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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


黒い魔狼

●プロローグ

 その影は巨大な獣にも見えた。
 まるで怪奇雑記に載っている未確認生物ようにピンぼけた輪郭の曖昧な写真。

「大きな犬――というよりむしろオオカミ?」
「そういえば最近、草間興信所でも狼がらみの事件が起こってるらしいですしね」
 アトラス編集部に寄せられた写真を片手に編集長・碇 麗香はしばらく考え込むと、ズビシッと指さした。
「何ページか空きがあったでしょ。それ、このネタ用に指定しておくから」
「でも編集長、入稿までにはもう時間が‥‥」
「『まだ』時間が、でしょう? ポジティブシンキングは敏腕記者の必須条件」
 いや、ツケが回ってくるのは取材に行く人間ですけど‥‥と心の中で流される涙は道端の雑草のように無視されるのみ。
 同封されていた手紙によると、この写真は朝倉岳山中で写されたものらしく、またオオカミは数名の人間らしき影とも戦っていたらしく、周囲では爆音や謎の光も飛び交っていたとの目撃情報もあるそうだ。しかし、なにぶん山の夜の闇は深いため確証はないとのこと。

「これ、いいじゃない。タイトルは『ミステリー! 朝倉岳山中に謎の巨大オオカミと謎の閃光をみた!』 もう決まりね」

 訳すると、山奥でサバイバルをしながら締め切りに間に合うよう早急に取材を終えてこい、という編集長命令のようだ。


●蒼き剣の魔狼

 鬱蒼と木々の生い茂った山の中を矢塚 朱羽は進んでいた。
 頭上を覆う木々の葉にさえぎられてあたりはかなり薄暗く、見通しも悪い。
 朱羽は周囲を警戒しながらさらに奥へと向かう。
 ふもとからすでにかなりの距離を歩いていた。
「樹々の間を渡る風の音がまるで音楽のよう‥‥ほら、澄んだ曲に聴こえませんか?」
 雪色の白い髪に瑠璃色の瞳の少女――梅田 メイカが朱羽に振り返る。
「まあな、こういうのも嫌いじゃないよ」

