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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


呪われよ


■オープニング■


「赴任早々嫌なモノ見ちゃいましたよ」
 はあ、と溜息を吐きつつ神聖都学園高等部職員室に入ってきたのは、臨教として赴任したての生物教師・水原新一(みずはら・しんいち)。
「嫌なモノ?」
「…また幽霊か何かですかー? いい加減多いんですよこの学園ー」
 はぁ、と嘆息する古文教師がひとり。
 その姿はどうにもうんざり、と言った様子である。
 …慣れている。
「で、何を見たんです?」
「いえ、変なモノがあったんで、ちょっと周辺を探してみたら…『ヒトガタ』なんか見つけちゃいましたからね」
 第四体育館の裏手やら…高等部用自転車置き場の隅に埋められていまして。木製の板で作ったと思しきてのひらサイズの。
「『ヒトガタ』って…水原先生、『そう言う』お話…詳しいんで?」
「詳しいって程詳しくはないですが…こういう嫌がらせってありますからね…」
 しみじみと水原。
「呪うって意識自体がある意味悪いモノを呼び込みますから。前の学校にもオカルト好きの子とか居まして、教えてもらった事があるんです。…この手のおまじないをしても、別に法的に犯罪にはなりませんし憂さ晴らしでやる人とか結構居たんですよ。実際、効果の程はわかりませんが…対象にされれば気持ち悪い事は確かでしょう? で、その気持ち悪さ自体が…『呪い』の効果のひとつでもある訳で。
 なのでそのオカルト系詳しい子に手伝ってもらいつつ撤去作業等ちょくちょくやってましたね。こう言うのは手順が物を言いますから。我々がただ乱暴に撤去しても、対象にされた子が余計不安がる場合もありますんで」
「でもそれは思い込みの類…になるでしょう? 『呪った』方も『呪われた』方も」
 緑茶を啜りつつ、恐る恐る口を挟んで来たのは音楽教師の響カスミ。
「まぁ、大抵そうですね。ですが、今も昔も一番怖いのは人間の意志ですから。…そもそも『呪ってやる』って誰かが誰かに言ったとしたらその時点で既に一種の呪詛をかけているようなものなんですよね」
 だから『嫌がらせ』の時点でも一応『本物』ではある訳です。
 …時々、そうでない魔術的な『本物』もありますけど、と水原は心の中でだけ続ける。
 必要以上に怖がらせても仕方無いので。
「で、これが高等部校舎の裏手にある桜に釘で打ち付けられていまして、それで気付いたんですが」
 ぴらっと水原が取り出して見せたのはくしゃくしゃの白い紙。
 そこには書き殴ったように赤黒い文字で一筆。

 ――呪われよ

「この呪詛をした方は…何か神聖都自体に恨みでもあるのかもしれません。…と、言う訳で放って置かない方が良いとは思うんですよ…そうですね、学内の掲示板にでもこの件書いて貼り付けておいたら、誰か詳しい人が来てくれるでしょうかね…」
 …この、対象も、本物か偽物かもいまいちよくわからない『呪詛祓い』に。



■職員室にて■


「…対象が漠然としているとなると、確かめる必要があると思いますよ」
 そんな話題になっている中、そ、とさりげなく掛けられた声は今まで無かった青年のもの。
 皆が振り向いたそこには、最近とんと見かけなかった美形の特別非常勤講師――コンピュータと情報処理関連の――が佇んでいた。
「宮小路(みやこうじ)先生」
 教師のひとりにそう呼ばれた彼――宮小路皇騎(こうき)は涼やかに会釈する。
「皆さん、お久し振りです」
「あ、やっと来て下さいましたか」
「生徒たちお待ちかねですよ〜。宮小路先生の教え方はわかりやすいって評判なんですから。…むしろPCルームに居ても俺なんか相手にされてません」
 ついでにとほほ、と落ち込む数学教師。
「すみません。都合が付かず休講続きにしてしまいまして」
 何やかやと皇騎の登校を喜ぶ教師らに対し、申し訳無いと苦笑しつつ、皇騎は皆の輪の中に入ってくる。
「…それより今の話、やっぱり水原先生――でしたよね、初めまして――の仰る通り、放って置かない方が良いとは思います。…施術者本人はただの嫌がらせのつもりであったとしても…神聖都全域は霊域のようなモノだけに『嘘から出た誠』にならないとも限りませんしね。ああ、いきなりすみません。呪いの話題だったので思わず聞き入ってしまいまして。立ち聞きするつもりでは無かったんですが…。宜しかったら私も協力しましょうか?」
「そう言えば宮小路先生はそっち方面の専門家じゃないですか!」
 ちょうど良い、とばかりにぱむ、と手を合わせる古文教師。
 そうなんですか? と赴任したての水原は小首を傾げつつ皇騎を見、ぺこり。
 皇騎ははいと首肯した。
「ええまぁ…家業が家業なので陰陽師ではありますけどね。とは言え、確り調べてみないと私でどうにか出来るものなのか…何とも言い切れませんが…」
「いえ、そんな方が協力してくれると仰って下さるのは心強いです。えっと…宮小路先生でしたっけ」
 僕は今週からこちらでお世話になる事になりました生物科教諭の水原と言います、と、ぺこり、と頭を下げがてら、軽く自己紹介。
 その生物科との科白で、あ、今度来て下さると言う話になっていた臨教の、と皇騎も納得し、こちらも改めて軽く自己紹介。
 で、呪いの話題をしている割には妙に和やかなまま、皇騎は問題の紙を見せてもらえますか、と水原に頼む。曰く、呪物の類であるなら何らかの念を感じられる筈ですから、との事。
 水原はお願いします、とその『紙』を皇騎に手渡した。
 皇騎は丁寧に受け取る。
 と、そこに。
 あの、と声を掛けて来た、中性的な顔立ちの背の高いお姉さんがひとり。
「…どうかなさったんですか」
 恐る恐る声を掛けて来た彼女が持っているのはやや大振りなトートバッグ。…そこがまず目立つ。
 水原は目を瞬かせた。
「あ、綾和泉(あやいずみ)さん。…済みません気付きませんで」
「いえ、それはちょうど今来たところなので構わないんですが…水原さん、今、『呪い』とか仰ってませんでしたか?」
 綾和泉と呼ばれた彼女――都立図書館司書である綾和泉汐耶(せきや)はふと問いながらも、早々に用があったらしい水原の、デスクと思しき場所にトートバッグの中身を引っ張り出して置いている。出されたその中身、二冊の分厚い書籍。
「どうもわざわざ有難う御座います」
「…これらで良かったんですよね?」
「はい。全集の六、八巻で。重い物を頼んでしまって申し訳ありません。…この本、誰かさんが出した授業課題のせいか神聖都内何処の図書室からもちょうど出払っちゃってまして…。助かります」
「いいえ。ついでですから。…今日は面白い解釈の免疫関連の本を教えて下さるってお話でしたよね?」
「ええ。家だと落ち着いて読めないんで学校に置かせてもらってるんですよ」
 だからこちらにお呼びしたんですけどね。お渡しするにも直接の方が手間が無いかと思いまして。
「…と、それはひとまず置いておくとしまして」
 ちら、と汐耶は、現在皇騎の手にある『紙』を見る。
「そうなんですよ。ちょっと気になる物を見付けてしまいまして」
「…呪われよ、ですか」
 ぽつりと呟く汐耶を見、皇騎はお久し振りですと会釈する。
「ええ。どうも本気…ではあるようですね」
 ひどくネガティブな、念が感じられます。
 これだけでは、確りした手順の物かどうかはちょっとわかりませんが。取り敢えずプロの術師が特別に念をこめたような…本格的な呪物で無い事だけは言い切れますけれど。
 …ただ、少なくともこめられた『気持ち』だけは本物のようですよ。悪戯ではなく。
「宮小路くんがそう感じるって事は…あまり放っておきたくない事柄みたい…ですね?」
 汐耶は水原に振る。
 はい、と水原は改めて汐耶に状況を説明した。
「――…で、僕の見つけた以上の『ヒトガタ』がまだ何処かに埋まっていないとも限らないですし、やはり直に調べる為の人海戦術もある程度必要かとも思うんですよ」
「確かに、ここにいる面子だけではいまいち心許無いですもんね」
 人数的にも…対処能力的にも。
 ふむ、と頷く皇騎。
 で、結局…その時職員室内に居た各人が、改めて人を募ってみる事になった。



