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<東京怪談・PCゲームノベル>


魑魅魍魎の召喚者【第壱話】

 世界を破壊しよう
 理由? 愉しいからさ





 好奇心というものは果てしないもので、それは時に身を滅ぼすということもある。
 事件に首を突っ込んで、死ぬ探偵。
 犯人を追い詰めて、差される警官。
 もっと安全な方法があったろうに、結果、彼らは死んだ。
 そして、それは現代に残り続ける欲の一つとなりつつある。
 或る生き物は欲を喰い、糧とするという。
 恐らく今回の事件も、そんなバケモノが起こした事件なのだろう。
 破壊は何も生まない。
 破壊は創造の始まりではあるけれども、神でない貴方がやることではない。
 だから、速やかに滅べ。
 その手助けくらいしてやっても、構わない。
 それがかつての仲間の、最期への餞別だと思ってくれれば良い。

 手を汚すのは、貴方ではなかった筈だ。





 前略

 突然のメール、失礼致します。
 僕はと或る街で情報屋を営んでいる、シン=フェインと申します。
 この度、貴方様にメールを送らせていただきましたのは、一つ、依頼したいことがあるからです。
 簡略に申しますと、膨大な数の魑魅魍魎を退治していただきたいのです。
 その空間は現在、我が使え魔によって封印していますが、恐らくそれも時間の問題だと思われます。
 空間内はどのようになっているかは僕自身にも予測がつかないことを、予め御了承下さい。
 ついでに、命の保障もしかねます。
 報酬は希望額を御支払い致します。
 または、御代に見合うだけの情報を提供させていただきます。
 原因は一人の呪術使いの実力不足なのですが、下らないのでここで詳細に述べるのは控えさせていただきます。
 それでは、仕事を引き受けてくださる方は添付ファイルに記された場所迄お越し下さい。
 詳細はそこでお話致します。
 急な依頼ですので、出来るだけ早くお願い致します。

 敬具
(添付ファイル:地図詳細)





 冬の夜の割に暖かい気温と、強い風。
 もう春が訪れたのか、と冬の真っ只中に感じているのは、多忙な業務による疲れと眠気、仕事が上手くいくか否かの瀬戸際に自分が立っている所為で少し気が狂っているのかもしれない、と青年は思った。
 周囲の木々は枝を震わせ、耐久力のないものを躊躇わずに落とす。地元の人間、特に子供が遊び場として訪れる公園は、簡単な遊具を伴ったシンプルなものだった。
 軋むブランコの上にいるのは、青年だった。片目を包帯で覆った奇妙な出で立ちの人間で、ノートパソコンを膝の上に乗せて何やら打ち込んでいるのだが、その宛先の数は異常に多い。半端でない量が画面一杯を占めていく。
 キーを叩く音だけが聞こえ、そして突然止んだ。
 青年は肩を逆の手でほんの慰み程度に揉み、再びキーボード上に手を置いた。
 エンターキーを叩いてメールを大量送信する。そこに連ねられていたのは、顧客名簿にあった退魔師やら陰陽師やら、噂でしか聞かない人間、特殊な能力を持つもの、或いはそのどれにも属さない者。
 シン=フェインは眼の前の空間に向かって、溜息をつく。
「さて、一体何人が来ることやら」
 空中に印を切り、彼は霊力を目の前の半透明な結界に還元する。金属を引っかくような音が中心から広がっていき、空気が揺れ、それはほんの僅かに強化される。
 ほんの僅か。
 足止めとしては、恐らく数秒。
 それでも、その数秒すら必要だった。
「…………結界なんて得意分野じゃないのに」
 苦笑するも、愚痴の反応が全くないことに彼はつまらなそうに立ち上がった。
 結界は小さい。
 一本の木を中心に、半径五メートル程。
 だが、彼は敢えてその中に亜空間を生み出し、こちらの世界とは完全に異なるものとした。
 そして、暫くの間、何も言わずそこに佇んでいた。
 眼を閉じ、ただ息をしていた。

