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どきどき☆バレンタイン 〜シスターひとみのお悩み相談室〜
「また、今年もこの季節がやってまいりましたのね」
バレンタインも近くなったある日、カレンダーを見ながら、綾井ひとみはうっとりとつぶやいた。
そう、バレンタインデー。
乙女が、意中の相手に胸のうちを打ち明けることのできる日。
毎年バレンタインデーが近くなると、ひとみは神聖都学園でお悩み相談室を開いているのだった。
悩める子羊を救うのが神に仕えるものの務め。
そんなことを口にしながらも実は、女の子たち――中には男性や、女の子というには少々年のいっている方もいるのだが――の悩みを聞くのが好きだったりするひとみなのだ。
「今年は、どんな相談がくるのかしら……どんな相談にも答えられるようにしなくてはいけませんわよね」
カレンダーを見つめて拳をかためつつ、ひとみは間近となったバレンタインデーに思いをはせるのだった。
さて、そんなわけで、お悩み相談室開催日が訪れた。
ひとみは空き教室を借りて中を花やレースのカーテンで飾り、外にお手製の看板を出して、お茶の準備をしながら人が来るのを待つ。
「あ、あの……」
やがて、恐る恐る――といった風情でドアを開いたものがいた。
淡い青のドレスを着て、同色のリボンを長い黒髪に飾った美女が、恥ずかしそうにドアの隙間から中をのぞいている。
「ああ、なにかお悩みがおありなのですね? さ、どうぞこちらにいらしてください。お茶の準備もしてございます。秘密はけっして漏らしませんから、どうぞお気軽にご相談ください」
ひとみはやわらかく微笑んで、その女性に向かって言った。
すると女性はおずおずと中に入ってきて、礼をすると用意されていた椅子にかける。
「あの……わたくし、鹿沼デルフェスと申します。実は、バレンタインのことで少々悩みがございまして……」
デルフェスは、頬を染めて恥ずかしそうに口にする。ひとみは淹れたてのハーブティーをデルフェスへと差し出した。
「やはりこの時期、いろいろと悩みますものね。バレンタインについて、どのようなことでお悩みなのでしょう?」
「実は、わたくし、チョコレートを差し上げたい方がございますの。ですが、わたくしは所詮、つくりもの――ミスリルゴーレムです。つくりもののわたくしが、はたして、チョコレートなどをお渡ししてもよいものなのかどうか……」
デルフェスは上品にカップを持ち上げると、ひとくち口をつけて、ほぅ、とため息をついた。
その様子は深窓の令嬢、という言葉を髣髴とさせる。彼女の言うような、つくりものであるような様子など微塵も感じさせない仕種だった。
「チョコレートをお渡ししたい、という気持ちが大切なんです。ミスリルゴーレムだからって、遠慮する必要なんてありませんわ。それ以前に女の子なのですもの……バレンタインデーはすべての女の子が、ほんの少しだけ勇気を出せる日だと思います」
「あ……いえ、あの。違いますの。わたくし……男性にチョコレートをお渡ししたいわけではありませんの」
デルフェスはあわてて、けれどもゆるゆると首を振る。
「わたくしは恋愛とは無縁のミスリルゴーレム――そういった話ではございませんの。ただ、日ごろの感謝を込めてチョコレートをお渡ししたいのです」
「と、いうことは、相手は女性なのですか?」
「……はい」
ひとみが訊ねると、デルフェスはためらいがちにうなずいた。
「ですが、わたくし、たしかにその方をお慕いしてはおりますけれども、恋愛感情だとか、そういったことではございませんの。でも、チョコレートを贈ったりしたら、誤解が生じるかもしれませんし……それ以上に、ご迷惑ではないかとも思いますの」
「大丈夫です。最近は、女性から女性へ、友人としてチョコレートを贈ることも多いですから……デルフェス様のお慕いしている女性ですもの、きっと素敵な方なのでしょう? そんな誤解、なさるはずがありませんよ」
「そう……でしょうか?」
デルフェスが不安げに首を傾げる。
ひとみは大きくうなずいた。
「ええ。きっと、大丈夫ですわ」
「シスターひとみ様……」
デルフェスが立ち上がって、机越しにひとみの手をとる。
ひとみはその手をしっかりと握り返すと、再び大きくうなずいた。
「……あ」
そこで、ドアの方から少年の声が聞こえた。
見るとドアのところに学ランを着た可愛らしい小柄な少年が立っていて、目をぱちくりとさせている。
「……邪魔したな」
そしてそのまま曖昧な笑みを浮かべると、まわれ右をして出て行こうとする。
「ち、違うんです! 誤解です!」
なにが違っていてなにが誤解なのかはひとみにも説明のしようがなかったが、なんとなく彼が誤解をしているようなのだけはわかったので、ひとみはあわてて彼を引きとめた。
「……本当に、相談に乗ってくれるのか?」
ひとみの向かいに座った状態でもまだ半信半疑なのか、目の前の少年は念を押すように言ってくる。
「ええ、なんでもかまいませんわ。どのようなことでも、ぜひご相談ください。わたくしにも、もちろん、限界はありますけれど……精いっぱいがんばりますわ」