■本格的に調査を開始■


 で。
 初めに提案した通り学内の掲示板に『呪い・まじないの類に詳しい人材求む、詳しくは高等部の水原まで』等々書いて貼り出したり、皇騎や汐耶…他、音楽教師のカスミら職員室に同席していた面子がそれとなく募った結果。
 四人程集まった。
 掲示板を見て来たと言うのが、面白そうだと来た銀髪銀瞳の愛らしい少女・海原(うなばら)みあおと、穏やかではない話だね、と来た式服姿の高校生・榊遠夜(さかき・とおや)。
 人伝に聞き、呪詛祓いの知識は無いが何か出来る事があるかも知れない――と来たのが、鮮やかな瑠璃色の髪に青褐色の瞳の芹沢青(せりざわ・あお)。
 で、カスミに頼られたと言うのが、緩く波打つ長い白銀の髪に青紫の瞳の神聖都在籍の学生、硝月倉菜(しょうつき・くらな)。
 集まったところで改めて詳しく説明し、水原は取り敢えず職員室まで持参した問題の紙を皆に見てもらう。
「…先生方…どなたか、筆跡に見覚えはないんでしょうか?」
 少し考えて、倉菜。
 ちなみに私は無いんですが…。と言いつつ。
「見覚え…どうでしょう?」
 自身はここに来てまだ日が浅過ぎる故か、水原は他の先生方に振る。
「ったってな、こう書き殴ってあっちゃあな…」
「確かに。…じゃ、筆跡鑑定でもしてみます?」
「いや、比較対象がある程度絞れないと鑑定は見事に意味が無いかと」
 時間ばかりかかって。
「…宮小路先生は見覚えは?」
「うーん…私もちょっと出てきませんね。響先生は?」
「すみません、生徒たちの楽譜の書き方の癖なら結構憶えてるんですけれど…」
 筆跡自体はちょっと…。と、カスミ。
「そうですか」
「…ところで、やっぱり血で書かれたもの、ですかね」
 青は問題の紙を見、ぽつり。
 赤黒い字。
 ただの悪戯にしては凝っているような、嫌な感じ。…だからこそ気になって来たのだが。
「その辺は水原に頼めばはっきりわかるんじゃないかなあ?」
 ルミノール反応だっけ? それやってみるとか。
 只今手許にある問題の紙を表から裏からためつすがめつの後、身を乗り出して、ねえねえねえと水原を見上げるみあお。紙の方にも透かしとか他に特徴は無いかなぁと取り敢えず確認の上で。…ひとまず和紙っぽくはある。
「生物の先生ならそーゆーの専門だよねー?」
「…まぁね。この文字を書くのに使われたものの組成自体を細かく調べる方法は無くもない。…けど、そこまでしなくともどーも『らしい』通り、血に思えるんだよね」
 ちょっと臭いを嗅いでみた感じでも。乾いての見た目も。
 人の血か、動物の血か…細かい部分まではさすがに調べてみないとわからないけどね。
「んじゃそこんとこも調べてみようっ」
 ばん、と改めて紙を水原に押し付け、みあお。
 水原ははいはい、と苦笑した。…元気娘には敵わない。
「りょーかい。じゃ、この件は後で生物室行って簡単に調べるとしますか…」
「ところで先生方には何か心当たりとかありませんかね? 恨みを買うような何か事件があったとか」
 ぽつりと問う青。
「…事件」
 考え込む古文教師。
「…怪奇事件なら前々から頻発してるがな。生きてる人間が関りそうな…そんな派手な事件はあまりな」
「二年前の…赤羽さん…の件くらいじゃないですか?」
 あまり口を挟みたくないながらも、記憶にあるので恐る恐る進言するカスミ。
「ああ、生きている者が絡みそうな事件はそのくらいかな」
 カスミの言に、ふむ、とちょっと暗い顔で頷く数学教師。
「赤羽さん?」
「自殺だか事故だか結局よくわからないままだったんだが…赤羽加寿子と言う高等部一年の女子生徒が旧校舎の屋上から落ちて死んだんだ」
「…死んだ?」
「赤羽は…いじめられてたって話もあったな」
 俺たちの立場にすりゃ、気付いてやれなかったって事が恥ずかしい限りなんだがな。
「…そりゃ、有り得るかもな」
 調べる価値はありそうだ。
 少し考え、青。
「その赤羽さんが、犯人である可能性、ですか」
 同意するように、倉菜。
「…え」
 話の展開に停止するカスミ。
 だってそうなるとそれだけで怪奇事件…。
「何か理由があって、誰か生者にやらせた可能性だってあると思います」
 淡々とした倉菜の科白に、汐耶も頷いた。
「初めから、出てきた可能性を否定して行くのは避けた方が良いと思いますよ」
「確かに」
「多角的に見る必要があると思います。まずは水原さんの見付けたものだと…一応呪詛の基本の基本は踏んでいるようですよね。流派の特定は――…」
 と、今度はみあおが水原の着ているコートのポケットからいつの間にやら取り出した、拾ってきたらしい使用済みのヒトガタをためつすがめつ。
