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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


三下・春爛漫

1.
おかしい・・・絶対におかしいわ・・・。

月刊アトラス編集長・碇麗香は眉間にしわを寄せたまま、ある人物を見つめていた。
そう、その人物とは誰あろう三下忠雄である。
いつもオドオドしていたあの三下がここ数日、なにやらてきぱきと仕事をこなしている。
・・いや。それだけならまだしも、麗香に原稿を没られても全く気にしていない。
いやいや、気にしないどころか張り切って次の原稿を書こうとしている。
さらにさらに、なにやら30万円の浄水器だの15万のフライパンだのの購入計画までして麗香に薦めてきたりもしている。
もーっと言ってしまえば『僕にもついに春が来たんです』とも口走っていたとか。

嫌な予感がするわ。

麗香は電話の受話器をとった。
こんな状態の三下を見続けるのは、麗香には耐えられなかった・・・。


2.
「じゃあ、呼ぶわよ?」
神妙な顔で麗香は応接セットに座る面々<丈峯楓香(たけみねふうか)・龍神吠音(たつがみはいね)・功刀渉(くぬぎあゆむ)・五代真(ごだいまこと)>に問った。
が、功刀はできれば見たくない衝動に駆られていた。
麗香の話を聞いた時点ですでに気分が悪くなっていたからだ。
「さんしたくん!ちょっと来てちょうだい」
「はーい!よっびましたか〜?編集長〜」
軽いステップで三下がやってきた。
「先ほどの原稿・・没!もっとうまく書き直していらっしゃい!」
厳しい口調の麗香にニコニコ顔のまま三下は「わかりました〜!」と返事をした。
「・・・」
功刀は声にならない声でソファの縁に頭をもたれさせた。
吐き気とめまいと寒気に襲われたのだ。

よもやこれほどとは・・・。

麗香のこめかみ辺りの血管が、微妙に痙攣しているのがわかる。
功刀たちを振り返り「どう?わかったかしら?」と目で訴えた。
龍神がそれに答えるかのように頷くと、「三下サン」と言った。
「春が来たって・・何があったんだよ?」
その言葉に、ニコニコ顔だった三下の顔がさらにニヤケタ顔になった。
「やだなぁ〜。誰に聞いたんですか〜? うへへへへ〜」
「・・耐えられん・・」
功刀がいつものポーカーフェイスを崩してそう呟いた。
「彼女ができたのか?」
五代がニヤリと笑ってそう聞くと、三下は恥ずかしそうに顔に手を当て「うへへ〜」と笑う。
「も・・もう今日はいいから・・帰って頭冷やしなさい・・・」
声も切れ切れに、最後の力を振り絞るかのように麗香がそう言った。
「え!?ホントですか!うわぁ!じゃあ今から電話して会いにいこっと♪」
スキップしながら去っていく三下を見送りつつ、楓香が呟いた。
「すごい変わりよう・・確かにこれは調べてみる価値ありだね。都合のいいことに今から会いに行くみたいだし」
「お相手はセールスレディか何かか?」
五代がそう呟くと、青い顔した功刀がそれに付け加えるように言う。
「霊感商法風味ネズミ講の詐欺・・とかね。浄水器とかのメーカーも調べる必要がありそうだね」

「とにかく何とかして頂戴。これじゃ健康に支障をきたすわ・・」


3.
4人は別れて調査することと相成った。
理由は単純。尾行は単体の方がしやすいからだ。
が、功刀はあえて尾行でなく編集部に残って調査をすることにした。
決定的な証拠を突きつけなければ、いくら三下でも納得しないだろうと踏んだのだ。
「これよ。私が貰った鍋の資料と浄水器の資料は」
「助かります。あと、一台ネットができるパソコンを借りたいのですが」
功刀がそう言うと麗香は「自由に使ってちょうだい」と即答した。
「では、仕事に掛からせていただきましょうか」
カチャカチャとキーボードを叩き、とあるURLを記入する。
「・・検索でもするのかと思ったけど・・これって悪徳商法のページ・・」
何気に見ていた麗香が功刀に言った。
功刀はディスプレイを見たままニコリともせずに答えた。
「蛇の道は蛇ですから。疑わしきはまず調べる・・証拠は何よりも威力を発揮しますからね」
交渉屋としての顔をちらりとのぞかせ、功刀は次々と操作をこなす。
「さんしたくんもそれ位色々調べてくれれば、もう少しまともな編集になるんだけど・・・」
溜息をついた麗香に功刀は顔を上げて言った。
「それ位を調べられないから彼は彼らしいと言うか・・・まぁ、彼がいるからこの編集部に話題が絶えないのも1つの事実ですよ」
「・・違いないわね」
フッと笑った麗香は「でも」と言葉を続ける。
「とりあえずあの状態はどうしても見逃しておけないのよ・・・」
「わかってますよ。僕もあんな状態を見続けるのは冗談でも嫌ですから」
功刀は苦い薬でも飲んだかのように顔を歪ませた。
「あ。出たわね」
麗香がディスプレイの表示が変わったのを知らせた。
「予想通り。後はこれをプリントアウトして・・・」
カチャカチャと操作を続行させる功刀。

その時、麗香の携帯が鳴った。


4.
「あら、丈峯さんからね・・・。写真添付してあるわ」
写真添付と聞いて、功刀は興味を引かれた。
「女みたいだけど・・」
「・・にしては、体格が・・?」
楓香からのメールは以下の様な感じだった。

