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<東京怪談ノベル(シングル)>


チョコレートは危険を招く!?

 平和な一日。小春日和で心地良い2月の土曜の昼下がり。
 不城・鋼(ふしょう・はがね)は、気持ち良さそうに空気を吸い込みながら、ほてほてと神聖都学園へ向かう道を歩いていた。
「いい天気だなぁ……」
 のんびりと呟き空を見上げる鋼。
 柔らかな茶色の髪に、少女のような大きな瞳。小柄な体躯に少し大きめの学ランを着込む彼は、なんともいえない愛らしさを秘めている。
 母性本能をくすぐる……ってタイプなのかもしれない。
 そのせいか、先程から道ですれ違う女性達が、彼を振り返っていく。女性達ばかりではなくて、時にはおじさんも振り返る。
 いつも通りすぎる花屋のお姉さんが、声をかけた。
「鋼くん、今日も可愛いわね。はい、これをあげる」
 一輪のピンクの薔薇の花。
「……ありがと」
 別に欲しくはないが、小さく微笑んで受け取ることにする。持って歩くのも邪魔だから耳の上に挿してみたりして。
「頑張ってね、今日はきっと大変よ」
 にこにこと花屋のお姉さんが微笑んだ。
「大変?」
「だって……今日はバレンタインデーだもの♪」
 お姉さんはそう言って、さらににっこりにこにこ、何かを期待するかのような視線で鋼を見つめるのだった。



「あの……これを受け取って下さい!!」
 最初の接触(コンタクト)は、校門前の20メートル。
 振り返る鋼の視線の先、同じ神聖都学園の下級生と思しき美少女。ツインテールがまた愛らしく。
「ん?」
 別に受け取る分には構わない……けれど、彼女に向けて鋼が手を伸ばしたその刹那。
「はーがーねーー!!」
 大量の女生徒の声が、校門から響いた。
 振り返ると、校門がきしむほどにそこから身を乗り出し、あふれ出しているチョコ持参の少女の山。
「ぬーけーがーけーは許さないわよ! そこっ!」
 その群を率いる三つ編みの少女が叫ぶ。
 勢いに負けたかツインテールの少女は逃げてしまった。
「なんだよ……お前ら?」
 鋼は苦笑して、校門を振り返る。
「鋼くんファンクラブの意向を伝えにきたのよ。私達の愛を受けとってくれるわね?」
「……」
 鋼は返事の代わりににっこり微笑んだ。
 そして次の瞬間、身を翻し裏門方向へ駆け出した。
「あーーーーー!!!」
 立ち上る悲鳴。
 砂煙を上げながら追いすがってくる乙女達。
「……お前らの相手してると遅刻しちまうんだよ!」
 言い捨てて、鋼はさらに足に力を込めて駆け出し、引き離しにかかる。
 いくら大群とはいえ、一人一人はただの女生徒。運動神経も抜群の上に、近所のおじいさんに伝来された特殊歩方の持ち主の鋼。けして敵ではない。
 しかし、鋼は気付いてなかったが、乙女達の中の一人がトランシーバーを取り出し、スイッチを入れた。
『テス、テス……、聞こえますか? ただいま目標は裏門に向かった模様……』
 トランシーバーからは、ガーガー、と雑音がした後、返答があった。
『了解、目標補足致しますわ』
『よろしく』
 スイッチを切り乙女は不敵に微笑んだ。



「うわぁ!!」
 裏門に駆け込んだ鋼はさらに悲鳴を上げた。
 そこにも乙女達が待ち構えていたからである。色とりどりのチョコを持って。
「仕方ないっ!」
 鋼は舌打ちし、学校の壁に向かうとそこに手をつき、大地からの気を集める。そしてそれを爆発させながら、壁を越える跳躍を果たした。
 わっと起こる歓声。けれど、壁の中にも外にも、乙女達が目を光らせている。
「……!」
 鋼はそこからなるべく遠く跳躍した。数メートルは先の校庭にある銀杏の枝にむかい腕を伸ばす。
 上手くいった。
 銀杏の枝を鉄棒かわりに一回転してスピードを吸収し、校庭に着地する。
 そこから後は脱兎だ。
「まってぇぇぇぇっっっ!!!!」
 砂埃を巻き上げる乙女達。額の汗を拭い去り、鋼は駆けながら、校舎の時計台を見上げた。
「……ちきしょう、あと3分で始業じゃねぇか……」



 なんとか無事に校舎の入り口に辿りつき、靴箱で皮靴から上履きに履き替える。
「ん?」
 靴箱の蓋を開くと、どっとこぼれて落ちてくるリボン包みのチョコ入り箱。
 仕方なく拾って鞄に詰めながら、再び靴箱に手を伸ばすと、一通の封筒がそこにあることに気がついた。
 封筒だけ。チョコはないらしい。
「まってぇぇぇぇぇっ」
 どどどどどど。
 怒涛の駆け足がちかづいてくる。鋼はその封筒をポケットにしまいこみ、教室に向かって駆け出した。



