コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


ときめき☆チョコレートはビター味

●プロローグ

 ――――私立神聖都学園。
 それは、幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と幾つかの専門学校が複合された、巨大複合教育施設である。

 そんな学園の片隅に今、クラスで目立たない滝本くんを偽チョコで騙そうと画策する女子グループがいた。
「ほら、彼ってチョコもらったことなさそうだし、少しの夢を見させてあげるってボランティアじゃない?」
 そんなことをいう小悪魔は偽チョコ作戦グループのリーダー格、小春日こより(こはるび・−)。
 滝本くんは読書好きのおとなしい男子生徒で、ある意味この作戦の格好の的。
 作戦の内容だけど、まずはラブラブな手紙で呼び出して、愛の告白と共にチョコを渡して、彼が喜んでいるところを写真にパシャリ。
 その後に真相を告げようというものだ。
「いじめじゃないって♪ 彼もいい夢見れちゃうし私たちも楽しめて、ね、これって一石二鳥でしょ?」
 こよりさんを手伝うもよし、阻止するもよし。
 果たして滝本くんとこよりの運命やいかに。


●こよりのチョコレート大作戦

 校舎内の廊下をお姫様が着るようなドレス姿で一人の女性が歩いている。
 彼女は、アンティークショップ・レンの店員である 鹿沼・デルフェス(かぬま・−)。
 デルフェスは丁度レンのお得意様である神聖都学園の怪奇探偵クラブに、注文の品を届けてきた帰り道だった。
「まあ、あれは何をしていらっしゃるのでしょうか‥‥?」
 不信そうに小さく首をかしげる。
 校舎の中でもそこは目立たない人通りの少ない区画。
 その曲がり角でなにやら向こう側を覗き見ている二人組が、こそこそと怪しげな雰囲気で話していた。
「‥‥許せねぇっ! 男の純情を玩ぶ奴は、イタチに斬られて死んじまえー!」
 ぶちっとキレて怒りで憤っているのは小柄な緑の瞳をした少年―― 鈴森鎮(すずもり・しず)。
 だが、そんな彼を止めようとせずにたたずんで同じく向こう側の様子を伺っている少女、 樹神らいち(こだま・−) も、静かにだが、声をかけづらいオーラをひしひしと放っている。
「私としても人の心をもてあそぶことは、絶対に許せません」
「イライラとされていますが、何をなされておいでですか?」
 デルフィスに声をかけられた鎮は、しっ! と口に人差し指を当てて振り返り、そっと角の向こう側を指差して見せた。
「あれ、ほらあそこの、向こうの話を聞いてみなよ。もう俺、本当に許せないんだからな!!」
 そこは人気のない家庭科用料理室で、数名の女生徒グループが楽しそうに会話をしている。
 ――え? チョコレートはこよりさんが作ってくるの?
 ――うん。やっぱり自分で渡すんだもの、そこまでこだわっちゃおうかなって♪
 ――あははっ、こより気合入ってるー。
 鎮、らいち、デルフィスの3人が聞き耳を立てているとも知らずに、彼女たちは計画の段取りや滝川くんについてなどなど無防備に話し合っている。
 当然、その中心にいるのは小春日こよりだ。
「盗み聞きはよろしい事ではありませんが‥‥しかし、聞いた以上は見過ごす訳にはまいりませんわ。この様な事をされた滝本様が傷付かない筈がございません」
「ええ、小さなイタズラでも、される側にとっては大きな痛みになることもありますから‥‥チョコをもらうことで滝本くんは確かに一瞬喜ぶかもしれません。でも、そのことで本当に真剣に悩むかもしれない。彼が、滝本君が真剣になればなるほど、後で受ける傷は大きいです‥‥」
 共感でうんうんと頷き合うらいちとデルフィスの横で、鎮はフッフッフッ、とこよりに負けない小悪魔スマイルを浮かべていた。
「俺さ、決めたから! 人の気持ちもわからないヤツの作戦なんか徹底阻止!! あいつに恥をかかせて反省させてやるんだから!!」
「わたくしも協力いたします。少々お灸を据える必要がありますわ」
 鎮の決意にデルフィスも賛同をした。
 らいちは胸の前で手を組むと瞳をうるうるとさせて天を仰ぐ。
「私も、もう4年も片思いしている相手にチョコを渡せないですから‥‥断固として阻止します! 必ず滝本君の心を守ります!」
 組んだ手を離し、ぐっと拳を握りしめる。
 それは八つ当たりではなかろうか、という冷静な突込みを入れられる人物などこの場には一人としているはずもなく、意気投合した三人はこよりの偽チョコ作戦を阻止して懲らしめるべく一致団結したのだった。

