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<東京怪談ノベル(シングル)>


ハムスターいちねんせい

 セフィア・アウルゲートは悩んでいた。
 先日、可愛くて小さな生き物を拾ったのはいいが、飼い方が分からない。
 環境の変化にとても弱い生き物らしく、驚いたことにただ普通に傍らにおいていては死んでしまうらしい。
 一時引き取ってくれたペットショップの店員は「準備が出来たならいつでも来なさい」と誘ってくれたが……
「……そうだ……」
 分からないならいっそ飼われる本人に聞いてみよう。私にはそれができるじゃないか。
 ようやくそのことに気付いたセフィアは、意気揚々とペットショップへ足を向けるのだった。
 
 深夜遅く、セフィアはこっそりと店の中へ侵入した。
 営業時間をとうに1時間は過ぎていたため、店は薄暗く、防寒対策として動物達の小屋に置かれたヒーターの音が鈍く鳴り響いていた。
 通用口が見つからなかったため、セフィアは入り口のガラス扉からお邪魔することにした。
 これ以上は大きい姿では入れないと判断し、小さな姿へ分身させて隙間から中へ入り込んだ。
 もしかすると荷物が必要になるかもしれない、と帰りは大きな姿でも可能なように、扉にかけられた鍵をこっそり外しておく。
 たくさんのペット用品が並ぶ棚を見回しながら、セフィアは心の声でハムスターに呼びかけた。
 だが、返事が返ってくる気配すらない。展示売り出し中のハムスター達に聞いてみたものの、彼の行方を知る者はいなかった(覚えていないという説もありうるが)
 その中の1匹が「もしかすると奥の部屋にいるのかも」と言った。
 店の奥に従業員の控え室があり、病気や怪我など、事情があって売りに出せない動物達を一時的に避難させているらしい。きっと、セフィアの意中の子も間違って他の客に売られてしまわないよう、控え室に連れていっているのだろう。
「その控え室はどこに……?」
 セフィアが問いかけると、ハムスター達は一斉に一方へ顔を向けた。
 その先に、小さな鉄の扉が見える。
 まだ人がいるのだろうか……扉はわずかに開いており、細い光の筋がのびていた。
 こっそり入って来ただけに少々気まずい思いがあったが、セフィアはきっと大丈夫だろうと自分を信じて、ゆっくりと扉の隙間から入り込んだ。

 部屋に入った途端、分厚いコートに身を包んだ店員と視線が合わさった。
 セフィアの姿に一瞬眉もひそめるも、多分気のせいだと判断し、店員はそそくさと帰る準備をすすめた。
 セフィアはこっそりと隙間に隠れながら、周囲を伺っていると、天井から声をかけられた。
「ね、そこのあんた……何してるの?」
 声の正体は真っ白な猫だった。天井に逆さまにたっており、2本に分かれたしっぽをゆっくりとゆらしている。
「あの……ここにいる小さな生き物を探してるんだけど……」
「ああ、この前のあれね……ちょっと待ってて……」
 猫は華麗な足取りで奥へと姿を消していく。途中、店員とすれ違ったが、彼には猫の姿が見えていないようだ。
 店員が出て行ってからしばらくして、猫はハムスターをくわえて戻って来た。
 セフィアの前に置くように口から離してやるも、彼は身を固くして動こうとしない。
「ほら、飼い主がきてあげたんだからシャキッとしなさいな」
 猫は優しく撫でながらも厳しい口調で告げた。その様子を眺めながら、セフィアははくすりとほほ笑む。
「こんにちは、ごぉるでんくん。ねえ、君を飼ってあげるにはどうしたらいいの?」
「……おい、勉強してきたんじゃなかったのかよ! あと俺はゴールデンハムスターじゃなくて、ジャンガリアンハムスターなんだってばさ!」
 ハムスターはきぃきぃと鳴き声をあげて反論するも、セフィアは程よくそれを聞き流した。
「あなたを飼うには何を用意したらいいの……かな?」
「……店員に「ハムスター育成セットください」といえば最低限のものは全部そろうよ……まあ、それだけじゃ足りないだろうから、あとで足りない分を説明してやるよ……」
「店員……」
 セフィアはじっと外へ続く通用門を見つめた。
 今なら呼びかければ間に合うかもしれない。だが、どうやって説明しよう。それに営業時間も過ぎているのだから、今日は店に入れさせてもらえなくなるだろう。
 仕方ない……とため息を吐き、傍らにいた猫がセフィアに話かけた。
「店員のかわりといっちゃなんだけど、あたしが教えてあげるよ……」
 
