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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


中途半端な呪いのアイテム

――オープニング――

『これは去年私がとある地に旅行で訪れた時、購入したものです。
道端で普通に店を広げていた露天商から購入したのですが、その時商人は
コレに主として認められれば私の願いが叶うけれど、逆に認められなければ
不幸が私を見舞うだろうと言ったのです。
それが莫大な富や死といった大袈裟な願いが叶うわけではなく、ほどほどの願いそして
ほどほどの不幸という、なんとも半端な説明だったのですが。
……私はコレに認めてもらえなかったようで、先日から立て続けにほどほどの不幸がありました。
気味が悪いのでコレをお宅に預けようと思います』


どこにあるとも知れないアンティークショップ。
その店内に並ぶ椅子――勿論売り物だが――に腰掛けてその手紙を読み終えると、ふいっと紫煙を吐き出して
おもむろに便箋をカウンターに投げ出した。
その指先に輝いているのは、輝きを失ったシルバーのペンダントヘッド。
『ほどほどの』いわくを持つにしては、やけにシンプルな円い形をしたそれに視線を落とし、彫られた鳥の紋様を確かめる。
「――……南国の鳥のようだねぇ」
呟く声音はまるで波紋を浮かべる水面のような静寂を周囲に響かせる。
口にしていたキセルを離し、もう一度ふいっと煙を吐き出すと、その声の持ち主――つまりこのアンティークショップの店主である
碧摩 蓮は小さく目を細めて口の端をゆるりと持ち上げた。

中途半端な呪いねぇ。

店の中に立ち昇る紫煙がゆっくりと空気に溶けていく。
蓮は一人そう呟くと、ペンダントヘッドを指先で弄びつつ、煙の行く末を眺めていた。

煙が儚く消えていく頃、店のドアに飾られた鈴が小さな音を響かせた。
手にしていたそれをカウンターに置いてキセルを口にすると、煙を吐き出すのと同時に言葉を告げる。
「いらっしゃい。……おや、久しぶりじゃないか」
切れ長の瞳をゆったりと細めて笑みを浮かべる。ぞんざいな言葉の代わりに、その艶やかな笑みが客人をもてなしていた。

――1――

 ドアの前に立っていたのは一人の少年だった。
まだ幼さを残す面立ちは端正で、華奢な体躯は一見彼を弱々しい印象に思わせる。
 蓮は彼を見やってからキセルを口に運び、ふいっと煙を吐き出してにんまりと笑みを作ってみせた。
「で、今日はどれに”呼ばれて”来たんだい? 榊 遠夜(さかき とおや)君?」
 店の常連である少年の名前を呼び、その視線を彼の足元に下げていく。
そこには一匹の黒猫がいて、ガラス玉のような瞳で蓮を見上げていた。
今日も毛艶がいいねえ、響。そう言って笑う蓮の顔を見据えて遠夜はゆっくり言葉を告げた。
「――多分、蓮さんが今手にしているそれかな……」
少年にしては落ち着いた声音。ゆっくりと語りかけるその言葉は、遠夜少年が陰陽師という稼業にも従事しているためもあってか、
一言一言に言霊が込められていそうな気配さえ漂わせている。
 蓮は指先で弄んでいたシルバーのペンダントヘッドを、遠夜の目に触れやすいように示してみせる。
そしてそれをひらひらと左右に動かして小首をかすかに傾げた。
「今さっき店のポストに投げこまれていた代物さ。中途半端に祟るらしい」
「中途半端に?」
わずかに眉根を寄せて言葉を返し、蓮の手の中で揺れるそれに視線を向ける。
輝きを失ったそれはシンプルに円く、鳥の彫刻が施されてあった。
「死を招くだのといった物騒ないわくつきじゃないらしいがね」
 低くクツクツと笑う蓮の声。差し伸べられた遠夜の手に彼女がそれを渡そうとした時、再び店のドアが軽快に鈴の音を鳴らした。
「こんにちわ!」
 入ってきたのは穏やかな春の陽射しを思わせる女性。
長い黒髪をゆったりと背中に流し、胸には大きめのスケッチブックを抱えている。
「おやまあ、一度に二人も客が来るなんてめずらしい事もあるもんだねえ。……いらっしゃい、お嬢さん」
 遠夜に手渡しかけたペンダントヘッドを再び自分の掌に戻し、蓮はゆったりと笑みを浮かべた。
「こちら、初めてお邪魔するのですけれども――すごく素敵なアンティークが揃ってあるんですね」
 のんびりとした口調でそう言いながら、彼女は嬉しそうに周りをぐるりと見渡した。
清楚なデザインの服装はイヤミでない程度にシンプルで、彼女のセンスの良さを思わせる。
 少しの間店内を眺めてから蓮と遠夜に視線を合わせ、穏やかに笑みを浮かべて小首を傾げ、背筋を正して口を開く。
「私、柏木 アトリと言います。こちらには何だか……何かに呼ばれたような気がして」
アトリはそう言うと遠夜に向けて笑んでみせた。
 蓮はキセルを口に運びながら再び目を細め、小さく嘆息しつつ遠夜の足元に座っている響に視線を落とす。
「やれやれ。こういう偶然もあるもんだね」

