|
私のクツ探してください
オープニング
草間武彦は今日も貧乏だった。
掘っ立て小屋かと見紛うような事務所の中は、一応机が4〜5つとタンスがあったりしているが、東京のど真ん中で一階、2間の一軒家と言ったらかなり相当目立つ。
あまりにも通行人が振り返り物珍しげに見るので、やけになって零にカーテンを買わせに行かせたのだが、彼女のそれは可愛らしい身なりに店員がどう誤解したのかとってもステキな花柄になっていてそれも武彦の気分を深ーく深ーく落ち込ませていた。
(どうして、ハードボイルドに決めたいのにこうなっちまうんだろう)
それでも毎月の事務所兼家のローンはきっちり払えるのだからそんなに暮らしぶりは悪くない……ハズなのだが、その毎月の支払いを終えるとほぼ一か月分の生活費しか残らないのだから不思議だ。
(どっかにイイ儲け話落ちてねぇかな)
いつかニュースで見た100万入った封筒がここらの近くにも落ちてないかな?などと非現実的な思考に入りかけたその時。
トントン。
ベルも鳴らさず、ドアをノックする音が聞こえた。
「あ、はいはい〜」
ダラダラと吸っていたタバコを灰皿に押し付け、武彦は、掘っ立て小屋の扉を開けた。
現れたのは清楚な美女だった。
「あの、私のクツ、探して欲しいんです」
ただその美女は雨も降っていないのに全身びしょ濡れだった。
武彦は(ああ、またか)と思った。
「あのですね、学校の帰りにアルバイトがないか寄ってみたんですけど、“また”ですか。とにかく、その方に詳しいお話を聞いてみないと“そう”とは限らないじゃないですか。川に落ちたかもしれないし、下水道にはまったのかもしれないし。靴もどういったものかを詳しくお聞きしますね」
あまり乗り気ではなく、その依頼を聞いていた草間武彦に突然若い声が飛び込んできた。海原みなも、十三歳。制服、髪、瞳とも透き通るような青色が印象的な少女だ。いつの間にか、事務所の中に入ってきていたらしい。たまに調査等をバイトとして手伝ってもらっているので、慣れた調子でさっさと依頼人に聞き込みを始めた。またフッとタバコに火を点け吹かし始めた武彦の横で、切れ長の目の中性的な容貌の女性が囁いた。シュライン・エマ。草間興信所事務員だ。
「……ええと、全身濡れている所から何処か川か湖のような場所で亡くなった方?または足の部分が破損した碑石みたいな物の九十九神様だとか。ともあれ、女性の生死確認をしてみるわね」
「頼む」
武彦が一言言うと、エマは少しだけ微笑んで、「まかせて」と言った。
みなもの聞き込みは難航しているようで、女性は、最初に話したきり、何も喋らなくなってしまっていた。
「ちょっと、失礼」
エマは、それに一応の終止をかけ、女性の右手を取ろうとした。だが、それは掴めず、すり抜ける。
「これは……」
みなもはパチクリと目をしばたかせる。エマは武彦にそっと目で合図をした。武彦は、エマはさっき女性が話していたものと同じ声帯で話してみるようにと指示をする。エマは頷いた。
「お名前、身元、靴の大体の紛失場所・日付・無くした経緯・靴の特徴等分かりますか?」
エマは声帯模写能力者だ。一度聞いたら、そっくりそのままの音を出す事が出来る。女性は、その声に一瞬だけ、エマの方を見たが、すぐにあさっての方向を向き、
「あの、大事な靴なんです」
とだけ呟いた。エマは振り向き、武彦が目で促しているのを確認すると、続けた。
「あの、どなたかから頂いたものなんですか?」
「ええ、とてもとても大事な人優しくてとてもステキな人」
「今はどこにいらっしゃるんですか?」
「今はいないの。深い深い水の底に引き裂かれてしまった。会いたい。会いたいの。でも、クツがないと探せないの。あの方からもらった青いクツ。優しいあの人。会いたい」
女性はそこまで言うと、後は延々と「会いたい会いたい……」と繰り返すようになってしまった。
武彦はみなもに「ということだ」と言った。みなもは、ちょっとだけ目を険しくして、聞く。
「どういうことですか?」
「あの女を良く見てみろ。喋る時口元と喉元の動きが微妙にズレているだろう。……多分、今俺たちに聞こえてきている「声」のようなものは一種テレパスのようなものだろうさ。んで、その「声」しか聞こえていない。この手の霊にはよくある話だ」
「でも、それじゃあ、どうやってここの事を知ったのですか?」
「あら、それはそうね。聞いてみるわ」
エマが女性にまた向き直った。女性は言い疲れたのか、あさっての方向のまま固まっている。
エマは微笑む。
「あの、すみません。ちょっといいですか?」
「――……?」
「あの、どうしてこんな所にまでおいでになったのですか?遠かったでしょうに」
「……川辺で」
「はい?」
