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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


カウンター・キス


 夜の仕事は常に華やかなイメージを身にまとう事になる。
 裏に近しい位置にありながら、綺麗で華やか、そして何かを魅了してやまないのがホストという仕事だ。
 一時の夢を見て貰うという点に置いては、悠也はそれ自然にこなす事が出来る。
 それと解らないように相手を自分のペースに引き込み、甘く夢見る時間を提供する事が大切なのだ。
 それはつまり自分を最も知っているのは自分だと言う事。どういう風に笑えばどう見えて、声の緩急が持つイメージを理解し、使い所を心得ている。
 外見だって同じ。
 高級そうな仕立ての良い黒スーツ。
 夜の仕事には必須とも言えるものであるし、ワックスで緩やかに後ろへと流した髪も女性達を引きつけてやまない。
 コートを羽織り、出かける支度を済ませて部屋を出る。
「悠也」
 良く通る声に呼び止められ振り返り、悠也は柔らかく微笑んだ。
 そこにあるのは、なんの作為もない大切な人へ向ける表情。
「戒那さん」
「出かけるのか?」
「はい」
「それならちょうど良かった」
 黒いスーツに背中を流れる赤い髪の美貌が悠也へと歩み寄り、金の瞳を僅かに細め胸元へと手を伸ばす。
「ジッとしてろよ」
「はい」
 ただそれだけの簡潔な言葉であるのに、悠也はこころよく、少し楽しそうに何をしてくれるのかを待つ。
 今にも触れそうな距離に居る事に、心地よさを感じる。
 それだけに戒那が離れていく瞬間にちょっとだけ残念だと思ってしまったほどだ。
「出来たぞ」
「これは……」
 プラチナのネクタイピン。
 それが何を意味するか解らないほど野暮ではない、単に聞きたかっただけなのかも知れない。
「バレンタインだからな」
 どこかでは考えていた事だ。
 けれど実際に言って貰えると今もしっかりと輝いているプラチナはとても美しい。
 心を満たすのは僅かな驚きと胸を満たす幸せな感情。
 嬉しそうな悠也を金の瞳が何食わぬ顔で悠也の反応を眺めていたが、ふと付けたばかりのピンへと視線を落とす。
「よく似合ってる」
 ポンと肩を叩く戒那に、悠也は嬉しくて微笑み返し礼を言う。
「ありがとうございます」
 幸せな時に限って、悪魔の血が騒ぐとでも言うのだろうか。浮かれた悠也が思いついた気まぐれ。
 一瞬よりも短い沈黙。
 不意に熱がこもったような目で戒那を見つめる。
「もう一つよろしいでしょうか……?」
 そっと手を伸ばし頬に触れるとまるで吸い付くようになめらかな肌。
 吸い寄せられるように顔を寄せて唇を重ねる。
 触れるだけのキス。
 僅かに距離を取ってから今度はフレンチキスへと変えてく。
 深く唇を重ね、吐息を交わす。
 混じり合う熱に沸き上がりもっとと何かが囁いた。熱に浮かされるような行動を押しとどめた理性でハタと我に返る。
 そっと唇を離すと目の前には目蓋を開く他万里の戒那の顔。金の瞳が鮮やかにきらめいたのを見てドキリとさせられた。
 勢いで行動するなんて、どうして自分らしくない事をしてしまったのだろう。
 それ以上に……。
 思っても見なかった行動なのだ。
 自分でも知らなかった自分を引き出されていくようで、この瞬間どうしていいか解らなかった。
 それでも気付いたら普段のように振る舞っている。
「ごちそうさまでした」
 多少なりとも、言い逃げるように仕事に行ってしまったのは、多少動揺が残っていた所為だ。
 その背中を見送る戒那がそんな悠也を見送り一人呟く。
「どうしようもないなぁ」
 優しい表情で笑いながら、帰ってきた時にどう出迎えてやろうかと考え始めた。



