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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


だってこんなにも素敵な日に。

 紅茶の用意を乗せたトレイを手に、彼が主人の書斎のドアをノックしようとした、その時だ。

『──……、』

 部屋の中の人物は、電話を通じて誰かと話しているらしかった。通話をノックで中断させるのも、かと云って無断で入って行くのも気が引ける。
 さて、どうした物か、と彼が逡巡して居た時、主人が電話口に向かって呼び掛けた。

『……ヴィヴィ、──』

「……、」
 
──……ああ、

 あの娘か。彼は合点した。
 今日は2月14日、珍しく主人が休みを頂くと事前に告知していた日である。
 然し、そう云った割には午後の今までどこへ出掛ける様でも無いし、どうする積もりだろうと思っていた所だった。
 立ち聞きは憚られるが、彼には見せない主人の顔、──穏やかで、心から愛おしそうな好ましい女性へ語り掛ける声は、否応無しに彼の立つ廊下まで漏れて来た。

『──ディナーを御一緒して頂けないでしょうか、……事前にヴィヴィの都合を伺う事が出来ず、急な話で申し訳無いのですが。場所は都内の──ホテルで。……今日という日、聖ヴァレンティヌスの日に、ヴィヴィと一緒の時間を共有出来れば心から嬉しく思います』

「……、」
 少しの間の後、『──有難う、』とほっとしたような声が続いた。

『それでは、夕方には車でお迎えに上がります』

 芳しい返事が貰えたようだ。……つい、我が事のように彼はほっと息を吐いた。
 それにしても、主人がこれほど浮き浮きしたような、嬉しそうな声で話す事など滅多に無い。──恐らく、彼に対してはこの先一生、向けられる事など無いだろう。
 不粋は無用。折角の紅茶だが冷めてしまったし、これでは台無しだ。
 踵を返し、歩き出しながら彼は低声で主人への祝福を述べた。
「御目出度うございます、……心から祝福します」
 ──尤も、相手の少女は彼の脳内ライバルに当たる。今度彼女に逢ったら、精々この話をネタに揶揄かってやらねばなるまいが。

 ──………………。 
「……セレ様……、」
 待ち合わせに、と指定された場所に1時間は優に早く到着してしまった。 
 然し、これから待つ人の事を思えばその空白の時間など苦痛では無い。──うっとり、と胸の前で両手を組んで呟いてしまった所で、ヴィヴィアン・マッカランは「はっ」と我に返った。

──あと1時間、1時間しか無いんだわ! セレ様のお誘いで、セレ様の所有してるっていうホテルにディナーなのに、みっともない所があって恥を掻かせたら大変ッ!!!

