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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


綺麗

綺麗になりたい――その願いは女性ならば誰しもが思うこと。
「そんな風に思ったこと無いわ」と言っていても、思うことはあるはず。

もう少し、色が白かったなら。
もう少し、瞳が大きくて睫毛が長かったら。
もう少し――……あの人に逢うために。

少しでも、そう――少しでも、と。

(そんな気持ちのお手伝いをするのが、私の仕事。――少しだけ、手助けをすると言う仕事だけど)

素顔の魅力も素敵だけど、綺麗になりたいって思う気持ちも素敵。
その気持ちへ、最良のお手伝いができる事、それが――――

とても幸福な仕事で自分にとっての天職であると真神・毛利は考えていた。

さて、本日のお客様は――どのような人だろう?

(アトリちゃんが来たら良いのだけれど♪)

「いつでも遊びに来てね?」と言い、勤務地の地図を渡してもいるものの、その度照れたような、困惑の表情を浮かべる少女の顔を思い出す。

毛利は微笑を浮かべながら商品がより良く見えるよう、手入れを始めた。
少しでも手に取り易いディスプレイを作ることも――毛利にとっての「お手伝い」なのだから。


+++

地図を見て、数回場所を確認すること暫し。

額から伝う一筋の汗を感じながら、もう一度だけ地図と地図に書かれた名前を確認した。
…何度見ても、番地もビル名も間違いない。

(確かに間違いないわ……でも……でも……ッ!)

『気軽に来れるお店だから是非遊びに来てね?』と毛利さんは以前言ってなかったろうか?
だけれど…こんな…こんな…。

(立派なビルの中に入ってるお店が気軽に来れるお店だなんて……!?)

とてもじゃないけれど、そんな風には思えない。
柏木・アトリは、ただ呆然と高いビルを見上げ続けた。

どうしよう。
入らずに帰ってしまうべきだろうか。
毛利さんは私が此処に来た事を知らない――今なら帰ってしまっても、解らない。

(ああ、でも……)

まるで逃げ帰るような行動を取る自分自身なんて――好きじゃない。

それに。

(どうしても、逢いたい人が居るんだもの……。……だから、少しでも……)

綺麗になりたかった。
敏感肌なので化粧品を使おうにも、すぐ肌が荒れてしまうアトリは今時の女子大生にしては珍しく素顔のままで日々を過ごしている。
無論、素顔で居ることを恥ずかしく思うことは無かったし、肌の弱さについては自分自身が良く知っていたから。
無理せず、あるがままの姿で居ることが一番大事だとも考えていた。

「……私の体質は私自身が一番良く知っているのに」

逢いたい人が居る――……たった、それだけの事が自分自身の一つの殻を破ろうとしている。

少しだけでも良いから、綺麗になりたい。

逢いたいから――……ううん、逢えるのならば。

アトリは両の掌に力を込める。
一歩踏み出せれば行ける筈。
毛利さんに逢って――化粧の仕方を教えてもらってアドバイスを受けてみて……出来る、事から。

……ゆっくり、一歩を踏み出してみる。
未だに緊張が解けない身体を叱咤するように、ゆっくりゆっくり……歩を進めて。


+++

見やすいように売り場を綺麗に整理していると。
毛利は、とある商品の一つが欠品していることに気付いた。
あまり若い女性にもご年配の女性にも人気がない商品ではあるが、地道に売れ続けている商品の一つでもあり、入荷させないとなあ…と、考えた時に。

(……確か…、これ…サンプルも切れてたなかったかしら?)

と番号を見るのに重い資料をひっくり返さねばならないとも気付いて頭を抱えそうになった。

「うーん……この、化粧品の品番幾つだったかしら……もう! サンプルが無いときに限って商品が切れるなんて…」

思わず知らず、独り言をもらしてしまう。
勿論、人が居ない時間帯だからこそ呟ける独り言ではあるけれど。
そんな事を小さい声で呟きながら、他に切れた商品が無かっただろうかと在庫のチェックをしていると。

「あの……もしかして、お忙しい時に来ちゃいましたか?」

聞き覚えのある声が毛利へと話し掛けてきた。
顔をあげると、やはり声の主は他ならぬ来て欲しいと考えていたアトリで。
毛利は訪ねてくれた嬉しさから、在庫の確認処理は全て後回しすることに決めた。

(……売り場をしめる、ちょっと前にも商品の発注は出来るけど…アトリちゃんは、今だけだものね♪)