 数時間後、集まったのは種族を問わず十二人。
「依頼は一つ。中にいる魑魅魍魎を皆殺しです」
 そこには情報屋自身にも見知った顔がいて、また実力者がいたために、顔に軽い安堵の笑みを浮かべる。
 笑顔な顔に似合わずの物騒な発言に、集まった何人かは厭そうな顔をした。
「報酬は必ずお支払いします。信用云々は情報屋に取って致命的ですからね。後日、詳細な依頼書をメールか使え魔で寄越してください。時間は掛かると思いますが、是非取り掛からせていただきます」
「本当だろうな?」
 言ったのは、コートを着込んで滑り台に寄り掛かる少年、御崎月斗だった。
 シン=フェインは心外そうな顔で、
「必ず」
 とだけ言った。
 月斗は「ふーん」と納得したのかどうか伺えぬ返事だけ返す。
 情報屋が腕を上げて霊力を開放する。と、空中にパソコンの画面のようなものが出現する。
 旧式の画面。緯度と経度を示しているのか、上下を走る緑色の線の上に円が描かれていて、その中にまた円が描かれている。内側の円の中には、小さい青い点が点滅していた。
「結界は二重に張っています。一つは亜空間を作るもの、一つは魑魅魍魎を隔離するもの。これから、僕の言った三つの組に分かれて、各々行動を取っていただきます。そこまではよろしいですね」
 ほぼ全員が頷くのを見て、続ける。
「目標は全滅。以上です」
「……メールにあった呪術師について、教えてもらえないか?」
 猫と鷲の使え魔を伴った少年、榊遠夜の問いに、
「それと、どうしてこのような事態になったのか、もです」
 斎悠也が言葉を継ぐ。
「破壊を求め、死を好む男。そいつが好むのは人間の好奇心と、滅亡。召喚した理由ってのは、単に愉しいから、というのが関の山だろう」
 それ以上、彼は何も語らなかった。
 事務的な説明を幾つかと、道案内用に自身の使え魔を分け与え、彼は結界の外部で全員を手を振って見送った。
「さて、僕もこちら側で召喚を始めるとしますか」
 誰もいなくなった公園で、一人呟く。
 白く発光し始めた右手と、聞き取れない呪。
 数歩離れた陣からも同様に、白光が滲み出していた。





