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ブライト&ブライト
暇してるんでしょ、と頭ごなしに決め付けられて、イイ気分のする人間は余りいないと思うが、小鳥は、それが事実なら、暇人と言われようが旗本退屈女と言われようが、それは構わないと思う。だが、だからと言ってその暇な時間を、他人の為だけに費やす事には素直に了承する事が出来ず…。
「なぁに言ってんのよ!私達は姉妹でしょ?他人じゃないわよ!」
「…そうとも言う。…ではなく、あたしが言いたかったのはそう言う意味ではなく…」
受話器から聞こえてくる相変わらず張りのある元気な姉の声に、少しだけ携帯を耳から離して小鳥が言い返し掛けた。だが、この姉にあれこれ言っても無駄な事は、この十九年間の人生で痛い程に身に染み付いているから、小鳥はただ、三十分後に行くとだけ伝えた。
六人兄姉妹の、五人姉妹の長女と次女。姉の背中を見て育つすぐ下の妹は、概して姉と違った部分を持つ事が多いが、この菜摘・小鳥の二人程、対照的な姉妹は珍しいだろう。何かとアクティブで華やか、人目を惹く事の多い姉の菜摘とは逆に、小鳥は淡白で素っ気無く、飄々としている。小鳥に魅力が無い訳ではないが、姉と一緒に居ると、その勢いに飲まれ、気疲れしてしまう。あれだ、炎天下の野外で一日中陽光を浴びて遊んだ夕方は、妙に身体が疲れてしまうのと同じ論理なのだろう。それでも人は、再び太陽の元に好んで出て行くのと同じように、小鳥もまた、姉の呼び出しには逆らえず、こうして渋々ながらも出掛ける用意をしているのである。
「………ナニ?」
上着を羽織ろうとしていた小鳥がその動きを止め、ゆるりと首を右に巡らす。小鳥の右肩に常に乗っかっている『妖精さん』が、にこにこにこと可愛らしい笑顔で小鳥の耳元で何かを囁き掛けた。
「…そう言う事は、もっと深刻そうな顔で言いなよ。そんなニコニコと笑顔で言われたって、信憑性があるのかないのか微妙でさ…って、アンタの予言に間違いはないんだけどさ」
小鳥がそう言うと、『妖精さん』はニコニコ笑顔のままでこくこくと小刻みに頷いた。小鳥の言葉の、一番最後の部分にだけ、同意を示したらしい。
「に、しても…『真昼の太陽とキョーレツな落雷に要注意、無視するとムゴイ事になるよ』って一体どう言う事なんだい?…今日は妙に曖昧な予言じゃないの」
困ったね、と然程困ったような表情も見せずに、小鳥は上着に袖を通して靴を履いた。
「おっそーい!」
約束の駅前では、姉・菜摘が腕組みに仁王立ちで妹の到来を待ち構えていた。長身で華やかな美貌の菜摘は、そこにいる人の視線(主にはやはり男性の、だったが)を惹き付けて離さなかったが、当の菜摘はと言えば、男の熱視線はキレイさっぱり無視していた。相変わらずだなと思いつつ、小鳥は近付き、片手を上げて僅かに口角を上げる。
「…久し振り。相変わらずの様子で何より」
「小鳥、その前に遅くなった事への謝罪はないの?」
菜摘が綺麗に整えた眉を、片方だけ高々とあげてそう言うのを、小鳥は微かな苦笑いで受け止める。
「…遅くなった、ってあたしはちゃんと三十分後にって言ったじゃないの。アレからまだ二十分そこそこしか経ってないよ?」
「十分でも二十分でも、私を待たせた事には違いないでしょう?…ま、いいわ。行くわよ、小鳥」
そう言うと、颯爽と風を切って歩き出す。どこへ?と問い掛けても無駄なような気がしたので、小鳥はただ頷いて姉の隣に並び、歩調を合わせて歩いていった。
姉妹が辿り着いたのは、都内にある、とある結婚式場だ。今日は仏滅じゃなかったっけ、等と頭の中で暦を反芻しつつ、小鳥が隣に居る姉の顔を見る。そうではないと百パーセント確信しているにもかかわらず、とりあえずお約束で聞いておく。
「姉さん、結婚でもするの?」
「しないわよ」
いっそ天晴れな程潔く、コンマ数秒の速さで菜摘が答える。行くわよ、と妹を顎で促し、菜摘はエントランスへと向かった。
シャンデリアが輝き、華やかでお目出度い雰囲気に設えていある式場内は、何故だか女性客が多い。結婚式場なのだから、本来なら男女比は五対五であるべきだろう、と小鳥が考え、辺りを見渡していると、その内心を悟ったか、菜摘が小鳥を促しながら言った。