 先ず自らの黒いゴシックロリータ調のドレスで粧し込んだ身体を見下ろし、次にそわそわと髪に両手をやって髪が乱れていないか、変な癖が付いていないか、ヘッドドレスがずれていないか、と手で確かめる。
 大丈夫、……出掛けにだって、何度も鏡で確認して来たしぃ、今日は特にお粧しして来たから、逆に変な所が無いか、充──分にチェックしたしぃ、……。
 今日、午後になって彼女憧れの男性、セレスティ・カーニンガムから一本の電話が入った。──彼の所有するホテルで、ディナーを御一緒して頂けませんか、と。今日という日を、あなたと一緒の時間を共有出来れば嬉しい、と。
 ヴィヴィアンの返事が否である筈は無い。大慌てで同意すると、『では、夕方にはお迎えに上がります』と云い置いて彼は回線を切った。
「……、」
 そこで、ヴィヴィアンは手にした小さな紙袋を覗き込んだ。──中に、リボンの薔薇とパールのビーズで精一杯飾り立てたハート型の箱が姿を覗かせている。
 本当は、彼から誘われなくとも自分から訪ねる積もりだったのだ。何しろ、今日は2月14日、ヴァレンタインデーである。日本では某製菓会社の戦略から、いつの間にか女性が恋人にチョコレートを贈って告白する日、という習慣が定着している。細かい経緯は抜きにしても、それだけで女性には充分心騒ぐ日だ。
 ヴィヴィアンが今、チョコレートを真心と共に贈りたい相手など一人しか居ない。──セレ様、セレスティ・カーニンガム。ヴィヴィ、と穏やかな、優しい声で呼び掛けてくれる麗人。
 今日の為に、一生懸命チョコレートを手作りした。……出来上がったハートチョコレートは心持ち大き過ぎる気がしたけど、そこは、それ。
 そこへ来てホテル……、(ホテル、という言葉に敏感に反応してしまった理由は、彼女の大学での友人の打ち明け話に拠る所が大きい)ホテルで、ディナーのお誘い。
 浮き足立ったヴィヴィアンに、1時間は短過ぎた。
 ──すっ、と彼女の目の前に、一輪の赤い薔薇の花が差し出されたのは、彼女の感覚では一瞬後の事だった。
「──お待たせしてしまったようで申し訳有りません、……ヴィヴィ、」
「──セレ様ッ!」
 慌てて、ヴィヴィアンはつい両手で持っていた紙袋をさっ、と背中に画してしまった。見上げた先に、今までずっと脳裏に思い描いていたセレスティの美しい、青い瞳が微笑んでいた。
「だ……大丈夫〜☆ あたしぃ、つい、……その嬉しくってぇ、早く来ちゃっただけだから……、」
 頬が紅潮するのを自覚しつつ、ヴィヴィアンは精一杯明るい声で笑って見せた。──ほっ、と彼が安堵する表情の変化さえ、更に彼女の鼓動を速く打たせる。
 再度、促すようにセレスティは薔薇の花をヴィヴィアンへ近付けた。──一輪だけ、これからの長い一日を予感させるような赤い花。
「……あ、……有難うございます……、」
 妙に畏まって、ヴィヴィアンは背中にやっていた手を片方だけ差し伸べて赤い薔薇を受け取った。……一輪だけでも、本当に高価そうな、深い色合い、しっとりしたベルベットのような質感……。
 受け取った薔薇に顔を近付けて、うっとりとその甘い香に酔いしれるヴィヴィアンの耳許にセレスティの、それに勝る甘い言葉が流れ込んで来た。
「……今日、ここへ来るまでの間、その薔薇を見詰めながらずっとヴィヴィの事を考えて居りました。……然し、どれほど美しい薔薇の花でも、あなたの、その美しい瞳には叶わないと思うと、一刻も早くヴィヴィに逢いたくて。──今日も本当にきれいです」
 セレ様……、──ぼうっ、と意識の全てをセレスティに奪われたままのヴィヴィアンを、紳士的なセレスティの手が彼の車の後部シートへと恭しく誘った。
「どうぞ、可愛らしいお嬢さん」

