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東京遭難生活
■□オープニング
その日、古書店【天幻堂】の住み込みバイト店員である刑部(おさかべ)・きつねは、雇い主である天幻老師(てんげんろうし)直々に休みを賜り、心おきなく趣味である研究に没頭していた。
彼女は符術の使い手であり、独学で紋章術の研究も行っている。
符術に比べれば紋章術の成功率はまだまだ低い。
しかしほぼ自在に扱うことのできる符術に比べれば、紋章術はこれから開拓していく楽しみがある。
おりしも、きつねは先日新しい紋章を発見していた。
せっかく時間があるのだから、この機会に実際に術を使ってみようと思い立つ。
店には老師が結界を施しているため、術を試す場合は野外へ出なければならない。
老師と歌留太に外へ出ることを伝えると、彼女は魔術書を片手に店を出た。
魔術書を参考に、拾った棒きれで地面に紋を描く。
ふと顔を上げると、それまで店があった場所に雪の山が鎮座していた。
きつねは我が目を疑った。
一度地面に視線を戻し、再度顔を上げる。
が、やはり雪山はそこに存在している。
天気の良い朝だ。ある程度冷え込んでいるとはいえ、雪が降る様子はみじんもないし、降った様子もない。
きつねはふと、手にしていた魔術書の紋と先ほど描いた紋を見比べる。
やがてにっこり微笑んで顔を上げると、おもむろに本を閉じた。
紋を描き間違えたことに気づいたらしい。
そこへ、常連客であるダリオ・ベルディーニが通りかかった。
おおかた歌留太を構いにやってきたのだろう。
店があるはずの場所に、巨大な雪山が出現しているとあって足を止める。
彼はしばらく雪山を見上げた後、その傍に佇むきつねに気づいてぼそりと問いかけた。
「おまえ、今度は何やりやがった」
きつねはそれに答えず、輝かんばかりの笑みを浮かべてダリオを振り返る。
「ダリオくん。日給百円で雪かき労働をエンジョイしないかね?」
彼が応じなかったのは言うまでもない。
■□ 脱走は 思い立ったら 即実行
一番始めに通りすがったのは西ノ浜・奈杖(にしのはま・なづえ)だった。
「わぁ。こんな近所で雪かきできるなんて嬉しいです!」
「がんばりますねー」と言うなり、手持ちのスコップ(小)にてサクサクと雪かきを始める。
「あんたね。子どもの遊びじゃないんだから」
ツッコミを入れるきつねも、手にしているのはバケツである(そこらに転がっていたものを勝手に拝借して使っていた)。
二人は黙って顔を見合わせると、サクサク地道な雪かきを続ける。
次に通りすがったのは天音神・孝(あまねがみ・こう)だ。
「美味い鍋物を作れる鍋があるって聞いてきたんだが、何で店が雪山になってるんだ?」
人手は一人でも多い方が良いと、ダリオが手短に事態の説明をする。
「手伝ってもいいぜ。その代わり、バイト料くれよ。何か食べさせてくれりゃいいからさ」
その言葉に、きつねは満面の笑顔で返す。
「雪がなくなった暁には、湯船いっぱいのかき氷をごちそうしますわ」
そのそばで、きつねの作る料理など例えかき氷でも食べたくないとダリオは思っていた。
性格同様、きつねの料理はおおざっぱななのである。
味は推して知るべし。
次に現れたのは中藤・美猫(なかふじ・みねこ)だ。
どうやら歌留太の知り合いの猫が彼女に助けを求めたらしい。
数匹の猫とともに店の前へやってくると、きつねに事情を聞くなりテコテコと雪玉を転がし始めた。
そうやって雪を減らそうという作戦らしい。
きつねは猫を追いかけようとするダリオに喝を入れる(=殴り倒す)と、逃げる機会をうかがう。
次に訪れたのは新野(にいの)・サラだ。
「老師さんにお茶請けを持ってきたのですが……刑部さん、何があったんですか?」
「に〜の〜! 良いところに来てくれたわ! お願い、手伝ってv」
いい加減除雪作業に飽きていたきつねは、事情説明も無しにサラを巻き込んだ。
ともかく雪が邪魔だから除雪を手伝ってくれるよう言いくるめ、自分は脱走の機会をうかがう。
ダリオが何か言いたそうにしていたが、やはり喝を入れて黙らせた。
五人目は綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)だった。
何度もきつねに付き合ったことがあるだけに、何も聞かずに事情を察したらしい。
「きつねさん、今度紋章術を試すときは、失敗しても良い所でやってください」
一言釘を刺し、現場を見ててきぱきと動き出す。
「一旦着替えてきます。これ終わったら報酬代わりに食事でも奢って下さいね」
「人命救助はボランティアでしょーーーーーー!?」
汐耶は逃げだそうとしていたきつねを連れ戻すと、道具を揃えに行った。
六番目に現れたのはシュライン・エマだ。
彼女も現場を一目見て事情を察したらしい。
再度脱走を図ろうとしたきつねの首根っこをつかんで、ダリオに向かって穏やかに微笑みかける。