「はひぃ、話で聞いた以上にひどい山道でしゅう」
 アトラス編集部の三下 忠が、今にも死にそうな悲鳴をあげた。
 三下に同行取材として朝倉岳山中までやって来たのは、傀儡 天鏖丸、雨柳 凪砂、柚木 シリル、御影 蓮也、矢塚 朱羽、梅田 メイカ、ティエン・レイハート――の計7名。
 巨大な鎧武者の人形である天鏖丸が先頭に立って、内蔵されている各種センサーを駆使しつつ、索敵と周辺の撮影を続けている。
「‥‥その、この武者はつまり人形なのですよね‥‥ええと、操られている方の姿がお見えにならないのですが、‥‥索敵の具合などはいかほどでしょうか」
 三下が声をかけられて天鏖丸は答えた。
「――我が生業は人形師であり鏖殺請負。その為、索敵及び戦闘は得手なり――心配無用」
 元々、天鏖丸は女人形師・天峰由璃乃の操る武者型大型傀儡であり、彼女が依頼に臨む時は必ず傀儡を介し――本人が表に出ることは全く無い。
 それが彼女のスタイルである。
 天鏖丸は長期間に渡るサバイバルも問題はなく、むしろ興味と人形操作の修練も兼ねて取材同行の依頼を受けたのだ。
 なるほど、と感心しつつ三下は弱々しく呼びかけた。
「み、皆さん‥‥後少しですから、頑張ってくださいィ」
「いや、俺らはいいけど三下さんの方こそ大丈夫か」
 朱羽の言うように三下の方が今にも死にそうな様子だ。
 彼の相変わらずな扱き使われっぷりにほだされて取材を手伝うことにした朱羽だが「平気ですぅ」といかにも無理して死にそうな返事をする。
 自分の生死を省みずに無理をする辺りは麗香による教育の賜物なのか‥‥。
 余りにも哀れなので少しだけ荷物を持ってやることにした。
「す、済みません。ありがとうございます‥‥」
「気にしなくていいよ。それよりも例の写真が撮影された場所は掴めてるの?」
「ええ、も、もう少し行った場所が例の巨大な影の写真の写っている場所だと思いますので‥‥」
 木々の立ち並ぶ周囲は360度似たような景色で、一歩間違えると方角すらも見失いどこにいるのかもわからなくなりそうだ。こまめな地図とコンパスのチェックは欠かせない。
 木漏れ日の差す葉の生い茂った空を見上げて、朱羽と並んで歩くメイカは物静かに言った。
「でも、たまにはこういう所もいいですね‥‥」
「そうだな。物騒な噂が嘘のようだよ」
 彼女の言う通り、木漏れ日が光の帯となっていく条も降り注いでいて――そんな淡い光を浴びたメイカを朱羽は眩しそうに見つめた。
 ――――メイカは北欧に連なる日系フィンランド人の家系だ。
 まるで雪女の様に何処か儚い雰囲気を持つ美しい少女であり、どこか神秘的なオーラすら放っている。
 そんな横顔を眺めていると、不意にメイカが振り返った。
「朱羽さん‥‥どうかしました?」
 目と目があってしまい、慌てて視線を逸らした朱羽はぶっきらぼうに話を変えた。
「別に。それより、いつ例の影やそれを追う男たちが現れるとも限らないから注意だけは怠るなよ」
「注意ですか?」
「そう、オオカミは数名の人間らしき影と戦っていたというから‥‥ここは戦闘の痕跡を探すのが王道だろ」
 朱羽の一言に、凪砂が冷や汗をかきながら周囲を見渡す。
(――あたしもたまには変身して、山を駆けてフェンリルの“影”のストレス解消したりしているけど‥‥。こんな場所には来たこともありませんし‥‥)
 内気でかわいい美人といった感じの凪砂だが、大学を卒業後、友人に誘われて欧州一周の卒業旅行をした際に事故に遭い『魔狼フェンリル』の“影”と同化してしまった。
 狼違いではあると思うが、彼女としてはそれでも撮影された獣というのが自分ではないことを祈るばかりなのだ。
(第一、あたしは人間に追いかけられた覚えも戦った覚えもありませんし、うん、きっと大丈夫)
「何をキョロキョロしてるの、凪砂さん」
「ひゃッ!?」
 ティエンの無邪気な声に凪砂はドキッと飛び跳ねた。
「別にそんな、キョロキョロなんて――そう、ここにくる前に麓の村などで調べた話を思い出していたりしていたんです」
「凄いや、ちゃんとそんなこと調べて来たんだ。良かったら俺にもその話って教えてよ、ね?」
「ええ、喜んで」
 凪砂が聞いた話によると、ずっと昔、この土地の人々は狼と共に暮らしていたとの伝承が残るらしかった。
 現代では滅びてしまったとされるニホンオオカミ。だが、この土地の狼は動物学的な意味での狼というよりも守り神や山人、聖霊といった民俗学や民間伝承的な意味合いの存在に近く、この近辺では狼が大いなる奇跡をふるったり有り得ない現象を起こしたとの逸話や伝説に事欠かない――。