「それじゃ、早速……。俺、不城鋼っていうんだけどさ。実は、ちょっと悩んでるんだよ」
鋼は顔を上げると、恥ずかしそうにひとみを見る。ほんのりと頬を染めたその表情は、なぜだか頭をなでなでしてあげたくなるような愛らしさがあった。
「別に、自慢ってわけじゃないんだけどさ……つまり、その。モテすぎる、っていうか」
「……モテすぎる、ですか?」
意外な言葉に、ひとみは目をしばたたかせた。
たしかに、目の前にいる少年は可愛らしく、人気が出そうだという感じはする。けれど、悩むほどのモテかたというのは、いったいどのようなものなのだろうか。
「そうなんだよ! 別に、女の子が嫌いなわけじゃなくってさ。俺だって普通に恋愛とかはしたいんだよ」
「では、なにが問題なのでしょう?」
「なんつーか……ファンクラブ、とか」
鋼は気まずげに視線をそらす。
「ファンクラブ、ですか?」
「熱狂的なのが多いんだよ。登校してから帰宅するまで、いろんな子に追いかけられて気の休まる暇もない毎日で、これがバレンタインとなるともう大変な騒ぎになるんだよ。知り合いにもこんなこと相談できねーし……だから、どうやったら周囲が落ち着くのか知りたくって」
「……それは……また」
まさかそんな質問を受けるとはまったく思っていなかったので、ひとみはとりあえず小さくうなずいた。
「せめて、バレンタインくらい普通に過ごしたいんだよ」
「そうですわね……バレンタインは家にいる、というのはいかがでしょう? それなら、少なくとも、それほどひどいことにはならないのでは?」
「……そんなことしたら家をファンクラブの人間に囲まれるだけのような気も」
「そ、そうですわよね……」
言われてみればまったくその通りだ。バレンタインというのは、ある意味、女の子にとっては勝負の日なのだから。
だが、女の子たちを大人しく――といっても、どうしたらいいのだろうか。
言って聞くようであれば、彼もこれほどには困ってはいまい。
「そうですわ! せっかくですもの、それをイベントにしてしまう――というのはいかがでしょう?」
ぽんと手を打って、ひとみは答えた。
「公式ファンクラブをつくってしまって、それで、イベント時以外の個人的接触を規則で制限する……というのはいかがでしょうか」
「公式ファンクラブ!?」
「ええ、そうです。鋼さまが自らルールをみなさまにお知らせすれば、きっと、みなさま聞いてくださるのではないかと思いますのよ」
「なるほど……公式ファンクラブか」
そんなことは考えたこともなかったのか、鋼は考え込むような表情でぶつぶつとなにごとかをつぶやいている。
「バレンタインも、数時間イベントタイムをもうけて、それ以外は静かに過ごさせて欲しい、とお知らせすればいいのではないでしょうか」
「んー……それは考えたこと、なかったな」
「これで解決ですわ。イベント会場が見つからないようでしたら、当教会をご利用くださいな。教会堂はそれほど大きくはありませんが……外は広いですから。なにもありませんけれど」
「……試しにやってみるかなぁ」
「ええ、ぜひ! がんばってくださいね、わたくしもできるかぎり協力させていただきますわ」
なんとかなったらしい。
ひとみはほっとしながら微笑むと、やや冷めたカップに口をつけた。
ひと通り相談を受けて、相談者たちがすべて帰ってしまうと、ひとみはほっとため息をついた。
毎年毎年、いろいろと大変なことも多いのだが、今年もなんとか乗り切れたようだ。
「……さて、次の準備をしなくては……」
けれども、ほっとしてはいられない。
こういった会はバレンタインだけではないのだ。すぐに次の準備に取り掛からなければ間に合わない。
ひとみはひとりティーセットを片付けながら、次はどんな相談が来るのだろうかと思いをはせた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2181 / 鹿沼・デルフェス / 女 / 463 / アンティークショップ・レンの店員】
【2239 / 不城・鋼 / 男 / 17 / 元総番(現在普通の高校生)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、3度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
今回は悩み相談を受け付ける――というシナリオだったのですが、このような感じの回答になりました。いかがでしたでしょうか。
バレンタインからは少々時期がはずれてしまったのですが、お楽しみいただければ嬉しく思います。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたらお寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。
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