 一つ目の結界を抜けた先は、不思議なほど静かなものだった。
 中はどこかの都市と繋がっているのだろうか、建造物の多い都市郡となっていて、今でも都心部に密集している忙しない一角を思い出させる。
 悠也は眼を伏せ魑魅魍魎の気配を探るも、結界内には一匹もいないらしい。シン=フェインの話では、それらは内部にもう一つ張った結界の中に閉じ込めているため、その中に入らないと出会うことはないのだと不安そうに言っていたのだが、どうやら成功したようだった。
 二重に張った結界。
 中の結界は魑魅魍魎を抑えておく結界。
 外の結界は亜空間を作り出す結界。
 その二つの内、外部の結界に亀裂が生じ、早く修復しないと空間が現実と交わってしまうのだそうだ。それを直すのが、斎悠也、榊遠夜、御崎月斗の三人が受けた依頼だった。
 あまりにも簡単な内容に、多くの魑魅魍魎との戦闘を予想していた彼らにとっては不満ではあり、それで報酬は望み次第というのもまた意の汲めぬところであった。
 先頭を歩く悠也は、傍らを浮遊する半透明の塊とニ、三言葉を交わす。
「そろそろ結界の切れ間だそうです」
 そして、塊はふっと姿をくらませた。
「それにしても、もっと使い魔の形には拘わってほしいものだな」
「確かに……って言っても、仕事以外のことについてはルーズな生活してるみたいだから、あんまり期待はしてなかったけど」
 遠夜の話に答えながら、月斗は地図に指定された場所に来る前に調べたことを思い出す。
 例の呪術使いについての情報は可笑しなことに全くなかったが、代わりにシン=フェインという人間については幾つかの情報があった。
 情報の質、信頼性に於いては疑う必要がないとのことだが、唯一の問題はその性格だった。
 掴めない人間。もしかしたら人間ですらない。
 この世界、人間以外の存在は疑わしいことではないから良いとしても、彼はそれ以上に厄介な存在かもしれない。
 そんな噂。
 決まった形もなく、単なる塊のようなシン=フェインの使え魔。
 対する遠夜の使い魔は猫と鷲。
 その二者の違いも、恐らく性格の違いや何かなのかもしれないと月斗は思った。
 遠夜は「そうかも」とだけ答えて、笑わなかった。
 情報ではシン=フェインには一匹だけ、定型を持つ使え魔がいるらしいが、それはどの様な形をしているのか、正直気になるところでもあった。
「……お待ち申し上げておりました」
 指定された場所にいたのは、一人の少女だった。
「シン=フェイン様から話は全て伺っております。亀裂の修正は我の範囲ではないため、態々御足労いただき、感謝しております」
 黒い着物の少女は、無表情のまま言った。彼女が例の使え魔なのだろう。
 彼女の前に進み出たのは、悠也だった。
「あなたに引き代わって封印結界を張らせていただきます」
 少女は頷き、一歩身を引く。
 悠也の手が触れると同時に、亀裂はぐにゃりと歪む。異空間に干渉して結界を張られた所為で、少女の体が傾きバランスを失いかけるが、その細い体を悠也が咄嗟に受け止めた。
「大丈夫ですか?」
 空間を創っていたのは少女自身であり、少女の体である。そこに強制的に別のものが入り込んできたために、一瞬自我を失いかけたのだった。
 が、少女の顔は苦痛に歪んだまま。
 情報屋の元に運ぶべきかと問う遠夜に、
「すまぬ。我の力不足だ」
 一言言って、少女は立ち上がり、腕を振った。
 それは少女の攻撃だった。風が彼らの髪を撫で、それは一瞬にしてカマイタチのようなものに変化し、周囲の建物を薙ぎ倒す。崩れる途中でそれらは姿を消し、辺りは何もないただの廃墟と化す。
 コンクリートの崩れる音に紛れて聞こえた砂を滑る音に、三人は静かに振り返った。
 高校生くらいの少年が一人、そこに立っていたのだ。
「あれ、あいつどっかから迷い込んできたのか?」
 月斗は言うが、裏腹に顔は険しい。