 それをちらりと視界に入れ、汐耶は陰陽師でもある財閥御曹司と、式服を纏ったこれまた陰陽師らしい人物のふたりに続けて目を向ける。
「…――宮小路くんに榊くん、どうでしょう?」
 専門家さんの目から見て。
「…本当に基本の基本ですね」
「ええ。釘で打った痕もありますし、ぐるぐるに縛ってあるとなると…」
「ひとまず、専門家の仕業では無さそうですが」
 術者であれば、大抵何らかの神仏の力を借りるでしょう。
 そんな墨書も無いですし、形も材質も、何処にでもあるようなありふれた形ですからね。
「…取り敢えず僕が見つけたのはその二体だけなんだけどね」
 勝手に取り出されても特に気にしない水原。
「何処でもあるよーなもんなんだ」
 ふーん。と感心したように、みあお。
「でもさ、この形に加工するのって結構難しくないかな。指とかに怪我した人捜すのはどーだろ?」
「捜す、ね…。私はまず…水原先生が紙を見つけたと言うその場所に行ってみようと思うのですが。他にも調べたい人が居れば、一緒に」
 お手伝いして下さる方に部外者の方も多いようなので、許可が頂ければ。
 構わないでしょうか、と倉菜が水原に問う。
「はい。何かあったら僕が責任取りますから大丈夫ですよ。言い出したのも僕ですし」
 水原はにっこりと引き受ける。
「だったら、私も同行するわ」
 汐耶。
 …水原さんの見つけた以外のヒトガタ、があるかどうか確かめないと。それから『桜』が引っ掛かると言うのもある。また、ヒトガタが出た場所も見ておいた方が良いかも知れない、と。
「みあおも行くー。ヒトガタも紙も高等部絡みの場所! 水原と汐耶のゆーとーりまだ他にあるとしても高等部が怪しいっ!」
 被害者もしくは加害者もきっと高等部! だと思うし。赤羽ってお姉ちゃんも高等部って言ってたっけ?
 とにかく、ヒトガタだから対象は人だよね。
 それからさ、加害者はきっと本質的には気弱な人間!
「?」
「だって書き方が何だか間接的じゃない?」
「…確かに間接的ではあるかもしれないね」
 呪われよ、と来ると何処か突き放したような言い方にも感じられますし。
「うーん。ま、取り敢えず、私の方は赤羽さんの事件絡み…その辺りの記録を掘り起こしてみましょうか」
 呪い関連のサイト等も、神聖都関連の話題が無いかひとまず見てみましょう。
 と、皇騎。
「じゃあ、俺は赤羽さんの件から、直に聞き込んで調べてみます」
 元クラスメイトやらから、赤羽加寿子の身辺を。
 頷いて、青。
「僕もそちらに同行しましょう。…調べると言うのなら、ひとりよりは人手がある方が」
 そんな青を見、協力します、と遠夜。
「じゃ、皆で手分けしてみると言う事で」
 お願いしますね。
 最後に、水原がそう纏めた。


■■■


 …高等部校舎の裏手。
「この桜ですか」
 倉菜はじーっと幹を見つめる。裏に回って覗き込む。枝の分かれる根元の部分、影に小さな穴。
「…ここに打ち付けてあったのかしら」
 思いながら、倉菜はその桜の構造を『観』ようと試みる。
「…」
「硝月さん?」
「別に何も埋まっていませんね?」
「?」
「いえ、桜と言えば下に何やら埋まっている事があるって聞きましたから」
 死体、でしたっけ?
「…それは本の中の話」
 はぁ、と溜息を吐きつつ倉菜に突っ込む汐耶。
 と、きょとんとした顔で目を瞬かせる倉菜。
「何なら、今度読んでみる?」
 貸してあげても良いわよ。
「…はぁ」
 不器用そうな態度で、途惑う倉菜。…どう返したら良いものやら。
「取り敢えず…この桜…何だか念が濃くてくらくらします」
 呪いどうこうではなく神聖都内なので仕方無い事なのかもしれませんが。
 俄かにふらつく倉菜を見上げ、だいじょーぶ? と声を掛けるみあお。
 倉菜は静かに頷いた。…慣れている。
「確かに『桜』であるだけである意味圧倒されるものがあるものね」
 特に年経たものなんかだと。
「でも、呪いも何度か掛けられてるみたいじゃない?」
 ほら、と汐耶が指したのは、先程倉菜が見付けた物と似た小さな穴が裏側、見え難いところに幾つか。…釘を打ったと思しき痕跡。
「犯人はこの桜の木に良く来る人物…かしらね」
 それで、この痕を見て、思い付いた…とか。
 と、なるとやっぱり積み重ねで本物になりそうな気がするのは…ほっといても逆凪が起こるような気がするのは…気のせいじゃ無さそうかも。
「…そうですね、最近この桜の木の下で変わった人を見掛けなかったか…聞き込んでみましょうか」
 うん、と汐耶と倉菜は頷き合う。
 みあおもみあおで、聞き込み聞き込みー、プロっぽいー! とはしゃいでいる。