 東京の夜景が果てまで見降ろせる、ホテルのスカイレストラン。最初に贈ったものと同じ薔薇の花束が豪勢に飾ってあるのが目印の、既にサーブしてあった窓際の特等席へ着いたヴィヴィアンはきれい、とうっとりして窓の外に見惚れた。が、自ら彼女の席を引いてエスコートしてから着席したセレスティは、──それでも、この窓からの景色など全て彼女に差し出しても未だ足りない程だ、と思った。
 料理は全て予約、打ち合わせしてあった。2人へ挨拶に伺い、もうアペリティフをお持ちしても宜しいでしょうか、と訊ねたボーイに頷いてセレスティはヴィヴィアンへ向き直った。
「……ここの料理は本当に美味しいのです。ヴィヴィにも気に入って頂ければ本当に嬉しいのですが」
「そんな、気に入るなんてぇ、もちろん……、……あ──っ!!」
 突如大声を上げ、いけない、と口許を手で塞いだヴィヴィアンに、おや、とセレスティは首を傾いだ。
「いっけない! ……あの、あたし、セレ様に贈り物が……、」
 うっとりと、麗人の言葉と絶好の夜景に陶酔している内につい忘れていた。今日の為に用意したチョコレートを贈る事を。
「セレ様、これ、あたしが作ったの、……受け取って下さいッ!」
 不意に、ヴィヴィアンはようやくその存在を思い出した膝の上の紙袋からチョコレートの箱を取り出して勢い良く、向かい合ったセレスティに差し出した。
「……ヴィヴィ……、」
「……、」
「私に、ですか?」
 驚いたような表情のセレスティに、受け取ってくれるだろうかと不安で顔も上げられないヴィヴィアン、……と、すい、とその箱の重みが軽くなった。
 セレスティが、丁寧に箱を受け取ったのだ。
「……ヴィヴィ、有難うございます。……本当に嬉しい、……今までに、これ程嬉しい贈り物があったでしょうか」
「あたしこそ、……こんなに受け取って貰えた事が嬉しい贈り物なんて……、」 
 祈るように両手を組み、ヴィヴィアンは真摯な瞳で自分からのプレゼントを手に持ったセレスティをじっ、と見守った。
「──実は、私からもヴィヴィに贈り物があるのですが」
「えっ!?」
 一旦、受け取った箱を丁寧に手許に置いてから、セレスティは上品な包装の小さな贈り物の箱をテーブルに置き、手を添えてヴィヴィアンに差し出した。
「どうぞ、受け取って頂けますか」
「有難うございます、セレ様ッ!」
 元気良く礼を述べてから、ふと自分の手の在り処に気付いたヴィヴィアンは狼狽して、ぱっ、とその手を離した。──つい、贈り物ごと添えられていたセレスティの手を握り締めて居たのである。
「きゃぁあああ、ごめんなさい、……いやぁ〜ん☆ でも嬉しいぃ……、」
「……、」
 全身で喜びを表現するヴィヴィアンを眺めるセレスティは、ようやく安心出来た──流石のリンスター財閥総帥も、女性にヴァレンタインの贈り物をするなど初めての経験だったので──らしく、にっこりと笑顔を浮かべた。
「喜んで頂ければ、何よりです」
「あの……開けちゃって良いですか?」
「どうぞ」
 慎重にリボンを外し、エナメルの包装紙を剥がした所で姿を現したのは、黒い、彼女のドレスと同じベルベット張りの薄い箱だった。
「……、」
 そっ、と蓋を開けて中を覗こうとする、──次ぎの瞬間、ヴィヴィアンはあまりに輝かしい三点の光にくら、と目眩を覚えた。
 ピンクダイアモンドだった。花の形にデザインされたペンダントと、揃いのイヤリング。ペンダント中央のダイアモンドが、ハートシェイプにカットされている辺りがヴァレンタインの贈り物らしい御愛嬌である。
 彼女の好みに沿おうと、きっと一生懸命あれこれと検討したものだろう、それもハートシェイプのブリリアント・カットだなんて、なんて贅沢な……。
「セレ、……セレ様、あたしぃ……、」
「──ヴィヴィ?」
 麗人は普段は滅多に見せる事の無い表情で眉を曇らせた。──お気に召しませんでしたか?
 俯いてしまったヴィヴィアンに、セレスティは遠慮勝ちに手を差し伸べた。
「……申し訳ありません、驚かせてしまったでしょうか。……私は、ただヴィヴィに歓んで頂きたかっただけなのです、」
「──駄目ぇっ!!!」
 突如、ヴィヴィアンは店内の視線を一瞬で引くような大声を上げた。
「ヴィ──、」
「あたし、泣いちゃう〜〜!!」
 ──直後、椅子から跳ねるように立ち上がったヴィヴィアンはアペリティフも未だのディナーと、呆然とするセレスティを残し、他の客の驚きと奇異の視線を浴びながらレストランを飛び出していた。
「ヴィヴィ!?」

