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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


水晶球の行方
------<オープニング>--------------------------------------

「あら、お客さんかい?」
 重厚な木の扉に飾られたドアベルが、およそこの店の雰囲気には不釣合いな、可愛らしく涼しげな音を立て、夕暮れ時の仄赤い光が薄暗い店内を照らした。急な明るさに目を細めつつも、レンは逆光の中に立つ客を出迎えた。久々の客にしては少々若過ぎるようだが、彼もまた何かの故あってここに辿り着いたのだろう。レンとそう変わらない位置にある顔は、まだ少年らしいあどけなさがあるのに、表情はただ堅い。純粋な日本人ではないのか、肌が透けるように白かった。
 少年は迷いのない足取りで店の奥の棚まで行くと、目当ての物を見つけたのかすっと手を伸ばした。だが棚の最上段にあるらしいそれは、どう見ても少年の背丈では届きそうにない。カウンターの中で帳簿の整理をしていたレンは、その様子に苦笑して言った。
「待ってな。脚立を持ってくるから」
「その必要はない」
 倉庫の方へ下がろうとしたレンは、自分を制止した声が少年のものだとは俄かに信じ難く、新たな訪問者の姿を探した。だが、店の中には自分と少年以外の気配はない。聞き間違えかと思い少年を振り返ると、そこには既に水晶を手にした少年の姿があった。
「ああ、届いたのかい。お代は……」
 驚きのために言葉を飲み込んだレンの前に、少年の姿はなかった。もちろん彼が持っていた水晶球も。
 宵闇前の冷たい風が開け放たれた扉から侵入し、レンの髪を揺らす。
 ……音もなかった。
「やられたね……」
 疲れを滲ませた声で呟きながらも、レンの手はレジ脇の古い電話へと伸びる。
 きっちり5コール目で出た相手に苦笑しつつ、用件を告げた。
「もしもし……仕事だよ。ちょっと取り戻して欲しい物があるんだ。……まさか断りはしないだろうね?」


------<本文>------------------------------

「勿論、引き受けますよ。……それに断ろうとする人間に掛けて来ないでしょ?」
 街中で電話を受けた弧月は電話口のレンに向かって密かに苦笑した。『どうだろうねぇ』なんて素直だとは言い難いが、とてもレンらしい。丁度信号が赤になり、立ち止まったところで今回の事件について尋ねてみた。
『そうさね……持っていったのは中学生ぐらいの男の子で、肌がやけに白かったんだ。それから妙に落ち着いた声をしていてね……変声期を過ぎたってだけじゃああそこまで落ち着いた声は出せないと思うよ』
 信号が赤から青に変わり、弧月はまた歩き出す。ここからアンティークショップまでは少し遠いので、歩きながら電話越しに話しを聞こうと思っていたのだが、
「では水晶球の由来を――」
『ああそれはあんたがこっちに来てから話すよ。他にも呼んだ子がいるんでね』
 そう言って一方的に電話を切られ、弧月はまた苦笑した。それから先程より少し足早に店を目指す。
(女性をあまりお待たせするのもなんですしね)
 もう太陽は、ビルの間に隠れて見えなくなっていた。



「それで、水晶球についてなんですが……」
 弧月がレンと話しをしているところへ、ひょっこりと凪砂が姿を現した。自分より先に訪問者がいたことに気付いた弧月は、丁寧に辞儀をして挨拶する。
「はじめまして、柚品 弧月といいます。貴方もレンさんに頼まれて?」
 にっこりと微笑まれて多少戸惑いつつも、凪砂も挨拶を返した。
「あたしは雨柳 凪砂です。……ということは、柚品さんもそうなんですね」
 二人が挨拶を済ませたのを見計らって、レンが口を開いた。
「もういいかい?水晶球のことなんだけどね、実はあたしもよく知らないんだよ。前の持ち主も拾ったってことしか言ってなかったしね」
「それじゃ先にその方の所まで行ってみますか?」
 窺うように弧月を見上げた凪砂に頷いて、二人はまず最初に水晶球の前の持ち主とやらの所へ向かうことにした。話しをしながらザラ半紙に走り書きをしていたレンから住所のメモを受け取り、薄暗い店内より更に暗くなっている外の町に出る。何の手掛かりも無く痕跡も残っていない事件である以上、調査を長引かせたくない二人は、足早にメモに書いてある住所へと向かった。