■■■


「赤羽加寿子、平成十四年度、高等部一年×組、秋口に旧校舎の屋上から落下して死亡…か」
「名簿を見るに…当時のクラスメイトで転出者は居ないね。クラスは分かれてしまっているが」
「あの『呪われよ』も血文字…それも人の血と判明したし」
 ますますもって不吉ですよ、と水原。
「ただ、呪いを話題にするようなサイトにもあまり神聖都に関する事は書いて無いですね」
 赤羽さんの件があるので今は各所の二年前のログを見てるんですが…。
 自分のPCとにらめっこしながら、皇騎。
「っと、ありました…ん?」
「どうしました」
「神聖都関連があった事はあったんですが…『二件』あります」
「二件?」
「赤羽さんの件と、陸上部の代表争いの件です」
「陸上部の代表争い?」
「どちらかと言うと誹謗中傷の類っぽいですが…言われるだけの変な事もあったみたいですね」
「あ? 山吹と遠山の件か?」
「知ってるんですか」
「天才と言われた遠山がいきなり走れなくなったろ、で、遠山が来る以前の一番手だった山吹の方がオカルトかぶれだ。妙な噂立てられんのも仕方無いかもしれんがな」
 ただ、それがあったのはちょうど赤羽が死んだのと前後してだからな。正直、そっちの話題にかき消されたようなところがあったぜ。
「…にしてもあー、最近どーも学校来ると頭が痛くなるんだよなぁ」
 共に名簿やらPC画面を見ていた数学教師のその声に、ふと皇騎は彼を見た。
 と。
「ちょっと待って下さい」
 改めてその数学教師をじーっと見ると、皇騎はおもむろに摩利支天の印を組み、その真言を早口で唱える。
 数学教師はきょとんとした。
「み、宮小路先生? …ってあれ?」
 ん、と妙な顔をした数学教師は、確かめるようにこめかみに手を触れる。
「…治った?」
「その頭痛、いつからですか」
「いつ…いや、学校来ると特にひどくなるから…生徒たちも結構なってるみたいだからな、シックハウスか何かかと思っていたんだが。もうすぐ調査が入ると言う話になってたが」
「…それ、恐らくこの呪いの効果です」
「何ですって」
「その『シックハウス症候群』で入院した子方とか、特にひどい症状を訴えている子は居ませんか!?」
「ひどい…ってとB組の喜多村とS組の小峰…ああそれからD組の山吹がちょうど大学病院に入院してるぞ」
 と、その答えを聞いたか聞かないかと言うところで。
 皇騎はおもむろに携帯電話を掛けだした。
 通話先の相手が出るなり、やや急いだ風に声を叩き付ける。
「芹沢さん、ちょっとこっちに戻って来て下さい」
 通話相手は、青。
「頼みたい事が出来ました。…他ならぬ貴方なら嫌とは言わないだろう事です」


■■■


 第四体育館の裏手。
 高等部用自転車置き場の隅
 高等部校舎裏の桜。
 …水原に聞いてみた場所に、みあお、汐耶、倉菜はそれぞれ向かってみるが、どうにも中途半端に感じる。
 そして、改めて今までヒトガタが出た位置関係を見、ふと汐耶はある場所に足を向けた。
 部室棟の脇にある植え込み。
「ここで、ちょうど三角形なのよ」
 紙があった桜を真ん中と見て、他のヒトガタがあった場所が、ふたつの角。
 おもむろに掘り返す。
「篭目だったりしたら後三点必要だけどね」
「篭目?」
「うーん。六芒星とかダビデの星と言った方がわかりやすいかしら。あの形と同じと考えて」
「…三角形が逆方向にふたつ重なるって事になりますね」
「そう。…」
 汐耶は突如黙り込む。
 視線は掘った穴の中。
 …あった。
 胸が釘で打たれた、ヒトガタ。
 と。
 汐耶の身体から、電子音が響き渡った。
 携帯電話の着信。
 ぴ。
「はい、綾和泉」
(宮小路です。そちらの状況伺っても宜しいですか?)
「取り敢えずヒトガタをたった今もうひとつ発見しました。部室棟脇の植え込みです。そちらも、何か見つかりましたか」
(…まだ推測の域を出ませんが、見えてきたような気がします。で、綾和泉さんが今仰ったそこと言う事は…やはり件の桜を私も確認したいと思いますので、ひとまずそこで合流と言う事で良いですか)
「早く解決出来るなら何でも構いません」
 …長引くと危なそうに感じます。勘ですが。