「川辺であの方に似た人がいたんです。その人は何かを必死に探してあげていて、女の人を喜ばせてあげていたんです。ですから、その場で頼もうと思ったのですけど、その時はその女の人の周りに壁のようなものがあったから近づけなくて……だから、その女の人の気配が完全に消えるまで待っていたんです」
「……昨日までの依頼人の守護霊が強かったからだな」
武彦は呟く。エマはすぐに調査記録を確かめに、本棚に向かった。
十分後。エマは昨日の調査場所から一番近い交番や周辺の聞き込みをし、みなもと武彦、武彦にくっついてきていると思わしき幽霊は、その調査現場に行くことになった。
エマ。交番にて。
「ん〜。残念ながら、交番に青いクツは届いていないな」
「……そうですか。あ、それでもう一つお聞きしたいことがあるんですか、いいですか?」
「あーどうぞ」
「ここら辺に幽霊が出るという噂を友人から聞いたのですが、本当でしょうか?私、ここら辺、通勤に使っているので薄気味悪くて。詳しいことご存知なら教えていただきたいのですが……」
「あーそれねーうん。噂になってるねー。まあ、ボクは見たことはないんだけどね。……ってアレ、もしかしてあなた探偵さんか何か?」
「あ、はい申し遅れました。私、こういう者です」
エマは「草間興信所」の名刺を出す。
「あーやっぱりねー。最近、そういう怪奇関係を専門にやってる探偵さんがいるって聞いてたから」
「あの、それで幽霊が出ると言われている場所とかお分かりになりますか?」
「あーうん。ここのホント近くだよ。川辺にひっそりと二つだけ墓標があったんだけどね、そこの近く。まあ、その片方が先日の事故で吹っ飛ばされて、川に落ちてしまったから、そんな変な噂が流れてるんだろうけどね」
「できれば、その墓標の詳しい場所とか教えていただけると嬉しいのですが……」
「あ、それはね……」
エマはそうして交番の巡査から話を聞き、墓標へと向かった。
一方。みなもたちは。
「見つからないな……」
「見つからないですねぇ」
武彦が昨日調査で行ったという現場近くの川をさらっていた。みなもが聞く。
「本当にここなんですか?でも昨日まではそんな青いクツなんてなかったのでしょう?それって可笑しくないですか?だって依頼人さんが草間さんに頼もうと思ったの昨日なんでしょう?」
「ああ、まあそうなんだが、ここの川の流れって結構速いしな。流されちまったかもと思ってな」
「それじゃ、ますます、こんな浅い所探したってムダじゃないですか」
「ああ。だから、よろしく頼む」
「え?」
「だから、例の能力で、な」
「ええ?こんな真っ昼間にですか?誰かに見られたらどうやって言い訳するんですか」
「大丈夫。ここら辺そんなに人気ないし。見られたら、俺が何とかしてやる」
「本当ですね?」
「ああ」
二十分後。川の水を大幅に動かして徹底的に調べていたみなもが叫んだ。彼女は人魚の末裔なので水を自由に操ることが可能なのだ。
「草間さんーっ!何か、下流の方に不審な墓石を見つけたんですけどーっ!」
「おお、そうか。じゃあ、ソレこっちまで持ってきてくれ」
「え、でもクツじゃないですよ?いいんですか?」
「ああ、一応な」
更に五分後。みなもが川から墓石を上げた時、女性は少女になっていた。上でキッチリと結っていた髪は下ろされ、あどけない幼い顔へ。白い着物は花柄のワンピースに、華奢な素足はサンダルを履いていた。
「え……どうして?」
みなもは驚く。少女は泣きながら、その墓石に近づいた。
「あの方……」
冷たい石にしがみつき、何度も何度も泣きながら、なでる。
みなもはハッと気付いた。そして微笑む。
「あの方って、直樹さんって言うんですね、ステキなお名前ですね」
少女は初めてみなもの存在に気付いたように目を合わせた。
みなもは、黙って自分の穿いているクツを少女に差し出した。少女が探してるものと同じ青いクツだ。
「ありがとう」
泣くような笑い顔で少女は消えていった。
「あら、終わっちゃったのね」
合流したエマの声が響いた。
「少女の名前は、鈴木よし。
恋人の名は安田直樹。
彼女たちが死んだのは十六歳で、結婚するはずだったのは二十歳の時だったそうよ。
戦時中、青いクツを恋人に贈った少年はそのまま帰って来なかった。
青いクツ……きっとそれはよしさんにとって「彼」と「幸せ」の象徴だったのね」
安田直樹と友人だったという近くに住む老人を訪ねていたエマはそう言った。
後日談。安田直樹の壊れた墓石は、彼の親戚によって直され、鈴木よしの隣に並んだ。それきり、そのあたりの幽霊騒動はぴたりと止んだという。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1252/海原・みなも/女性/13才/中学生
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたでしょうか。
ご感想等、ありましたら寄せていただけると嬉しいです。
|
|
|