「……本当に、すまぬ。魑魅魍魎だけの気配なら察知できたのだが、よもや人間に憑いているとは」
「気にしないで。これも、僕達の仕事だから」
 遠夜の言葉に、少女は深く頭を下げた。
 少年は思っていた以上にしっかりとした足取りで、四人に近付いていく。制服からして、近くの高校の生徒だったが、見慣れている人間とは大きく違う点が一つあるとすれば、眼の焦点が合っていないことだろう。
「既に喰われていますね。もしかしたら、彼がこの元凶かもしれません。大量の召喚を行って、逆に……ってパターンかもしれません」
「生贄、かも」
 月斗はぼそりと付け加えた。
 多くの魑魅魍魎の召喚を行うために生贄とされた人間。
 空間の媒介、つなぎとされた人間。
「………………っ!!」
 その瞬間、少年の眼が初めて意志を持ち、見開かれる。少年は自身の身体を強く抱え込み、千鳥足で周囲をふらつく。
 声にならない苦悶が体中から溢れ、そして消えた。
 膝から少年は崩れ落ちる。
 びくん、と痙攣したかと思うと、背からおびただしい数の魑魅魍魎が這い出てきた。
 少年を媒介とし繋がっていた世界は閉じられたが、逆流が起こる。要は、そういうことなのだろう。
「……響、汕吏」
 遠夜の声に、彼の使え魔の猫と鷲が即座に答える。
 投げた呪縛符によって体の自由をなくした魔物は、動けなくなったこと、それすら気付くことなく使え魔の攻撃によって消滅していく。次の瞬間には、符から創りだした刀を片手に、遠夜は切り込んでいった。
 振る刀で数十匹、返す刀でまた数十匹。
 ちらりと後方を見た眼が、悠也と月斗と交わされる。
 悠也は『焔桜・風雅』と名のついた刀を取り出し、構えた。
 月斗も呪符を手にする。
「一度に全て、片付けます」
 悠也の言葉に、こくりと月斗は頷く。
「結界を張って十二神将をぶちかます。巻き込まれるなよ」
 お互い様です、と言う間に既に悠也は宙を飛んでいた。
 遠夜は使え魔に新たな指示を出し、攻撃すると一緒に誘導していた一団の中から離脱する。
「……炎よ……静かに広がれ」
 周囲に現れた浄化の焔に、触れた者は断末魔の悲鳴を上げ消えていく。
 先程の少年の亡骸も、その中にいたのだろうか、いつの間にかその姿を灰に変えていた。
 だが生き残った魔物は、勢い衰えぬまま遠夜に突き進んでいく。
 その頭を踏み台にし、更に上空へと遠夜は飛ぶ。否、飛ぶというよりも舞うという表現の方が正しいかもしれない。
 月光を浴びる少年と対照に、遠夜は暗闇に着陸する。その数秒後に、使え魔も同じように従った。
「避けろっ!」
 光と闇の狭間にいた月斗の張った結界に、僅かに生き残った魑魅魍魎は動きを止める。その空間に容赦なく力を叩き込むのも、同じ少年。符を使った月斗最大の技。十二神将の式神が新たに創られた結界の中で暴れ、喰らい尽くし、瞬きする暇も与えずに彼の創った結界は消滅した。
 辺りには何も残らなかった。
 魑魅魍魎のカケラすら見当たらない。
 威力の巨大さに感想を述べるよりも先に、各々が感じたものは違うものだった。
「……シン=フェインは一体何を考えてるんだ?」
 全てが片付いた後、悠也は傷一つない少女に訊いた。
「何か裏がある。僕はそう思うんですけど?」
「……裏、と申しますと」
「実験、とか。生贄を使って大量に召喚したは良いものの、処理に困って依頼した、とかさ」
 月斗の指摘に、少女の顔が僅かに曇る。
 使え魔の割に人間に近い少女に、更なる質問をしたのは遠夜だった。
「それによっては、俺達も彼に対する要求金額が変わってきますしね。良ければ教えていただけませんか?」
「我には与り知れぬところで御座います。申し訳ありませんが、故に答えられぬ事で御座います」
 伏せた顔の少女にそれ以上問える人間はその場になく、諦めたように三人は顔を見合わせた。