 その家の造りはこじんまりとしており、とても骨董的価値のある品物なんてものは出て来そうには見えなかった。日焼けし、ひび割れた外壁はみすぼらしく、庭も雑草が生い茂っており、全体的に貧相な感じがする。それでも玄関横のインターホンを押して、二人は家の主が出てくるのを待った。
 暫くして出て来たのは中年の男だった。男は訪ねて来た凪砂と弧月に首を傾げつつも、取り敢えず話を伺おうと家の中へ招き入れた。
「それでレンさんの店に置いてあった水晶球を買うことにしたんですが、その前にあれがどういうものかを詳しく聞いておこうと思いまして……」
 事件のことは伏せて話した凪砂に、男は何の疑いを持つことも無く奥の部屋から水晶が入っていたという桐の箱を出して来た。にこにこして箱を持って行ってもいいと言う男に罪悪感を抱きつつも、仕事だからと表情には出さないで、凪砂は差し出された箱を受け取った。
「残念ながら水晶球は拾ったものだからそれ以外に関わりのある物はないんだが……箱だけ置いていてもどうしようもないから、持って行くといい」
「ありがとうございました」
 二人で丁寧に礼をして、その家を出る。角を曲がったところで弧月が立ち止まり、凪砂から箱を受け取った。
「俺の能力……サイコメトリーって言うんですが、これで多分犯人に近付けるはずです」
 そう言って弧月は箱の蓋を開けた。途端中に篭っていた淡い草木の香が漂い、箱を除き込んでいた凪砂の鼻先をくすぐった。弧月は箱の底に触れ、意識を集中させてサイコメトリーを発動させる。掌が熱くなり始め、箱の中の記憶が逆戻りしていく――。

 林に囲まれた家、灰色の髪と瞳を持つ色白の少年、さまざまなアンティーク家具、大きな一本杉……。

 映像が途切れたところで弧月は箱から手を離した。額には薄らと汗が浮かび、多少呼気を乱している。それでも、心配そうにしている凪砂に笑顔を向けると、今見えた映像を口頭で伝えた。
「水晶はどうやら××雑木林の近くの洋館にあるようです。……多分、元々の持ち主が持って行ったんでしょう。レンさんの言っていた少年像と、この箱に記憶されていた少年の姿が酷似していましたから」
 先に歩き出した弧月を慌てて凪砂が追い、二人は東京近郊にある××雑木林に向かうことになった。
 辺りはすっかり日も落ち、弱々しい街灯と半分欠けた月の光だけがこの暗い通りの光源となっている。暦の上では春だとは言え、まだまだ寒さの残る街を、二人は駅に向かってひた歩いた。その間会話はなかったが、それすらも気にならないほどの緊張と高揚が二人の頭を支配していた。