 店を後にして人通りの多い路地まで出ると、アトリは前を行く遠夜の横まで追いついて声をかけた。
「あの、さっきあの方から貰ったものを見せていただけませんか?」
「――蓮さんって言うんですよ」
アトリに視線を向けることもなくそう返す。
決して愛想の良い少年というわけではなさそうなその態度を気にする様子もなく、アトリはニコニコと笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「蓮さんって仰る方なんですか。素敵なお店でしたし、私これから常連さんになろうかしら」
 少しばかり足早に歩いている遠夜の態度を気に留める様子もなく、アトリは手を差し出して笑う。
「――――……」
 アトリの呑気な態度に呆れたのか。小さく嘆息をついて足を止めた遠夜は、ポケットにしまいこんでいたそれを手に取ってアトリに突き出した。
 嬉しそうに頭を下げてからペンダントヘッドを手に持つと、アトリは周囲を見まわして小さな公園を見つけ、指で示してみせる。
「歩きながらっていうのもなんですし、ベンチで座ってお話しませんか?」
「……それをお渡しすることは出来ませんが……」
冷たく言い放つ遠夜の言葉にアトリは大きく頷き、小首を傾げた。
「蓮さんはあなたに手渡したのですから、これはあなたのものです。ええと……お名前は何ていうのかしら」
穏やかな笑みに毒気を抜かれたかのように、もう一つ嘆息をついてからアトリの目を見据えて口を開く。
「僕の名前は榊 遠夜。……あまり時間は取れませんが、時を同じくして同じものに惹かれた者ですし。
少しだけでしたらお付き合いしますよ」
「遠夜さんですね。よろしくお願いします」
 右手を差し出して握手を求め、半ば強引に遠夜と挨拶を交わすと、アトリは再び穏やかに笑んでみせた。


――2――

 まだ冬の寒さを残す風に吹かれ、二人はベンチに座ってペンダントヘッドに目をあてた。
二人の間には黒猫の響。常人には見えないようにしているその姿を、アトリはあっさり可愛いと言い放って頭を撫でた。
 ひとしきり響の頭を撫でまわした後、アトリはおもむろにスケッチブックを開いてペンダントヘッドの画を描きだした。
「私、画を勉強しているんです。素敵なものを見つけるとこうして描いてしまうのが癖で……」
「そうですか」
忙しく動く鉛筆を見つめながら、遠夜は響の頭に手を伸ばして軽く撫でた。
 しばらくそうして無言の時間が流れた。響の目が『もう帰ろう』と訴えている事に気付き、遠夜は言いだしにくそうに口を開いた。
「そろそろ僕、家に」
「遠夜さんはこれを手にいれて、どうしようと思っているんですか?」
「――は?」
相変わらず忙しく鉛筆を動かして穏やかな目線をスケッチブックに向けながら、アトリはゆったりとした口調でそう訊いた。
「蓮さんが仰るには、これは手にした人の願いを叶えてくれるものなのでしょう?」
 ふいに指を止めて視線を遠夜に向ける。
 決して言葉を押し付けるものではなく。しかしどこか自分の内側を見透かしているようにも見える黒い瞳で。
「――答えなくてはいけませんか?」
アトリは笑って首を横に振ってみせる。
「いいえ」
そう言ってにこりと笑むと、彼女は再び視線をスケッチブックに落とした。忙しく鉛筆が動き出す。
 遠夜は小さく長い溜め息をつき、膝の上で両手を組むと目を閉じた。
「僕は陰陽師と学生をやっているのですが、それに宿っているモノを使役できたらと思ってます」
「そうですか」
 アトリの返事は穏やかで少しの揺らぎもない。――遠夜は静かに目を開き、続けた。
「それもあるのですが、……最終的にはそれを眠らせてやりたいと……そうも思っています」
「そうですか」
 アトリは動かしていた指を止めてスケッチブックを何度も眺め、描いたものをチェックしだした。
まるで紙の中で息をしているようなそれは、簡易的ではあるがよく特長を捉えて描かれてもある。
 自分の話が聞き流されているようにも思えるが、伺う限りではアトリはそういう性格に思えない。
遠夜は響の頭を軽く撫でてから小さく嘆息し、再び目を閉じた。