 親切な猫(?)の指示のもと、セフィアはひとつひとつ丁寧に道具を選んでいった。
 ドワーフハムスター用の少し小さなゲージ、音が静かな回し車、飲み水を補給するためのウォーターボール、砂浴びとトイレ兼用の砂入れ……各社様々なデザインのものがあったが、初めて飼うことを考慮に入れて、比較的取り扱いやすいシンプルなデザインのものを選ぶことにした。
「ゲージは掃除とかしやすいけど、外の環境にすぐ影響されるから設置場所や環境には充分気をつけてね。それと、飼ったら最後まで責任をもつこと。これが一番守って欲しいことかな」
「はい……あ、あの。残りの道具はこの子に決めさせてあげていいかな?」
 籠の中に入っている自分の城となる道具の上をうろうろするハムスターをセフィアは指さした。
「別にいいけど……そのままじゃ不便よね……」
 猫はしなやかに身体を伸ばすと、ハムスターボールを籠の中におとした。
「そこのネズミ……ハウス!」
「は!? これにはいるのかよ。せめて袋からあけてくれよ!」
「仕方ないわね……あんた、手伝ってあげな」
 言われた通りにセフィアが封をやぶってやると、仕方ないといったそぶりをみせつつ、ハムスターはボールの中へと入っていった。
 少し落ち着かない様子でボールの中でうろうろと歩き回るハムスターを見て、セフィアはくすりとほほ笑んだ。

「あといるものは……寝る所とご飯……かな」
 自分と同じ位の大きさもする半透明のボールを抱きかかえ、セフィアは小動物グッズ専門の棚を飛び回っていた。
「お布団はなにがいい?」
 家の中の家……ゲージの中に入れるハムスターの隠れ家はどれも可愛らしい装丁のものが多い。
 ログハウスをイメージしたものや、キノコの形をした家、中にはちゃんと扉もついた住居のような形の物まである。
 その中でひとつだけ質素な小屋があった。わらと牧草で編み上げた球状の小屋だ。かじり木の代わりとしても効果があるようにと、巣材はすべて木と草で出来ているらしい。ハムスターもそれを気に入っているのか、彼はじっとわらの球を見つめていた。
「これがいいの?」
 ハムスターに同意をもとめつつ、セフィアはぽいっと小屋を買い物かごに放り込んだ。
「おい! 俺の家になるんだから、もうちょっと丁寧に扱え!」
「あ、ごめんね。壊れにくそうだったから大丈夫かなって。えっと、後は餌入れと餌かな?」
「それとあったかい場所だ」
 棚の一番目立つ場所に小動物用のヒーターが並んでいた。
 カイロを入れる簡易式なものから小屋の床全体に敷き詰めるマットのようなものまで、こちらもかなりの数が取り揃えられている。
「出来ればずっと暖かいところに置いてくれれば問題ないけどさ。そうはいかないんだろう? この間みたいに寒い思いするの嫌だし、備えあればなんとやらってやつだ」
 寒い所に転がっていたのは自分のせいだろうに……とセフィアはほんのり思ったが思いとどめておくことにした。
「えっと……それじゃこれも必要、かな」
 セフィアは目の前にあった一番小さなカイロ式のヒーターを手にし、やっぱりぽいっと籠に放り込んだ。
 
「今日の所は代金は見逃してあげる」
 それよりも早く出て行きなさい、と猫はセフィアを店の外へと案内した。
 ゲージやら床材やらを買ったせいで思った通り、荷物が一杯になってしまった。セフィアは等身大に姿を戻し、両手一杯にビニル袋を抱えている。その上にはちゃっかりと、ボアのポケットが乗っており、その中でハムスターはまどろむように眠っていた。
「いいこと。今回は見逃してあげるけど……今度勝手に店に入って来たら、その首をかききってやるから覚悟しな。あたしが番をしてる間はアリ一匹だって中にいれやしないんだから」
 猫の背後に立ち登るオーラにセフィアはビクッと肩をすくめる。
 つん、としっぽを立てて、扉の隙間から中に入っていく後ろ姿を見つめながら。
「今度はばれないように入らなくちゃね」
 セフィアはこっそりとハムスターに語りかけた。
 
(文章執筆:谷口舞)