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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


夜器「月喰い」
------<オープニング>--------------------------------------

「いい器だね」
 手に持った器を眺めたまま、レンは器を持って来た初老の男に向かって言った。誉められたにも関わらず、男は終始びくびくしていて、返事は期待できそうになかったが。
 器はガラス製で、光をさまざまな方向に反射させるために、細かくカットされている。ガラスは二層構造になっており、間に青い水が入っていた。したがって器を通した光は薄青を帯び、下から見上げるとまるで海中から水面を見上げているような気分にさせられる。
「水を張ったらもっと綺麗なんだろうね」
「それは良いんですが……くれぐれも窓際には置かないで下さいよ」
 レンの言葉に慌て、男はおどおどとした口調で言った。男のそんな反応を面白がっているかのように笑い、レンは器をテーブルに置いた。
「言い値で買うよ」
「それでは……1万円でどうです?」
 男の言葉にレンは少し目を見張った。これほどの良品(それもなかなかに大きい)がたった1万円だなんて、とんでもない破格だ。……これに変わった能力が備わっていなければ、の話だが。
「へぇ……何があるかは知らないけど、わかったよ。1万円でいいんだね?」
 レンはカウンターの引出しから1万円札を一枚取り出し、男に手渡した。男は金を受け取ると、逃げるようにして店を去っていった。レンは男の後姿を呆気に取られた表情で暫し見ていたが、やがてこの器の詳細を聞き逃してしまったことに気付き、難しい顔をした。
「これじゃ注意書きが書けないじゃないか」
 ふぅと一息吐いて、丁度居合せた面々を振り返り、レンは薄い笑みを浮かべる。
「……というわけだ。あんた達、試してみてくれないかい?」


------<本文>--------------------------------------

 水の張った器を前に、4人の男女が顔を突き合せていた。どれも静かな面持ちで、何もないのに絶えず波紋を打つ水面をじっと見つめて。
「試してみるって言っても、何をすればいいわけ?」
 いい加減焦れたように羽叶が眉を顰めた。どさりと椅子に座って、一本足のテーブルに乗っているガラスの器を遠目に見遣る。横から見ると底の方にいくに従って徐々に青が濃くなっていて、ああ、綺麗だな、とぼんやり思った。
「甘いな羽叶。さっきのオヤジの話を聞いてなかったのか?」
 からかいを含んだ口調で叉李が。目に掛かる前髪を鬱陶しそうに掻き揚げて、まだ器を囲んでいた譲と麒麟に退くように促すと、テーブルごと窓辺へと移動させた。それから窓を開け放ち、身を乗り出して初春の空を見上げる。夜の風はまだ冷たく、彼の髪をさらりと撫でると、店の中を走り抜けた。
「……ああ、成る程。月、ですね」
 彼の行動に得心した風に頷いて、譲も窓際へと足を運ぶ。見上げた空には月の姿はまだなく、厚い雲を通して僅かな輪郭だけをぼんやりと浮かばせている。静かな夜だ。まるで時が止まっているかのよう。
「来る……」
 いつの間にか2人と並んでいた麒麟がぼそりと呟いた。見ると雲が流されて少しずつ月がその姿を現し始めているところだった。羽叶もようやく立ち上がって、また4人でテーブルを囲む。一定のリズムで打たれていた波紋が、どんどんその間隔を狭めていった。
 譲の持つ神刀・竜胆がそれに呼応して甲高い音を響かせる。今宵の月は光が弱い。蒼い水面に白々とした真ん丸い姿を浮かび上がらせ――

 そして4人は意識を飛ばした。




 閉じた覚えのない瞼を開くと、そこは現実には有り得ない世界。いつかテレビで見たことのある、月の表面のような土地に立っていた。ひんやりとした空気の中、抜き身の竜胆だけが青白く発光し、微かに悲鳴を上げている。
 近付いてくる大勢の気配に、麒麟が長く息を吐いた。少なくとも好意ではない、澱んだ心を持つ気配。
 それに真っ先に飛び出して行ったのは羽叶だった。右腕が赤を灯したかと思えば、いつの間にやらその手にうす紅の刀を持ち、近付いて来る異形の物共をばっさばっさと斬り倒す。返り血を浴びることも、自らが傷を負うことさえも気にも留めず、ただ冷笑を貼り付かせて襲い来る敵を血祭りに上げていった。
「あんの馬鹿……!」
 ちっと舌打ちをして叉李が羽叶の後を追った。今はぐれてはまずい、と麒麟と譲もそのまた後を追う。そうしている間にも化け物は数を増やし、4人を囲うようにして垣を築いた。