 教室。
 そこは……少なくとも、安全に授業を行える場だ。
 ほっとする。
 机に向かい椅子を引き……腰かけるとそこにチョコ。
「……割れた……」
 なんとなく嫌な気持ちでお尻の下のチョコを鞄に入れる。教科書を出そうと引き出しを引いたら、そこにもチョコ……。
「……」
 無言で鞄にチョコをしまう鋼である。
「相変わらずだな」
 後ろの席から微笑みながら角刈りのクラスメイトが声をかけた。
「まぁねぇ……やってらんねぇ……ん?」
 振り返る鋼。その視界に彼が差し出すチョコ1つ。
「ついでに俺の愛も受け取ってくれや」
「……むー」
 可愛い声を出し、鋼はそれを受け取った。

 授業中。
 バーコード頭の国語教師が、机の横を通りがかった際にチョコを一つ残していったことを除けばこんな平和な時はなく。
 鋼は先程靴箱にあった封筒を、教科書の影でこっそり開く。
『鋼へ 15時校舎裏で待つ。 響・カスミ』
 響・カスミ。それは、この学園の人気高い音楽教師の名前である。
 スタイルがよく、色っぽい雰囲気の……。
「……」
 鋼はくしゃんとその便箋を閉じた。



 15時。
 校舎裏に鋼の姿はあった。
 大き目の学らんにちょこんと収まったような小柄な彼の姿は、その暗い雰囲気にとても似合わない。
 そのうえ、彼の両手には大量のチョコの詰まった紙袋が握られていた。ファンクラブの乙女たちから、先程まとめて届いた品である。
「……きたな、鋼鉄」
 ざく。
 日陰から、出てくるこわもての男。
「……やっぱりお前か」
 鋼はため息をついた。昔からよく因縁をふっかけてくるスネ夫顔の男。
「うるせぇ!!今日こそはカタをつけてやる!! 女教師の手紙でフラフラ出てきやがってよおおおおお!!!俺のチョコも受け取れってんだぁぁぁっっ!!!」
 拳を構えて地面を蹴る。しかしおとなしく殴られてやる筋合いはない。
 すばやく身をこなし、鋼は跳躍するようにその場を離れた。
 刹那。
 校舎裏の全ての木陰から、さまざまな凶器を持った男達が現れた。皆、長学ランをつけ、マスクをしたもの、リーゼント、フルヘルメット……など多数多数。
 そいつらは一斉に釘バッド、鉄棒、ハンマー、バールのようなもの、などを構えて、鋼めがけて殴りかかってくる。
 振り下ろされる凶器の隙間に避けて、パンチも避け、反対に蹴り倒す。
 響・カスミのチョコレート!
 ほしかったのに!!許さねぇ!!!
 そのつぶらな瞳に殺意に似た赤い炎が宿った。
 
 爆音のようなものが聞こえたような気がして、職員室にいた響・カスミは紅茶の入ったカップを持ちながら窓際に近づいた。
「何の騒ぎかしら?」
 でもいつものように、大したことではないだろう。
 もういい加減色んな意味で耐性ついてきたと思う……。
 紅茶に口をつけ、彼女はひとりごちた。



「……ふぅ」
 さすがに疲れる一日だった。
 両腕に8袋も紙袋+鞄を抱えて、よろよろと校門を出てくる鋼。
 すると。校門の先に、誰かいる。見知った少女だと、直感して彼は目をこらした。
(あの子だ!)
 先日知り合った、あのポニーテールの少女。
 何故だか、校門の奥に紙袋と鞄の中のチョコを吐き出して、彼は襟を整えゆっくりと校門に向かった。
「……あっ」
 ポニーテールの色の白い可愛い少女。彼女は鋼の姿を見ると、目を細めて微笑んだ。
「これ……チョコです……遅くなってしまったけど」
「俺にか? さんきゅ」
 微笑んで受け取る鋼。
 何故だろう。彼女からのチョコを受け取ると胸がほかほかしてきて。
「そうだ」
 朝からずっと耳の上に挿していた桃色の薔薇をとると、彼はそれを彼女に渡した。
「チョコのお礼」
「ありがとう」
 微笑む彼女。その微笑は初夏の木漏れ日のようにやさしく、そして心を満たしてくれた。
「そうだ……よかったら、名前聞いていいかな?チョコのお返ししたいし」
 鞄からノートを引っ張り出して、鋼は彼女に渡した。
 チョコを貰った人リスト。律儀な彼は、頂いたチョコのお返しも欠かさない。こういうところも鋼の人気の一つなのだろう。
 ページはあえて、最後の白い部分だけを見せたノートに、彼女は照れながらそっと書き込んでくれた。
「へえ……こんな名前なんだ……。じゃあこれからは……って呼んでもいいかな?」
 頭に手をやり彼女に笑いかける鋼。
「はいっ」
 少女は微笑み、それから鋼の背後を見て目を丸くした。
「鋼さん!」
「ん?」
 振り返る鋼。
 校門の上に並ぶ生首……否、ふぁんくらぶの乙女達のジト目が並ぶ。
「! 逃げるぞっ」
 鋼は彼女の手をとり駆け出した。「はいっ」っと彼女も頷き駆け出す。
 その繋いだ手と手のぬくもりがちょっと嬉しい鋼であった。

                           +++ 終わり。