は奏でる。
耳朶に…心に流れ込んでくるゆきちゃんの歌を同時に私は曲として作曲し、それをフルートによって音声化させる。
ゆきちゃんの歌と、その想いを音色にする私とまあやさん。その3つの力の源は同じ。れいさんに戻ってきて欲しい…ということ。
ねえ、れいさん。あなたは2度までもゆきちゃんを失うの?
「ゆきぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーー」
それは歌。愛の歌。子を想う母の歌。
絶望と言う鳥篭に囚われた心は、愛という翼を取り戻し、光の世界を羽ばたく。
「うぎゃがああぁぁぁっぁぁあああーーーーーー」
れいさんは悪魔を突き放し、そしてゆきちゃんを抱きしめた。二人の姿は空から降りてきたまばゆい光に包み込まれて、すぅーっと消えていく。
そして杜若れい、という悪魔がこの世に具現化するための子宮が消え去った瞬間、悪魔はこの世にその身をとどめる事が出来なくなり、ならば私たちを道ずれにせんと、迫ってきた。両の手の爪は鋭く湾曲して、鉤爪のようだ。
それがまあやさんの頭を引き裂かんと肉薄する。だけど・・・
「させると想って?」
私は悪魔のその手を刀で、斬りおとした。
「あががががっがぁぁぁっぁぁぁぁあああああああああああああ」
悪魔は本来の醜い姿を取り戻し、大きく開いた口から泡と共に耳障りな歌を歌う。だけど、それは私の耳にとっては、
「あなたの歌は不快なだけよ。だから、あなたは生という名の舞台から降りなさい」
そして私の浄化の刀は悪魔を一刀両断した。
【魔人】
悪魔が消え去り、本来の姿を取り戻した子ども部屋にぱちぱちとおどけた拍手の音が響いた。とてもしらじらしく。
私は振り返る。
そこにいたのはあの神父。サラリー・バズガロフ。
「いやいや、お見事ですね、お二方。見た目は本当に見目麗しい音楽の女神なのに、いやいやどうしてお二方も本当にすごい力をお持ちだ」
そして彼はまあやさんに視線を向ける。そう、イヴを見ていたエデンのヘビとは今の彼と同じ目で彼女を見ていたのではなかろうか?
「綾瀬まあやさん。ぜひともそのあなたのお力で硝月倉菜さんを滅してくださいませんかね。彼女はね、魔人候補。その存在は我らが主の教えに背くものなのですよ」
この男に殺されるのは嫌だけど、まあやさんにならいいと想う自分がいた。
だけど彼女は彼に笑った。割れたガラスの破片かのようなとても鋭く冷たい笑み。
「あなたを殺せ、というのなら喜んで」
彼は肩をすくめる。そして道端に落ちているゴミでも見るかのようなとても冷たく嫌な目で、まあやさんを見た。
「やれやれ。ならばあなたも僕らの敵だ」
そして彼は僧服の懐から拳銃を取り出し、その銃口を私に向ける。
「まずはあなたから死んでもらう」
「はん。大人しく撃たれ・・・」
ると想って? とは言えなかった。それどころか息をするのさえ苦しい。
やられた。
手品と同じだ。手品師が派手な言葉や動きで観客の眼を引きつけ、その一方で既に手品のトリックを完成させているように、彼ら神父もサラリーが私たちの眼を引きつけている間に、他の神父が私たちの動きを封じている。そう、いつの間にか私たちに銀のロザリオをかざしている神父たちがいるではないか。
「さようなら、倉菜さん。魔人でさえなければ、よい楽器職人になっていただろうに。灰は灰に。塵は塵に」
薄く笑う彼。トリガーを引く彼の指。
ガァーン。
銃は甲高い凶暴性を音声化させただけの無機質な歌を歌うが、
しかしそれにともなう激痛も灼熱感も私を襲う事は無かった。なぜなら・・・
「馬鹿な。そのリュートはあなたの大切な楽器なのではないのですか?」
サラリーは絶句した。
そして私も。だって本当にその楽器は彼女の大切な物のはずなのに。なのに彼女はそのリュートで、銃弾を防いだのだ。どうして?
「理由がいる?」
銃弾によって壊れてしまったリュートを胸に抱きしめながら彼女はいとも簡単にとても綺麗に微笑みながら言い切った。そして、動きを封じられているにも関わらずに無理やり動いた彼女は、私ににこりと笑うと、オーバーワークで気絶した。
そして私は笑う。
「何がおかしいのですか?」
「自分があまりにも馬鹿だったから。彼女は私のためにあんな大事な物を犠牲にしてくれたのに、私は彼女の前だからって、変身するのは躊躇ってしまった。私は彼女に友情を抱いていたから。そう、変身さえすれば別にこんなのはピンチでもなんでもないのにね。なのに私のせいで彼女は・・・」そこで私は大声でけたけたと笑いながら肩にかかる髪を後ろに払うと、
魔力を解放する。
その瞬間に背の中程まであるゆるいウェーヴの白銀の髪は血のように赤い真紅の髪となり、そして青紫の瞳は金の瞳に。背を覆う髪は広がり、蝙蝠の翼が広がる。
そして私は怯えすくむ異端審問局の神父どもに笑った。
「さあ、魔人候補の力を味わいなさい」
【ラスト】
空が深い藍色に染まり、星の海の中で丸い満月が輝くその下で私はまあやさんの肩をかつぎながら歩いていた。
頬に彼女の髪が触れる。
「ここは?」
「気がついた」
まだ半分寝ぼけ眼の彼女がなんだかとてもかわいくって、私はつい微笑んでしまう。
「……大丈夫」
彼女は自分の足で立つと、髪を掻きあげながら私に微笑む。
「もう大丈夫だから」
私もそう言う彼女から、そう、と言って体を離す。だけどほんの少しとてもよい香りがする彼女のやわらかみから離れるのが残念に思えた。何言ってる、私?
「何よ、にこりと笑って?」
「ううん、別に」
私は彼女にそう言いながら肩をすくめる。
そして、私は彼女に言った。
優しい満月の蒼銀色の光の下で。
「私にあなたの新しいリュートを作らせて?」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2194 / 硝月・倉菜 / 女性 / 17歳 / 女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)
NPC 綾瀬・まあや
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、はじめまして。硝月倉菜さま。
今回担当させていただいたライターの草摩一護です。
と、いう事で硝月さん、綾瀬・まあやの設定欄に、硝月・倉菜さんにリュートを作ってもらう、と書いておいてもよろしいでしょうか?^^
プレイングで、まやあをご指名していただけて本当に嬉しかったです。
この娘は今、オフの方で書いている小説の主人公の従者だったりするのですよ。
今回はですから、せっかくまあやをご指名していただけたのだから、話のストーリーはもちろん、見せ場も二人の友情関係とかそういうのを描いてみようと、こうしてみました。
そして魔人候補という設定は活かさない手はないと、お話の終盤に、対神父を持ってきたり。
これは、硝月さんの設定ならではのシーン構成なので、こういうのを書かせていただけて嬉しかったです。
そして何よりも、ゆきにれいを助けさせる・・・プレイングで一番惹かれたこのエピソードを上手く書けて満足しております。
僕が書きましたそのシーンに満足していだけてましたら幸いです。
どうでしょうか? 今回のお話、楽しんでいただけましたでしょうか? もしも楽しんでいただけてましたら作者冥利に尽きます。^^
それではまたよろしければ、書かせてください。
その時は誠心誠意書かせていただきます。
それでは失礼します。
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