「そして、狼族の聖地が朝倉岳の奥深くにあった――そう伝えられているそうです」
「狼の聖地か。うん、ロマンチックな話だね」
 二人の話を聞いていたメイカは、古い伝承の伝えるイメージに想いをはせる。
「遥かないにしえに狼と共に暮らした土地‥‥どことなく神秘的でもありますね」
 聖地――メイカにはその一語でこの緑の深い山の空気がどことなく神聖に感じられる。
 そんな会話に、蓮也がさり気なく異論を挟んだ。
「でもここで目撃された巨大な獣だけど、どちらかと言えば草間での狼事件に近いんじゃない?」
 俺の調べた限りだけどね、と断りを入れた蓮也の説明によると、先日、草間興信所に一匹の狼の子供が保護された。
 機械と魔導技術の融合を目指した魔術師たちの組織にその狼の子供が狙われ、草間興信所ではひと騒動あったという。その時に巨大な狼も現れたのだが、事件の後、どこかへと姿を消していった‥‥。
「消えていった狼は、青い剣の様なツノを額に生やす事が出来たそうだから。ここで目撃された狼にも同じ角があれば、それは同じ狼ってことだろう?」
「あの時は、フュリース――その子狼の名前ですけどね――の親狼はその魔術師たちに操られていたんですよ」
 蓮也の話を聞いて、懐かしそうに呟いたのはシリルだ。
「え? ひょっとしてシリルさん、その事件に――」
「ええ、私はあの時の現場に居合わせていました。親狼は自分の意識を取り戻し、そのまま闇の中へと消えていった――その後の消息は不明です。だから同じ狼なのか確認することが、私にとっての今回の取材への参加動機です」
 ――フュリースのお父さん‥‥。
 今でも覚えている。
 一瞬だけ正気を取り戻し、また狂気に支配されたようにどこかへと消えてしまった狼。‥‥我がムスコ、フュリースを、タノム‥‥。あの時の、巨大な狼の言葉が忘れられない。
 狼の伝承と都市で起こっている超常事件が交錯する地点、それが三下たちの目指している場所なのかもしれない。
 ここまでの証言を自分の言葉で直してテープレコーダーに録音したティエンは、カチっとスイッチを切って明るく笑う。
「色々あるみたいだけどね、今回の仕事で重要なのは結局取材の成否だよ。たくさん面白い話のネタを拾ってきて、三下さんが怒られない記事を仕上げてあげないとね」
「まあ、きっとそれが正解だね。それに日本での狼は貴重だし、できたら記事にするにも保護した方がいいよ」
 蓮也も内心では機械の魔術師たちのことも念頭に置きつつティエンに同意すると、意地悪く三下のカメラを指差した。
「三下さん、ピンぼけだったら編集長になんて言われるか一番わかってるよね」
「ひえぇ〜!! それは嫌です」
 全員の笑い声が上がったその時、
 ザン。
 天鏖丸が足を止めた。
 ――化生ナル気配の痕跡や在り――。
 凪砂も気がついて上空を仰ぎ見る。
 『魔狼フェンリル』の“影”の鼻を借りて匂いから周囲を探っていた彼女だが、ごく最近のとある匂いを嗅ぎ取ったのだ。
「どうやら現場に着いたようだな。ここからは更に用心したほうがいい」
 朱羽が木の焼け焦げた跡に手を触れた。他にも比較的新しい折れ口をした枝や、倒された木もいくつか見える。
 ――ここが戦闘のあった場所――。
 戦いの痕跡らしき様子をメイカはデジカメで撮影していった。
 痕跡をさらに追いかけていくと倒れた木や破壊の跡は度を増していき、戦いの激しさがうかがえる。
 計測器の分析結果を見てメイカが鋭く告げた。
「それだけではありません、気をつけて。ここら一帯に特殊な磁場変動が観測されます。高密度な魔力の使用された戦闘の可能性が高いです‥‥」
「ああ、それは良く感じてるよ」
 蓮也は空間に残った戦いの残滓のような緊張感を感じ取り、小太刀の『運斬(さだきり)』を静かに構えた。
 ザザッ。不自然に揺れる目の前の茂み。
 そこには、額から青い刃を生やした巨大な狼がいた。
 漆黒の狼は咆哮と共に飛び掛ってくる。
「――――させぬ」
 立ちはだかったのは天鏖丸だ。目に見えぬ程細くも強靭且つしなやかな遣糸で操られた武者は、黒狼の前に仁王立ちから深く腰をため、そのまま妖刀『滅狂』を振り下ろす。
 狼の額の青い刃と斬り結び、すれ違う。
 互いに勢いを殺して反転し再び対峙すると、シリルが叫んだ。
「待って! 彼は怯えているだけです、決して敵じゃない――!」
「何故お主にその様な事を分かるか」
「私は人狼とのハーフです。彼の瞳からは敵意は感じられても殺意はない――あれは多分防衛本能です!」
 シリルの言葉に、戦う術を妖刀から怪力を誇る大兇の腕へと切り替える。
 が、魔狼と天鏖丸の間で巨大な爆発が巻き起こった。爆風は砂塵を巻き上げ一帯をなぎ払う。
 青白い輝きを帯びた破壊光。
 ――――魔力による爆発。
「あなた方に感謝しますわ。おかげでそこの実験体を誘き出す事が出来ましたから」
 数名の黒いローブ姿の人間たちが砂塵の中から姿を現し、さらに数発の魔力を狼へと放った。
 額の青い刃で魔力光を斬り裂き、霧散させるが、魔術師たちは包囲と連携で素早い動きの狼を取り囲んでいく。


