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<東京怪談ノベル(シングル)>


はじまりの物語。


流れていく時間。
時の流れさえも感じないほどの時間。
いつものように屋敷の中で日々を過ごす。


いつからだろう・・・。
幸せだったあの頃・・・。
両親の結婚は周囲から激しく反対されたが、幸せな幼少期を過ごした。
周りからも明朗快活だと言われるほど明るい少女だった。
だが、7歳の時に両親に他界され、一人になってしまった。
その頃から誰とも関わりを持たなくなって以来ずっと一人暮らしをしている。
この巨大な屋敷で誰とも会わず、誰とも会話をせずとも決して苦ではない。
むしろ外界の世界に目を向けることなどなかった。
たった一つ、この扉を開くだけで外の世界へと繋がる。
しかし、他人と関わることに興味を示すことのない焔寿には扉の存在すら気づいていなかったのかもしれない。


いつもの様に夜が明け、いつのもの様に太陽が沈む。
同じ日々を、変わらぬ日常を・・・・
ただ、過ごすだけの日々。
これを平和というのか、それとも悲しみと言うのかは分からない。
ただ・・ぼんやりと過ごす。
そこに悲しみはないが、喜びもない。
そして今日という一日が始まりを告げる。


「いいお天気・・・」
いつものように窓を開くと小鳥の囀りがよく聞こえる。
「小鳥さんおはようございます・・」
いつものように、まずは小鳥達に挨拶。
それから庭の花々に水遣りをする。
ぼんやりとすごす時間は長いけれど、しなければならない事が思いのほか沢山ある。

そう言えば、いつもと違う事が一つだけあった。
「えっ?」
花に水遣りをしている最中、誰もいるはずのないこの屋敷に人の気配を感じた。
しかし、振り返っても誰もいない。
「き・・気のせいかしら・・・」
きょろきょろと辺りを慎重に見渡しながら確認するが誰もいない。
初めは気のせいかと思い、不思議に思いながらも、すぐに気にも留めなくなっていた。
だが、奇妙な出来事はその日だけではなかった。


「んんっ・・・今日も一日が始まったわ・・」
少し眠たそうにしながらも、腰を持ち上げ、窓の扉を開く。
カーテンで締め切っていた窓を開けると、明るい日差しが眩しく、つい目を細めてしまう。

「今日の朝食はなににしようかしら・・」
一人暮らしにも慣れて、いつの間にか料理は得意となっていた。
軽く朝食を済ますと、古書物を読もうと読みきれないほどの大量の本がある部屋へと向かう。
本を読むのは趣味。
お陰で親しみを持って読むことができる、一種の楽しみだ。
唯一の一時である。

「あっ・・新しい本を発見!!」
嬉しそうに書物を手に取る。
随分と古く、長いこと読まれていないのか少し黄ばんでいる。
分厚い書物を開くと少し誇りっぽく、つい咽てしまった。
「けほ、けほっ・・」
涙目になりながら誇りを手で叩くと、窓際で新鮮な空気を得ながら書物を読み始める。
読み始めてから1時間ほど経っただろうか。
また・・・昨日と同じ気配を感じる。
「誰ですかっ?!!」
ドアの方から気配を感じ急いでドアを開けると、廊下を走り去る小さな少女の後ろ姿が目に写った。
「・・お屋敷に迷い込んで入ってしまったのかしら・・」
霊の気配は感じない。
っとなると人間だろうか。
首を傾げながら、書物を持って少女を捜したが、その日は結局見つからなかった。
迷わずに家に帰れたことを信じ、部屋に戻る。
この頃は気づいていなかったが、少しずつ、緩やかに変化が起こり始めていた。
少しずつ・・・・。

