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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


シしてヤみオつソウゾウシュ

病んで 病んで 病んで
落ちる 落ちる 落ちる

老いて 老いて 老いて
朽ちる 朽ちる 朽ちる

それは夢 それは現 それは幻
果ては虚 果ては無

されば行かん いざ行かん いざ

「原稿が届く?」
 既刊の見本誌やら資料やら没になった原稿やらが渦巻く雑多な室――月刊アトラス編集部に、良く通る女の声が響いた。
「死んだ作家から? それ、ホントなの? 聖?!」
 明らかに喜色の帯びたその声の主は当編集部の鬼編集長、碇のものである。
 碇は向いのソファに座して自らが手土産と称して持って来た某有名店、1日限定30個のチーズケーキを頬張っている聖の方へ身を乗り出した。
「ん、らしいよ」
 もぐ、と口を動かしつつ肯いて、聖はまた一口、とろけるような食感のケーキを味わう。
「俺の知り合いの編集サンがさ、担当の作家が死んだ筈なのに原稿が届くって、そりゃもう可哀想なくらいに震えてさ……あれはとても嘘とは思えなかったけど」
 言って、聖は空になった、ケーキが入っていた小さい篭を見下ろした。その視線には未練が在り在りと滲んでいる。碇はすかさず、幾つかあった内の一つを差し出した。
「どーぞ、遠慮無く食べて?」
 持ってきたのは誰か、と問いたくなる言だが、差し出された方もそれを失念したかのように嬉しげにフォークを伸ばした。
「それで?」
 そわそわと先を促す碇をケーキに見入っていた瞳が見上げた。くす、と笑みを漏らす。
「相変わらずだね、碇サン」
「貴方もね、聖」
 互いに視線を交わして笑うと、碇はソファの背に身を預けた。長く形良く伸びた足を軽く組ませ、システム手帳を取り出した。附箋が煩い程に食み出、何が挟まっているのか本来の厚さの二倍にはなろうかと言うその手帳とは、碇がまだ駆け出しの頃からの付き合いである。
 その様子をフォークを銜えたまま見ていた聖は、碇が手帳を構えて視線を自分に据えた所でフォークを置き、居住まいを正すように座り直した。
「その作家……萱島幸次郎サンが亡くなったのは三ヶ月前の月始めなんだけど、その月の終わりの『生きていた場合の締切日』に死後一回目の原稿が届いたそうだよ。メールでね」
「メールで……」
 手帳に書きつけながら、碇が更に先を促す瞳で聖を見る。
「最初は悪質なイタズラかと思ったらしいんだけどね、でも実際に原稿を読んでみたら、とてもじゃないけどイタズラとは思えない程の完成度だったんだって。作風も真似た、じゃ済まされないくらい萱島のものだった……読み終わって怖気が立ったそうだよ」
「アラ、素敵な話じゃない? 何故怖気なんて……、手に入らないはずの原稿が手に入って、しかも話題性まで提供してくれたのに」
 心底不思議だ、と思っている様子の碇に、聖は苦笑した。
「ま、碇さんの言うことも判らないでもないけどね」
 冷めかけた茶で口を湿して、聖は続ける。
「メールアドレスを見たら萱島が生前使っていたものだったから、プロバイダーに問い合わせたら、契約はまだ継続中だったから、自宅に問い合わせの電話を入れたんだって。もしかしたら生前書き上げてあった原稿があったのを、家の人が見付けて送って来たのかも知れないと考えてね」
 碇と聖の周辺には、何時の間にか編集部の人間の殆どが集っていた。慣れた筈の怪奇にもつい耳を傾けてしまう辺り、やはりアトラス編集部と言えようか。
「でも、誰もその電話に出る事はなかった……それでその編集サンは思い出したんだよ」
 ぐい、と周辺が身を乗り出す。
「萱島に家族なんてなかった事をね」
 ごくり、とほぼ同時に全員が息を呑む。けろりとした顔をしているのは数える程も無い。幾多の恐怖を扱って来た彼らと言えども、やはり怖いものは怖いのである。
「親戚とか、家政婦は?」
 流石と言おうか、碇は平然とした面でさらりと問う。
「萱島サンは天涯孤独だったらしいね。彼の死後、作家仲間が葬儀を行ったくらいだから、親戚ってのはまあ、有り得ないと思うよ。家政婦は雇っていなかったみたいだね。ついでに言えば、彼は生前遺言を残していたんだけど、それには自分の死後は家財一式売却し、出来たお金は世話になった出版社に寄付する、とあったらしいよ」
「でも、家は残っているんでしょ?」
「うん。葬儀を行った作家仲間サン達が、せめて数ヶ月はそのままに、と売却を依頼された弁護士に頼み込んだらしいね。萱島サンて人は相当周囲に強い影響を残した人だったみたいで、彼を慕う人達の強い希望と、遺言にあった出版社の協力で、彼を偲ぶって事で1年位保存する事にしたそうだよ」
「……じゃあ、その作家仲間ってのが怪しいのかしら?」
 ペンで頭をかり、と掻いた碇の言葉に、周囲も考え込むように唸る。
「ま、その辺も併せて調べてもらえないか、って話。こういうネタだったら碇さんとこがイイんじゃないかと思って来てみたんだけど、どうかな」
 思案に沈みかける碇の顔を覗き込むように聖が問うのに、碇は寄せた眉を解いた。
「断ると、思う?」
「と、言うことは」
「勿論、請けるわよ。ジャンルが違うとは言え、同業者が頼んでくるって事は相当困ってるんでしょ?」
「うん。夜も眠れないって」
「放っておけるわけないじゃない?」
 にこり、と微笑んだ碇を、周囲は感動の視線で包んだ。困っている同業者を放って置けない――なんと、慈悲のある――
「同業者……つまりライバルに手柄を譲る事になってまでも、依頼せずにはおれないほどの恐怖……それ程のネタを素通りなんてしたらアトラス編集長の名が廃ると言うものだわ!」
 立ち上がって握られた拳に、その場の全員―聖を除く―が崩折れたくなるのを必死に耐えた。一瞬前の感動を返せ、と口に出したくなる己を御しつつ。
「助かるよ、碇サン。じゃあ、明日その編集サンを紹介するから、ここに来てくれるかな?」
 差し出されたメモを碇は握り潰さん勢いで手にし、周囲に陣取る人々を見まわした。
「さ、誰が行ってくれるのかしら?」
 有無を言わせぬ迫力は、やはり碇らしい、と聖は微笑ましく見守りつつケーキを食すのを再開するのだった。


