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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ヤドルモノ

 ――……人の形、と書いて。

「にんぎょう」と読み「ひとがた」と読む。
 人の形を真似た虚ろなる、容れ物。

 昔――、人形には死者の魂が宿ると言われていたと言う。
 亡き子供の供養をするため、また面影を追うため……人は様々な思いを込め人形を作りあげていく。

 人は語る。
 忘れてはならぬ思いを人形へ――――心宿る事を決して疑わぬように。

『忘れないで』

 例え、この身が忘れても残る「貴方」だけは忘れないで――と。

 思いを繰り返し、繰り返し……、伝えながら、語り継ぎながら。


 人形は巡る。

 言葉を理解しようとも話せぬ言葉が無いままに無言の時を。

『……忘れません』

 貴方が紡いでくれた話の全ては引き受けると願いながら持ち主だった人の眠りが穏やかであることをただ願い。

 ……人形は巡り続ける。
 人より遥かに永く永遠とも取れる、その生を――。

 手から手へ、持ち主は変わり続けようとも変わる事無く、その姿を保ち……巡り巡って、最後に辿り着くであろう場所を探して。


 ……これらは全て昔の話。
 君と出逢う前と――出逢ってからの……昔語り。


                         +++


 ……しとしと、しとしとと音が降るように。

        ――雨が、降る――。

 身体の熱をさますように降る雨に白瀬川・卦見は、少しばかり眉間に皺を寄せ、天を見た。
 ぽつぽつと、頬を濡らすように落ちてくる雨は何処か、冷たい。

「宿を決めぬ内から……降られてしまうとは」

 ぽつりと呟きながら、遠い日の事をふと思い出す。
 確か……雨が降って困っていた時、こちらに向かって傘を差し出してくれた人物が居た。

「良ければ使ってくれると嬉しいな……ずぶ濡れじゃない」と微笑む顔は記憶に埋もれる事など無いほどに鮮烈に浮かび上がる。
 永い――永い時が過ぎていると言うのに彼の人の声と顔は卦見の記憶から未だ離れることは無く。

 ……いいや。

『彼の人を……忘れる事など、不可能な事』

 ――忘れる事など、どうして出来ただろう?

 一番に愛し、一番に憎んだ……何より最初にわたくしが占った人。

 どれだけの感情がわたくしの中にあったのか――知らしめた人でもある人を。
 憎い、とか……好きだ、とか……優しい、哀しい……――『寂しい』。
 様々な感情が制御できずに消えては生まれ、そして思いのままにぶつけていった……。
 残るのはお互いに傷ついた表情と……聞き取れなかった、一言。

『………て』

 ああ、だからこそ。
 忘れないために、わたくしは自分の名を――彼の人の持つ、近しい音の名へと自らを名付けたのだから。

 自分の心を制御するために。
 二度と――昔と同じ過ちを繰り返さないためにも。

 濡れぬように占具が入った小さな鞄を卦見はそっと懐にしまう。
 雨はまだ――、しとしとと細かく降り続け卦見は雨宿りのできる店を探して、歩き出した。



                         +++

「……随分長いこと降る雨だな……」

 ホンの短い間に降る雨だと思っていただけに予想が外れた――と、蓮巳・零樹は一人呟く。
 人形を扱う店内は、彼と人形のみしか居らず酷く閑散としており、降る雨の音が身体の中にも心の中にも、ただ満ちてゆくようでもあり…雨が降り出してから何度目になるだろうか溜息だけが漏れる。

 しとしと、しとしとと柔らかく、長く降る雨にいい加減溜息が漏れてしまうのは――人形を扱う店ゆえに湿気が大敵だから、と言う事もあるのかもしれないし、もしかしたらまた違う理由があっての事かも知れなかった。
 整った零樹の顔立ちと同じくらいに艶のある黒髪を指でくるくるとさせながら時間だけが過ぎていき……。

 そんな時だ。
 店の扉が静かに開いて、一人の人物が入ってきたのは。

 銀髪に、銀の髪を写し取ったように同じ色彩の銀の瞳。
 傘を持って出なかったのだろう、所々濡れていて何故かそれが一瞬、泣き顔に見えたように零樹には感じられた。
 その端正な顔が零樹の方を向き、ゆっくりと口を開き言葉を発する。
 人形だと思っていたものが人間だった……そんな風に考えるのはこのような時なのかもしれない。
 ぽたん…と、水滴が彼の髪から一滴、落ちた。

「…大変申し訳ありません、暫くの間、雨宿りさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「構わないけど。ただ随分長く降る雨のようでもあるよ?」
「…わたくしが歩いている時に降って来たから通り雨ではないかと思っていたのですがね……」
「ははっ」
「………何かおかしな事でもわたくしは申しあげたでしょうか?」
「いや……僕もそう思っていたんだ……お互い、あてが外れたね」
 にっこり。
 零樹は、自称"美少年"の名に恥じぬよう、その客人へと微笑むと、客人の方もその微笑につられたかのような微かな笑みを返し――いつしか零樹は、話す内に目の前に居る客人の事を気に入っている自分へと気付いた。
 何故だろう、何かが……自分へと告げている様な気がしたのだ。
 相手に対して、自分の中に浮かんだ……好奇心が、勝った。

