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<東京怪談ノベル(シングル)>


NAI-NAI-26


 そこは黒く焦げた柱が卒塔婆の如く数本立っていた…り斜めに傾いていたり倒れていたり色々なっていた。瓦礫もぼろぼろに炭化しており原型が想像も出来ない程の惨状がまるっきり放置されている。その場に立って見渡せば視界に広がる状景は真っ黒けの果てしない地平線。…それも当然か。ここはついこの間、大火事が起きた場所であるのだから。更に言えばその激しい燃え盛りっぷりはこの御時世でありながらエラく景気の良いもので…いや、『火事の原因』からしてその業火っぷりは当然でもあったのだが、とにかく尋常ではない燃え方だった。
 結果、事実としては「某氏の手により暖を取る為『だけに』喚び出された」筈のあの…いや、口に出しては言うまい…何にしろ、『それ』による恐ろしいまでの大火事以来、ここは近隣の誰一人その場に近付こうとしない禁断の地になっていた。

 そんな、『謎』としか言いようのない大火事が起きた、怪しげな屋敷――だった場所にふと現れた男がひとり。
 彼は当年とって二十六歳、黒髪黒瞳の何処と言って目立つところの無い青年、宇奈月慎一郎。
 …但し。
 彼は何か楽しい事でもあったのか、うきうきと歌を口ずさみながら足取りも軽く歩いています。
 場の寂しさからして…異様に場違いと思えるのは気のせいではないでしょう。
 どうやら、少々頭の中が何処か別の場所へお散歩に行ってしまっている様子です。


「NAI、NAI、NAI、屋敷がない♪ 〜♪ ふふふふん〜♪」


 聴こえてくるのは非常ーにお軽い声と歌であります。

 …どうやら何らかの替え歌のようです。
 いえ、失礼致しました。どうやらご本人曰く、『NAI−NAI−26』なる楽曲であるとの事。
 即興で付けたとか何とか…。
 …つまり御年二十六歳の今、屋敷が無くなってしまった、とそう言いたいってだけなのでしょうか?(謎)

 とにかく、彼はずんずんと焼け跡の中へと入って行きます。
 いったい何をしようと言うのでしょうか。
 彼は歌いながら焼け跡をふらふらと歩いています。
 …目的がわかりません。
 そしてとにかくひたすら歌っているのでどうにも理由も訊けません。
 …焼け落ちる以前に建っていた屋敷の関係者ではあるようなのですが…。


「あああ…おでんも無い〜♪ 大根、はんぺん、餅巾着…あああ、おでんが恋しい…」


 そろそろ微妙に春めいて来ているとは言えまだまだ寒さが心と胃袋を襲うのか、何やら歌が脱線しております。
 やっぱり風が冷たいのか、ぶるるるん、と身を震わせ、慎一郎はそれでも焼け跡を歩きます。


「ああ、たまごにばくだんつみれにちくわぶ…味の染みたこんにゃくもまた美味い…ああ、そしていつかはやりたい僕の夢見る桜島大根まるごとおでん…。――ん?」


 と、おでん禁断症状に負け掛かった彼が、真っ黒な瓦礫の中、唐突に目を留めたのは見覚えの無いマンホールの蓋の如き扉。
「こ…っこれは…」
 慎一郎はがばりとそれが見える場所に張り付き、迷う事無くぽいぽいぽいぽいと瓦礫を除けて行きます。いえ、そんな簡単には行きません。持ち合わせているたった二本のおててでふんぬぬぬと力任せに、お手伝いしてくれるいつもの『ともだち』を喚ぶ事さえも忘れて一心不乱に扉を目指しています。が、その扉には瓦礫と言う障害が。あと少しで手が届く。さぁ、あと少しだ慎一郎。そう、最後、この炭化した板を除ければ地下へ(?)の扉に手が届く…!
 と、そんなこんなで。
 目的の扉になんとか到達しました。
 慎一郎は地下に向かっていると思しきその扉の上におもむろにへたり込み、てのひらで指先で扉を大事なものでも取り扱うよう丁寧に撫でつつ、開くかなぁ? と扉を確かめ始めます。
 おもちゃを見つけた子供のようにぱあっと表情が明らみ、『これ』の正体がわかるまでは絶対にその場所から動かないぞ、とでも言いたげな、しみじみ興味深そうな…一種偏執的なものまで窺えるような姿で、なんとか扉を開けると、どうしようかな、どうしようかな、と、まるで『お年頃の少女が何でも都合の良いイベント化させようとする菓子屋の戦略に自分からわざわざ乗っかり想い人にチョコを渡せるか渡せないかでキャーキャーやっている』のと同じような情熱が無駄に消費されている態度で(…不気味と言ってはマズいでしょうか)どぎまぎ悩みつつ、マンホールの中をじぃっくり覗き込みます。
「誰か居ますかぁー?」
 返答は戻って来ません。
「…」
 慎一郎は考えます。
 そして思いつきました。
 …きっと聴こえないんだ。
 誰も居やしないだろうと言うマトモな発想には何故か至らず、慎一郎はよいしょっとばかりに扉の中――じめじめして薄暗い腐臭漂うめくるめく夢の世界(見たくない)を期待し、地下の暗闇へと身を投じました。