 雨宮薫がアトラス編集部に立ち寄ったのは、数日前に碇編集長より依頼された…と言うより拝み倒されて仕方なく請けてしまった、某交差点に出現すると言う霊の検証を終え、報告書を提出する為だった。雨宮は別にアトラスでバイトをしているわけではない。いつもたまたま立ち寄った際に、ついでに、と依頼されてしまうのである。
 その内容が内容であるだけに、断る事も出来ず、結局いつも手伝う羽目に陥っている。
「あら、薫クン早かったわね、有難う」
 雨宮から受け取った報告書を、碇は贈り物を受け取ったかのごとく瞳を輝かせて手にし、早速とばかりに目を走らせる。
「ふふ、相変わらず的確ね。……それで、浄霊はもう済んだの?」
「ああ」
 冷たいまでの素っ気無い肯定を碇は気にする事もない。こちらも「そう」とだけ返して碇は報告書を近くを通った三下に渡して、二三言告げると、くるり、と雨宮の方へ向く。
「それでね、早速で悪いんだけど」
 常套句、である。これが始まるといつものパターンだ。だが、そうと判っていても雨宮はこの場を辞する事はない。
「もし時間があるんだったら、今日これから行ってもらいたいところがあるんだけど、お願い出来るかしら? 」
 高校生と陰陽師の次期長と言う二足の草鞋を穿く少年に、さしもの碇も少しは遠慮があるのか普段の高圧的な態度は鳴りをひそめるようだ。
「時間はある……行こう」
 雨宮は既に挨拶にも近い程に繰り返した会話を繰り返しながら、その繊細に整った顔に呆れも諦めも滲ませない。生真面目で律儀な雨宮は、依頼を請ける時は何時でも、真剣そのものだ。
「助かるわ。じゃあ、簡単に説明するから」
 碇の話を聞く雨宮の顔は、高校生のそれではなく次代を担う陰陽師のものだった。