 結界が解かれたのも丁度その時。
 ポケットに仕舞い込んでいた各々の携帯電話の、新着メール通知を知らせる音楽が鳴る。
「………………」
 それを見て、返されたのは沈黙だけだった。





「なんか、凄いメンバーやな……」
 創った壁の上で、つばさは呆れたように下を見下ろした。
「シン、っつー情報屋、何でうちをこんなパーティーの中に入れたんやろか」
 軌道上に壁を作っては敵をぶつけるという作業の合間、周囲を見て、
「人間はうちだけかいな」
 呟き苦笑した。
 自分達に出された「第二結界内の魑魅魍魎の壊滅」は当初の目的と相違ないから良いとしても、問題はそのメンバーだった。
 大曽根つばさ、B・コフィナ、G・ザニー、神山隼人、田中緋玻の五人。
 外見の部位はさておくとしても、つばさ以外は幻影だったり神の化身だったり、悪魔だったり鬼だったり。
 それだけ頼りになるにしても、どこか落ち着かないのもまた事実だった。
 魑魅魍魎、と呼ばれる生き物はざっと見ても数百。これを全部片付けるのは相当骨が折れるな、と彼女は一度に何十もの魔物を葬りながら思う。周囲に結界が張っており、ある程度空間が狭められているのが幸か不幸か、どこを見ても敵、敵、敵。その現実に、また軽く肩を落とした。
 コフィナの創り上げた機械の獣のお陰でその数は数匹程度多くなったものの、絶対数はそれでも確実に数を減らしていた。本当に少しずつ、ではあったが。
 神山隼人は念動力で魑魅魍魎を纏め、G・ザニーがそれを喰らう。
 田中緋玻は長髪をなびかせ、ザニーから逃れた一群を焔で薙ぎ払う。
 一見して連携攻撃に見えるそれは、実は単なる個人行動に他ならない。
 それでも一向に減る気配の見せないそれらに、動きを止めたのは緋玻だった。
「……緋玻、どうしましたか?」
「いや、こいつら、キリがないなって」
 手を休めることなく、緋玻は隼人に答える。コフィナは移動用に創った犬に似た魔物に乗って、言う。少女よりも幼い外見をした、幻影。
「一度に全て倒す。方法はそれが良さそうです」
 敵の行動を避け、魔物は爪を振るう。内臓のようなものが周囲に散らばり、着地した足がぷちぷちと一つずつ潰していく。人間のにも似たそれに目を落とすも、すぐに視線をはずす。
「一塊に集め、大技を決める。そういうことです」
 言いながらも飛び、新たに残骸を生んでいく。だが飛んだ先には既に別の魔物が彼女に口を開いていた。コフィナは首だけ回し、命令を下さずそのままの状態の維持を指示する。
「――G・ザニー……」
「あまりお役に立てなかったでしょうが」
 ザニーは口を動かして、言う。両生類や爬虫類に似た外見から除く牙の隙間に、先程コフィナを襲おうとした敵が動いているのが見えた。
「早く、食べてください」
 コフィナの言葉に彼は何かを言ったようだが、口内の悲鳴にかき消され、返事は聞こえなかった。飲み込み、悪臭を含んだ口が開かれる。
「ザニーとコフィナでサポートしますけど、ザニーは殆ど役に立たないと思います」
「そんなことないですよ。今だって、充分助かりました」
 軽く微笑んだコフィナに、ザニーは、
「…………」
 照れたように俯いた。
 その光景を横目に、緋玻と隼人、そして二人より少し上にいるつばさが首を縦に振る。
 視線だけで会話を交わし、五人はその場を外に駆け始めた。
 軽やかにつばさは壁から降り、再び壁を三枚、限界ぎりぎりの枚数を創る。だが枚数が多くなるにつれ耐久性が弱く、大したダメージにはならずに魑魅魍魎は突き破ってつばさに襲い掛かる。――筈だった。
「……甘い」
 側に立つ隼人は満面の笑みで言う。壁に放った元素変化によって一番固いとされる物質に変化した壁によって、激突した魔物は、ぐちょ、とも、ぶちっ、とも言えない蟲を潰した音を響かせる。前の仲間が死んだことにも気付かずに、次々と突進しては同じ目に合っていく。
 つばさは、厭そうな顔をした。
 そして、隣の悪魔を見上げた。
「本当、顔は悪くないのに何でこう……なんやろ。考えるのさえアホらしくなってきた」
 ぽりぽりと頭を掻くつばさに、緋玻は
「そういう生き物なのよ、隼人は」
 それは“緋玻”ではあったが、ほんの数分前に見ていた彼女とは違っていた。

 鬼

 文字通りの鬼の姿で、彼女はそこに立っていた。
 ザニーとコフィナのお陰で、魔物は全て緋玻に向かってただ一直線に進んでいく。
 鬼は静かに、最大級の力を放つ。
 鬼の妖炎。
 全てが無に還すもの。
 そしてそれは現実に起こる。
 最期の一匹が断末魔の叫びをあげるのをどこか光悦そうな目で聞き終えると、
「一つ、気になったことがあるんですけど」
 ザニーが躊躇いがちに口を開いた。人間にとっては有害なガスを発生させるため、つばさは他の者の創った結界には入っているが。
「どうして、シン=フェインは魑魅魍魎の被害を最小限に食い止めているのだろうか、と」
 確かに、と隼人は頷く。
「もしどこかで発生しているという情報を掴んだだけだとしたら、これだけの数だ、二桁の被害は出ていても可笑しくはない」
 と。
「もしかしたら、騙されているのかもしれませんね」
「騙す、って何を騙されてるって言うんや?」
「……彼が愚かな呪術師ってこと」
 つばさの感情のこもりまくった質問に、冷たく緋玻が言い放つ。
「自分の尻拭いをさせいてるかもしれなと。そういうことですね」
 コフィナが溜息混じりに言うが、
「だとしたら、問いただすのですか?」
 ザニーの問いに、誰もが思わず言葉を飲み込んだ。