 そして暫し闇の中を歩いた――何故かキリがない――後。
 何処からとも無く、人間の声では有り得ない――だが何者かによる言葉としか思えない『声』が聴こえて来た。
「む!?」
 まさか? とばかりに慎一郎は顔を上げる。
 と。
 のそり、と。
 人間に似た、だが前屈みになった姿勢が何処と無く犬めいてもいる…肌が不快なゴムのようなものでもある謎の生物が五人――と言うか五匹と言うか――とにかく五体現れた。
 かつりかつりと蹄の如き音を立てつつ。彼ら(?)は慎一郎の側までやって来ます。
 そしてまた、聞き取れない、人には理解出来ない言語で何やら話し掛けて参ります。
「…をを、キミたちは地下の納骨堂やら地下鉄やらに潜んでいると言う食屍鬼のぐーるくんなんですね!?」
 どきどき、どきどき。
 興奮で慎一郎は頬を紅潮させています。
 今にもグール…らしい彼ら(?)五体に抱き付きそうな勢いです。
「…〜〜〜〜〜、〜〜〜、〜〜〜〜〜」
「へぇえ、そうなんだぁ…。うんうん。僕も屋敷が燃えちゃいましてねぇ」
 …て言うかそれで意志の疎通可能なんですか。
 と。
 ええ☆ ほら、その証拠に彼らも僕を食べようともしていないでしょう? ね?
 なぁんて平気な声が慎一郎から発される(誰に対してだ)。
「ところでおでんって美味しいよね〜♪」
「〜〜〜♪」
「〜、〜〜〜♪」
 …勘違いではなく本当に通じているのだろうか?
 と、本気で疑問に思えるくらい、慎一郎はグールたちとじっくり話し込んだ後。
 そうだ、と唐突に素っ頓狂な声を上げました。
 僕と一緒に歌をうたおう、と。
 そしてお金を儲けて僕と一緒にこの屋敷を復興させよう! と。
 慎一郎のその提案に、グールたちからはまたも何やらうにゃうにゃ返答が来ます。
 と、そうですかそうですか、一緒にやってくれるんですね!! と大喜びで受ける慎一郎。
 では…デビューに当たってのグループ名は…そうですね、僕が居て…それでもってグールが五人…『宇奈月慎一郎とグール・ファイブ』でどうですか!?
 …って、何かのぱくりっぽい上にグループ名も何もそのまんま過ぎる気が。
 と、肝心のグールたちの方はそんな事を気にせず。またもうにゃうにゃ。
 すると今度は、賛同して下さるどころか…喜んで頂けて僕も嬉しいです感激ですぅ〜! と慎一郎。
 そしてまたうにゃうにゃうにゃ。
 慎一郎はそんなグールたちの態度に上機嫌で提案を続けます。
 デビュー曲のタイトルも良い案があるんですよ〜☆
 そう、名付けて『カダスは今日も雪だった』。良いでしょ〜最高でしょ〜☆
 かの書に記された禁断の地、凍てつく荒野のカダスは今日もまた雪なんですよ〜。
 …ってそれもまた何かの以下略。
 が、やっぱりその場に居る誰も気にしない。
 では試しに一緒に歌ってみましょう♪ と慎一郎はまたも外で歌っていたような歌を口ずさみ出し、グールたちにも復唱するように勧めだす。
 が。
「そう、一緒に。ホラ行きますよ☆」
「…」
「ノリが悪いですよっ♪ そう、もっと大きな声で! …えー、もっと近くに来た方が良いコーラスになりますからこちらに。ほら、さんはいっ。…って…あはっ、何するんですかぐーるくん? そんなところに噛み付いちゃ、めっ、ですよ☆ ほら、腕引っ張らないで下さいって、ね? ちょっとちょっと痛いですってば…ふふふふっ…あきゃああああぁあぁあぁあ!!!!!」

 そう。

 勘違い(やっぱり)していた慎一郎は憐れグールたちに囲まれ引き摺られ、その餌食に――。
 ――なるか、ってところで。


 …きゅるるららるらるる、と、何かの音を早回しにしたような謎の電子音が何処からともなく響き渡りました。


 直後。

 舞台は唐突に地上に戻ります。
 ………………先程入って行った筈の地下へと続く扉の縁から…少し離れたところに慎一郎は立っていました。

「ふふふふふ。そう簡単には参りませんよ〜☆」
 ありがと〜、ばいあくへー☆ と、つい今し方まで地底にてグールに囲まれ食われ掛かっていた筈の慎一郎は、心底楽しそーうにくふくふ笑いつつ、ばいばーい、まったねー、と…巨大な蝙蝠のようでもあり腐れ爛れた人間のようでもある謎の生物(?)に向け非常に親しげにぶんぶんぶんと大きく手を振っていました。
 が、肝心の相手がその意味を理解しているかどうかはまた別の話。


 今、何が起きたかと言うと、グールに囲まれた慎一郎が自前の財産である某モバイルでの超高速な呪文の代唱で何とか召喚出来た…星間宇宙を旅するもの、だと言う――光速ですら動けるその蝙蝠っぽい彼(?)に、グールの中から地上にまで緊急で引っ張り出してもらったと。
 ちょっとコートの肩口にグールの歯型…と言うか噛み痕らしきものがある気がするのは御愛嬌。


 そんな危機一発も何処吹く風、結局のところ宇奈月慎一郎はグールの餌になる事も無く、馴染みのモバイル片手に足取り軽く真っ黒けな焼け跡を跳ねて行くのでありました。
 …取り敢えず地下への扉は元通り以上に確り厳重に閉めて☆
 歌は良い案だったと思ったのになぁ、などと、まだまだ懲りずに、屋敷の復興を頭の片隅に置いて考えつつ。


 ………………但し、『宇奈月慎一郎とグール・ファイブ』案だけは却下の方向で。


【了】