「お忙しい所をわざわざ済みません……」
 待ち合わせの場に現れたのは、中肉中背の、これと言って特徴の無い、言ってしまえば冴えない印象の男だった。名を小出と言い、相当参っているのか目の下には隈が出来、窶れた様を隠すでもない。己の外見を顧みている余裕もないのだろう。
 それなりに席が埋った喫茶店の一番奥。他の客席とは観葉植物を隔てて少し暗い席に陣取り、アトラスに協力を申し出た四人は現在小出に名を告げる程度の簡単な自己紹介を終えた所である。
「こちらの方々は、碇編集長に信用を置かれた人達だから、安心して任せていいよ」
 恐縮して小さくなっている小出に、聖がいつものようにのほほんとした笑顔で言った。
「はい……お願いします」
 見ている方が心配になる程の弱々しさで、小出が頭を下げた。
「では、早速お話を伺わせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい。私で判る事でしたら……」
 神山の柔らかな物腰に安堵したのか、小出の弱い表情に、少し力が籠った。
「まず、萱島氏についてもう少し詳しくお伺いしたいのですが」
「はい……ええと」
「萱島さんはどういった方なのか、どのような作風の物を書いていたのか、彼の死因は何だったのか……まずはそんな辺りで」
 何を言えばと迷う様子の小出を先回りして、神山はさらりと指標を示した。
「萱島さんは……静かな人でした。無口ってだけじゃなくて、なんというかとても静かな空気を持っていて。でも表に出さない所に強いものを抱えているような、独特で周囲に埋もれたりしない……そんな存在感がある人でした。それでいて、一度口を開けば驚く程博識で、深い思考の持ち主で。彼と会い、一度でも話した人は彼に惹かれずにはいられなかったんじゃないでしょうか。まだ若い方だったんですけどね。僕より少しだけ上じゃなかったかな。僕が30だから……そうそう、35歳くらいだったと」
「意外に若いわね」
 小さく呟いたのは藤井だ。周囲に強い影響を与えた作家、と言われてすぐに連想する年令は、少なくとも今言われた年令よりも十は上だ。
「ああ、それは彼を知らない人からよく言われますね。著作も老熟した技術が窺えるものでしたから」
「一度だけ著書を拝読した事があるのですが、ジャンルはいつもホラーなんですか?」
 読書を趣味とする藤井は以前一度、萱島の小説を読んだ事があった。作風がそれ程好みではなかった為に手にとったのは一冊だけだったが、確かに印象に残る話だったのを思い出す。彼女の質問に、小出は軽く首を左右に振った。
「ジャンルは幅広かったですね。推理小説を書かれる事もありましたし、恋愛物もあったじゃないかな。ウチではホラーを主にお願いしてましたけど。でも、どのジャンルでも共通する点は、テーマがとても重いと言う事でしょうか」
 小出は運ばれて来たコーヒーカップを包み込むように両手を添えた。
「人間心理の底の底を覗くような……人の心の深淵を描くのが得意な方でした」
 言って小出は俯いた。
「深い物語を綴る方でした。文体に彼特有の強い癖があって……それだけに読者を選ぶ所はありましたけれど、でも、もっとずっと長く沢山書き続けて欲しい人でしたね。どうしてああいう才能のある人がこんなに早く亡くなられなくちゃいけないんでしょうか」
 問うでもなく続く言葉に、返されるものはない。沈黙の落ちた場に気付いたか、小出は慌てて顔を上げた。
「……あ、済みません。ええと、萱島さんが亡くなられたのは心臓麻痺だったと聞いてます。元々心臓があまり強くなかったらしくて。一人暮しをされていたので、どんな状況で発作を起こされたのかは判らないんですが、彼が亡くなっているのを見付けた知人が病院に通報したそうです」
「その知人の方とは?」
 柚品の問いに、小出は首を捻った。
「誰だったかな……僕も人伝に聞いたので」
 誰だったっけ、と繰り返す小出を神山が柔らかく制した。
「彼と懇意にしていた方は作家の方だけですか?」
「いえ、ウチの他にも彼によく依頼をしていた雑誌の編集長が彼と親しくしていましたね。確か一度お会いした時に名刺を……」
 呟き乍ら小出はカードホルダを取り出すと、その中から一枚を卓上に置いた。
「これはお借りしても?」
 神山が言うのに小出は頷いた。
「私の知らない事を知っているかも知れません。もし話を聞かれるのでしたら連絡を入れておきますよ」
「お願いします」
「小出さん」
「あ、はい」
 卓上のコーヒーカップに思案に暮れる緑色の瞳を据えていた藤井が、小出へと視線を上げた。
「メールが何処から送られて来たのか確認はされましたか? 萱島さんのメールアドレスはプロバイダのものだから、IDとパスワードを知らないと使えないでしょう?」
「それなんですが……一応詳しい方に見てもらって調べてみたら彼の自宅から送られているんじゃないかって事になって。自宅は保存されてますから、行って確認しようと思ったんですけど……」
 そこまで言って小出は幽かに身を震わせた。
「萱島さんの家に、何か?」
「……何と言えばいいのか……近寄れなくて……行けなかったんです」
 言い表す言葉が見つからないといった様子の小出に、一同は先を急がせずに、続きを待つ。
「萱島さんの自宅は……一丁目にあるんですが、その……町内に入ったところからもう、変な感じがして……怖くてそれ以上進めなくて。だから結局家までは行けませんでした」
「恐い?」
「……理由を聞かれると困るんですが、とにかく足が竦んでしまって……情けない限りなんですが」
「そう……ですか」
 藤井は腕を組んで呟くと、窓外を見る。道行く人々の顔は生気に満ちて、今この場にある話題とは窓一枚を隔てて遠い世界であるように思われた。