●五大元素の魔術師〜歌美咲霊樹

 ティエンは狼の動きをつぶさに観察していた。
 一見、双方が互いに戦い合っているように見えるが、正確には防戦しつつ逃走しようとしている巨大な狼を、魔術師たちが追い詰めるように攻勢を仕掛けている、という戦いの流れである。
 戦いつつも魔術師たちは狼の動きを封じる陣は張り巡らせていたようで、巨大な狼を中心に強力な力場が形成された。
 体が重くなった様に黒狼の動きが鈍ったその時、朱羽の矢が結界を形成する要である魔術師の一人を掠め、一瞬の集中の乱れを見逃すことなく黒い狼は大きく首を振るった。
 額の青い刃で力場自体を斬り裂き、包囲を突破して山の奥へと疾走していく。
「彼は私が追います!」
「待って、シリルさん一人じゃ危険だわ――あたしも行きますから」
 シリルと凪砂が漆黒の狼を追っていき、その後を追おうとした魔術師の一団だが、前方の大地が土煙を上げて爆ぜ、進行を遮られる。
 メイカのスラッシュリボンが大地を鞭打ったのだ。
「ここは通させはしません」
 メイカと同じく立ち塞がる朱羽、ティエン、天鏖丸、蓮也に対して女魔術師は落ち着いている。
「わたくしたちは危険存在に対して対処しているだけであって、別にあなた方と敵対する意思はありません。ですから邪魔はなさらないでくださいませんか」
「一方的な捕獲にしか俺には見えなかったけれど?」
 ティエンはあえて挑発するが、女魔術師はそれを受け流す。
「あなた方も先程の狼が持つ危険な力は見られたことかと思います。あのような怪異の猛獣を野放しにしておく事は許されませんわ」
 だが、女魔術師の言い分に蓮也は苦笑した。
「悪いけど、あんたらが逃がしてしまった実験動物よりはさ、あんたら自身の方がよっぽど性質悪そうに見えるんだけど」
「ああ、もうすでにわたくしたちの正体を知っていらっしゃるのね」
 女魔術師はガラリと態度を変えると、かぶったローブを下ろした顔に不敵な微笑を浮かべた。導衣の中から長い黒髪をかき上げて軽く首を振り、恭しくお辞儀をする魔術師。
「それじゃ仕方がないわね‥‥うふふ。失礼したわ。わたくしは四大魔術師が一人――五大元素の魔術師、歌美咲 霊樹(かみさき・れいじゅ)と申します。五大精霊の魔術師とも呼ばれていますが、以後、お見知りおきを」
「‥‥きな臭い肩書きだな」
 朱羽の呟きに冷ややかな視線を向けると、霊樹は水平に右腕を上げた。
「わたくし達からあなた方への要求は三つ。一つ、ここで採った映像・音声記録を全てをこちらに提出する事。二つ、以降のわたくし達の行動を妨害しない事。三つ、ここで見聞きした全てを忘れ、下界でも一切を他言無用にする事。これだけです」
「そんな条件を飲むと思うか?」
「受け入れられない場合はきれいに消えて頂くだけよ」
 その一言が戦闘開始の合図だった。
 魔術師たちは霊樹も含めて5人、丁度5対5。
「大怪我しない程度にいきたいけどね‥‥まあ仕方ないか。やるならとことんやるよ?」
 軽口を叩き真っ先に霊樹に向かった蓮也を火柱が阻んだ。
「面白い――炎比べといこうか」
 炎の力を行使する焔法師である朱羽が、炎の弓矢を放とうと狙いを定めるが、魔術師たちに対する気持ちの悪い違和感に手が止まる。
「――な、なんなんだ‥‥お前たちは」
 火柱の熱波で炎を放ったと見られる魔術師のフードがまくれ上がる。その下から出てきた顔は、歌美咲霊樹。二人の霊樹が火炎の紅光に照らされ不気味に冷笑を浮かべていた。
 魔術師たちのすぐ前の地面が盛り上がり、巨大な土人形となって襲い掛かる。
(こんな山奥の微弱な電波状況ですが、何とか電子情報具現化による武具生成を――)
 土人形は一瞬にして無数の破片にバラバラに解体された。
「朱羽、大丈夫ですか!?」
 メイカにより生成された斬撃可能な情報集積型超高密度スラッシュリボンが土人形を引き裂いたのだ。
 しかし、土人形は再び地面が盛り上がるように再生されていく。
「ああ、なんとか。だがこの状況はまずいな‥‥」
「先程の条件を飲むのでしたら今ならまだ見逃してもあげましてよ」
 他の魔術師たちのフードも戦闘の余波で次々とめくれ上がる。
 その下から現れたのは、全てが歌美咲霊樹だった。
 天鏖丸が土人形を操る霊樹へ失踪する。
「時処違えては日ノ化身 闇に在りては月ノ化身 頭に頂く鋭月の黒き怨獄武者の舞 血霞に煙る剣舞 その目で篤と御覧あれ‥‥」
 勢い無しで垂直に飛び上がると土人形を飛び越え、女魔術師の前に降り立った。離れた魔術師を鎖状刃の『緋薔』でけん制しながら妖刀を振り下ろす。
 天鏖丸の妖刀を目前に張った大地の壁で受け止める霊樹。逆に壁面が波立ち幾条もの錐状に変形して突き刺すように岩槍が放たれ、天鏖丸は体の要所を庇いつつどうにか鎧で受けた。
 様子を見守っていたティエンだが、軽やかに、差し伸べるように右腕を上げる。
「遭難者なのか、とも思っていたけど。その心配はなさそうだね」
 彼の力の源は万物を司る四天の一つ、生命と光を統べる『聖天』の守護者であり継承者の力。上空からの木漏れ日の光が凝縮して、手の中に光の剣を出現させた。
 風の魔力による真空のカマイタチが飛来してくるが、優雅な動きでそれらを光剣で回避していく。
 同じくスラッシュリボンで攻撃を打ち消していたメイカだが、攻撃に移ろうとした所で携帯がバッテリー切れを起こしてしまい、リボンを含めた電子関連能力が全く使えなくなってしまった。
「あ‥‥こんな時に!」
 迫りくる風の刃を火炎に火矢が相殺していく。
「さっきのお返しだ。それよりまだやれるか」
「支援します、頑張って」
 朱羽に向かって頷くと、メイカは氷の力は発現した。
 別の霊樹に向かって巨大な丸太が襲い掛かったが、空中に現れた水の幕が包み込むようにそれを食い止める。
「チッ、それ、かなり厄介な防御だな」
 蓮也の仕掛けたいくつものトラップが次々と水の幕で防がれる。水を操る霊樹と蓮也はずっと対峙している。
 ふっと微笑を見せて、霊樹の唇が動いて何かを告げたその時――。
「下がって、みんな! とりあえずあの邪魔な岩の壁を何とかするよ」
 ティエンが一歩下がるとそのまま意識を集中して神獣の召喚を行う。
「神翼よ‥‥その純白の輝きを示せ!!」
 『聖天』の力が具現化し、純白の輝きを放つ6枚の翼の不死鳥は大地の壁ごと魔術師の一人を吹き飛ばした。
「神翼の羽ばたきが‥‥君に聞こえたかい?」