「ううん、大丈夫よ♪ 丁度、人が切れた時間帯だったから在庫のチェックをしてただけだし」
「なら良かった……。でも、毛利さん凄いところにお勤めなんですね?」
「そう? 入りやすい店舗の方だと思うのだけれど……」
「いえ、現に私が入るのに躊躇してしまったと言うか」
「あらあら……。でも大丈夫よ。さ、向こうの椅子に座って」
「は、はい」

椅子へとアトリを座らせると毛利は向かい合わせに座り、アトリの肌へと触れる。
まずは血流を良くするべく、顔全体にマッサージを施す為だ。

「アトリちゃん…もしかして敏感肌?」
「え? は、はい……触るだけで解ります?」
「ううん、触ってわかるんじゃなくて……、あんまりお化粧もしてないようだから何となく、ね」
「凄い……。何だか、強い刺激のあるものを使うと肌が赤くなったり、ぼつぼつができたりしちゃうんです。だから」
怖くて、あんまりお化粧も出来なくて――と毛利の触れる手に瞳を閉じながらアトリは答える。
「そっか。でもね、最近は低刺激性の物も出てきてて……今、使おうとしている、この商品なんかそうなのだけれど敏感肌の人でも問題なく使ってもらえるの」
「本当ですか?」
「ええ。後でサンプルをあげるから、もし良ければ使ってみて? 日々のお手入れだけでもね、肌って綺麗になるものだし……」
マッサージを終え、毛利はゆっくりとアトリへ薄化粧を施していく。
下地は肌の色が明るく見える色合いを選びながら薄くファンデーションを重ねていく。
明るく、持っている肌の色を引き立てるような色を選ぶことも、化粧においては重要な点でもある。

「…何だか」
「うん?」
「この状態だけでも私じゃないみたい……薄くお化粧するだけでも、こんなに印象変わるんですね」
「そう! 薄化粧でも充分に綺麗になれるのよ? 特にアトリちゃんなんか、まだまだ若いんですもの♪厚く塗るより、薄くても効果は充分ってね。…さて、と」

ちょっとの間、じっとしててね?と、眉をブラシを使い整える。
元々、眉のラインがアトリの場合は綺麗なので、その線を生かし整えるだけでも、更に印象が変わっていく。
仕上げに口紅。
薄いつけたかどうか解らないほどに自然な色は、この春の新色であり、綺麗な発色を伴うお勧めの一本でもある。
リップブラシで、はみ出ない様、線をなぞる様に塗り、完成。

「はい、完成。どう?」
手鏡を渡すと、アトリが「わぁ……」と小さな声をあげる。
そして、申し訳ないことを思っていたかのように手を合わせた。
瞳には、うっすら涙さえも浮かべていて、毛利は「折角のお化粧が落ちちゃうから泣いちゃ駄目よ?」と優しく涙を拭う。
「――……すいません」
数度瞬きを繰り返し、謝罪の言葉を口にするとアトリは言葉を続ける。
「……えっとですね。最初は本当にイメージと違うようなお化粧されるんじゃないかとか色々考えてもいたんですけど……」

(でも全然違った)

綺麗に整えてくれた事。
私自身が苦手な、きつい化粧をせずに居てくれた事。

(これなら……)

自分にも出来る色使いだから、逢いに行ける。
恥ずかしくて俯いてしまうような私じゃなくて、前を向いて、あの人を見れるように。
夢に見るほど、憧れた…その姿へ。

「ふふ、だって……此処に来たいって、アトリちゃんが思ったから。なら――その気持ちに応えるのが私の仕事だもの」
「……どう言う意味ですか……?」
「逢いたい人が居るんでしょう? 女の子が、より綺麗になりたい――と思うのにはね、ふたつの理由があるの。一つは自分のため。そしてもう一つは――言わなくても、解るわよね?」

毛利は微笑み、アトリへ逆に問い掛けた。
アトリは、どう答えて良いものか思案するような顔をしていたが、やがてこくんと小さく頷くと頬を赤らめた。

(だから、私はこの仕事をしていたいと思うのよ――アトリちゃん?)

綺麗になりたいと願う気持ち。

一つは、自分の為に。
そして、もう一つは――自分ではない誰かの幸せの為に。

少しでも、少しでも――と言う気持ちに応え、日々腕を磨いて行く為に。

何時でも、何時の日でも。











・End・