「皆さん、これからどうしますか?」
 神山の言葉に全員が軽く沈黙する。萱島について聞き出せた事から次の行動を思案しているのだ。
「俺は一度萱島さんの家を見たいですね……家がそのまま残されていると言う事ですから、何か見つけられるかもしれませんし」
 まず口を開いたのは柚品だ。
「私も、行くわ。小出さんの話だと……不確定ではあるけど、やっぱりメールは氏の家から送られているみたいだし」
 足下に視線を落すようにして言うのは藤井。小出の話によれば原稿の送付元は萱島の家らしい事が判った…となれば、やはり萱島の知人の仕業であると考えるのが自然だろう。しかも萱島の知人が作家が多いと言うのであれば、尚更その線は濃い。
「……俺も行こう」
 最後に呟くように言ったのは雨宮だ。先までは一言も話さず、沈黙を保っていただけに三人の視線が雨宮に集中する。
「恐い」
「え?」
 隣に立った柚品が雨宮の小さな呟きを拾って、聞き返した。
「萱島の家の付近が恐いと……言っていただろう」
「ええ」
「それが気になる」
 小出の言葉から何を察したのか、雨宮は深く考え込む風だ。柚品はその様子にわずか眉を寄せた。
「やっぱり、気になりますか」
「……ああ。聖から話を聞く所によると、小出はそれほど強い霊感の持ち主ではないと言う事だった。それが近付けない程の恐怖を感じたと言う事は……」
「余程、何かがある、と言う事ですか」
「まだ現時点では断定出来ないが」
「じゃあ、お三方は萱島氏の御自宅へ向かわれるのですね」
 まとめるように神山が言う。
「あんたはどうするの?」
「私は氏を知ると言う編集長さんにお会いしてもう少し話を伺ってみます。それから私もそちらに合流しましょう」


「……これ、は」
「凄い……ですね」
 神山を除く三人は、小出から教わった萱島の自宅へ向かうべく、家のある町へ足を踏み入れていた。
そして、小出の言葉の意味を知る。境界線でもあるかのように、その町内の空気は違っていた。一歩、ただ一歩踏み入れただけで、まるで世界が一変してしまったかのような。
「前回を少し思い出してしまいますね」
 辺りを警戒しながらも、いつもと同じ調子で言うのは柚品だ。前回――聖がもたらした依頼を解決すべく向かった依頼人の家では、怨霊となった霊が生み出す瘴気が凝り、一種結界の様なものを形成し特殊な「場」と化していた。その時に見た光景を柚品は脳裏に描く。何処か似ている気がした。
「前回?」
 藤井が問うのに柚品は苦笑した。
「以前にもこんな状態を見た事があったんです」
 言いつつ、柚品は雨宮を見る。少年の、鋭い視線とかち合った。雨宮が幽かに頷く。どうやら雨宮も柚品と同じように考えたようだ。
「……藤井、俺と柚品から離れるな……ここは、危険だ」
 雨宮が低く言う。
「……判ったわ」
 藤井は、柚品や雨宮ほどこの場について解しているわけではなかった。だが身体は確かに異質な空気を感じていた。手にした布に包まれた細長いものを、中身を確かめるように強く抱いた。包まれるのは短剣…聖なる力を帯びた刀だ。藤井はいざと言うときに己を守れる程の強い力は持たない――運動神経には多少自信があるが、術者のような異質なるもの達に特化した攻撃力は持たないのである。手にした短剣だけが拠り所だ。
 小出のように恐怖は感じていなかったが、危険の二文字にはやはり緊張が走る。
 藤井の緊張を感じたか、雨宮が藤井のすぐ隣に立った。
「これを持っていろ」
「……これは?」
 細長い和紙に、書きつけられた特殊な文字を、藤井は凝視した。物の本で見たことがある…記憶が正しければ、これは符だ。陰陽師や道教を修めた者が使用する――
「いざとなれば時間稼ぎくらいにはなる。危険だと判断したら、俺や柚品の事は構わずに離脱するんだ……いいな」
 藤井は頷いて符を受け取った。

「この公園……は」
 町内に入り、暫く歩いた所に小さな公園があった。雨宮がその前で足を止める。
「どうしたんですか、雨宮さん」
「先に行っててくれ。俺はここを少し見てみる」
 雨宮の視線は鋭く、何が見えるのか公園へと向けられて動かない。
「すぐに合流する……油断するなよ」
 二人を見ぬままの言葉に、柚品は頷いた。
「大丈夫ですよ。ここまで現象があからさまだと嫌でも油断なんて出来ませんから」
 柚品の軽口に、雨宮も僅か口の端を上げた。


 柚品と藤井が立ち去るのを見送ってから、雨宮は公園に足を踏み入れた。
 町中の小さな公園は鬱蒼と緑が茂り、暗い印象は拭えない。しかも現在この町を覆うように漂う瘴気がその印象を強めている。
 そして、その瘴気は、雨宮が足を踏み入れたその時から更に、濃く濃く渦を巻くように濃度を増したのだ。まるで、邀撃するかのように。
 
ざわ

 木立が風にざわめく。その音はまるで、雨宮の胸に落ちてくすぶる胸騒ぎを知るかのように、不安をかきたてるかのような。

ざわ

 日が落ちてもおらぬのに、暗くなり始めた空をたたえるかのように伸ばされた枝葉が、空をかき乱すかのように、しだいに揺れを増す。
 何かが木の、枝の陰でそれらを揺するかのように、次第に音と揺れが高まって行く。