■■■


 携帯電話が鳴っていた。
 ぴ。
「榊です」
(宮小路です。そちらはどうなってますか)
「先程、芹沢さんと別れてから、呪詛返しをかけました」
(…)
「呪者を確定するにはそのくらいの事は必要だと判断しました。既に、生徒たちにも広く影響が出ています」
 特にひどいのは喜多村朋美と小峰雛子と言う女子生徒。それから…山吹有也と言う男子生徒ですね。
(…喜多村に小峰、山吹…皆、赤羽さんと同輩に当たるね)
 過去の名簿を見ながら、電話の向こうで皇騎は名前を確かめる。…喜多村と小峰はクラスメイト。山吹はクラスは違えど、同輩は同輩だ。
「彼ら三人も何か特別に関係がある、と考えられますね」
(だろうね)
 喜多村朋美と小峰雛子は…友人であったのかもしれない。もしくは…考えたくも無いが、いじめられていたと言う噂が事実だとしたら、その相手。
 ただ、そうなってくると気になるのは、…山吹有也の方。
 山吹有也と言えば、中学時代から陸上部のホープ。遠山重史が出る以前には一番の代表候補だった男。遠山重史が走れなくなり陸上界から去って、代表の座が回ってきた男。
(少し引っ掛かるのは――この山吹有也、オカルトに傾倒していたと言う噂があるんです。それから――)
 ――赤羽加寿子の死亡と遠山重史が走れなくなった時期が、重なります。
「遠山重史?」
(二年前まで、陸上の有望選手だったそうです。陸上界に急に現れて急に消えた幻の天才。中学時代はまったく無名で、高一でいきなり神聖都の代表選手に選ばれたようですが…一度出ただけでもうそれっきり)
 後は、山吹有也に後を譲るような形になっています。
「………………申し訳ありません。少し下世話な事を想像してしまったんですが」
(奇遇ですね、私もです)
 もし、赤羽加寿子と遠山重史が、付き合っていたとしたら。
 関連は出来る。
 ならば、この呪いは。
「…」
(私たちはこれからひとまず件の桜の下に行こうと思ってはいるんですが)
 結局、呪詛の要となるのはそこのようなので。
 他を調べている、みあおさん、綾和泉さん、硝月さんとも合流する事になってます。
「…そうですか」
 携帯電話に静かに告げたその時、遠夜の目の前に何事か知らせるようぱたぱたと式神が戻ってきた。
「わかりました。…ただ…ひょっとすると遅くなるかもしれませんが…僕もこれから向かいます」
 それだけ告げ、遠夜は通話を切る。
 …どうやら呪詛の犯人が、確定できたようだ。


■■■


 教室内を、ゆっくりと滑るように歩く遠夜。従うよう後を付いて行く黒猫の姿。
 視線を集めてしまうが、関係無い。
 用件は――。
 ひとつの机に着いていた、学生。
 鞄を開いて何やらやっていた彼――遠山重史の元で、遠夜は静かに立ち止まる。
 …常人には見えない式神の姿が、重史の頭の後ろで主人を待つように空に浮かんでいた。
 重史は急に現れた麗人に気付き、何事かと見上げる。
 と、頭の後ろにいた式神が役目を終えたとばかりに姿を消した。
「…貴方か?」
 遠夜が問い掛ける。
 問われた重史は停止した。
 その、数瞬の後。
「…ああ。そうだよ」
 冷たく自分を見下ろす遠夜に対し、重史は――誤魔化す事も何もせず、あっさりとそう答えた。
 何が、とは問わない。
 …そう、式服を纏っているような『その筋の専門家』相手に指摘されるような心当たりは、重史にとってもひとつしか有り得なかったのだから。
「…行こうか」
 重史はおもむろに鞄を閉めると、机の上に置いたそのまま席を立つ。
 そして遠夜の顔を見ると、付いて来いとばかりに目で促した。



■怨む理由、呪うべき相手■


 やや、左足を引き摺っているのに気付いた。
 今、自分を先導して歩いている、呪詛の犯人が。
 遠夜はその犯人――重史が左足を引き摺っている原因が、既に呪詛の逆凪であるとも気付いている。
 こうまでなっているとなると…逆凪と言う言葉自体は知らなくとも、本人も疾うに自身がかけた呪いが原因で左足が動かなくなっているのでは、と察しているだろう。
 こめかみに、薄らと滲む油汗。…教室で座っていた時にはそうでも無さそうだったが…歩くと相当痛むのか。それは、人を呪わば穴ふたつ。自業自得には変わりなかろうが、どうもこの男の態度は気になる。
 何故なら、まったく動じていない。
 軽い気持ちで呪詛をかけ、人を呪い、その反動…逆凪と言うものを予想していなかったのなら、少なからず動揺するなり怯えるなりするだろうに。
 ましてやそれで、僕のような姿の者が目の前に現れれば、逃げ出すなり危害を加えようとするなりしそうなものだ。
 なのに、何を考えているのか。
 …この男の心、平静過ぎる。


 辿り付いたのは校舎裏手の桜の木。
 先程職員室に集まった、遠夜以外の皆もちょうどそこに居た。


「…ああ、やはり見付けられてしまったんですね」
 ふ、と笑う重史。
 予め彼の顔を確認していた面子は、即座に気付く。左足を引き摺って歩く、学生服姿の背の高い男――遠山重史。二年前に死亡した、赤羽加寿子の彼氏。二年前まで、中距離の有望選手だった男。
 その後ろに遠夜が居る事に皇騎が気付く。
「榊さん、どうして」
「…呪詛返しを辿りました。式神で呪者の居場所を探しまして――先程見つけたところです。そして、今は彼の方が僕をここへ連れて来ました。付いて来いと」
「…それで、重みが増した訳だ」
 呪詛返しとの遠夜の言葉に、はぁ、と息を吐き、重史は無造作に左足に触れる。
「わかっていたんですね。その足は、逆凪だと」
「逆凪、と言うのか。…これは、呪いの反動だろう?」
「ええ。貴方が人を呪った、その報いの顕れです」
 珍しく、何処か興味深そうな色を湛えた遠夜の瞳が、重史を見る。
「わかっていながら…よくも防御法も知らずに呪いを施す事が出来ますね」
「防御ね…守る気なんか初めから無いさ」
「無い?」
「何もかも壊れれば良いと思っているんでね。左足だけなんて、まだまだ軽過ぎる」
「…」
「少なくとも、あの時気付かなかったクラスメイトも、教師も。…関りあったすべてが壊れればとね」
「それは、赤羽さんに関りあったすべて、と言う事かな」
 遠山くん。
 ぽつりと告げる、水原。
「知っているのか、なら話は早い」
 自嘲するよう、にやりと笑う重史の口許。
 やがてその形が不吉に動いた。
「…その通り。加寿子の、弔い合戦だ」