                            ☆

「私は自分の感情を第三者に感染させることが出来ますから、その能力をフルに利用して、まずは小春日さんに賛同する方から、味方につけようと思います」
 キッパリとらいちは宣言した。
 物陰に隠れてこよりたちが解散する時期を見計らい、彼女と一緒にいた女子からとりあえず一人を選ぶ。
 そして、彼女が一人になった瞬間に素早く捕まえた。
「むぐっ、むぐぐー!」
「早くこっち、ここなら人目がなさそう」
 人目のつかない校舎裏でふさがれた口から手を離されると、彼女はぷはーと大きく息を吸い、ぶんぶんと腕を振って「もういきなりなにするんですかーっ!?」と必死に抗議した。デルフィスはその姿に見覚えがある。
「あら。もしかしたらとは思いますが理沙様でいらっしゃいますか?」
 小柄な女生徒は神聖都学園の 鶴来理沙(つるぎ・りさ)。デルフィスとはアンティークショップ・レンで顔見知りの間柄だ。
「その、つまり、理沙様もこよりさんの知り合いでいらっしゃったのですか」
「そうですよ。おんなじ『温泉どきどき同好会』の部員なんですよ」
 それってどんな同好会なのか気にはなったが後回しにして、さっさと本題に入らなくっちゃ――と、らいちは理沙の手を両手でぎゅっと握りしめた。
「ついさっきですが、小春日さんたちと一緒にいらっしゃいました?」
「いらっしゃいましたけど、その、こよりさん以外は彼女のクラスメートの友達みたいなのでよくわかりません。それよりも私に何か――それともこよりさんについてですか?」
 理沙の一言にらいちは獲物を見つけた狩人の眼になった。
「そうなんだ、聞いてくれよ。あいつってさ‥‥ムググ!?」
「その、何でもありません。ひょっと小春日さんについてお話したいことがあるだけですから」
 鎮の口を塞いでにっこり笑ってごまかすデルフィス。
(な、なにすんだよー! モガもが!)
(ここはらいち様にお任せされるのが一番ですわ)
「いい、鶴来さん、よく聞いて。こよりさんの計画はいけないことなんです。人の純粋な想いをだまして、傷つけて楽しもうなんて、‥‥悪いことですよね? ‥‥許しちゃいけませんよね?‥‥」
「えっと、でもあれって、そんな――だけど、言われる通り、かも‥‥そうです、ね‥‥こよりさん、許せませんよね‥‥」
 不思議そうに見つめる鎮にらいちはにっこりと笑った。
「私の能力――『自分の感情を人に伝染させることが出来る力』です。この調子で味方を増やしていけると思いますので」