 一方、黒狼を追ったシリルと凪砂の二人は、その姿を見失っていた。
「こちらの方角ですけれど、追いつけるかしら」
 “影”の力で狼の匂いを追跡する凪砂だが黒狼に追いつくには変身をするしかなさそうだ。シリルが狼の遠吠えを上げた。
「――――フュリース!!」
 人には聴こえない遠吠えだが、それは黒狼の子供を意味する叫び。シリルは何度も、何度も叫ぶ。
 突然、凪砂がシリルを突き飛ばす。不意を突かれた形で横合いから巨大な牙が迫っていたのだ。
 倒れた状態から凪砂が反転する。
「危険です! ここはあたしに任せて!」
 『魔狼フェンリル』の“影”に完全獣化すると二体の獣は激しく組み合った。
(――凄い力、でも、かなり弱ってる――)
 数分の格闘の末、黒狼を組み伏せる凪砂。
「‥‥この力、海の向こうの魔狼、か‥‥」
 それ以上攻撃を加えないことで、黒狼も抵抗をしなかった。今の戦いは、群れの上位を決めるように狼としてルールある戦いだったのだ。
「フュリースのお父さん、私を覚えていますか? 人の言葉を話せますよね」
「‥‥ああ、話せる‥‥以前よりは、多少‥‥魂を、取り戻せている‥‥」
 シリルは安心させるように瞳を合わせた。
 久しぶりに再開した黒狼は、前よりも知性の輝きを取り戻しているように思える。
「フュリースくんは元気です。皆に好かれていますから‥‥でも貴方がいないのはきっと寂しいのですよ‥‥」
「‥‥それは、良かった‥‥だが‥‥今はまだ、逢うべき時では、ない‥‥」
 それだけを言い残し、巨大な黒狼はよろよろと木々の向こう側、深き闇へと消えていく。
 瞳に強い意思の宿る今の黒狼なら無闇に人を襲うこともないだろうが、同時に、去ろうとする彼を止めることもできないことを悟った。
「何かあったら低い声で呼んでください‥‥私には聞こえますから」
 呟くシリルの横顔を見つめながら、獣化を解いた凪砂は山中へと消えていく黒狼の背中を見送った。


