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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


差出人のないバレンタイン・チョコ
■オープニング
 放課後。怪奇探検クラブの部室を、高等部二年の柴田明と名乗る生徒が訪ねて来た。どうしても腑に落ちないので、調べてほしいことがあるのだという。
 彼の話はこうだ。
 彼には、中等部二年の時、ストーカーまがいにつきまとって来る同級生を、手ひどくふった過去があった。だが、その同級生・成田真由美は一向にめげることなく、まるで彼の恋人きどりで更にしつこくつきまとって来たのだという。ところが三年の時、彼女は交通事故で死んだ。しかもその日はバレンタインで、彼女は風邪で熱があるにも関わらず、柴田に手作りチョコを渡すため無理を押して登校する途中で事故に遭ったのだという。
 その時彼女が柴田に渡そうとしていたチョコレートは、奇跡的に無事だったのだが、昨年と今年、それとそっくり同じものが、バレンタイン当日の朝、教室の彼の机の中に入れられていたというのだ。
「俺、なんか気味悪くって。この学校って幽霊話にこと欠かないしさ。真由美の幽霊かもって思うと。そうじゃなく、人間がやってるにしても、やっぱ嫌じゃん」
 柴田は、話し終えて行った。
 つまり、これが幽霊の仕業か人間の仕業なのか、人間ならば誰がやっているのか調べてつきとめてほしいと柴田は言うのだ。
 副部長のSHIZUKUの「面白そう」の一言で、結局、怪奇探検クラブはこの調査を引き受けることになった。
 柴田が立ち去った後、SHIZUKUが一同を見回して問う。
「さてと。誰がこれ、調べるかな? あたしは今、ちょっと動けないから……誰か、手の開いている人に、お願いしちゃいたいんだけどな」
 やはりそう来たか、と一同思わず溜息をつく。だが、引き受けた以上は、やるしかないのだった。





 無我司録は、目の前の柴田明をつば広の帽子の陰から、静かに観察していた。
 自称探偵、実は世の「恐怖」が積層されて生まれた人ならざる存在である彼は、神出鬼没でもあった。昨日たまたま、怪奇探検クラブの部室前を通りがかり、柴田の依頼を小耳に挟んで、調査を引き受けた。そして、柴田当人から詳しい話を聞くためと肝心のチョコレートを検分するために、SHIZUKUに頼んで放課後再び、柴田を怪奇探検クラブの部室に呼び出してもらったのである。もっとも、SHIZUKUは何やら他にすることがあると立ち去ってしまい、今そこにいるのは、柴田と彼の二人きりだ。
 柴田は、長身でそれなりに二枚目の、どこにでもいる高校生という感じの少年だった。自分を見下ろす無我を、どこか気味悪そうに見返している。
 とはいえ、それも無理はない。無我は、がっしりした体に黒のロングコートをまとい、つば広の帽子をまぶかにかぶり、更にはコートの衿を立てている。いかにまだ冬のさなかとはいえ、暖房の効いた神聖都学園の校舎内でその姿は、異様だった。しかも、帽子のせいではっきり見えない顔の部分に覗くのは白い歯だけとあっては、初対面で二人きりにされて、気味悪がらない方が、どうかしている。
 だが、無我はそうした彼の感情を楽しみながら、彼の観察を続けていた。
 観察といっても、上辺だけのことではない。無我は、柴田の記憶から成田真由美の外見や、二人のやりとり、それぞれが抱いていた想いまでも覗くことができるのだ。
 それによれば、どうやら柴田がSHIZUKUたちに話し、そして今彼に語っていること――真由美が柴田にストーカーまがいにつきまとっていた、というのは嘘だった。
 二人は中等部の間、恋人同士としてつきあっていたのだ。だが、真由美があまりにも「自分自身」を捨てて彼の理想の女性像を追い、彼の好きな女性タレントの真似ばかりをすることに耐えきれなくなった柴田が、別れ話を切り出した。しかし彼女はそれを承知せず、柴田はしかたなく条件を出した。「おいしいチョコレートを作ってくれたら、おまえとのことを考え直す」と。