『楓香でーす♪ 三下さんと密会してた女の人の写真、激写しました!
 今喫茶店[Pasiri]に入っていきましたので、追跡続行しまーす♪』

喫茶店はアトラス編集部からそう離れてはいない。
「なぁんかこの女見たことあるのよね・・」
麗香が眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「とりあえず、プリントアウトしたものを持ってその店に行きますよ」
功刀がのんびりと立ち上がった。
「あ!?ちょ、ちょっと待って!」
麗香が慌てて棚にしまってあったファイルから1枚の写真と記事を取り出した。
「・・誰です、この男?」
「下葉明(したばあきら)っていうんだけど、前に一度霊感商法まがいのことやってた事があるから取材したことがあるの。持っていってちょうだい!」
麗香の言いたいことがいまいち把握できなかったが、その写真を功刀は懐にしまった。
「では」
功刀は小走りにアトラス編集部を後にした。
道すがら先ほど貰った写真がなにを示すのか。
そして、それをいかに効果的に使うかということを考えていた・・・。


5.
喫茶店に到着し、中に入ると今まさに先に到着していた五代、龍神、楓香が三下たちと向き合って衝突していようとしていた。
女が「な・・何なんですか!? あなた達は!」といっているのが聞こえた。
推測するにおそらく、3人がなんらかの会話から女が悪徳商法の手先だということを感じて詰め寄ったのだろう。
ふぅっと一息つくと功刀は3人の後ろから声を掛けた。
「特定商取引に関する法律、第三章『連鎖販売取引』というのをご存知ですか?」
「功刀さん!」
3人が一斉に振り向いた。
その3人には目を移さず、功刀はじっと女を見た。
「・・・」
女性の顔が微妙に引きつっていくのが功刀ははっきりと感じられた。
「色々と調べてきた結果、鍋・浄水器はねずみ講で有名な某社でのみ販売されている物と判明しました」
「え? え?」
三下が淡々という功刀の言葉についていけず、はてなマークを次々に吐き出した。
「やっぱり・・・」と五代がうんうんと納得顔で頷いている。
「三下サンに春なんてありえねぇとは思ってたが・・・」とこちらも納得顔の龍神。
「ちょっと人聞きが悪いこといわないでよね! あたしがいつそんな勧誘したって言うのよ! あたし達は健全なお付き合いを・・・」
女が憤怒の顔で猛反撃に出た。
「鍋の購入のどこが健全なお付き合い・・?」
ぼそりと言った楓香はきっと女に睨まれた。妙に迫力のある眼光だった。
その女の顔に功刀はようやく麗香の言わんとしていた事を理解した。
そして、今が一番効果的な写真の使い時だということも。
功刀は写真を懐から取り出した。
「この男に見覚えは?」
「・・?」
3人と三下、女はその顔写真を見た。
楓香、龍神、五代は見覚えがあるような、ないような?という顔をしている。
三下にいたっては全くわかっていないようだ。
だが、1人だけ顔色を真っ青にした者がいた。
「これ、どっかで見た覚えあんだけど・・」
龍神がそう聞いたので功刀はニヤリと笑った。

「今、皆さんの目の前にいますからねぇ」

視線が移動していく。
そして、全員の視線が1人の男に注がれた。
「下葉明。正真正銘の男・・ですよ」
『カマー!?』
冷静に解説する功刀に声がハモった。
女・・と思われた下葉の顔が、青から赤に変わる。
「よ・・よくもバラしてくれたわね! アンタみたいなのに、あたしの気持ちわかるもんですかぁ!!」
下葉は功刀に殴りかかろうとした。
と、それに影がサッと割って入った。
「おっと。それ以上はやめとけ。男なら容赦はしないぜ?」
龍神がリングの死神と言われたその鋭い視線を下葉に向けた。
「う!? あ、アンタ達なんて・・こっちから願い下げよ!!」
気圧された下葉は、カバンを引っつかむとマッハで喫茶店から去っていった。
「これで一件落着・・だな」と龍神が言った。
「碇さんにも報告しとかないとな」
「これで体調不良ともおさらば。全て円満解決です」
五代と功刀はにこやかに談笑している。
そんな後ろで三下は「サクラチル」を体全体で表現したかのようにただ、立ち尽くしていた。

これでまた安心してアトラス編集部に顔を出せるというものだ。
だが、まぁ、少しは哀れというか・・・同情しておこうか。
三下に・・・幸多かれ・・・。


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2152 / 丈峯楓香 / 女 / 15 / 高校生

2619 / 龍神吠音 / 男 / 19 / プロボクサー

2346 / 功刀渉 / 男 / 29 / 建築家:交渉屋

1335 / 五代真 / 男 / 20 / 便利屋


■□     ライター通信      □■
功刀渉様

この度は『三下・春爛漫』へのご参加ありがとうございました。
三下の春・・・一応本物の春である可能性を踏まえていただいたプレイングで三下も喜んでおることと思います。
さすがは交渉屋・というだけあり、他の皆様が尾行や説得を試みるなか物質的な調査を行われたのは功刀様だけでした。
ので、途中別行動とさせていただきました。
前回シナリオにつきましては・・生霊・・というのもアリだったのですね。
時々自分が物凄い怖いことを言ってることに気がつきハッとすることが度々です。(^^;
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。