「実はね、今日、ここの翡翠の間でウェディングドレスの在庫一掃セールがあるのよ。ホラ、ドレスって何回か貸し出されるとそれなりにくたびれちゃったり、流行遅れになったりするじゃない?そう言うのを、格安で販売してくれるって訳」
「…フツー、こう言うセールを活用するのは、結婚間近な人とかじゃないの……?」
何故、結婚など眼中に無い姉がドレスなど必要なのか、との意味を込めて小鳥が問うと、菜摘はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「馬鹿ねえ、ドレスはオンナの永遠の憧れでしょ?結婚式だけにしか着ちゃ駄目だなんて、法律で決まってる訳じゃないんだしね?」
「……さいですか」
如何にもな姉らしい発言に、改めて小鳥は、自分がただの荷物持ちに呼ばれた事を痛感した。
二人が案内板に従って翡翠の間へと赴くと、何やら会場内がざわついている。何事かと顔を見合わせた二人は、その場にいた、この式場に勤める菜摘の友人(セールの情報も彼女の提供だ)を呼び、事情を聞く事にした。
「実はね…展示してあったドレスのヒトツが、無くなっちゃったのよ」
「無くなった?」
言葉を繰り返す菜摘に、彼女はこくりと神妙な顔で頷いた。
「今回の目玉、って言っても過言じゃない、一番元値が高価でお買い得なウェディングドレスよ。特殊な布を使って、本物の真珠や水晶を縫い込んであるの。だから、一番目立つ場所に展示してあったんだけど、ちょっと係員が目を離した隙に…」
「…消えてしまっていた、と言う事だね」
小鳥が言葉を引き継ぐと、友人はまた黙って頷いた。菜摘と小鳥の顔を代わる代わる見詰めながら、彼女は胸元で両手を握り締める。
「ねぇ、菜摘。ドレスを捜すのを手伝ってくれないかしら?私はこれから別のイベントの打ち合わせがあるのよ。あのドレスは今回の目玉商品だし、それにあれは……」
彼女が眉を潜めて何かを言い掛けた時、他の従業員に呼ばれて慌しくその場から立ち去ってしまった。よろしくね!と菜摘達に言い残しておく事は忘れなかったが。
「きっと曰くつきのドレスなのよ、それ」
広い結婚式場内を、並んで歩きながら菜摘が言った。小鳥がゆるりと首を巡らせ姉の方を見れば、腕組みをして顎に手を宛がっている、すっかり探偵気取りで難しい表情をした菜摘がいた。
「高価で美しく、女ならば誰でも一度は袖を通してみたいと思う程のウェディングドレス、だが、何故かそのドレスを着て結婚式に臨んだ花嫁は、いずれも不可解な死を遂げている…」
「…そんなに人死にが出てたら、もっと話題になっているだろうに」
ぼそり、淡々と真っ当な意見を述べる小鳥を、菜摘はじろっと横目で睨む。
「じゃ、死にはしないけど、皆、何故か不幸になって軒並み離婚してる、とかね。そしてそれは、最初にそのドレスを発注した一人の女性の怨念だった…彼女は、式寸前で愛した男に裏切られ、絶望の淵で憧れていたドレスを胸に自ら命を絶った、命の炎は消えても、その想いは消える事無く、自分が果たせなかった幸せを得ようとする女性を見ると、悔しさの余り…」
「……。よくもまぁ、それだけスラスラと脚色できるもんだね。大体、そんな事はあのヒト、ヒトコトも言ってなかったじゃない」
「あったりまえよ。そんな事が広まったりしたら、入ってた式場予約もキャンセル続出よ?だからこそ、私達に捜索を頼んだんじゃないの」
そう言い返しながら菜摘は携帯電話のメモリーを呼び出している。膨大な電話帳の中で、一人の女性の名前を見つけ出し、通話ボタンを押す。
「…誰に掛けてんの?」
「私の友達の、陰陽師よ。呪われたドレスの封印方法を聞こうと思って」
「………」
やれやれ、と肩を竦める小鳥だが、右肩の『妖精さん』が、自分の髪をツンツンと引っ張るのに気付いて顔をそちらに向ける。『妖精さん』は、顔を左右に振って菜摘を指差し、ついで掌を顔の前で左右に振る。陰陽師の知恵は必要ない、と言っているようだ。
「姉さん」
「ん?」
未だコール中の菜摘が、携帯を耳元に当てたまま、妹の方を振り向いた。
「聞かなくても大丈夫っぽいよ。消えたドレスは呪われてなんかいないから」
菜摘と小鳥は、結婚式場内の裏手や物陰、建物の裏側などを覗き込んでは辺りを見渡している。長く優雅に膨らんだスカートと張りのある生地、ゴージャスな細工のあるウェディングドレスと言うものは、どんなに小さく畳んでも、それなりの嵩を持つものだ。出入り口ではそれらしき大荷物を持った人物が通過した目撃証言はなかったので、二人は、ドレスはまだ式場内にあると踏んだのだ。
