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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


☆Sweet days☆

 フラッシュの光が瞬く。
 反射板を向けられ、まばゆい視界の中、支倉・凌(はせくら・しのぐ)は、ポーズを決める。 
 モデルの仕事は、トレンドの服を着こなし、その商品を上手く売る事。モデルの魅力よりも、その服の良さを引きずりだすための演出を忘れてはならない。
 シャッターが押されるたびに、凌はポーズを少しずつ変える。
 そしてカメラマンと瞳で会話を交わし、「上手くとってくれよ」と願う。

「お疲れー!」
 マネージャーが駆け寄ってきて、凌こと、『リョウ』にタオルを渡す。
 『リョウ』は長い茶色のふんわりとした髪の中に両腕を入れ、そのままさっと髪を流し、うなじを空気にさらした。
 冷たい空気が流れてきて、汗ばんだそこに心地よい。
 『リョウ』は19歳の大学生兼モデルだ。細身で、抜群のスタイルの良さと、おっとりとした上品な顔立ちが魅力と言われる売れっ子だ。
 ふんわりとした初夏向けのパステルカラーのスカート。ブランドもののサマーカーディガンにブラウス。本日の服もなんて似合うことだろう。
 まるで彼女が着こなす為に生まれてきたようじゃないか。
 白い陶器の人形のような頬をタオルで拭う姿を見つめながら、マネージャーは惚れ惚れとして思う。
「疲れた……」
「長かったもんねぇ」
 マネージャーが笑う。
 ファッション誌では腕のいい有名なカメラマンだけど、仕事の長さも定評つきだ。その分、気合のこもったいい作品を作ってくれる。
 いつか、『リョウ』が写真集を出す事があったら撮ってもらいたいとすら思っている人だ。
「今、何時ですか?」
 『リョウ』はマネージャーに尋ねた。スーツの袖をまくり、彼が答える。
「16時52分……かな?」
「!」
 『リョウ』を目を丸くした。
「どうしたの?」
「ごめんなさい、友人と約束していて。帰りますねっ!」
「リョウ?」
 おつかれさまでした!と言い残して、スタジオを『リョウ』は駆け出した。



「……遅い」
 栗色の柔らかな髪を、駅から降りてきた雑踏の過ぎる風に揺らしながら、水城・薔子(みずき・しょうこ)は、その形よい眉をしかめていた。
 エメラルド色の瞳をした、絵に描いたような美しい少女である。
 約束の時間は、17時。
 もう時計は20分もオーバーしていた。
 あれほど約束したのに。
 待ち合わせ時間の15分前に到着した身としては、最初の10分は「早くきちゃった」と少し恥ずかしく、次の10分で「そろそろかな?」とそわそわし、次の10分で「電車でも遅れてるかな?」と心配になり……。
 それを超えると、「もー、また遅刻?」となっちゃうわけで。
「薔子ちゃん!」
 待ち続ける事、さらに加算して10分。
 駅から溢れる人並みから、その待ちにまった声が響く。
「……凌くん! 遅いわよ」
 口先では拗ねた声をして、薔子は勢いよく振り返った。栗色の髪がふわりと揺れる……。
 ……けれど。
 次の瞬間、薔子の表情はみるみる赤く染まった。
 彼女の前に立つもう一人の彼女……。
 柔らかなパステルカラーのスカートに、サマーセーターの上から純白のダッフルコートを着込んだ、栗色の髪の美しい少女。
「ごめんなさい、遅くなって……撮影が終らなくて」
 少女は息をきらせながら、薔子に謝った。
「……!!」
 何を叫んだだろう。
 薔子は手元に持っていた、綺麗にラッピングされた包みをその彼女の手に無理やり渡して、それからダッシュで駆けだしていった。
 ……振り向くこともせずに。



「薔子ちゃん……???」
 凌は、その背中を茫然と見送り、ぽつりと呟いた。
 そういえば……。今更思い出す。

「絶対、絶対、モデル姿のまま、待ち合わせ場所に来ないでね」

 って念押しされていたのだった。
 でも。遅刻して待たせすぎちゃうよりは、例えこの格好でも早く着きたい、って思ったのに。
 モデルの『リョウ』こと、支倉・凌は、男性である。(今更な説明だけれども)。
 女顔であり、化粧をすると本当に女性にしか見えないという面立ちを、武器にモデル業を始めたのはそれほど前のことではない。
 実家がシノビの里である彼にとってみれば、女性として性を隠して生きるというのもいい修行のようなつもりもあった。
 そして、その事を薔子も解ってくれているはずなのに。