 結界が解かれたのも丁度その時。
 ポケットに仕舞い込んでいた各々の携帯電話の、新着メール通知を知らせる音楽が鳴る。
「………………」
 それを見て、返されたのは静寂だけだった。





 伍宮春華、伍宮神雅人、倉田堅人、白宮橘。
 この四人が依頼されたのは、魑魅魍魎の発生している時空の歪みの原因を叩くという、他とは多少異なった趣旨のものだった。
 それは初めにシン=フェインが示していた地図にあった、青い点のことだという。
 一つ目の結界を通り、二つ目の結界を通り、途中の魑魅魍魎を倒しつつ、辿り着いたのは一本の木がある広い広場。外の世界だったら野原とでも言えそうな場所。
「人間……?」
 そこには高校生くらいの少年が、木の前に立っていた。
 振り返って分かったのだが、眼は虚ろで殆ど光を失っていた。
 夢も希望もない。あるのは絶望のみ。
 眼は多くのことを語るが、少年からはもっと暗いものを感じさせる。
 例えば、それは魔物の眼に似ているとも。
 誰もが異常さに気付き、間合いをとって立ち止まった。
「憑かれているのでござるか?」
 堅人は言い、スーツのネクタイを首から緩め、肯定を待つ。答えは神雅人が与えた。
「いや、あれは既に妖魔と化しているな。喰われたんだよ」
 視界に収めているだけの少年は、だが次の瞬間にふっと姿が消えると同時に、四人の鼻前に出現する。えぐるようにして振り出されたのは、人間離れした色の毒魔手。
 その爪が振られる前に春華の放った竜巻によって少年は呆気なく後方に飛ばされ、一本だけ立っていた木に激突した。
 骨の折れる厭な音が辺りに響く。普通の人間なら死んだ、そんな音。
「……あ」
 「やっちまった」とでも続きそうな声に、神雅人が敏感に反応する。
「春華、どうしてそうすぐ攻撃するんだ。子供に対して手加減しないなんて、子供だな」
「でもいきなり攻撃してきたんだ。反撃するのは普通だろ」
「春華の普通と一般的な普通は異なる」
「でも、あの子はまだやる気みたいやな」
 白宮橘の操る人形、榊は静かに言った。掴みかかろうとするのではないか、という一方的な言い合いに、腹話術で「ここでは堪忍な」と榊を操って二者の間に手が挟まれる。
「ほら、“一般的”じゃないよ」
 春華は神雅人を責めるような眼で睨むのを、当の本人は慣れたというような顔で流す。
 彼女の言う通り少年は動いた。
 折れ曲がった骨が有り得ない方向に曲がって治っていくのを、堅人は口元を抑えて目を逸らした。人格が別のものと入れ替わっているものの、主人格の生理的拒否は第二人格である辰之真すら凌いだのだった。
 別人格の侍は、自身に言った。
(堅人と変わっていて、良かったでござるな)
 元々、今回の事件に首を突っ込んだだけあって、多少気に病んでいた点もあったのだろう。主人格は今も彼の中で、目を逸らしていた。
 ふと目をやると、折れた骨格を治しきれていないのか、少年は今度はゆっくりとした足取りで近付く。足を奇異な角度で曲がらせて、首を四十五度横に傾けて。
「おっちゃん、行くぞ」
 黒い翼を羽ばたかせ、春華は再び巨大な竜巻を起こす。少年はそれを呆気なくかわした。