「…ったく、なんて地道な作業なのかしら。斬った張ったの派手さがないとこう、…つまんないわね」
腰を屈めての作業はそれなりに辛いのか、ぶつくさ文句を言いつつ菜摘が空のダンボールを向こうへと放り投げた。
「…ンなドラマみたいな展開を期待したって、それは無理だって。あたしは、ドレスを盗もうと思ったが意外と重くて嵩どるから、面倒臭くなってこう言う場所に置き去りにした…、と踏んでるんだよね。姉さんが言うみたいな、呪いだのなんだのなんて言う話は……」
「あ、あった!」
小鳥の言葉を遮って、菜摘の声が響く。小鳥が姉の方へと近付くと、菜摘の前には、ダンボール箱に詰め込まれた、きらびやかな純白のウェディングドレスがあったのだ。
「これだわ、見せてもらったパンフレットにあったのと同じデザイン!凄いわ、小鳥の言う通りだったわねぇ!」
両腕でドレスを抱えて、嬉しそうに笑う姉に、小鳥も釣られて微かに微笑んだ。
「…じゃあ、早速、報告を……って、姉さん?」
行こうかと歩き出した小鳥だったが、ドレスを抱き締めたまま動かない姉を訝しがり、こそりと声を掛ける。ゆっくりと振り向いた姉の表情は、何やらキラキラと輝いて見えた。
「………ね、姉さん?」
「…ねぇ、小鳥ぃ…このドレス、素敵だと思わない…?生地も縫製も刺繍も、どれを見ても超一流よ…? ね、私、ちょっと着てみるから、あなた、先に彼女に報告に行ってきてよ」
「…先に、って……ぁあ、………」
妹の返答も待たず、菜摘はドレスを抱えたまま、更衣室へと消えていく。溜息を零し、小鳥は右肩の『妖精さん』に慰められつつ、姉の友人を捜しに歩いていった。
「ありがとう!本当に助かったわ!」
『妖精さん』の導きにより、すぐに彼女を見つけ出せた小鳥は、事の次第を報告した。嬉しげに顔を綻ばせる彼女だったが、当のドレスが無い事に、ついで菜摘もいない事に気付くと、何かを察したよう、まさか、と言葉を詰まらせる。
「もしかして菜摘、…あのドレスを着ようとしてるんじゃ……?」
「…ご名答」
ぼそりと呟く小鳥だったが、彼女の動揺にさすがに気になり、眉を僅かに潜める。
「もしかして、あのドレス、マジで呪いのドレスだとか言うんじゃないよね?」
「それは違うわよ。でも、あのドレスはね曰くつきのドレスなの。それを着た人が、軒並みショックに打ちひしがれると言う……」
「……ショック?」
「ええ。あのドレスね、見た目ではわかんないんだけど、実はすっごくシビアなボディサイズをしてるの。誰を対象にしたか疑問なんだけど、サイズがB101・W43・H92と言うサイズなのよ」
「……それはまた極端な」
「でしょう?そんなの着こなせる人なんて滅多にいないでしょう?だけど、見た目はそんな風に見えないし、素敵なデザインだから皆着たがるのよ。でも実際は着られない。すると、もしかして知らないうちに太った?とか、実は私って思ってた以上にデブ?…とか思い込んじゃって…」
「……それでショックに打ちひしがれると言う訳か」
オンナゴコロは複雑だね、と他人事のように小鳥は呟いた。
さて、そんなドレスを試着しようとした菜摘はと言えば。如何なゴールデンプロポーションの持ち主とは言え、このドレスには敵う訳が無く。他の女性と同じようにショックを受けた菜摘だが、そこで打ちひしがれないのが、この姉であり。俗に言う、逆ギレをして騒ぎまくった菜摘を見て、これが落雷警報か…と納得した小鳥であった。
☆ライターより
はじめまして、ライターの碧川桜です。この度はシチュノベのご依頼、誠にありがとうございました!
姉妹二人のお話、楽しく書かさせて頂きました。作中で、小鳥さんが菜摘さんを『姉さん』と呼んでいますが、姉への呼び方についてのご指摘がありませんでしたので、こちらで勝手にそう呼ばせて頂きました。ご了承くださいませ。もしもイメージと違っていたらすみません。呼び捨て、とありましたので、菜摘さんも呼び捨てで呼ぶのかな…?とも思ったのですが、何となく『姉さん』の方がイメージでしたので(笑)
それではこれで失礼します。またお会いできると嬉しいです(^^)
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