 柴田は、チョコレートが苦手だった。ほんのひとかけらを口に入れただけでも、吐き出してしまうほどに。そして、真由美もそれを知っていた。だから、この条件を出せば、真由美も別れることを承知するだろうと柴田は思ったのだ。だが、彼女はその条件を飲んだ。柴田は驚いたが、それでも思った。彼女が一生懸命に作ったチョコを自分が目の前で吐き出せば、「こんなひどい男」と自分をあきらめるだろうと。だが、結果は。
(なるほど……。深い後悔と、自己嫌悪……。怒り、悲しみ……。ずいぶんと美味な感情を隠しておいでだ……)
 無我は、それらを覗き見ながら、一つ一つ柴田の感情を味わって行く。
 柴田が、怪奇探検クラブにチョコの差出人を探してくれるよう依頼したのも、気味が悪いというよりも、こうした感情から来る苦しみを、早く忘れたいがためのようだった。
 無我は薄く笑い、柴田が傍の机の上に置いたチョコレートを取った。それは、今年のバレンタインに教室の彼の机の中に入れられていたものだという。両手で囲める程度の大きさの丸い箱に収められている。むろんその箱は、可愛いピンクの包装紙で包まれ、サテンの赤いリボンで飾られていた。
「箱を開けてもおられないようですが……どうしてですか?」
 低くかすれた声で問われて、柴田はびくりと肩を震わせ、顔を上げた。
「だってそれ……真由美が死んだ時、俺に渡そうとしてたチョコと、そっくり同じなんだよ。あいつが持ってたチョコ、奇跡的に無事でさ。ラッピングとかも全然壊れてなくて……それが、そんなふうだったんだ。リボンも、包装紙もまったく同じで。だから、気味悪くって……」
 言って、彼はうつむいてしまう。
「昨年も、もらったと聞きましたが……それは……?」
「捨てたよ。中は見てない」
 ぶっきらぼうに答える彼に、無我は小さく肩をすくめる。そして問うた。
「開けてもよろしいですか?」
「勝手にどうぞ」
 彼の答えを聞いて、無我は箱を開けにかかった。丁寧にリボンをはずし、包装を解き、箱のフタを開ける。中に収められていたのは、箱よりやや小さめの丸いチョコレートで、上部に「愛をこめて」とメッセージがデコレートされていた。開けた途端に、ほのかにチョコの甘い香りが立ち昇った。
 チョコは、手作りのものらしく、箱にも製造年月日や賞味期限を示すラベルは貼られていない。だが、その立ち昇る香りは、古いチョコではあり得ないことだろう。
(このチョコレートは、バレンタインに柴田さんに渡すために作られたものだ、ということですな……。ではやはり、差出人は生きた人間ということですかな)
 その香りをたしかめ、箱の中にこぼれたかけらを口の中で咀嚼してみて、無我は考える。
 話を聞いた時から、生きた人間が差出人である可能性が強いと、彼は思っていた。物理的にチョコが存在するならば、それはやはり人間の仕業であろうと。ましてや、柴田の言葉の裏に、あんな事実が隠されているならば、なおさらだ。
 彼は、意外に器用な手つきでチョコを箱に戻して、もとどおりに包装し直し、リボンをかけると、それを柴田に差し出す。
「失礼しました。……お話はわかりました。後は、私の方で独自に調査しましょう。結果は……わかり次第、お知らせするということで」
「あ、ああ」
 柴田は、なんとなく気圧されたような顔でチョコを受け取り、そのままそそくさと踵を返して、部室を出て行った。

 無我は、柴田にも言ったとおり、さっそく調査を開始した。
 といっても、彼の場合普通の人間たちのように、生徒たちに話を聞いて回るというようなことはしない。校内を歩き回って、いまだに真由美のことを考えている者がいないか、彼らの心を覗き込んで探すのだ。事故からすでに二年も過ぎていれば、同じ季節が巡って来ても、そのことを思い出す者や心に思い浮べる者はほとんどいないはずだった。そんな者がいるとすればそれこそ、よほど仲のいい友人だった者か、親族ぐらいだろう。
 生徒と教師たちがほとんどの校内で、彼の姿は目撃されれば当然、不審を煽る。その点は彼自身も充分に考慮しており、見咎められればすぐに場所を移動して、また同じ調査を繰り返した。それは、実体を持たない彼だからこそできる調査方法だった。