■■■


 重史は語り出す。


 悪戯半分で加寿子を呪った当の喜多村と小峰。
 俺を追い落とす為彼女らに便乗し余計な知恵を付けた山吹。
 気付かなかった周囲のすべて。
 そして何より――俺自身。
 俺が加寿子と付き合ってさえいなければ、あの山吹が喜多村と小峰に近付く事も無かった。
 呪いと言う方法を使われる事も無かった。
 死んだ時に初めて気付いた。
 妬み、嫉み。
 憎悪の対象。
 …いじめられていた事。
 加寿子はずっと俺に隠し通していた事。
 俺はずっと気付かなかった。
 …良い気なもんだよ。


 加寿子が死んでから。
 俺は、走れなくなった。
 どうしようもなくて部活を辞めた。
 殆ど廃人同然で。
 登校もしなくなった。


 暫くして…少しでも、頭が働くようになってからは。
 何故だろうと考えた。
 学校にも行ってみた。
 考えたよ。
 何度も。
 何度も。


 そして見つけた。
 偶然、聞いてしまったよ。
 喜多村と小峰、そして山吹。
 三人が施したと言う聞き逃せない事柄。
 場が神聖都であるが故に成功してしまった呪いの効果。


 …聞いてしまった後からは。
 学校を隅から隅まで調べた。
 執念で。
 山吹の使った道具を調べ。
 奴の借りた本を調べ、続けて借り。
 他にも、関連がありそうな文献を漁った。
 加寿子に施されたのがどう言った類の事柄か、初めて知った。


 罪にはならない。
 …追及出来ない。
 証拠はあっても関連性が、証明出来ない。
 効力があっても。
 科学的とは程遠く。
 罪にはならない。


 ならば。
 ならば同じ方法で。
 自分たちが何をしたのか。
 …思い知らせてやろうと。


 ………………重史は同じ事を、ただ、やり返す。


 呪詛は不完全で構わない。
 不完全でこそ望みが叶う。
 例えその『逆凪』とやらが起ころうと。
 それこそが。


 ――何故なら俺が、一番呪いたい相手は


「…プロにとって一番面倒なのは、術式の方法に則っていない、ただ暴走した力、だったよな」
 扱う端緒が見出せない、ただ強いだけの方向性が定まらない力。混沌とも暴走とも付かぬ。
 …ならば今の俺にはそれを為せる自信があるよ。
 ただ静かに、重史は告げる。
 むしろ、俺自身に返っている呪詛の効果も自信に繋がる、と。
「喜多村は原因不明の病で神聖都の大学病院に入院した。小峰も山吹も…似たようなもの」
 当時のクラスメイトも不調を訴える連中が増えている。
 順調だ。


 ………………後は。


 ――俺だけだ。


 もし今、あんたがたに俺のかけたこの呪いが祓われてしまおうと。
 この足はもう動かなくなるだろう。
 …この効果まで止められるのか?
 こんなものは序の口、呪いの反動が…もっと強く出てくれば、いずれ俺は苦しんで死ぬだろう。
 それだけの恨みは『呪い』にこめた。


 だから、それで良い。


 死んだなら、他ならぬ『俺自身』が呪う力の中核になるだろう。
 霊と言う存在が、呪いが本当に、実在するのなら。
 俺はきっと、この想いのまま、止まるから。
 …俺は、頑固だよ。


 そう言って、重史は――決意を秘めた瞳のまま、ただ、ふわりと微笑んだ。



■返りの風が吹く時に■


 重史の顔を見、皇騎が困ったように息を吐く。
「…参ったな」
 あの子、素人は素人だが『本質の部分』を察してしまっているところがあります。
 厳しい表情のまま、皇騎。
「と、仰いますと」
「…はじめに水原先生が言ってた通りですよ。方法論は後付けです。…『呪う』と言う負の意志こそが本当は一番怖い。プロの使う本式の呪詛でも、大元を辿れば同じなんです」
 言わば、それらをより正確に、より強力に施行する為に様々な宗派で様々な術法が作られた訳ですからね。


 ただ、わかった事がひとつあります。
 …火遊びは己が身を滅ぼす。
 この相手は、そんな説得が通じない。
 そもそも、それこそが、重史の目的でもあるのだから。


「…あんたの目を見ていると何もかも放り出したくなってくるよ」
 遠夜を振り返り、重史。
 ただ、加寿子の事を想い、穏やかに在りたい、そう思ってしまう。
 けれど。
「…だが、その事自体が赦せない。俺だけが楽になれやしない…!」
 血を吐くような声に聞こえた。
 呪いよ蝕め。この身を食い荒らせ。


 俺が一番呪いたいのは、他の誰より俺自身。


 ――どうしたら良い。
 一同は惑う。
 重史は解呪する気はない。…否、元々、解呪の方法を頭に入れているかどうかも怪しい。
 説得にも応じない。
 だが、実力行使に出ても…その事自体が、相手の思惑に乗るようでもあって。
 …そもそも、原因が。
 呪われた事の――それも大切な人の為に、自分さえも捨てて成し遂げようとしている、復讐。
 …それだけでも胸を衝いてくる。