「春華。敵は一人。大技で攻めても殆ど無駄だろ?」
 神雅斗は呆れながら言い、刀に符術を宿らせる。
「刀なら、わいも得意や」
 横から二つの顔を覗かせ、弾んだ声で言う。
「拙者もまだ修行中の身でありますが、刀は得意であります」
「……仲間ハズレ?」
 上空で寂しそうに呟く春華を、神雅斗は可笑しそうに笑った。
 緩慢な動きで進む少年は、彼らの数メートル前で急速な速さで地を蹴り、目玉を半分落としながら掛けていく。再び腕を突き出し神雅人を襲うも、寸前で避けられ、逆に腕を刀で切り落とされようになるが、それを金属音を響かせて弾く。
 後方から刀を振るう堅人も、尽く逆の手で阻まれる。
 侍の目が、驚愕に見開かれた。
 橘はといえば、少年の身体から出ている数百匹の魑魅魍魎だけを器用に切り刻んでいっていた。命の線。それだけを経つのは造作もない。
 魔物全てを滅したことを確認し、彼女は安全な場所に移動した。
(シンさんの言ってたもの、見つかるとええんやけど……)
 魑魅魍魎がどんどん生まれる源となっているものが空間の中心部、つまり今四人がいる場所にあるという。それを断ち切れば新たな魔物は生まれないのだが、一体この空間のどこにあるのだろうか。
 少年に見つからないよう、戦闘に没頭している二人を邪魔しないよう気を集中していく。
(あの二人、計画のこと忘れてないやろな?)
 そんな疑問を振り払い、微かに感じた空間の歪みに向かって進んでいく。
 その足が、一本の木の前で止まった。
「もしかして、な」
 そして、橘は大きく息を吸った。
「春華さん、これを断て」
「合点」
 頭上で作っていた一際巨大な竜巻を、春華は木に向かって放つ。風が彼女の額を裂く寸前で、橘は横に飛び避ける。
 木は、粉々になって。
 同時に歪みも消滅した。
 音に一瞬だけ視線を逸らした少年に、
「………………」
 堅人と神雅人の刀が前後から襲い掛かる。ずぶずぶと肉を貫く感触が手に伝わり、刀を少年から抜くと、少しばかりの血が二人にかかった。
 そして、息絶えた。
 刀の血を拭き取っていると、春華が上空で嬉しそうにしている姿が見える。
「良いとこ取りでござるな」
「まあ、いつものことだから」
 神雅人は言うも、どこか嬉しそうだ。
 橘は、
「実は、わいを殺す気だったんやないんか?」
 そんな愚痴を露骨に春華に言って、困らせていた。
 全てが終わった。
 その時は、本当にそう思った。
「役に立たない贄だな」
 聞き慣れない男の声に、その場にいた人間の視線が一斉に集まる。
「本当に、役に立たない」
 そして、男は消えた。
 まるで強制的にその場から排除されたように、何かを言いかけた男の口はそのままに。
「……誰、あれ?」
「情報屋はそんな話、してなかったな。あいつがいる、ということも」
 降下する春華の横にいた神雅人は、眼光を鋭くさせ、言った。
「シンさん、何か隠し事してはるな」
 橘の一言に、
「れでも、一度受けると言った依頼、最後までやり通すのが筋でござる」
 堅人の発言はそれでも、どこか自信のないようだった。