「――ところで」
「はい?」
「良ければ雨宿り、と言わず泊まって行かない?」
「……見ず知らずの方に泊めて行く訳には頂きません」
「そう? じゃあまず自己紹介。僕は蓮巳零樹。……見ての通り人形店の経営者をしてて――今現在は雨により、店じまいをしようかと考えているところ」
 零樹は堰を切ったかのように話し出し……客人はと言えば、いきなり何を、と戸惑って居る様でもあった。
 くすくすと人形たちが微笑う声が零樹の耳に届く。
「………あの?」
「これで僕の事は言ったよ? 姿も見てるし見ず知らず、と言うわけじゃなくなった。……君の名は?」
 やれやれ。
 そんな表情を浮かべ客人は喋りだした。
 …やはり人形の様な人間が喋っている、と言う雰囲気は変わらぬまま。
 …もしかすると、『人形』めいたと思うのは、その何処か冷めたような色合いの瞳の所為かも知れないけれど。
「わたくしは白瀬川卦見と申します。趣味、職業共に占いで日々を過ごしている、言わば…流しの職業でしょうか。雨に降られ、こちらの店に入ったところ泊まっても良いといわれ正直……」
「正直?」
「戸惑っています……どちらに従うべきか」
「どちらって?」
「わたくしも正直に言えば本日の宿が無く……どうしようか悩んでいたので」
 苦笑が浮かぶ。
(何だ、この人……こう言う顔も出来るんじゃないか)
 ……何故か苦笑はしないだろうと考えていた自分を不思議に思いながら「それなら悩む必要ないじゃない?」とだけ言い――卦見を店の奥へと案内した。




                         +++

 それ以後の日々は不思議なほど穏やかに続いた。
 この事が縁となり、様々なことを互いに話すようになり……人形店には良く当たると評判の占い師が居ると言う事で少しばかり人の話題に上る事もあるほどに。

 ゆっくりと日々は流れ……友情めいた感情もふたりの間に芽生えようとしていた、ある日。
 …その日は不思議と肌寒い日だった。
 店の中に居ると言うのに、しんしんとした冷たさが忍び込んでくるような……春とはとても思えぬ日。

「僕は占いって言うモノは嫌いな方なんだけど……占い師は一体何が楽しくて人を占うわけ?」
「……楽しいわけではありませんよ」

 卦見は言いながらタロットカードを手の中で切る。
 その人の内にある星を見る事もタロットで出たカードを言う事も、卦を見る事も――全ては日々のためだ。
 だから占いで儲けよう等と思ったことはないし、逆にご飯と宿代さえ頂けるのならその日の占いは終了となる事も多い。

 だが「楽しいわけではない」と言う言葉を零樹は納得していないように、唸った。

「……じゃあ、何で占うのさ?」
「占った方が背中を押されるのを望むから、ですよ。わたくしは、ほんの些細なお手伝いをさせて頂くだけ――……」
 切ったカードが配置され、展開していくのを零樹はただ見ている。
 時計は静かに時を刻み…しんしんと、卦見の手が冷えてゆく。
「ふうん。じゃあ……自分で自分を占ったりは?」
「出来ませんね」
「何でさ? 自分の事を占った方が色々知れてラッキーじゃん」
「占い師は自分で自分を占えません。……占ってはならないのですよ」

 嘘ではない。
 ……当たる占いであれば尚更に占えないのが占いなのだ。
 裏が無い、信実のみを明確にはじき出すゆえに。
 その所為もあるのだろう、自分の事であれ友人や恋人であれ――占い師は自分と自分の身内を占うことを好まない。
 最悪の結果がもし出てしまった場合、どうすれば良いと言うのか。

 ……どうにも出来ないのに。

 カードを展開する手を止め、表情を曇らせた卦見を気遣ったのか零樹は「あのさ」と声を出す。
 自然と卦見の表情に変化が生まれる。

「何でしょう?」
「ん? いや……占い、やめて茶でも飲まないかと」
「…気遣ってくれたのですか?」
「……んな訳ないじゃん。ただ、随分酷い顔色してるからあったかい飲み物でも飲ませた方がいいかと考えただけ」
「それを気遣うというのでは? …まあ、有り難く頂くとしましょうか」
「じゃ、決まりだ」

 店の奥へといつものように歩き出す零樹に付き従うように卦見も歩き出す。
 が。
 いつもとは違うところを見ていたつもりは全く無かったのに――気付いてしまった。
 忘れえる筈の無い、その形。

 彼の人の呟きが今にも聞こえるかのような息吹もつ――奇形の人形が静かに、ただ静かに卦見を見つめていた。
 全身に電流が流れたかのような痛みが走る。

(……馬鹿な)

 何故、これが此処にある。
 いいや…何故気付かなかった?