ざざッ――

 激しい音とともに、枝葉が生い茂ってひときわ暗い一角を形成した茂みから、飛びだしたそれが雨宮を襲った。
 咄嗟に上げた右手、それが掴んだものに、襲いかかったものが当たり弾かれる。
 弾かれて後方に飛び退ったそれを、雨宮は視認し、眼前に掲げたままの右手に掴んだ細長い袋を取り去る。取り去られた袋から現れたのは日本刀。雨宮家に代々伝わる退魔の刀――「魅鞘」だ。
「……猫?」
 着地して、雨宮を威嚇するそれは猫だった。白に黒の斑の入った、別段変わった所の無い猫…だが、瞳に狂気が見える。飢え狂う獣の目だ。
「この場の瘴気にやられた、か」
 人より数段気配に鋭い動物が、この瘴気に影響を受けたのも不思議な話ではない。
 猫は低い唸りを発している。今にもまた飛びかからんばかりの様子だ。こちらが少しでも動けば、再び牙と爪を揮うだろう。
 雨宮は静かに瞳を閉じた。そして、開く。
「……まだ居る、か」
 雨宮の呟きとともに、方々の茂みから猫が現れる。様々な大きさ、模様、首輪のあるもの、ないもの…数えれば二十にも達しようかという程の数。その全てが、雨宮に視線を注いでいる。狂いに満ちた、瞳で。
 揃って威嚇の唸りを上げ、それと共に場の空気がに濁って行く。まるで邪悪なる念を練り上げるかのように、唱和する鳴声。
 そしてそれとともに集った猫達の様相が変化していく――口が裂けたように広がり、牙が伸び、爪が伸び――異形へと。
 甲高い、いずれの獣とも異なるように思われる声が、空間を突き抜けた瞬間、猫から異形へと変化を終えた獣達が、一斉に地を蹴った。
 雨宮は、攻撃の手が届く前に、大きく後方へ退る。距離を取った雨宮との間を詰めた最初の一匹が、鋭い爪を光らせて飛びかかった。雨宮は鞘から刀身を抜かぬままの魅鞘で、それを打ち落した。続けて二匹、三匹と飛びかかるのを同じように打ち据える。だが、手加減された雨宮の攻撃は狂った獣の意識を奪うまでには至らない。鞘に撃たれた瞬間は、痛みに耐えるように蹲るものの、またすぐに立ち上がり、飛びかかって来る。これでは切りがない。
 術を使おうにも印を切る暇さえなかった。
 何故聞こえたのかが不思議なほどに静かな声が聞こえたのは、何回目かの攻撃を躱した瞬間。
 言葉の意味は判らなかったが、それが何らかの術である事だけはその声の調子で判った。言葉が始まると共に、獣達の動きが急激に鈍る。駆ける為の足が上がらなくなり、頭が揺れ、次第に歩む事すら出来なくなって行く。稍もせぬ内に、攻撃は止んだ。
「怪我はありませんか」
 現れたのは神山だった。悠然と雨宮に歩み寄り、隣に立った。
「お役に立てたようですね」
 猫達は、異形の姿のまま地に臥していた。
「神山……」
「出すぎた真似、でしたでしょうか?」
 微笑とともに柔らかな声音で神山は言った。
「いや」
 雨宮はその中の一匹の元に歩み寄り、腰を落とす。口元に指を持って行けば安らかな息がかかり、生きているのが判った。
「彼等には眠ってもらいました……命を奪うのは容易いですが、この場合は無意味ですからね」
 雨宮の意図を察したか神山が言うのに、雨宮はそうか、と僅かに苦笑を浮かべた。
「何か判ったのか」 
 眠る猫の背を撫でて立ちあがった雨宮が、神山に問う。神山は萱島が親しくしていたというとある雑誌の編集長と会っていたのだ。
「ええ。中々に興味深い事を聞けましたよ。……ああ、御登場の様ですね」
 神山の視線を追って、雨宮は公園の奥の茂みを見た。
 ずずっ、ずずっと地面を何かが這うような音が茂みの奥から聞こえる。その音に、時折枝をかき分け折る音が混じる。
「アレの正体を判っているようだな」
 眉一筋動かさない神山に、同じく表情の変化を感じさせない雨宮が一顧だにせず問う。
「どんなものであるのかは、ご存知でしょう」
 堕ちた魂であることは、と続けられたそれに雨宮は肯いた。
「だがあれは、ただ未練を残して死んだ者とは違う。例えどれだけ強い思念を残したとしても」
「これだけ短期間でここまでの瘴気を生み出す者と化すのは不自然だと?」
 雨宮の言わんとする所を察しての神山の確認に、雨宮は正面に据えていた瞳を神山に向けることで肯定した。
 尋常の鬼気ではない。
「あれは……誰だ」
 挑むような視線は、まるで糾弾するかのような。神山はそれを受けてさえ笑みを崩さない。
「念の為に言わせて頂けば、私は何もしていませんよ」
「……」
 雨宮は一瞬目を瞠って、髪をかきあげた。鋭かった視線が幾分和らぐ。
「そんなつもりで言ったんじゃない……。そう聞こえたなら済まなかった」
 意外な程の素直な謝辞に、神山はくすりと笑う。
「いえ、私こそ意地の悪いことを――、貴方が『看る』事の出来る方と思えたので、つい」
「つい?」
 雨宮の疑問には答えず、神山は笑みをおさめて言う。
「あれは、萱島氏の作家仲間の一人ですよ。名は栄泰司。彼は萱島氏の父親代わりですらあったそうです。彼はここで自殺して亡くなったようですね……ほら、出て来られましたよ」
 神山が視線で雨宮を促す。それに従って前に戻した顔の先に在るものは――
「……これが、人だったもの、か」
 二人の前に姿を現したのは、人であったとは思えないモノだった。一つの人間の身体に…数人分の手と足と顔と。顔には瞳が一つ。潰れたような鼻があり、口は裂け、鋭い牙を生やした口からは涎が垂れている。ハッ、ハッと獣のような息を吐き、その度に瘴気も濃く漏れる。その三つはまるで子供の描いた絵のようにでたらめな配置がなされていた。
 手と足は、一見して何本あるのか判らない、それぞれが勝手に蠢いて、統制が取れているようには見えなかった。そのせいなのか、身体を持ち上げることはせずに、引きずっていたのは。
「哀れな魂の末路です……ですが、貴方の言われる通りこれは何者かが手を貸したが故の歪められたものですね」
 哀れみの色を整った顔に上がらせて神山は栄であったモノを見る。
「そしてこの姿は萱島氏の小説に出てくるモノです」
「萱島の?」
 雨宮は神山の言葉に耳を傾けながらも魅鞘を構え、栄から目を離さない。
「そうです。『それは裡に存在する醜悪なる心を表にしたかのように、いびつで、哀れな存在だった』。病に冒されて余命幾許もなく、それでも尚生に執着し、健康と才能に溢れた若者を嫉妬の為に殺害した作家の末路……作家は、この姿になってまでも生に執着し、人を食らい続け――」
 しうっ、と空を音が走った…神山に向けて。
「神山!」
 油断なく構えていた雨宮ですら、何が飛んだか見えなかったそれを、神山は捉える。
「大丈夫です」
 軽く顔の前に掲げられた掌が受け止めたのは、白く細い杭のようなもの。
「ああ、こんな所まで正確に小説を準えている」
 神山が手を握りしめれば、杭はぱきりと音を立てて崩れた。
「小説の再現か?」
「そうです。異質な空気に閉ざされた町。現れる異形……これは萱島氏の小説『死して病み堕つ創造主』の世界の再現です」
 