 レストランを飛び出してからも脇目も振らず、ヴィヴィアンはとうとうエレベーターホールの前まで到達していた。
 無論、セレスティも彼女が咄嗟に置き去りにしてしまったジュエルケースを手に、直ぐ後を追った。──追ったが、随分と元気の宜しい彼女が全力で駆け出した後に、ステッキに支えられなければ歩行が不可能であるセレスティが追い付くには数分間のブランクを要した。ようやく、追い付いた所でセレスティは彼女の名前を呼ぶ。
「ヴィヴィ、……どうぞ、振り向いて頂けませんか」
「ごめんなさいぃぃぃ……、あたし、泣いちゃ駄目だからぁ、……ああ〜〜ん、でも、セレ様に恥をかかせるような事、しちゃったしぃ、」
 顔を真っ赤に染めて俯きながら、それでもヴィヴィアンは自分が泣く事だけはならない(何せ、彼女の正体はバンシーなのである)と必死で目を見開き、瞬きを我慢していた。
 ──ヴィヴィ、と優しい声が掛かった。やや白くぼやけた視界の中で見た彼の、愛おしそうな目、優しい微笑み──。
「気にする事はありません。──そうですね、こんなにも心優しく、好ましい女性を泣かせるなどと何と悪い男だろうとは、思われたかも知れませんが」
 そうして、セレスティはヴィヴィアンの頬に手を伸ばし、走った所為で振り乱れた彼女の銀髪を掻き上げた。──折角、お粧しして来たようなのに。然し、そうした、ヴィヴィアンの元気良さはとても好ましい……。
「ごめんね、セレ様、でもあたし、本当に嬉しくってぇ……、」
 気にしないで、と笑みを讃えたまま、首を振ってセレスティはヴィヴィアンの髪を耳に掛けてみた。──色の白い、きれいな耳許だ。きっとピンクダイアモンドが良く似合うだろう。彼女の銀髪にも良く映えるだろう。──勿論、どれだけ美しい高価な宝石も、これほど愛おしいヴィヴィアンの前ではただの引き立て役にしかならないが。
 ヴィヴィアンが、自分の見立てたピンクダイアモンドの輝きを付けこなしている姿を見たい、と彼は思った。
「──部屋へ行きましょう。また店に戻ったら、きっと私は店中の男性からの嫉妬に晒されてしまうでしょうから」
 冗談めかして「それだけは御容赦願いたいものです」と首を傾いだセレスティの言葉は、彼女をぼんやりと夢心地に誘うには充分に気が利いていた。
「セレ様……」
「ディナーは、部屋へ運んで頂く事にしましょう。2人切りでの食事も、きっと美味しい事だと思いますよ」

 同級生からの打ち明け話で、どんな所なんだろう、きっと凄くゴージャスで、お姫様みたいな気分に浸れる部屋なのだろう、と想像力を巡らせていたスイートルーム。
 然し、そのヴィヴィアンの豊かな想像力も、今日目にする光景を思い描く事は叶わなかった。──夢に見ることさえ出来ない演出が、セレスティによってそこには施されていたのである。
 扉を開けると同時に、ヴィヴィアンは甘い花の香りに包まれた。スイートルームはこれ以上に無い程、赤い薔薇の花で飾り立てられていた。他の余分な装飾は一切取り外してあり、その変わりに赤い薔薇だけは惜しみ無く鏤められていた。──これも、一つの演出だ。全てはヴィヴィアンの為の。彼女と共に時間を共有する、大切な一日の為の。
「……、」
 呆然として言葉も出ないヴィヴィアンの華奢な腰に極く自然な動作で手を回し、セレスティは微笑んだ。彼の笑顔も、ヴィヴィアンが喜んでくれたようだ、という満足と安堵感で晴れやかに輝いていた。
「……セレ様、」
 未だ頬を朱に染めながら、ヴィヴィアンは振り向く。──いつまでも慌ててちゃ駄目。矢っ張り凄っごく照れるし、恥ずかしいけど、ちょっと位、背伸びしなきゃ。