 それでも、さすがに神聖都学園は広く、生徒数も多い。柴田の教室や机の位置を知ることができる人間ということで、高等部を中心に調査したのだが、それでも彼がその女生徒に行き当たるまで、結局三日かかってしまった。
 女生徒の名前は、高橋美咲。
 親の離婚で姓は違うが、死んだ成田真由美の双子の妹である。ただし、顔立ちは似ているが雰囲気が違うためか、周囲の人間はそのことに気づいていないようだ。中学までは別の学校に通っていたが、高校から神聖都学園に入学していた。
 彼女の中には、柴田への深い怒りが潜んでいた。
 別々にくらしていても、美咲は真由美と仲が良く、メールや電話でやりとりしたり、時には会ったりもしていたようだ。だから彼女は、真由美が柴田とつきあっていたことも、別れを告げられたことも、そして死ぬ前の柴田の申し出も、全て知っていた。知っているからこそ、彼に深い怒りを抱いていたのだ。
(復讐のために、わざわざこの学園を選んだというところですかな……)
 その感情を覗き見て、無我は胸に呟く。だが、彼女をチョコの差出人とするには、幾分奇妙な点があった。彼女の記憶をどれほど探ってみても、あのチョコを作り、姉がしたのと同じようにラッピングして柴田の机の中に入れたという記憶がないのだ。
 人間の記憶は、たとえ当人がそれと意識していない生活習慣的なものであっても、ある程度は残っているものだ。少なくとも、無我にはそれを読み取ることができる。たとえば、ある人物が朝、和食だったか洋食だったか、あるいは食べなかったかは、当人が意識していなくても、その記憶を探れば無我には知ることができるのだ。
 だのにそれができないということは、すなわち、高橋美咲はその一連の行動をしなかったということになる。
(あるいは……美咲サンの体はその行動をしていても、意識は記憶していない……ということですか……)
 無我はふと胸に呟いて、そのまま校門を出て行く美咲の後を追った。
 あたりはすでに日が落ちて暗くなり始めている。部活で遅くなった彼女は足早に、校門を出てすぐのバス停まで行くと、そこで足を止めた。携帯電話のディスプレイで時間をたしかめ、ついでのようにメールを打ち始める。
 それへ無我は、声をかけた。ふり返った彼女の顔に、一瞬怯えの色が走った。が、それはしかたがなかっただろう。夕暮れ時の人気のないバス停で、見知らぬ相手――それも、黒づくめの上につば広の帽子とコートの衿で顔を隠すようにした男に、声をかけられたのだ。
 無我は、その彼女の感情に内心で低い笑いを漏らし、口を開いた。
「いきなり申し訳ありません……。私は、柴田明サンからバレンタインチョコの差出人について調査するよう頼まれた探偵ですが」
 柴田の名前に、美咲の顔がこわばる。かまわず無我は続けた。
「柴田サンにわざわざ、成田真由美サンが作ったのと同じチョコレートを作り、同じ包装をして去年と今年の二回に渡って送ったのは、あなたなんでしょう?」
「え?」
 途端、美咲は怪訝な顔になった。首をかしげ、軽く目をしばたたいて、彼女は問い返す。
「なんのことですか? 私、チョコレートなんて知りませんけど……」
 その彼女の脳裏には、やはりチョコを作った時の記憶はまったく浮かんでいない。
 無我は、それではもう一つの可能性の方だったかと内心に笑い、再び口を開いた。
「美咲サンではないとすると……あなたですか。成田真由美サン。……妹さんの体を借りて、チョコレートを作り、柴田サンの机の中に入れたわけですか」
 それを聞くなり。美咲の様子が変貌した。一瞬体が硬直したかと思うと、その目が大きく見張られ、白目を剥いた目が、あらぬかたを見詰める。だが再び眼球はぐるりと動いて無我に向けられ、一瞬の硬直から解かれた体は、ゆるやかに胸を張った。
「ご名答よ。……さすがは、この街の探偵さんね」
「どうして、こんなことをされたのです? 復讐にしては、やりかたが地味だと思いますが……」
「復讐なんかじゃないわ」
 驚くそぶりもせず問う無我に、妹の体を借りて地上に降り立った成田真由美は言った。
「私はただ、明に私の作ったチョコレートを食べてほしかっただけ。彼がチョコレートが苦手なのは知ってたわ。それでも……たとえ、吐き出してもいいから、食べてほしかったの」