「中の歌留太くん、心配よね? 今頃きっと光の差し込まない部屋の中、怖がっておびえているに違いないわ……」
歌留太を愛して病まない彼が、その言葉を聞いてシュラインの申し出を断るはずがない。
かくして、ダリオは猛烈な勢いで除雪作業を始めた。
「刑部さんも困ったコね」
言いつつ、各種手配をすませる。
またしてもきつねの脱走を阻止する人物が増えたわけだが、実際作業をするとなるとシュラインのように判断力に優れた人物は心強い。
そして、最後に現れたのは桐生(きりゅう)・アンリだった。
「天幻堂に本を買いに来たんだが……。仕方がない、除雪の手伝いをしてやるさ」
その頃には、きつねも観念して除雪作業に従事していた。
汐耶とシュラインが調達してきた除雪用スコップを手渡す。
アンリはきつねから渡されたスコップを手にすると、ふむ、と店を見上げた。
「猛然と立ちはだかる雪山……自然の驚異……」
度重なる脱走失敗に胸を痛めていたきつねは、その独白を聞かなかったことにした。
■□ 雪山の 除雪始めて 大騒ぎ
「ううう、これじゃあ逃げ出すチャンスが……」
懲りずに脱走を考えるきつねは、ダリオ監視のもと最前線で除雪作業をしていた。
その隣ではアンリが一緒になって除雪をしている。
ダリオ・きつね・アンリの三人が除けた雪は、美猫とサラの手によって雪玉にされ、孝の元へ運ばれる。
孝はその雪玉を崩し、邪魔にならない場所でかまくらの制作を始めていた。この中で鍋を食べようと言うのが彼の提案なのだ。
奈杖は手持ちのスコップで孝の手伝いをしている。
除雪道具は汐耶とシュラインの手によってほとんどが揃えられた。
ダリオの仕事先や近所のつてを駆使し、極力経費は抑えてある。
が、どうしてもかかってしまう必要経費は、きつね個人宛に領収書がきられた(当然といえば当然である)。
そんなこんなで、九名にも及ぶ大除雪作業が始まった。
きつねはダリオとアンリに挟まれ、逃げ出すことも叶わずザクザクと雪を掘り返していた。
元々体力のないインドア派の彼女のこと。すぐにへばって座り込んでしまう。
「コラ元凶。サボってないで手を動かしやがれ」
叱咤するダリオは先ほどから一定のリズムで除雪作業に勤しんでいる。
日頃から肉体労働をこなしている彼にとって、除雪作業はそれほど苦にならないらしい。
「アタシはアンタみたいな体力馬鹿とは違うのよ」
毒を吐きつつ、スコップを手に立ち上がる。
背後で作業をしているサラや汐耶、シュラインの視線が痛い。
そんなきつねの様子に構わず、アンリはマイペースに作業を続けていた。
ダリオに向かって「君は私の姪と知り合いになったようだね」などと世間話をしている。
「しかし、この量では一日かかっても終わるかどうか」
アンリはふと手を止めると、少しの間沈黙した。
「……? どうしたヘンリー」
気づいたダリオがアンリに向かって呼びかける。
ちなみに、ヘンリーというのはアンリが強制して――もとい、好んで呼ばせている愛称のようなものだ。
彼はダリオの呼びかけに答えずバッと雪山を見上げる。
何か使命に燃える目つきだと思ったのはダリオの気のせいだろうか。
アンリは持ってきていた鞄を漁ると、手際よく衣装を着込んだ。
「未知なるものへの挑戦……男のロマン万歳!」
仕上げにテンガロンハットをかぶり、スコップを手にポーズを決める。
「覚醒しやがった……」
ダリオは某考古学博士よろしく冒険家気取りで除雪を始めるアンリを見、つぶやいた。
「ジョーンズ博士って呼んだ方が役に立ってくれるんじゃない?」
きつねは映画ヒーローのごとく常人では不可能なあり得ないスピードで除雪を始めたアンリを見、吐き捨てる。
ともあれ、ダリオとアンリ(コスプレモード)の二人が居れば、今日中に店先までの除雪は終わるだろうと彼女は安堵したのだった。
美猫とサラは前線三名の傍にある雪を集め、雪玉にしてかまくら制作現場まで雪を運んでいた。
美猫は小柄ながらもせっせと雪玉を転がしていく。足元を、一緒にやってきた猫が駆け回る。
その場には、そんな美猫の姿を見て手伝いを申し出た人物も何名か加わっていた。皆快く働いてくれている。
サラはというと、ロングスカートに革靴という出で立ちだった為、雪玉を蹴っては滑ったり転んだりしていた。
「大丈夫ですか、サラさん」
美猫が掛け寄り、足を滑らせたサラの周りを猫が取り巻く。
にゃーにゃーという猫の声を聞きながら、
「私も綾和泉さんみたいに着替えるべきでしたね……」
と苦笑。そうは言っても、今から着替えに行くのは手間だ。
その様子を見、孝の元でかまくらの壁作りを手伝っていた奈杖がやってきた。
「新野さん、雪玉作りなら僕がやりましょうか? かまくら作りならあんまり移動しなくて済みますから、よろしければ交代しますよ」
言ってスコップの柄を差し出す。
「ええと……では、お言葉に甘えさせて頂きます」
サラは奈杖に向かってぺこりとおじぎをすると、差し出されたスコップを手に取った。
奈杖はそれを見てにっこり笑うと、帽子を被り直してさっそく雪玉作りに取りかかる。