 いつから、この「人形」は此処にあったのか。

 それは古びた人形。
 店の片隅に隠れたように置いてある――日本人形。

(何故……?)

 何故に、と言う言葉が卦見の中で回る。
 見たくはなかった、いいや…もう二度と見るまいと思っていた。
 逢う事など無いだろうと。
 だが、これが此処にあるということは……。

(考えたくは無いけれど)

 零樹は――彼の人の……子孫と言う事に他ならない。
 初めて卦見が占い、交わらぬ運命の先にあると知った――彼の人の。

 何故、時を越えて出会ってしまったのだろう。
 何故、零樹に心許したのか――同じ血だから? やはり惹かれてしまうのだろうか?

 ……望むと望まざるに関わらず。

 そして。
 卦見はそのまま店から、人形から、零樹から、逃がれるように姿を――……、消した。



                         +++

 卦見が消えてから数日経ったある日。
 静かな店内には相変わらず零樹と人形たちだけが居た。

『……消えたねえ』
『……消えて、しまったねえ?』

 ざわり、と。

 人形が口々に喋りだした。
 無論、人の耳には届くことは無い……届くのは、零樹の耳にだけだ。

『何処へ行ったのだろう。お茶も飲まないで』
『占い道具だけしか持たず、消えてしまった……僕らと同じ人形のような人』

 どこへ、ドコへ――……何処へ?

(……一番にそれを聞きたいのは僕だよ)

 人形へ言うのもかったるく、苦笑が浮かぶ。
 何故消えたのだろう。
 考えても答えなど本人が居ないのだから解らない事を繰り返し、繰り返し。

 人形の言葉も同じだ。
 同じ事を繰り返し、繰り返し――まるで寄せては返す波のように。

 店の中に居られずに零樹は外へと出る。
 何処にアテがあるわけでもない。
 ただ自分の気の向くままに歩いていた矢先――見間違えようの無い、髪の色を見つけた。
 陽の光にも夜の闇にも光り輝く銀の、髪を。

 走り出そうとしたのが先か。
 走っていた足の方が先なのか零樹にはもはや解らぬまま。

 が、どうにかその人物に追いつくことが出来、肩を掴むと。

「……何の御用でしょうか」

 …想像しても居なかった言葉が零樹へと返ってきた。

「何の御用って…いきなり消えといて、それは無いんじゃない?」

(全くその通り、ですね……)

 卦見は感情を知られないように苦笑を浮かべる事無く無表情を通した。
 今、こうして逢っているだけでも楽しかった日々が蘇りそうになる。
 けれど、それは叶わぬ夢なのだ――彼の人と交わらぬ線の上にある、わたくしには。

(きっと、いつ如何なる時であろうとも)

 彼の人の血縁のものとは交わりあえない。海と空が決して交わることが無いのと同様に。
 共に居て、その消えぬ苦しみゆえに葛藤し、行き場の無い怒りをぶつけてしまうより―――。

 だから――……そう、だから。

(……敵に回る。いいや、この場合貴方を怒らせるだけで良い)

『占いは嫌い』…こう言っていた彼なら、次にわたくしがある言葉を言うだけで充分な効き目があるだろう。

 ……もう、逢わない。

「…零樹さんに良くない卦が出ていましたので」
「卦って……」

 唖然としながらも零樹は卦見を見つめ続けた。
 何時の間に卦見は僕の事を占った?
(それも許可無く勝手に?!)
 …良くない卦が出ているから、出て行ったと言ったのか?
 …随分勝手な言い草だ。

(これだけ心配させておいて……ふざけてくれるよね)

 腹が立つ。
 急に居なくなった卦見にも――やきもきしていた僕自身にも。

「僕を……占ったんだ? 勝手に? 言われても居ないのに?」
「ええ、占いました……もう、逢いません」
「だったら――もう、いいよ。……勝手にすれば?」
「はい。貴方の傍に私が居ては――いけませんから」

 卦見の言った最後の言葉は零樹に届く事はなかった。
 何故なら零樹は本当に早く、足早にその場から去っていたから。
 視界から消えつつある後姿を見送り、卦見は視線を道端へと落とした。
 アスファルトを突き破るように咲くタンポポが目に優しく映る。

 そう、怒るといい。
 怒って――いっそ、忘れて欲しいとただ卦見は願う。

 あの人形。
 あれを見ることさえなければ、また消えぬ痛みにわたくしも泣いていただろうから。

(これで……良かったのだ)

 胸にまだ穴が開いたような傷みはあるけれど…大丈夫、その内に忘れてみせる。
 …柔らかな記憶だけを残して。


 ……線は一瞬交わる様を見せ――そして、離れた。
 人は語り、人形は消えぬ思いを宿し流離う。
 巡りあう事を願いながらも、また…巡りあわずに済む事を切に祈りながら。


 相反する思いを笑うように、一陣の風が卦見の頬を撫でるように吹き――空、見上げれば、ただ何処までも広がりゆく空だけが……瞳に映った。


・End・