「結構明るいんだ……」
 雑木林の中を歩きながら凪砂は思わずそんな独り言を洩らした。林はなかなか広かったが木と木の間に多少の隙間があり、そこから月光が射し込んできている。また、低い位置にある木や草の葉がその光を僅かながらに反射して、進む道を照らしてくれている。念の為木に傷を付けながら歩いていた凪砂を、数歩前を歩いていた弧月が振り返って声を掛けた。
「着きましたよ。この家に水晶球はあるはずです」
 林を抜けた目前に洋館の正門はあった。規模はそれ程大きくはないが資産家の所有物なのだろう、センスのいい門の向こう側には白壁の美しい、赤い屋根の家があった。
 開いていた門を通って豪奢な造りの玄関扉の両側に立ち、二人は漸く止めていた息を吐き出した。ここからは慎重にいかなければいけない。まずはこの扉をどう開けるか……。
 見た目には外からの錠は施されてなく、それを訝しんだ凪砂がそっと扉を押すと、重い扉は軋んだ音を立てながらも押した分だけ内側に開いた。試しにもう少し押してみると、力を加えた分だけまた扉が開く。
「……鍵、掛かってないみたいですね」
 屋敷の中に足を踏み入れた凪砂に、突然銀色の獣が襲いかかってきた。獣は咄嗟に身構えた凪砂の左腕に噛み付き、鋭い牙で衣服と凪砂の腕の皮膚を浅く裂いた後、威嚇するように部屋の正面の階段の前に立ちはだかった。
「っ雨柳さん!?」
 弧月は腕を抑えながら蹲る凪砂に駆け寄り、それから階段の前に立つ銀色の犬へと視線を向けた。明らかに殺気立っている犬は、隙あらばもう一度飛び掛って来ようとしているようだった。このままでは危ないと判断し、弧月は篭手を装備した両手をぐっと握り締め、無手体術の構えを取った。
 弧月が戦闘態勢をとったのを見て慌てたのは凪砂だった。噛み付かれた時に微かだが感じたあの匂い、あの匂いは……!
「待って下さい!」
 腕を掴まれて思わず構えを解いてしまった弧月の隙を見逃すことなく、銀の犬が後ろ足に一度重心を置いて今にも飛び掛ろうとしたその時。
「待て、トラント」
 階段の上から低い制止の声がして、犬はぴたりと動きを止めた。凪砂と弧月は揃って声の主の方を見上げる。
 灰色の髪と目の少年が、そこにいた。
 少年はゆっくりと階段を下りて来ると、犬の頭を軽く撫で、それから二人に視線を移した。信じられない程冷たい目に、二人は直感的に悟る。ああ、この少年はもう生きていないのだ、と。
「何の用かは知らぬが、立ち去った方が身の為だ」
「水晶球を……その犬を、返して頂きに来たんです」
「あの犬が、水晶球……?」
 信じられないというような面持ちで聞き返してきた弧月に、凪砂はしっかりと頷いた。
「匂いがしたんです。あの箱を開けた時の匂いが、その犬からも」
 そう断言した凪砂に、少年はふぅと一息吐くと眉根を寄せた。
「トラントは元々、私の犬だった。だが銀の犬を珍しがった愚かで最低な輩が、この屋敷から盗んで行ったのだ……トラントを殺して、毛皮を売るために、な」
 憂いを帯びた表情の少年を心配してか、銀の犬はその鼻先を主人の脚へと摺り寄せた。慰めてくれている犬を少年は愛しおしそうに、けれどもどこか悲しげに、その身体を抱きしめてやる。
「これは従順で利口な犬だった。病弱だった私を残して置けなくて、死んでからもあのような形でこの世に留まろうとしたのだろう。……私もとうにこの世の者ではなくなったというのに」
 身を寄せ合う一人と一匹は、生きている二人にとって哀れで仕方がなかった。
「……この家には随分とアンティークが多いんですね」
 唐突に切り出した弧月に二人は不思議そうな顔をした。が、弧月はそれを気にすることなく辺りをぐるりと見回すと、入り口近くにあった大理石の置物を手に取り、それを水晶球の入っていた箱に納めた。それからにっこりと笑って二人を振り返り、
「代金は頂きました。お買い上げ、ありがとうございます」
 そう言ってぺこりと辞儀をして、玄関扉を押した。それを見ていた凪砂も弧月の後を追い、屋敷の外へと向かう。
 扉を潜る前に振り返って、凪砂が言った。
「……大切にして下さいね」
 閉じた扉を一人と一匹は暫く見つめていたが、やがて屋敷の奥へと消えて行った。
 ……その時に少年が洩らした「ありがとう」という言葉は、彼を支えて来た一匹の犬にしか聞き得なかったが、店へと戻る帰り道の途中、一陣の暖かな風が二人の間を掠めて行った。



                     ――了―― 
 



 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1847/雨柳・凪砂/女/24/好事家】
【1582/柚品・弧月/男/22/大学生】

(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 初めまして。ライターの燈です。今回は『水晶球の行方』に参加頂き、ありがとうございました。
 何だか少しもプレイングに忠実ではないような……力量不足で申し訳ないです。

>柚品弧月様
 黒髪黒瞳の落ち着いた男性なんて、きっともてるんだろうな、と(笑)
 無手格闘技にはあまり詳しくないのと、文字数の都合で今回は割愛させていただきましたが、
 いつかは勉強してそういう戦闘シーンも書いてみたいと思いました。
 それではまた、機会がありましたら……。