 結界が解かれたのも丁度その時。
 ポケットに仕舞い込んでいた各々の携帯電話の、新着メール通知を知らせる音楽がなる。
「………………」
 それを見て、返されたのは無言だけだった。





「やはり、貴方でしたか。全ての元凶は」
 憤怒の篭もった眼で睨みつけられた男は、肩をすくめる。
「シン=フェイン、か。お陰で被害が然程ないままここは完了。本当につまらない。――それにしても、貴方如きが他人に依頼してまでこのようなことをするとはね。意外だよ」
 鼻を鳴らして、シン=フェインは吐き捨てる。
「魔力の逆探知だよ。僅かに残った匂いから、その持ち主を召喚する。舐めるなよ、僕を」

 男の行ったのは魑魅魍魎の大量召喚。
 その召喚の媒介は、少年達。
 召喚に生じた時空の歪みは一本の木の根に。
 少年が生贄にされてから魑魅魍魎が召喚されるまでのタイムラグが幸いし、被害を最小限に抑えられたのは奇跡といえば奇跡だった。また同時に、木が媒介とされることを拒み、情報網にかかって尚も魑魅魍魎の発生を片手間で消滅できるほどに抑えていたのだのも奇跡としか言いようがない。

 シン=フェインは己の霊力が殆ど残されていないことに苦笑しつつも、言葉を続けた。
「彼らは僕の代わりに魑魅魍魎を退治してもらいましたが、期待以上でした。もうすぐ結界は解除され、こちらにやってきます」
 男は、つまらなそうに鼻で笑った。
「……何が可笑しい?」
「いや、別に。今回のような事件って愉しいと思わないか?」
「思わない。人を殺すのが愉しい? イカレテル」
 言い終えるか終えないかの内に、シン=フェインの右手が少しずつ白く発光し始める。
「これ以上被害を広げないためにも今、ここで始末させていただきます」
「無理だよ。その前に、歪んだ空間をあと幾つか仕掛けたから、早く始末した方が良いよ。好奇心を持つ者がそこに近付けば、発動するという時限式の愉しいやつ」
 伸ばした右手が男に向けられるが、放たれた力は途中で失われる。男の身体に薄く張られていた結界に、シン=フェインの霊力が吸収されたのだ。
「早く歪みを解消するか、俺を殺すか、逃げるか。選択肢は三つ。選んでいる猶予はないよ」
 そして消えた。
 噛みしめる唇から血が滲み出る。
「……ジン、僕です。結界解除、第二の任に移る」
『シン=フェイン様、今回の任は――』
「失敗したら、沢山の人が喰われる。それだけは、避けたい」
『承知致しました。他の方の説明は我が行っても構わないでしょうか?』
「出来れば、それと次の依頼を引き受けてくれるかも訊いておいてくれ」
 テレパシーに近い通信を終え、彼は再びパソコンを開き起動し、新規メールを打ち始める。
 一斉送信し終えるころには、夜闇はとっくに更けていた。
「さて、正義の味方なんて僕のタイプじゃないけど、久し振りに情報屋以外の仕事をするとするか」





 呪術師は少年を生贄とし木を媒介にし、一人では召喚できないほど多くの魑魅魍魎を召喚した。
 その故、愉しみ。
 それ故に、実力不足。人間として、失格。
 だが、一人の情報屋が行使と時をほぼ同じくして呪術師の企みに気付き結界を張ったこと、媒介にされた木が思いの外抵抗し、魑魅魍魎の発生を抑えたことが、失敗に導く。

 そして空間の歪みはまだある。
 その期限、好奇心に人間が手を出す迄。
 それを長いというが、短いというかは人夫々。
 だが言えることがあるとすれば、一つ。

 時間は迫っている





 前略

 突然のメール、失礼致します。
 以前もメールを送らせていただきました者で、シン=フェインと申します。
 依頼は急なものでして、是非とも御力添えを御願い致します。
 前回と同じく報酬は希望額を御支払い致します。
 または、御代に見合うだけの情報を提供させて頂きます。
 それでは、仕事を引き受けてくださる方はメールの返信をお願いします。

 敬具

(添付ファイル:依頼内容詳細)





【TO BE CONTINUED】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0642/榊遠夜/男性/16歳/高校生・陰陽師】
【2498/倉田堅人/男性/33歳/会社員】
【1411/大曽根つばさ/女性/13歳/中学生・退魔師】
【0164/斎悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0778/御崎月斗/男性/12歳/陰陽師】
【2240/田中緋玻/女性/900歳/翻訳家】
【2263/神山隼人/男性/999歳/便利屋】
【1974/G・ザニー/男性/18歳/墓場をうろつくモノ・暴食神の化身】
【2620/B・コフィナ/女性/1歳/墓場をうろつくモノ・憎悪神の幻影】
【2609/伍宮神雅斗/男性/32歳/退魔師】
【1892/伍宮神雅斗/男性/75歳/中学生】
【2081/白宮橘/女性/14歳/大道芸人】

andシン=フェイン、ジン

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
「魑魅魍魎の召喚者【第壱話】」は幾つか謎を残して終えていますが、次回でそれに大方決着が付く予定です。
男の正体とシン=フェインとの関係。
一番の謎であるこれに、次回焦点を当てていきたいと思います。
歪みの捜索とその消滅が主になる【第弐話】ですが、今回のような集団行動よりも単独行動が基本となっていきます。足腰に自信のある方は、是非参加してください。
それにしても、長いです。
読みにくいことこの上ないと思いますが、それでも此処まで読んでいただき、感謝しています。
そして、魅力的な登場人物を提供していただき、本当に嬉しく思います。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