あれから少女を毎日見かけた。
見かけたと言っても後ろ姿だけ・・・・。
だが、追いかけることはしなかった。


それから数日が経っていた。
ここの所、晴れの天候が連続して続く。
花々も元気そうに咲いていることだし悪いことではない。
庭で3時のティータイムを楽しみながら、先日発見した書物を読む。
「ふぅ・・」
少し目が疲れてきた為、休めようと空をゆっくりと流れる雲を見上げる。
そしてゆっくりと目を閉じる。
「そう言えば・・最近、あの少女を見ていないわ・・」
考えてみれば思い過ごしだったのだろうか。
それとも、疲れて幻覚でも見てしまっているのだろうか。
結論なんてどうでも良かった。
ただ、次に見かけたら絶対に声をかけようと心に誓っていた。
「あっ、部屋に栞を置いてきてしまったわ。取ってこなくては・・」
昨夜、寝る前に本を読み、栞で閉じるのをすっかり忘れてしまっていたらしい。
大きな屋敷だけあって移動一つが大変だったりもする。
小さい頃は嫌になったりもしたが、今じゃ当たり前だと思っている。
「この気配!!」
久しぶりに感じたこの視線は間違いなく少女のものだった。
今度こそ逃がすまいと、懸命に少女の後を追う。
「待って・・・待ってくださいっ!!」
やっとの思いで少女に追いつく。
少女はドアの前で立ち止まっていた。
まるで、焔寿を待っていたかのように・・・・。
「あの、あなたは誰ですか??」
落ち着いて話しかけるが少女はにっこりと焔寿に微笑みかけるだけでなにも答えようとはしない。
「あの・・・」
少女に触れようとしたとたん、少女は目の前から不意に姿を消した。
「えっ・・?」
焔寿は突然の出来事に驚く。
霊の気配など感じなかったはずなのに。
ただ、懐かしい感じだけがしていた。
「この部屋・・」
普段、立ち寄ることのない部屋。
しかし、少女の手がかりを探すにはこの部屋しかない。
一呼吸して、辺りに気を配りながらドア開く。
立ち寄ることのないドアは当然手入れなどできていなく、久しぶりに開閉したのか「「キィィィーー」」と、錆びた音を立てながら扉は開く。
普段立ち寄ることのない部屋は少し違和感を覚えるものである。
「どなたか・・いらっしゃるのですか??」
周りを見渡すが、少女の姿はない。
ただ、導かれるように一冊の本が目に入る。
その本は見つけて欲しいと言わんばかりに部屋の真ん中に置かれ、太陽の日差しを浴びている。
本の前にしゃがみこみ、開いてみる事にした。
「アルバム・・かしら?」
よく見ると本ではなくアルバムらしい。
ページを捲ると思ったとおり、写真が収められている。
「この少女!」
アルバムには先ほどの少女が写っている。
元気そうに無邪気に遊ぶ少女の姿が・・・。
初めは驚いて呆然としたが、すぐに落ち着きを取り戻し写真の人物が誰だかに気付いた。
「この少女って・・・・・私・・ですよね」
何処かずっと懐かしい感じはしていた。
翌々、冷静になって考えてみれば、茶色の髪と緑色の瞳が焔寿に似ていた。
まるで昔の自分を見ているかのような感覚さえもしたはずなのに、少女を追いかけるのに必死でなにかを考えている余裕などなかった。
「つまり・・あの少女は昔の私・・?」
疑いは確信に変わっていく。
でも、少女はなにを伝えたかったのだろうか。
その疑いも次第と晴れていく。
写真を捲るごとに昔の自分に気づかされていく。
元気にはしゃぐ無邪気な自分の姿。
今の自分が昔のように笑ったのはいつだっただろうか。
他人に笑顔を見せたのは??
今まで気にする事のなかった疑問ばかりが頭の中を駆け巡るようになっていた。
「そうね・・。私、何処かで逃げていたのかもしれない。他人と関わる事だって恐れていたのかもしれない・・。両親を亡くしてから、怖くて堪らなかったのかも知れない・・」
アルバムをぎゅっと抱きしめる。
涙が自然と零れ落ちるが、決して悲しみの涙ではない。

「ありがとう・・・」
昔の自分にお礼を告げる。
こんな日々は終わりにしよう。
焔寿の中で一つの決意を固める。


今日は快晴。
出かけるには絶好の天気日和というやつだ。
「えっと・・忘れ物はないですよね・・」
改めて確認する。
久しぶりのお出かけに目的はないが、こんなにも胸がわくわくするのは久しぶりの事だ。

「行ってきます!」

屋敷に向かって元気よく告げると、先の見えない道をまっすぐと歩き出す。
世界へと繋がる一つの扉を開く事で、いろいろな出来事を目にしていくだろう。
嬉しいことや悲しいこと、楽しいことや辛い事。
でも、外の世界を知ってみたい。
いつか、昔のように幸せだと笑える日が来ることを信じているから・・・。



                            おしまい。