 それに……。
 近くを通りかかるタクシーを止めて、凌は乗り込みながら、少し不満にも思ってみた。
 (女の子ってわからない)
 運転士に行き先を告げ、ドアが自動で閉じる。
 駅から自宅まではそれほど遠くもない。10分くらいで辿りつくだろう。
 車窓から行きすぎてゆく街並みの中に薔子を見つけることは出来なかった。どこまでいってしまったのだろう。
 急に電話してきて……こっちの都合もあるというのに。
 撮影はずっと前から決まっていた事だった。
 それなのに2月の14日は絶対絶対デートしたい、って。だから無理して駆けつけてきたのに。撮影があんなに長引くとは思っていなかったのだけど。
「……」
 車窓にもたれながら、額にかかる前髪をくしゃりと握る。カツラがずれそうになって、面倒になって外す。
 運転手さんが、わっ、と小さく叫んだが、気にしない。
「……女の子って本当にわかりませんね……」
 ため息のようにそう言うと、独り言のつもりだったのに、運転手さんが「そうですなぁ」と頷いた。



「ひどいわ!」
 その頃、薔子も自宅にいた。
 彼女もまたタクシーを捕まえて自宅に帰還していたのである。
 少女らしい清潔で明るい部屋。ふかふかのじゅうたんの上で、薔子は制服のまま座り込んでいた。
 そして、白い羽クッションを掴むと、それでぺったんぺったんベッドを叩く、彼女の姿はちょっと可愛い……ではなくて、ひどく切なそう。
「あんなに! 私が! 女の子のっ!!格好で! 来ないでって! 言ったのにぃぃ!!」
 ぺったんぺったん。
 だって。
 薔子は体を起こして、部屋の中にある姿見に視線を移す。
 栗色の柔らかそうな髪。
 まるで薔子みたいなあの髪型は何。
 そして、あの綺麗におすましした、博多人形みたいな……とびきり綺麗な顔。
 きっと誰もが一瞬で恋しちゃいそうな、美少女。
「……凌くんの意地悪ぅ……」
 ベッドに顔を伏せて、薔子は鼻を鳴らす。
「私よりかわいいなんて……ひどいよぉ…………」



「……2月14日って……」
 まだタクシーの中の凌は、ようやくその事に思い至ったとこだった。
「バレンタインデーですねぇ」
 運転手さんが笑う。
「どなたかに差し上げなさるんですか?」
 バックミラーで、凌の膝の上の小箱を見つめたりして。ちょっと嫌な感じの運転手さんだ。
「いや……そういうわけじゃなくて……」
 凌は小箱を手にとった。
「そうか……薔子ちゃん……」
 だから、今日、だったんだ。
 唐突に謎が解けて……。凌は思わず微笑んでしまう。
「お礼を……言わなきゃ……」



 携帯電話が響いた。
 ベッドで顔を伏せていた薔子は、身を起こし、学生鞄の中から電話を急いで取り出した。

『凌くん』

 大好きな文字が光ってる。
 嬉しい?
 ううん。先に不安が浮かんだ。
 さっきの態度、少し私も悪かったかもしれない。
 薔子は胸を押さえた。
 だって、撮影のある日に無理にデートを頼んだのだ。遅れるかもしれないって、凌は前もって言っていた。
 それでもあまり待たせないようにって、モデルのお仕事の格好のままで急いで来てくれた彼に対して、ちょっと酷い態度だったかもしれない。
 電話に出たら、もしかして凌が怒ってたりするかも。
 躊躇して3つのコールを聞き逃す。
 薔子はようやく、『通話』のボタンを押した。
『もしもし、薔子ちゃん?』
 凌の声。優しい声。
「……凌くん……さっきは……ごめんね」
『俺こそ……チョコありがとう……まだ開けてないけど、そうですよね』
「うん……昨日頑張って作ったの。……一応手作り」
『大切に食べますね。……それより』
 言葉を止めた凌に、薔子の胸が小さく強く鼓動をうつ。
「それより?」
『これから、もう一度デートをやりなおしませんか?』
「……!」
 薔子は涙が浮いてくるのを感じて、指の先で何度も拭った。
「うん……っ。凌くんに逢いたい……」
『俺もです。じゃあ、さっきの駅前でもう一度……いや、迎えに行きます』
 凌は微笑んだ。
 そして、電話の向こうで、誰かに薔子の家の場所を伝えてるのがわかった。多分……タクシーか。
『待っててください』
「……でも」
 薔子は小さく息を飲む。
「女の子の格好は嫌よ?」
『着替えも持ってますよ。……着替えの場所借りないといけないけど……』
「おやすい御用よ」
 薔子はもう一度、目元を拭いながら微笑んだ。

 早く会いたい。大好きな人。
 チョコの甘さよりももっと甘く、とろけるように、大好きな人。
 薔子と凌はそれから、タクシーが彼女の家に辿りつくまで、甘い甘い会話を続けたのだった。

 +++終わり。