 神山と雨宮が見るその前で、突然それは起こった。
 ぐしゃり、と身体が崩れ、腕が二本、繋がった状態で床に落ちた。いびつに歪んだその二本はしばらくその場でうごめきながら形を変えていた。徐々に何かの姿をとり始める。
 出来の悪いクレイアニメを見るかのようだ。
 びしゃり、と多量の体液のようなものを流しつつ、完成を見たのかそれは立ちあがった。
 人の顔に、足と手が生えていた。写真を見た神山には判った。この顔は栄泰司のものだ。幾分造作が崩れているが、特徴がよく出ていた。それは先に雨宮を襲った猫のように口が裂け、鋭い牙を剥き出しにして呵々と笑った。
「これも、小説の中に出て来たシーンと酷似していますね」
 神山の瞳は、未だ哀れみを湛える。だがその口調は淡々としていた。
「このまま最後まで見守りますか」
 放っておけば、同じように分身を生み出して行く。数があれば厄介にもなりかねない。神山はそれを口にはしない。雨宮なら言われずとも察していよう。
 その合間に、異形はまた腕や足を落としていく。連続で落とされた数本はそれぞれに絡みあって、離れて己勝手に蠢いた。そして一度終えた為に骨を呑込みでもしたのか、今度は先ほどより動きが早い。次々に分身を増やして、それぞれがひひ、と、かか、と笑い出す。耳ざわりな甲高い笑い声がそう広さのない公園に満ちて行く。
 一連の光景を雨宮は黙して見ている。それは闇に浮かぶ月が地に在るものを、無言で見下ろす様を思わせる。静かな横顔を隣に立って見る神山もまた、表情は静穏そのものだ。二人をだけ見れば、その前で何が行われているかなど他者には想像もつかぬに違いない。
「本体が何処にあるか判るか?」
 言葉を知らぬかのように黙し続けていた雨宮が、きっぱりとした口調で問いの声を上げた。今まで変化してゆく異形に据えたままだった黒瞳を神山へ向け。その目に宿るのは決意か。迷いの無いまっすぐな視線を神山は緩やかな微笑みで受けた。
「その茂みの奥に一本、血に染まった刃物……包丁が突き立っています。それが力の源になっているようですね」
 神山の瞳には全ての真実が映っている。幾世紀を超えて来た悪魔である神山にとって、この程度は飽く程に目にして来たものだ。そして以前ならば見向きもしなかったであろう。
――哀れと思うも酔狂か。
 消滅させるに易い霊に手を下さずにいるのは、ただ哀れに思うが故だ。こうまで落ちたのでは浄化は望めない…それでも、どうにか出来ぬものか、と道を探す自分に神山は苦笑した。。
 随分と甘くなったものだ、とここの所胸中の口癖になりつつある呟きを、やはり胸の内のみで呟く。
「どうしますか?」
「こうなってしまっては……俺にはもう救えない。それとも」
 雨宮の黒い瞳が、神山の金の瞳を捉える。
「出来るか?」
 救うことが、続く言葉はないままのそれに神山は瞳を閉じ、無言のままに否定を返した。
 ただでさえ自殺した霊は浄化に時間がかかる。それに黒い力を与え、完全に闇に落とした。隅々までインクで黒く染めた白い布が二度と元の白には戻らぬように、完全なる闇に身を浸した者が輪廻の輪に戻ることは出来ない。残された選択はたった一つなのだ。
「ここで終わらせなければ町は元に戻らない。溢れた瘴気に晒され続ければ、人は狂うだけだ」
 雨宮は神山を見上げていた顔を、栄に向けた。
「斬って、終わらせる」
 声に迷いは無い。
「では、私はサポートをさせて頂きましょう」
 神山の手でそれを行うなら一瞬だ。サポートも要らないだろう。だがそれは神山の悪魔としての力をこの少年に見せる事になる。ある程度はいいが、成るべくなら正体を晒すような真似は避けたかった。