 シリルと凪砂が全員の元に戻ってくると、戦闘は終結していたようだった。
「あの女魔術師なら一体がやられたらさっさと逃げた」
 メイカに肩を借りて朱羽がそっけなく教えてくれた。
 蓮也は、霊樹と交わした別れ際の会話を思い出す――。

「あんたら、聞いた話によると魔術と機械の融合とか言ってるらしいが、聞いた限りじゃ笑わせるよな」
「ふふ、それなら自分の知識だけで否定して、自分の世界を守ってなさい。わたくし達は、先の世界へと進ませてもらうから」
「はん、くだらない。そんな低次元での融合なんて双方の侮辱にすぎない。その実験台にされた命のためにも許せない」
 静かに、それでいて断絶している二人の領域。霊樹は肯定も否定もせずに、間近にまで歩み寄ると、呪うように囁いた。
「‥‥未来に可能性を広げられるなら生命は残酷にもなれるのよ」

「そんなことも言ってたんですか」
 細かく凪砂がメモをとる。鎧に多少に亀裂は入ったものの天鏖丸も無事だ。
「これで任務完了かな?」
 ティエンが明るく手を叩いて土ぼこりを払う。
 当初の目的である『朝倉岳山中の謎の影』についての取材に関しては、これ位の成果が妥当だろう。
 こうして下山準備に取り掛かった一同だが、機材をチェックしていた三下が「あー!!」と声を上げた。


●後日談 〜エピローグ

「で、こんな腕利きが揃っていて、なーんーでー、ピンぼけ写真ばかりかしら?」
 碇麗香編集長の怒りはごもっとも。
 撮影してきた写真は全部が全部、最初に編集部に持ち込まれた写真よりも多少はまし、というレベルの写真でしかなく、はっきりと撮影に成功したものは皆無だった。
 魔術師たちの張っていた魔術陣や戦闘時に発生した磁場など、原因は色々とありそうだが、結果が全ての世界である。
 と怒り心頭に見えた麗香だが、デスクにふんぞり返って腰掛けると意味深な笑みを見せた。
「――と、今日はこれくらいで許してあげようかしら。良くやってくれたわ。ふふ」
 編集長曰く、怪奇写真は怪しげであるほど受けがいい。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1847/雨柳・凪砂/女性/24歳/好事家/うりゅう・なぎさ】
【2058/矢塚・朱羽/男性/17歳/高校生 焔法師/やつか・しゅう】
【2165/梅田・メイカ/女性/15歳/高校生/うめだ・めいか】
【2276/御影・蓮也/男性/18歳/高校生 概念操者/ミカゲ・レンヤ】
【2398/ティエン・レイハート/男性/18歳/ソードマスター】
【2409/柚木・シリル/女性/15歳/高校生/ゆずき・しりる】
【2481/傀儡・天鏖丸/女性/10歳/遣糸傀儡・怨敵鏖殺依頼請負/かいらい・てんおうまる】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 ノベル作成が遅れてしまい大変に申し訳ありません。以後このようなことがないよう発注スケジュールなどには十分気をつけさせて頂きます。
 バトル相手のメインはもっぱら美人の魔術師お姉さんになっていますが、そのうち凶暴な獣とバトルできるシナリオも発表したいなと考えています。

 今回の事件で明らかになった情報も《異界〜剣と翼の失われし詩篇〜》で一部アップしていく予定ですので、興味をもたれた方はぜひ一度遊びに来てみてください。例の如く更新が遅れるかもしれませんが‥‥。
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。