「それが、あなたの望みですか」
「ええ、そうよ。……明は、私が私でなくなって行くって言って、彼の好きなタレントの真似をするのをいやがったわ。でも、私にはわからなかったの。どうすれば、彼にこの心をあげられるのか」
 うなずいて、真由美はせつなげに言った。同時に、無我には彼女の中に渦巻く幾多の複雑な感情が見えた。それは、幼く強いがゆえにもどかしい愛情と、それが伝わっているのかどうかわからない不安から来る苦悩が、渾然一体となったものだった。
(これはこれは……)
 無我は帽子の影で思わず目を細めた。そうした混沌とした感情は、恐怖とはまた違った味や香りをかもし出し、彼を楽しませてくれるのだ。
 それらをゆっくりと味わいながら、彼はその彼女の感情を逆手に取った。
「あなたの望みは、かなったようですよ。ほら」
 言って無我は、片手で帽子のつばを押し上げた。その端からちらりと彼の顔が覗き、真由美は大きく目を見張った。
「明……!」
 低い叫びがその口から漏れる。やがて彼女の顔には世にも幸福そうな笑顔が浮かび、そして――すうっとその目が閉ざされて行った。次の瞬間、その体は力を失いその場に崩れ落ちる。地面に叩きつけられる前に、無我の手によって受け止められたものの、その目が開くことはない。
 無我は、バス停の傍のベンチに、少女を座らせた。次に目覚めた時には、その体は本来の持ち主である高橋美咲のものとなり、そして彼女は、姉が自分の体を借りて話したこともしたことも、覚えてはいないだろう。
 少女が低くうめいて目を覚ます気配に無我は、口元に薄い笑いを浮べ、静かにその場を離れると、あたりを包む闇の中へと溶け込んだ。

 柴田明が、調査結果を知らされたのは、翌日のことだった。
 放課後の怪奇探検クラブの部室で、無我から話を聞かされた柴田は、黙ってそれを聞いていた。が、全て聞き終えると言った。
「俺、その真由美の妹に会います。会って、謝って……それから、あいつの墓にも……。あいつが死んでから、辛くて一度も行ってないから。それから、チョコは全部食べます。吐きそうになっても、全部がんばって食べます」
 そうして、無我に一礼すると、彼はそのまま部室を立ち去った。
 柴田の足音が完全に遠ざかるのを待っていたかのように、カーテンの陰からSHIZUKUが姿を現した。
「立ち聞きとは、いい趣味ですな……」
 無我は低い笑いと共に皮肉ったが、彼女は気にしたふうもない。
「だって。引き受けた以上は、副部長として責任があるよね。……ところで、成田真由美をどうやって成仏させたのかな」
「彼女の思いを逆手に取って、望みがかなったと思い込ませたんですよ」
 苦笑して、無我は答える。
「へぇ。便利な力だね」
「ええ……。しかし、あの様子ではその必要もなかったかもしれませんが……」
 感心したようなSHIZUKUにうなずいて、無我は小さく呟いた。
 やがて、SHIZUKUにも別れを告げて、彼はそこを後にする。学園を立ち去る無我の意識の底には、成田真由美が最期に見せた歓びの感情が、舌に残るワインのようにかすかに香っていた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0441/ 無我司録/ 男性/ 50歳 / 自称探偵】 

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
調査依頼に参加いただき、ありがとうございます。
今回は、一人一人個別に書かせていただき、チョコの差出人についても
書いていただいたプレイングに沿って、
人か幽霊かを個別に書かせていただきました。

●無我司録さま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
今回は、人の場合と幽霊の場合、両方考えて下さっていましたので、
その両方をミックスする形で、差出人について書かせていただきました。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
機会があれば、またよろしくお願いします。