 スケッチブックを閉じると手にしていたペンダントヘッドを頭上にかかげて陽にさらし、わずかに輝くそれを眺めて
アトリは小さく笑った。
「ちょっとだけいじわるしようかしら。これに願いを一つかけるの」
そう言って柔らかく瞼を閉じ、口許に笑みを浮かべる。
「あ、アトリさん」
遠夜が彼女を制しようとした時、アトリの声が願いを唱えた。
「紅茶がおいしい、素敵なお店が見つかりますように!」
「――お茶?」
 制しようとした手が宙を掴む。膝の上に座っていた響が大きなあくびを一つついた。
 アトリは閉じた瞳をゆっくり開けると、くすりと笑って肩をすくめた。
「誰でも皆が邪ま(よこしま)な願いをかけるわけではないの。――遠夜さんの願い、いつか叶うといいわね」

 唖然とする遠夜にペンダントヘッドを手渡すと、アトリはもう一度穏やかに微笑んでから握手を求めた。
「今日は素敵なお店も発見出来たし、素敵な画も描けたわ。良い時間をありがとう」
差し出された手を握り返し、遠夜は面食らって返事を濁す。
 そしてアトリが遠ざかっていくのを座りながら眺め、ぼそりと呟いた。
「――僕の方こそ」



――エンディング――

 アトリの姿が見えなくなった頃、ようやく立ちあがって服の裾を軽く払うと、遠夜は掌の中のペンダントヘッドに視線を落とした。
 
 使役したいと考えているのは嘘ではない。使役できる相手は多い方が便利なのは確実なことなのだから。
だがその反面、遠夜の心をよぎるのは自身が抱えている暗い部分。
 自分にはアトリのような、無邪気な願いは持てないかもしれない。――そう思うと胸のどこかがかすかに痛む。
「僕の願いは叶わないほうがいいんだよ――」
 腕の中で眠っている響に視線を動かし、誰に言うわけでもなくそう呟くと、ゆっくりと歩き出す。

――病室で自分を迎えてくれる妹を思い出す。
禁忌とされる双子に生まれついてしまったために、不運を抱えこんでしまった妹の顔を。

 空を仰ぎ、大きく嘆息を一つ。
それからもう一度ペンダントヘッドを眺め、その視線を響へと移す。
 眠っていたはずの黒猫はいつの間にか目覚めていて、そのガラス玉のような瞳で遠夜を見上げている。
 困ったように小さく笑みを作ってみせると、輝きを失ったペンダントヘッドに目を落としてからそっと目を閉じた。
「――僕達みたいな目には、もう二度と遭わなくてもいいんだよ」
優しくそう語り掛ける言葉に、それは遠夜の掌の中で一瞬だけ確かに瞬いてみせた。

 冷たい風が遠夜の白い頬を撫でて過ぎていく。
肩の上に移動した響は小さく一声鳴いてみせると、毛艶の良いその顔を主の頬にすり寄せた。
 遠夜は響の頭をそっと撫でて小さく笑い、黙って空を見上げている。
 掌の中で眠りについたそれを、暖かく包み込みながら。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2528 / 柏木・アトリ / 女性 / 20歳 / 和紙細工師・美大生】
【0642 / 榊・遠夜 / 16歳 / 16歳 / 高校生/陰陽師】




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■         ライター通信          ■
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はじめまして。この度はご指名ありがとうございました。
今回「中途半端な呪いのアイテム」でアトリさんと遠夜さんを書かせていただいた、高遠と申します。

今回はあえて、特記した事件は無しにしてみました。
題材となっているペンダントヘッドの設定からも、今回頂戴した依頼内容からも、それの必要性を
特に感じなかったためです。
エンディングは別々のものを用意させていただきました。それぞれの性格を重視して、そのようにしてみました。

頑張って書かせていただきました。お気に召していただけたら幸いです。