 神山より一歩、雨宮が前に出る。
「あまり苦痛は与えたくない……彼等の動きを妨害してくれるだけでいい」
 ぽつりと言い残して、雨宮が歩き出す。走らぬのは刺激せぬ為か。
 武道を修めた者特有の、隙のない歩みで雨宮が彼等の傍に近づいて行く。既に十を超えた彼等を避けて通りぬけることは難しく、雨宮は片方を開ける為に右寄りを選ぶ。
 徐々に両者の間が狭まっていく。彼等は奇声を発しつつ、足と手を器用に使い飛び跳ねている。
 雨宮が彼等の間隙を縫って通り抜けようとした、その時。
 彼等は牙を剥いた――が、動く事はなかった。否、動かないのではなく、動けなかったのだ。
 何かに縛られ、地に縫い付けられたかのように彼等は微動だにしない。口惜しさに歯噛みするように、異常に伸びた歯だけがかちかちと上下に打ち鳴らされている。
 神山が某かの力を使い、この状況を作り出しているのだろう。だが、雨宮は神山を振り返りはせず真直ぐに奥を目指す。
 茂みに踏み入り、草木をかき分け進めば、捜すまでもなく目的のものを見つける事が出来た。
 黒々と染まった、包丁。
 それは黒雲を纏うように黒い念を身にまとわりつかせ、そのあまりの気の歪みに真直ぐな筈の刃が歪んで見える程だった。
「……お前の望みは何だった、栄」
 雨宮は静かに問う。答は意外な場所から返った。
「萱島が生きて書き続ける事、かな」
 茂みの右方から姿を表したのは、20代中盤くらいの青年だった。
「……」
 黙って睨む雨宮に、青年は軽薄な笑みを向ける。
「一体どんな奴が来るのかと思ったら、随分とカワイイ子が来たもんだ」
「お前は、一体」
「俺? 俺は面白そうだったから見学に来ただけ。……思ったより面白くなかったけどね。まさかあんな御仁が出て来るとは思わなかったし?」
 御仁、の所で顎で外側を促すのに、それの指し示すのが神山である事を雨宮は理解する。
「あと、そうだな。栄ちゃんに力を貸したのは俺ってトコロかな」
 途端、雨宮が魅鞘を鞘から抜き放った。
「お前は、何者だ」
 刀身を突き付ける雨宮を、驚きの瞳で見つめて、男は頤を放つ。
「真面目だねえ。……俺が何か、なんて聞かなくたって判るだろう?」
「何が目的で力を貸した? こうなると、予想はついていたろう」
「お礼だよ」
 派手な笑いをひそめて、忍び笑う男に、雨宮は更に刃を近付けた。それでも男は全く怯まない。
「そう、お礼。俺が欲しかったものを彼がくれた。だから、そのお礼に力を貸してあげたわけ。ギブアンドテイクって奴さ」
「貴様……」
 冷静な少年の瞳に、怒りが上る。
「おっと、恐い恐い。目的も果たした事だし、とっとと逃げますか」
 言うと同時、青年は跳躍した。背後には家の壁がある…にも係わらず姿はそれに吸い込まれて行く。
「待て」
 制止の声も届かず、男はそのまま消えた。
「欲しかった、もの……?」
 雨宮は男の消えた壁に目を留めたまま、呟いた。栄があの男に何を与えたと言うのか。
 思考に沈みかけて、首を振った。今は、それどころではない。
 刀身を晒した魅鞘を、地に突き立った包丁へ向けた。これを壊せばこの場は元に戻る。残った瘴気は浄化せねばならないだろうが、元を絶てば問題はない。
 自分を滅しようと立つ雨宮に、包丁は反応を示さない。沈黙に立つそれは、ただの包丁にすら見える。それとも、待っていたのか。この凶行を止める者を。自らの狂気を止める事が出来ず、身動きすら出来ずに、ここで。
 雨宮は瞳を閉じた。そして、開く。
 魅鞘が、振り上げられ、下ろされた。