 だってこんなにも素敵な日に。

「私から、これをあなたに付けて差し上げる事を許して頂けますか?」
 セレスティが示したものは、勿論先程のピンクダイアモンドである。
「……、」
 何とか、気恥ずかしさから叫びそうになってしまう口にジッパーを掛けて微笑みの形に作りながら、ヴィヴィアンは頷いた。
 優雅な指先の動きで、セレスティはヴィヴィアンの横髪を片方ずつ掻き上げて最初にイヤリングを、続いてネックレスを彼女の首に掛けた。──金具を留める為に両手を首の後ろへ回した時には、流石のカーニンガム総帥も甘い気持ちが胸に溢れたようである。
「……とてもきれいですよ、ヴィヴィ。……良かった、本当に良く似合います。本当に、あなたは美しい」
「セレ様、」

 ──とその時、折角甘い空気に包まれていたスイートルームは、遠慮勝ちなノックの音に拠って現実に引き戻されてしまった。
「ルームサービスを、」
「どうぞ、お願い致します」
 セレスティは(ディナーのルームサービスと云って、普段の彼の生活には極く当たり前に存在する出来事なので)何一つ動揺した様子無く丁寧に促した。が、そうやって向かい合った状態の所へワゴンを押したボーイが入って来た事でまた一気に顔が真っ赤になってしまった。例え、そうした場面に直面した事くらいではボーイが驚きはしないとしても。
「ワインは、予め伺っていたアイス・ヴァインをお持ちしましたが──、」
「結構です。また何か在りましたら連絡致しますので、後はそのままで構いません」

──折角良い雰囲気だったのに……。

  セレスティは冷静に対応する(ついでに、外国人らしく慣れた様子でチップを渡す事も忘れ無かったようだ……)。無意識に胸元のピンクダイアモンドのハートシェイプを指先でなぞりながら、ヴィヴィアンは残念な気持ちでそんなセレスティの背中を見詰めていた。……矢張り、まだ他人の目には照れるので心持ち壁際に寄りながら。
「では、またお食事が終わられましたら、お呼び下さい」
「ええ、有難う」

──……あ、また来るんだぁ。……あぁ〜ん、もう、2人っ切りにして欲しいのにぃ……。

 でも、セレスティが本当に美味しい、是非、ヴィヴィアンと御一緒したい、と云ってくれたディナーを食べないのも残念だしぃ……、……流石に食べた後の食器をそのまま、と云うのはホテルのスイートルームでは「有り得ない」しぃ……。

 でも。
 まだヴァレンタインの夜は始まったばかりだ。美味しいディナーは、聖なる夜のほんの幕開け。
 焦らない、……焦らない……。

 だってこんなにも素敵な日に。

「ヴィヴィ、」
 ボーイを送り出してしまったセレスティが、笑顔を浮かべて振り返る。
「少し遅れてしまいましたが、それでは、頂きましょうか」
 はぁい、とヴィヴィアンは明るい返事を返した。
 明るくて前向きなヴィヴィアンは、そうとなれば今、その瞬間を精一杯楽しむ事に極めたのだ。
「ああ、良い匂い〜☆ 美味しそう、」
 浮き浮きとテーブルに付いたヴィヴィアンは、然しまたすぐに照れ笑いを浮かべる羽目になる。
「きっとヴィヴィにも気に入って頂けると思います、──尤も」 
 テーブルには、ホテルのディナーの他にもう一つ、──先程、ヴィヴィアンがセレスティに贈ったチョコレート、ハート型の、少し大き過ぎる程の──が置いてあった。
「ヴィヴィが作って下さったチョコレートの方が、私には世界中のどんな料理よりも嬉しいのですが」
「……、」
 
──きゃあ……、

「セレ様、」
「はい?」
「……セレ様、大好き☆」
 
 照れながら、精一杯の背伸びで囁いた言葉。セレスティが珍しく、はにかんだような微笑で応えてくれた事がヴィヴィアンには一番嬉しかった。
 
 赤い薔薇に囲まれたスイートルームに溢れそうな東京の夜景、美味しいディナーにワイン、素敵な贈り物。本当に素敵な夜、ヴァレンタインデーの夜。──だが、そうした事柄は、全て、ただのささやかな演出だ。
 
 一番素敵な事は、こうしてあなたと時間を共有出来る事。