嬉しそうに玉を転がしているところを見ると、実は先ほどから雪玉転がしで遊びたかったらしい。
その様子に刺激され、美猫や猫も負けじと奈杖を追いかける。
おかげで前線・かまくら間の雪の移動は倍速で作業が進むようになった。
「子どもは元気が一番だよなぁ」
孝はかまくらの補強をしながら、その様子にうんうんと頷く。
傍には既に二つのかまくらが完成している。
ダリオやアンリに負けず劣らず、孝は見た目以上にタフなようだ。
そこへ、トラックに乗ったシュラインと汐耶が戻ってきた。
雪の量が半端でない為、近場の公園や小学校に雪を分けて回っているのだ。
店の前に車を止め、両手一杯に買い物袋を抱えて降りてくる。
「汐耶ー。あと何往復かするー?」
除雪の手を止め、きつねが問いかけた。
「そうですね。雪が余っているようなら、またトラックに雪を積んで下さい」
「でも」とシュラインが引き継ぐ。
「そろそろ皆休憩にしない? 出先の小学校で歓迎されて、いっぱい差し入れもらったのよ」
二人が持っていたのはお菓子の山だったらしい。
ちょうど調理実習を行っていたクラスがあったらしく、季節はずれの雪の贈り物の代わりにパンケーキやクッキーなど様々なお菓子をもらったそうだ。
味は絶品、とまではいかないだろうが、それでも嬉しい報酬には違いない。
「待ってました!」
孝はすぐさま作業を中断すると、喜び勇んで褒美にあやかった。
シュラインが菓子を分配し、汐耶が道すがら買ってきた紙皿と紙コップを配る。
サラは温かい飲み物を、奈杖は缶コーヒーを前もって用意していたので飲み物も揃っている。
一同は作業の手を止めると、思い思いに憩いの時間を満喫した。
■□ エンディング
そうこうするうちに日は暮れ、店の扉が掘り返された時は周囲から歓声があがった。
建物の大部分はまだ雪に埋もれていたが、人命救助が先決だ。
集中的に扉周辺の除雪を行い、中にいる老師と歌留太に呼びかける。
彼らは皆が思っていた以上に元気そうだった。
電気もガスも通っていたということもあり、案外気楽にやっていたらしい。
店から出てきた歌留太を見て、ダリオが大喜びしたのは言うまでもない。
彼は除雪作業の疲れもどこへやら。その後延々と歌留太を追いかけ回していた。
老師はきつねを見るなり説教をはじめたが、外の様子を見ると一瞬にして残った雪を全て溶かしてしまった。
結界の能力を使って周囲の雪を水に変換したらしい。
「最初からその術使ってりゃ良かったじゃんよ〜」
ぐったりうなだれるきつねに、老師は呵々として笑う。
「期せずしておまえがわしに休みをくれたわけだ。のんびりしても罰は当たらんじゃろ」
こうして、きつねの休日は除雪に始まり除雪に終わったのであった。
夜になり、店の外に作られたかまくらでは鍋パーティーが催されていた。
物見がてら近所の子どもや見物人も集まり、ちょっとしたお祭り騒ぎだ。
七人はパーティーを楽しんだ後、それぞれの帰途へついた。
なお、慣れない除雪作業をしたきつねは夕方から熱を出し、鍋パーティに出られないまま一週間ほど寝込んだという。
Successful mission!
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【2284/西ノ浜・奈杖/男/18/高校生・旅人】
【1990/天音神・孝/男/367/フリーの運び屋・フリーター・異世界監視員】
【2449/中藤・美猫/女/7/小学生・半妖・44匹の猫の飼い主】
【2142/新野・サラ/女/28/某大学付属図書館司書】
【1449/綾和泉・汐耶/女/23/都立図書館司書】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1439/桐生・アンリ/男/42/大学教授】
※発注申込順
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■ ライター通信
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初めましての方も、お馴染みの方もこんにちは。
「東京遭難生活」へのご参加ありがとうございました。
お届けが遅くなり雪とは無縁の時期に……と思いきや、最近また冷え込み始めましたね。
冬物コートをいつクリーニングに出そうかと思案する日々です。
>中藤・美猫さま
実は、救助一辺倒で行動してくださったのは美猫さまだけでした。
こんな風に助けて頂けると、歌留太冥利に尽きますです(礼)
最終的には他の方のプレイングと調整して軽めのノリになってしまったので、一緒になって遊んで頂きました。
機会がありましたら、次は是非歌留太と遊んでやってください。
それでは、ご縁がありましたらまたお会いしましょう。
今宵も貴方の傍に素敵な闇が訪れますように。
西荻 悠 拝
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