 と。


 唐突にぼそりと、低い声が、聞こえた。
「…何言ってやがるんだよ」
 そこに居たのは、低く抑えた、だが尋常ならない何かをもその中に押さえ込んでいるような声の主。
 いつの間にそこに来ていたのか、一同の後から現れたのは芹沢青。
「芹沢さん?」
 呼ぶ声もちらりと見ただけで、青は無造作に前に出る。…重史の。
「…ンな事があったってんじゃ、堪えられねえのもそりゃわかるさ。だからって…呪い返してどうする。…手前が死んで誰が喜ぶ。自己満足も大概にしやがれ。呪いってのは心底、生易しいモンじゃねえ。垣根なんか何処にも作らない。マジで周囲ごと全部巻き込んじまうもんなんだ。そいつの周囲に居るどころか、そいつの血縁や子孫であるだけで、そいつにほんの僅か縁を持っただけで…そう、同じ名前であるだけ、同じ形の物品を使っているだけ、何も知らずに同じ場所に座るだけ…それだけでも関係があると見なされる事だってある。そんな、まったく無関係の相手にだって害を及ぼす。…それこそ、お前の彼女みたいに何もしてないのに不条理に巻き込まれる奴だってたくさん出て来る事になるんだよ」
 手前の自滅に周り全部巻き込むんじゃねえ。
 殆ど声を荒げないまま、低く唸るように激昂する青。
 重史の前まで歩いて行く。
 そして、重史の胸倉を掴み上げ、ぎ、と睨め付けた。
「…おいお前よ、俺の髪がなんで青いか教えてやろうか」
 唐突に言われ、訝しげな顔をする重史。
「これは、ずっと昔にな、家にかけられた呪いのせいなんだよ」
 …これのせいで俺がどんな目にあってきたと思う。
 元々が旧い家だ。その上にこの現代、呪いが表に見える形で生まれた俺。当然の如く生まれてこのかた一族からはまともな扱い受けちゃ来なかった。
 無関係が不条理に巻き込まれた典型って奴だよ。
「…」
「違うだろ。お前はこんな事をしたい訳じゃ無い筈だ。お前はただ、赤羽加寿子ってその彼女の事を想ってるだけだろ。お前だって元を正せば呪われた被害者みたいなモンな訳だろ。
 だったら…呪った相手だけじゃない、無関係にまでも同じ思いをさせる気か」
「無関係じゃない、皆、見ていた…っ」
「…だから。マジでそこで確り垣根が出来てちゃんと復讐出来るってなら俺はほっとく。呪った当の相手にピンポイントで確り復讐出来るモンなら俺だって憂さ晴らしのひとつくらいやりたいからな。だがそんな都合良か行かねえんだよ。お前にそこまでやって良い資格は何処にもねえ。…安っぽいヒロイズムに酔ってんじゃねぇよ。お前がそこまでする必要は無かった」
「黙れ…!」
 幾ら言われても譲れない。
 加寿子が。
 浮かばれなさ過ぎる。
 このままでは。
「…このままで加寿子が安らかに眠れる訳が無い!!!」
 と、重史が声を荒げたそこで。
 はいはいはーい。と場違いに元気な声を上げ、みあおが挙手。
 何事かと視線を集める。
 それを見てから、ん。と満足そうに頷き、みあおは話し出した。
「遠山はそう言うけど、でもね、今の神聖都に遠山が言うみたいなお姉ちゃん、居ないよ」
「…え?」
「何処にも居なかったよ。呪い調べるのに神聖都内あっちこっちいーっぱい見回ったけど、ちょっとした土地神とか地霊とか自縛霊とか浮遊霊とか…言い方の区別は良くわかんないけど、とにかくこの辺に居る霊的な存在の中に赤羽ってお姉ちゃんらしい人、居なかったよ?」
「ええ。神聖都の高等部一年教室、赤羽さんが亡くなった当の場所、縁があると思える場所には色々行ってみましたが。…一度は、彼女の霊こそが呪者かとも考えましたからね」
 捜したんですよ。
 ですが、私にも、赤羽さんの姿は見えませんでした。
 予め元の同級生や当時の担任の先生に写真で確認していますから、人を間違えていると言う事も無いと思います。
 みあおに同意するようこくりと頷き、倉菜。
「他の幽霊みたいにそこらに居ないって事は恨んでないよ。きっとお空に居るんだよ」
 両手を上げ、一生懸命重史に訴えるみあお。
「まさか」
 そんな。
「加寿子が、成仏、している…と?」
 重史は茫然とみあおと倉菜を見返す。
 皇騎や汐耶もそれぞれ頷いていた。
 と、そこで。
 強い霊感を持つ人間は、ふと気付く。
 中でも、それらを『識』っている者は。


 来る。


 思ったところで。
 びしり、と重史を中心に、空間が張られた。
 刹那、異様な霊気がそこを急襲する。
 張られた空間――打たれた符で張られた結界に弾かれる攻撃、霊気の本流。それこそが呪いの反動。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前」
 そんな前に立ちはだかり、刀印で九字を切り、邪気を払おうと素早く印形を組む。
「悪霊妖気退散、妖魔邪気退散――」


 咄嗟に重史を逆凪から守ろうと動いていたのは…遠夜と、皇騎。
 日本に於ける『呪い』の専門家とも言える、ふたりの陰陽師。


「あんたら…」
 目の前で取られた行動に、重史は瞠目する。
 彼の視界の中に居たのは、式服姿の。
「…どうもこのまま貴方を殺してしまっては後味が悪い」
 それに、貴方のような方の場合は…死んでしまったら却って後の始末に困りそうですしね、と遠夜。
「…ひとりの女性の為にとそこまで思い詰めた貴方の気持ち、察します」
 それでも『方法』はもう少し選ぶべきと忠告しますよ、と、こちらもまた符を指に数枚挟んだ状態で、皇騎。
「…周囲への迷惑も然る事ながら――貴方がそんな滅び方をしたら、きっと『彼女』こそが泣く」
 厳しい口調で、皇騎。
 自らに襲い来る禍禍しい霊気の奔流よりも皇騎のその科白を聞き、何かを堪えるように固く目を閉じる重史。


 やがて、逆凪がひとしきり荒れ狂い――呪いにより集められたその邪気、念が祓われた頃。
 静寂が訪れる。
 それでも、根本的な原因はまったく解決していない。
 …この呪いを何とかしたとしても、遠山重史は、何度でもやるだろう。
 ならば――意味が無い。
 最早、術の問題では無い。
 …遠山重史が、止めようとしなければ。
 終わらない。