 出勤途中。
 表面上は何ら変わりなくとも、内心悠也はどうしてあんな事をしてしまったかで頭が一杯だった。
 常に冷静で考えて動いているだけに衝動的な自分の行動がどうしていいか解らないらない。
 あの瞬間、自分の行動が制御できなかったのだ。
 ああでもない、こうでもないと考えてはいたが答えがでるはずが無く……考えれば沈み込む一方である。
 自然な風を装って、口元に僅かな間だだけ手を当てた。
 それだけの動作なのに、ついさっきの行為がリアルに思い出されそうになるのを慌てて止める。
 違う。
 そうじゃない。
 らしくない行動だと、店のドアに手をかける直前になってから自らの行動に苦笑し、いつもとまったく変わりなく振る舞う。
 それはお客にはもちろん、従業員にも同じだった。
 指名の入った常連客の女性と会話をしながら、艶やかに微笑んでみせる。
「いつ見ても素敵な笑顔ね」
「ありがとうございます」
 今頭の中で何を考えているかなんて気付いても居ないだろう。
 それがプロであるから当然の事ではあるのだが、かけらも私生活を持ち込まないのが悠也だ。
「あら?」
 不意に何かに気付いた女性が、ほろ酔いの表情で微笑む。
「新しいネクタイピン、とっても綺麗ね」
 よく見ている。
 瞬間に過ぎったのは唇を離した瞬間の戒那の表情は、今なお悠也を捉えて離さない物だった。
 自分の思考とはかけ離れていきそうになる意識を制御し、いつもと変わらない口調でニコリと微笑んでみせる。
「貴女もお綺麗ですよ」
「嬉しいわ、悠也君。そうだ、チョコレートありがとう」
 綺麗なラッピングを丁寧に解き、口へと運ぶ。
「美味しい、何処で買ったの?」
「手作りなんですよ」
「うそっ!?」
 驚いた女性はすぐにその事実を認めた。
 悠也ならきっと可能だと信じたのだろう。
「私も何かあげなくっちゃね、チョコレートリキュール貰られてくれる」
「もちろんですよ」
 動揺をかけらも感じさせずに、ごく自然に話を切り替えるのは実に悠也らしく、流石だと言える行動だが……不意に気付いてしまった。
 器用に一日をやり過ごしていると仕事の時間は瞬く間に終わってしまう。正直、何て短いのだろうと思ってしまったほどである。
「お疲れさまでした」
「ご苦労様」
 店から帰る時も何かしてから帰ろうと思ってしまったほどだが、すぐに思い直した。

 原因は悠也が気付いてしまった事。

 気を抜けばもてあましそうになるこの感情は、戒那だけが引き出せる。
 決して短くない時間は、こんなにも悠也の心の割合を占めてしまうに至っていた。
 大切な人だという自覚はある、愛しい人だという事も解っている。
 けれどそれは自分が思っていたよりも、もっとずっと上を行っていたのだ。
 だから予想外の出来事。
 自分が制御できなかったのだ。
 答えなんかでる訳無い、考えていたのは、自分に都合のいい言い訳でしか無いのだから。
「何をしてるんだ、俺は……」
 いつもよりほんの少し遠回りをしても、気付いてもどうにもならないが……いつまでも帰らない訳にも行かないだろう。
 一度深呼吸をしてから家に帰る覚悟を決める。
 いつも通りに振る舞えばいと、そう結論付けてしまう事にした。



 多少の動揺を隠しながら、戒那の姿を捜しリビングへと向かう。
 電気はついているから居るはずだと部屋の中を見渡す悠也に背後から声がかけられる。
「おかえり」
「戒那さん……ただいま帰りました」
 どうやら、裕也が帰ったきた事に気付いてドアの横で入ってくるのを待っていたのだろう。
 その行動に僅かに気を緩めて、口を開きかけた瞬間だった。
「美味しかったか?」
 少し楽しげなその言葉。
 それが何を意味しているかを瞬時に悟り……今度こそ何も言えなくなってしまう。
 先手を打たれた、それだけじゃない。
 今もなお真っ直ぐに悠也を見つめる金の瞳が拍車をかける。
 こんなにも自分を動揺させるのは後にも先にも彼女だけ、戒那にはきっと解ってやってる行動なんて通じはしない。
 ウソも誤魔化しも全部お見通しだ。
 それは良く解っている。
 たった一人の、ウイークポイント。
 珍しく赤くなった顔を隠すように口元を押さえ、悠也はなんて切り返せばいいかと考え始めた。