「……まるで死にたいような戦い方だね」
 自らを顧みず敵陣に突っ込んで行く羽叶を見遣り、麒麟は言った。すると何故か隣りの青年が反応し、探るような視線を向けられる。
 その瞳に言い知れぬ光を見て、何となく思ったことが口をついて出た。
「彼女、助けてあげないの?」
 言ってしまってから少々深入りし過ぎたかとも思ったが、譲がゆっくりだが話し出したので口を閉ざした。
「深い傷を治すには誰かの前に傷口を曝け出さないといけない……彼女の傷は、僕には直視しかねるものだから」
 労りと保身の両方の響きを持つ言葉に、麒麟は空を仰いだ。だがそこにあったのは揺らぐ月と黒い影……。
「一ノ瀬先輩、杜部さん、急いで!」
 譲が叫ぶのを尻目に、麒麟は迫り来る敵を空間の温度を上げることで消滅させた。仮にも水中ということか、火が上がることはなくその為に余計な体力を使う。かと言って凍らせるにはこの数は邪魔だろう。
 額の汗を拭って、麒麟は数限りない化け物を、片っ端から蒸発させていった。


「上を」
 短く告げた麒麟の言葉に叉李と羽叶が上空を仰いだ。そしてそれが空ではないことを知る。規則的に波打つその場所は、こうなる前に見た器の水面そっくりだった。
 つまりここは、器の底なのか。
 それから頼りなげに揺れる水面の月に、大きな黒い影が忍び寄った。アメンボのように長い足を生やしたそれは、頑丈そうな顎でもって真ん丸と肥え太った月に齧り付く。瞬間、4人の立つ地面が激しく揺れ、竜胆が一際高い咆哮をあげた。但し、上空にではなく、真っ直ぐ前方に向かって。
「どういうこと?」
 説明を求めた羽叶に、譲が真剣な表情のまま答えた。
「恐らく、僕らが立っているこの場所が月で、震源にアレがいるんでしょう」
 言いながらも導かれるままに譲は先へ先へと進んで行く。不吉な予感があるのだ。月が喰われた時のこの震動の激しさ。完全にここが奴の腹の中へ納まってしまえば、恐らく――。
「……急ごう、手遅れにならないうちに」
 察した麒麟が、目の前に立ちはだかる敵を一瞬にして蒸発させた。


 その場所にはソレを守るかのように尋常でない数の化け物達が群がっていた。千や2千では到底足りないだろう。群がって動く様はまるで一つの大きな蟲のようだ。
 視界を埋め尽くさんとするその化け物の群れを前に、麒麟が一歩前へ出た。顔を顰めた三人を振り返ることなく淡々と告げる。
「僕が道を作るから、キミらでアレを何とかしてくれないか?」
「鴉女?」
 いくらなんでも一人では無茶だと言いたげに、叉李が声を掛けた。大体、ここに来るまでの体力の消耗が大き過ぎる。皆がそれを悟られないように平静を装っていたが、長年の経験からか、はたまた意外に気の付く性根のせいか……とにかく全員の疲労が叉李には手に取るようにわかっていた。
 そう、全員疲れている。もちろん自分も含む、4人共が。
 それでも前を見据え続ける麒麟の背中に、叉李は仕方ないな、と溜息を吐いた。
 ――仕方ない。彼女以外にこの状況を打破できる人物は、今他にはいないのだから。
「そうだな。頼めるか?まぁあんたなら、こんなのどうってことないだろうが」
 敢えて彼女の疲労には気付かないフリをして、叉李も一歩を踏み出した。足もとの揺れは酷くなる一方だ。時間はないに等しく、ならば多少無理をしてでもここから抜け出さなければならないだろう。
「御堂、俺とサポートに回れ。羽叶……できるな?」
 わざと肩眉を上げ挑発的に笑った顔で振り返ると、真っ黒な瞳にぶち当たった。
 ――いい面だ。
 心の中で呟いて、叉李はもう一度正面を向いた。軽く肩を回し、ぼそりと一言。
「よし、行くか」
 開口1番、群れに向かって走り出した。