●決戦のバレンタインデー

 2月14日、バレンタインデー。
 放課後を告げる予鈴が鳴り響く中、小春日こよりは胸を弾ませて中庭のひときわ大きな木の下へと向かい走っていた。
 そこが滝本くんを呼び出した待ち合わせの場所だ。
「これから人を騙そうっていうのに、心から楽しそうに笑ってるよ――本当に小悪魔なヤツだな!」
 腹立たしげに待ち合わせ場所の様子を見守っていた鎮だが、相手の気も知らずにスキップしているこよりに呆れ果てる。どーいう神経をしているんだか。
 こよりは、昨日の夜に作り上げた見栄えがするよう可愛らしくラッピングして紙袋に入れたチョコレートを嬉しそうに抱きしめていた。
 木の下にはすでに噂の滝本くんが待っていて、本を読みながら時間を潰している。印象はといえば、おとなしそうで本当にどこにでもいそうな少年。
「どうやら来ましたようですわ。それではわたくしも自分の準備の方に取り掛かりますので」
 デルフィスがその場を離れて移動する。
 3人の作戦を合わせた三重のこより包囲網が敷かれているのだ。
「こちらの準備も万全ですから。それでは作戦ゴーです!」
 らいちの合図に、別の場所から準備を完了している理沙たちは、こよりが辿り着く前に飛び出すと数人がかりで滝本くんを捕まえる。
「え?」
 そのまま脱兎のごとく逃げ出した。
「ええ!?」
 本来の作戦だとこよりがチョコレートを手渡しするところを見守るだけのはずだった理沙たちなのだが、この突然の行動はこよりを激しく驚かせたようだ。
「ええーっ!? な、何事なの――!?」
 遠くに去っていく滝本くんを彼を連れ去る仲間たちを呆然と見送るこより。
 これが第一弾の、らいちによるできるだけ誰の被害も最小限に抑えたいという配慮ある作戦で、つまりチョコレートが彼に渡ることがなければ問題は何も起こらない。この段階で解決してくれるとベスト。
 戸惑っているのか佇んだまま動かないこよりを影から見守りつつ、らいちは祈るように呟いた。
「これで小春日さんが人を騙そうだなんてイタズラを諦めてくれれば、無事に丸く収まるでしょうし――」
 だがしかし、事態を把握するとこよりは猛烈に印を結ぶ。
「風と大気の精霊たちよ、我が求めし彼の者を探し出せ!」
 彼女の周辺にまばゆい光が集まり、周囲にいくつもの透明な精霊を召喚された。こよりも超常能力者だったのだ。
 こよりは周囲に精霊を放って彼の行方を探させた。
「いた、こっち! まてこらー! 待ってってばぁっ!!」
 彼女は居場所を探り当てると、途端にダッシュで追いかけ始める。
「‥‥そう簡単には諦めてはもらえませんか。長い作戦になりそうですね」

                          −1時間後−

「――ハァ、ハァ‥‥つぅ〜かぁ〜まぁ〜えぇ〜たあぁ〜!!」
 肩を上下させて息を荒くさせたこよりに、滝本くんを連れ去った理沙たち女子グループは廊下の突き当りへと追い詰められて疲れで座り込んでいる。
「ごめんね、こよりぃ。だってそんな気分になっちゃったんだもん〜」
「覚えてなさいっ! でも今はあなたたちは後だから!」
「いや〜! 許してぇ!!」
 はぁ、とらいちは困ったものでも見るように頬に手を当ててため息を吐く。
「不思議です。どうしてイタズラにそこまで執念を燃やせるのでしょう‥‥」
「それじゃ次は任せて! キッチリと懲らしめてくるからな!」
 理沙の頭にちょこんと乗ったイタチが睨みつけている。
 イタチ姿で滝本くん近辺を守っていた鎮だ。
 ぐっと身構えてタイミングを見計らう。
「あ、あれ? 君は小春日さん――どうしたの?」
 そんな裏方事情も知らずに、呑気に声をかけるのは滝本くん。なかなか大物のようだ。
「あは、えっとォ‥‥こんにちは☆」
 こよりは、乱れた髪を手櫛で手早く直すと制服をパタパタとはたいて、スラリとポーズを決めて姿勢を正す。チョコレートを取り出す。
 鎌鼬参番手である鎮は、ジリジリと近づいてくるこよりを待ち――。
「今だ、いっけェー!!」
 鎮が一帯に大風を巻き起こした。