「終わりましたか」
「ああ」
 茂みから姿を現した雨宮を迎えて、神山は微笑んだ。
「……見たか?」
「? 場が解体されるのは判りましたが」
 質問の意図が曖昧なのに、神山が訝しむように瞳を細めた。
「行こう。柚品と藤井と合流する」
 素っ気無く言い、踵を返し公園を出て行く雨宮を神山は見送って…呟く。
「鬼……ですか。また、面白いものが」
 緩く、愉悦の笑みを浮かべて、神山は雨宮の後を追った。
 
 神山、雨宮と合流したのは既に日が落ち始めた頃だった。
「……とこんな所です」
 藤井は用事があるとの事で、神山は別件で仕事が入ったと、二人とはすぐに別れ、柚品は雨宮と共にアトラスに戻り、報告書を作成していた。
 まずは互いの情報の開示から、と雨宮が先に話し、その後柚品が自らの体験を話し終えた所で聖が差し入れの日本茶を持って来た。柚品の希望である。
「お疲れさまー」
「あ、どうも」
 熱い茶を受け取って、まずは一息、とばかりにゆっくりと口に含んだ。濃い目に入れられたそれは、口中に薫りを放って疲れた身体に染み入るようだ。
 雨宮も同じように受け取るが、すぐには口にせず、柚品を見ている。
「?」
 視線に気付いた柚品が湯呑みを口から離した。
「前回を思い出す、と言っていただろう?」
 主語の無い問いにも、柚品はすぐに答を返した。
「ええ。木下さんの依頼ですよね?」
「ああ。……あの時にサイコメトリで見た男の顔を覚えているか?」
「覚えてますよ」
「その男は、こんな顔だったか?」
 言いつつ雨宮が柚品の前に出したのは鉛筆で書かれた似顔絵。
 黒く短い髪に、整った顔立ち。何処か愉快げな口許……。
「似てますね……これは?」
「今日公園で会った男だ。アトラスに似顔絵の得意な人間が居たから書いてもらったんだが……そうか。似ている、か」
 呟いて、雨宮は黙り込む。似顔絵に落される視線は鋭い。
「今回、この男が絡んでいたが為に、栄泰司の霊は単なる死霊ではいられなかった」
 町を呑込む程の鬼気は、その男が招いた結果だと雨宮は言う。
「目的は何ですか?」
 柚品は極当然の疑問を口にした。
 何の目的があって、霊に力を与えるのか。
「判らん……ヤツは礼だと言っていたが」
 あまり表情を見せない雨宮の顔に、忌々し気な色が上る。それを珍しく思い乍らも、その男に対する怒りが己の内に沸いて来ているのを柚品は感じていた。
 自らの命を絶った哀れな魂に徒に手を貸し、悪霊となったそれを放置する。その行為に、怒りがあってこそ、理解は出来ない。
「これが最後だといいですね」
「………」
 柚品の言葉に、雨宮は黙って茶を口にした。恐らく雨宮はこれで最後だとは考えていないのだろう。
言った柚品自身も、同じだ。
 雨宮は手にした湯呑みに落していた視線を手に移した。
 魅鞘で栄の魂を宿す包丁を斬った感触を思い出す。それは硬質な刃を断った筈であるのに、肉を…人の身体を斬ったかのような感触だった。
 だが、それも不思議ではないか、と思う。
 栄の魂はこれで消滅してしまったのだから。それは、人を一人斬ったのと変わりがないのかも知れず。
 雨宮は知らず、湯呑みを持つ手に力が籠っているのに気付いて苦笑し、まだ温かな茶の残りを流し込むように飲んだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2263 / 神山隼人(カミヤマ・ハヤト) / 男 / 999 / 便利屋】
【1582 / 柚品弧月(ユシナ・コゲツ) / 男 / 22 / 大学生】
【1873 / 藤井百合枝(フジイ・ユリエ) / 女 / 25 / 派遣社員】
【0112 / 雨宮薫(アマミヤ・カオル) / 男 / 18 / 陰陽師(高校生)】

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせ致しました。申し訳ございません。
他に言葉が思い浮かばず、ただひたすらにお詫び申し上げるしか出来ません。

修行して出直します……。

■雨宮薫様
二度目の御参加有難うございました!
またもお待たせしてしまい、情けなく申し訳なく。

今回は、前回に少し出て来ていた男との会話がありました。
冷静な雨宮さんの、内にひそむ熱い部分を秘かに表してみたのですが、如何でしたでしょうか。

せめて楽しんでいただければと、祈るように思いつつ、失礼させて頂きます。