 そこで。
 おもむろに口を開いたのは、青。
「…喜多村朋美と小峰雛子、それから山吹有也には、撫物――専門家が作った、穢れを身代わりに受けてくれる物だとさ――を持ってもらった」
 他は、榊の呪詛返しの時点で殆ど影響は薄れて問題はなくなったみたいだが、特に対象になっていたあの三人だけは――少し、遅かったみたいでね。
 それでも、今は病状は一応快方に向かってる。
「あんたは…」
「勿論、あいつら三人に何故こんな事になっているのか――ま、あの時点じゃ多少推測もあったが当たってたみたいだな――すべて教えた上で、した事だ。…赤羽加寿子がお前たちの呪いで死んだ事こそが、元凶と」
 重史は瞬間、目を見開いた。
「どんな反応したと思う?」
 青は試すように問う。
「喜多村と小峰は、俺の目なんぞお構い無しで赤羽とお前に対してごめんと泣きじゃくってた。山吹の方は、ただ黙って俯いてたさ。で、そのまま居てもしょうがねぇからって去ろうって時に、殆ど聞こえないような声で奴はお前の名前呼んでたよ。とても悔やんでいる様子に見えた。…それで赦されるってモンでも無いがな」
「…そう、か」
 青の科白に、それだけしか返せない重史。
 …幾ら謝られようと。それでも。
 加寿子は戻っては来ない。
 重史は唇を噛み締める。
 …それだけは、どうしても取り返しの付かない事。
「故人を奉るのは霊を慰める為。だけどね、それは遺された者への慰めでもあるんですよ」
 ふと口を開く皇騎。
 …故人は、貴方が滅ぶ事を望んではいないでしょう。
 それどころか、自分の為に、と貴方が呪いに手を染めてしまった事も、貴方が自分自身を責め続けていると言う事も、ひどく悲しんでいると思いますよ。
 きっと、赤羽さんは。
「…呪いなどに頼る必要は何処にも無い。呪いなどよりずっと、貴方の大切な人の為に、そして貴方の為にもなる供養の方法は、他に幾らでもある」
 皇騎の科白に一度頷き、言い含めるよう続ける遠夜。
 と、そこに。


 計ったようなタイミングで。
 澄んだ音色が風に乗っていた。


 伸ばされた制服の白い腕。
 …形の良い顎と肩の間に押さえられ。
 ガラス製のそのボディ。
 張られた弦の上を滑る弓。


 誰も何も言わぬ内に、何処から取り出したのか倉菜の白い指先が、透明なバイオリンで――静かな曲を奏でていた。
 曲名は告げない。
 知っていようがいまいが――わからなくとも、構うまい。
 ただ、そこにある演奏にこめられた…想いがすべて。


 倉菜の演奏に洗われるように、重史が強く持っていた、強過ぎたが故に澱み歪んだ『想い』が浄化されて行くようだった。


 重史は茫然と、佇んだまま。
 そのままの表情で、ただ、目端から、一筋だけつぅと落ちた滴。
 それ以外は、動かない。
 顔を伏せも背けもせずに。


 …けれど。


 漸く落ちた、その清らかな一筋だけで。
 皆の説得が――彼の耳に本当に届いたか否か。


 他の何よりも雄弁に告げていた。


【了】



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■1415/海原・みあお(うなばら・-)
 女/13歳/小学生

 ■0642/榊・遠夜(さかき・とおや)
 男/16歳/高校生/陰陽師

 ■0461/宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)
 男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師)

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■2259/芹沢・青(せりざわ・あお)
 男/16歳/高校生/半鬼/便利屋のバイト

 ■2194/硝月・倉菜(しょうつき・くらな)
 女/17歳/女子高生兼楽器職人(神聖都学園生徒)

 ※表記は発注の順番になってます

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 ※以下、公式外のNPC

 ■遠山・重史(とおやま・しげふみ)
 男/18歳/神聖都学園在籍の高校生、赤羽加寿子の彼氏、今回の呪術施行者

 ■赤羽・加寿子(あかばね・かずこ)
 女/享年15歳/元神聖都学園在籍の高校生、二年前に死去

 ■喜多村・朋美(きたむら・ともみ)
 女/17歳/神聖都学園在籍の高校生、過去の呪術施行者

 ■小峰・雛子(こみね・ひなこ)
 女/17歳/神聖都学園在籍の高校生、過去の呪術施行者

 ■山吹・有也(やまぶき・ゆうや)
 男/17歳/神聖都学園在籍の高校生、過去の呪術施行者

 ■水原・新一(みずはら・しんいち)
 男/28歳/高等科生物教師、時々ハッカー(裏)

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          ライター通信
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 いつもお世話になっております深海残月です。
 常連さんも再びの御参加の方も初めましての方も、御参加有難う御座いました。
 そしてお渡しする日はいつもの如く初日に発注下さった方の納品期日とイコールです…(汗)

 今回、やはり水原新一絡み故か予想通り薄暗く…。
 結局のところ、劇的な化学変化には至りませんでしたが、最後、それなりの救いが得られたのは皆様のプレイング&キャラクターのおかげと思われます。
 有難う御座いました。
 いえ、成り行き次第で救いのカケラも無くなる可能性もあったような話の気がしますんで…。
 私がOPでの傾向で『薄暗くなりそうです』と言い出すと、頂いたプレイングで化学変化(…)が起きない限り大抵こんな感じになります。

 それから…今回の文章はまた分割の時間が無くて(おい)全面的に共通になっております(汗)。そしてまたなんですが個別のライター通信は省略の方向で…て言うか最近むしろ、書く時の方が珍しくなってますね(汗)
 プレイング内に色々御言葉書いて下さる方やら別に御手紙下さる方やら…とても有難いのですが(勿論全部読んでます)その割にまともに反応してなくてすみません(汗)。レスポンスが激しく遅いので忘れた頃に何か反応返す事もあるかとも思われます…そこのところ寛大に見てやって頂けると(汗)

 と、言う訳で。
 少なくとも対価分は楽しんで頂けていれば…幸いなのですが。
 苦情御意見御感想…と言うか、口調、性格等、違和感ありましたらどんどん言ってやって下さいね。
 返信等直接の反応は異様にトロくとも口調等の違和感の場合は後のノベルでは即反応しますので(汗)

 では、また機会がありましたら、その時は宜しくお願い致します(礼)

 深海残月 拝