 熱風がうねるようにして大地の表面を攫う。絶命間際の叫び声の合間から漏れ出た敵を、細長い白刃が切り伏せる。2本の赤い道が彼らの通ったあとに残る。
 羽叶はただ前だけを見ていた。もう数メートル先には月を喰らう化け物の姿が見える。長い足が時折攻撃をし掛けてきて、その度に風圧で弾き飛ばされかけたり、皮膚を少し切ったりしたが、そんなことは知ったこっちゃなかった。
 だが、どうにも上手く近付けない。ゆうに6メートルはあるだろう足は、驚くほど素早く動きこちらを翻弄する。切り落とそうにも存外丈夫なソレには、傷を付けるのが精一杯でとてもじゃないが6本全部をどうにかするなんて時間はなかった。
 それに気付いた麒麟が「援護を」と言い置いて、月喰いに気を集中させる。一瞬凍えるような寒さが場を包んだかと思うと、目の前の月喰いの足が地面に縫い付けられていた。どうやら凍らせて動きを封じたらしい。
「はあぁぁぁぁぁ!!」
 羽叶が斬り込んで一拍置いて、眩し過ぎる光が辺りを包んだ。




「うっ……」
 こめかみの疼きに小さくうめいて目を開くと、そこは見慣れた薄暗い店内だった。ずきずきと痛む頭を押さえながらも上半身を起こすと、器の前にレンが佇んでいる。
「蓮さん……?」
 名を呼ばれてはっとした様子でレンは譲を振り返った。雫の滴っている右手には、ビー玉のようなものが四つ乗っかっている。
 レンはそれを転がさないようにテーブルの脇に置くと、続々と目を覚ました4人の方へ歩み寄った。
「まったくびっくりしたよ……。いきなり倒れたかと思えば、まるでゾンビさね」
「それは?」
 煙管を取ろうと再びテーブルの脇に立ったレンに、譲が器のそばに目をやって尋ねた。レンはその視線の先にあるものを一瞥し、莨に火を灯す。
 肺まで深く吸い込んで、長く白い煙を吐き出してから事も無げに言った。
「あんた達が気を失って暫く後に器が光ってね……何かと思ったら器の中にコレが沈んでてさ。綺麗だから思わず引き上げたところにあんた達が目を覚ましたんだよ」
 そう言うとレンは小さなビー玉を掬い上げ、4人の前に差し出してにっこりと笑った。ビー玉は白地にそれぞれ赤や緑などの線が走っており、なかなか凝った模様が描かれている。
「これが今回の報酬」
 有無を言わさぬレンの微笑に、羽叶を除く3人は心底疲れ切った息を吐いた。
 そうして羽叶はと言えば。
「蓮さん、この器売ってくれない?」
 その台詞に少し意外そうにレンは目を見開いたが、すぐにいつもの微笑を浮かべると、店の店主の顔になった。
「もちろんお望みとあらば。但し保険はきかないからね」




                          ―了―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2667/鴉女・麒麟(からすめ・きりん)/女/17/骨董商】
【1613/一ノ瀬・羽叶(いちのせ・ひなた)/女/18/女子高生】
【2257/杜部・叉李(もりのべ・さい)/男/23/フリーター・退魔師】
【0588/御堂・譲(みどう・ゆずる)/男/17/高校生】
(※受付順に記載)


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■         ライター通信          ■
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 初めまして、ライターの燈です。
 今回は夜器「月喰い」への御参加、有難うございました。

>鴉女麒麟様
 クールということばかり誇張してますね(汗)
 非常にお役立ちな能力を持っておられたので、ついつい多用してしまいました。
 彼女は何故死ぬことができないのだろうか、などということを延々と考えてしまって結局個別部分が出来上がるのが、1番最後になってしまったり。しかも結局生かしきれてません……。精進します。

 それではまた、機会がありましたら。