 ふわあっ。

 ・・・。
 ・・・・・・。
 パシャリ。スカートが浮き上がってこよりの下着が見えたところを、滝本くん用に準備されていたカメラのシャッターが勝手に切られた。
 瞬間、気がついてスカートを押さえるこよりだがもう遅い。ばっちりと下着を撮影されてしまったのだ。
 赤面しながら睨みつけるこよりだが、その内にじわじわと涙をにじませ、ぺたりと座り込んで泣き始めてしまった。
「なんでみんな邪魔ばかりにするのよぉ‥‥ふえぇ〜ん、いやぁー」
「お前が変ないたずらしようとしてるからいけないんだろ? 自分のことを棚に上げて泣くなよ」
 人間の姿に戻った鎮が偽チョコの中身を確認すると――それは極めて普通の、いや、平均よりもかなり高い愛情の込められてたチョコレートに見える。
 つまり、これだけ手の込んだ用意をしてまで騙して、希望を与えておいたその後に「嘘ぴょん♪」とか言って絶望をさせたかったという作戦だろうか。
「それにしてはこのチョコレートは手が込み過ぎているようですけど」
 追いついてきて横から覗き込んだらいちが同性からの視点で感想をもらす。
 あの、と理沙が恐る恐る手を挙げた。
「あのですね、こよりさんって実はかなりの照れ屋さんなんだと思うんですよ――」
 何が言いたいのかよくわからない。
「どういう意味だろう?」
「そうですね。まさか『小春日さんは実は照れ屋さんなので、素直に愛のチョコレートを渡すのは恥ずかしいので、友達にはイタズラということにして影から見守っていてほしかった』――なんてはずはありませんし」
 ・・・・・・。
 あ! っと声を上げる2人。
「わたしっ、滝本くんがちょー大好きだったんだよ‥‥ばかぁ!」
 ワタワタする周囲を他所に、滝本くんがにこりと微笑む。
「――僕も同級生として小春日さんは好きだよ。明るくて元気だから」
「そうじゃないしー! もう、わたしの気持ちにぜんぜん気づいてくれない滝本くんなんてもう嫌い嫌い、だいっきらいー!」

 ピキーン。

 突然、時間が止まった様に空気が張り詰めた。
 魔力の気配。
 鎮が顔をあげると、理沙たちが一瞬にして石化されている。
「いけません! そういえばデル――」
 言葉の途中でらいちも、そして鎮も完全に石にされてしまった。
 取り残されたまま、何が起こったのか理解できずに震えながら周囲を見渡すこより。無事なのは彼女と滝本君のみ。
 ――あなたも石に変えてあげましょう――
「うぎゃあー!!」
 白い煙が立ち込め、向こうから蛇女神ゴルゴーンを思わせる恐ろしい美女がぬらり、ぬらりと近づいて来ていた。
 彼女の歩みに合わせてじわじわとこよりが足元から石化されていく。
 ――助かりたければ、真相を、あなたの真実の言葉を話すのです――
 石になって動けない脚でそのまま滝本くんにすがりついたこよりは、言葉を失って許しを乞う様に必死で首を振る。
 滝本くんは、冷静に蛇神を見つめて落ち着いた声で言った。
「小春日さんが僕を好きで、僕は小春日さんが好きなんですよ」
「まあ、そうだったのですか? それでは逆ドッキリもお仕舞いですわね」
 おほほと呑気に笑って蛇の髪のかつらを取って正体を明かし全員の石化を解いたデルフィスに、こよりはへなへなとへたり込んだ。
「うえぇ〜んっ、ばかー! もうみんな知らなーい!」


「結局、わたくしたちの早とちりという事だったのでしょうか」
 校舎に沈む夕陽を眺めて呟いたデルフィスの一言に、不満顔で鎮は頬をふくらませた。
「たしかに俺たちも悪かったけどさ、元はといえばこいつが回りっくどいことをしなければさ――なんか納得いかな〜い!」
 元凶であるこより泣き疲れて寝てしまい、滝本くんに背負われているのだ。
 どことなく嬉しそうな寝顔にらいちは苦笑した。
「‥‥色々ありましたけれど、最後の滝本さんの言葉には驚いてたこよりさん、嬉しそうでした。今日は幸せな日だったんじゃないでしょうか」
「うん。そう言われると、そうだね」
 滝本くんは明るく笑った。
 それは、実は全部お見通しで、わかっていて全部引き受けました、みたいな笑顔に見えた。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2320/鈴森・鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手/すずもり・しず】
【2677/樹神・らいち/女性/16歳/高校生/こだま・−】
【2181/鹿沼・デルフェス/女性/463歳/アンティークショップ・レンの店員/かぬま・−】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 ノベル作成が遅れてしまい申し訳ありません。バレンタインどころか季節はひな祭も過ぎて‥‥以後このようなことがないよう発注スケジュールには十分気をつけさせて頂きます(汗)

 シナリオについてですが、事の真相はちょっと捻りすぎたでしょうか。
 こよりにすれば大変なバレンタインになってしまったかも。とはいえ、結果としてはいい思い出になったのかな、とも思います。
 表向きは小悪魔だけど実はナイーブな人、結構身の回りにもいるかもしれませんね。
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。