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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


闇覗き
------<オープニング>--------------------------------------

「三下ー、写真いいの集まった?」
「は、はいぃぃ?」
 じろぉり、と部下を睨む碇麗香。それだけで竦み上がってしまう三下忠雄。手元で何かやっていたのか、ばさばさと書類が落ちる。
「なぁ〜にやってるのかな、タダオクン?」
 腰に手を当てたまま、にっこりと笑うその表情の後ろに青い炎が見えた気がして、慌てて足元に散らばった封書や紙を掻き集めた。
「今月号で使うからやっておいて、って言ったと思ったけど?」
「…い、一応候補だけは…これ以上の絞込みは勘弁して下さい。夢に出てくるんですよ、あの目が」
 自分の机の中で一番遠い場所に置いておいた封筒を指先で摘んで恐る恐る渡す。
 中を改めると、二段に仕切られた片方は弾かれた写真の束、もう片方には候補と言うだけあって目立つ事この上ないモノが数枚。
 中でも、どこかの建物の中で、鏡に映りこんだ余計なモノ――被写体と、カメラを構えた撮影者の『後ろ』からぬぅと覆い被さるように写ってしまった人影が圧巻だった。その視線は写真を見ている者を見ているようで、一瞬背中に意識を集中させてしまう。
 なるほどね、と呟いて元通りに封筒に戻し、ぽん、とそれで三下の頭を叩く。
「――柳川先生に観て貰ってきて。候補もそれ以外もね」
「ああああああ、それもやるんですかぁぁぁぁ?」
 麗香からの返事がある訳は無く。
 三下はこの寒空の下、編集部から追い出され、そして。

 ――それきり行方が分からなくなった。

「先生の所には寄ったらしいんだけどね。それから戻って来ないのよ、あの馬鹿。現物持って何処をうろついてるんだか、締め切りは近いって言うのに」
 苛々と麗香が告げる。
「とにかく、写真は取り戻してきて。このままだと記事に穴が開くわ。…ああ。ついでに三下もね」

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 春をどこか予感させるような風の匂いにふ、と顔を上げる。
 これからの季節――ある意味では、自分に尤も似合わないのではないか、と思いつつも、ならば今から行く場は――と口元にそっと笑みを浮かべ、殆ど足音を感じさせない足取りで歩いて行く。
 季節構わず怪奇情報を発信する、アトラスへ。

「わざわざご苦労様」
「他の人は?」
 編集部に入ってきた田中緋玻をすかさず目にとめた麗香が足早に近寄って来る。
「あそこに集まってるわ。どうやら、1人を残して先生の所へ行くみたいね」
「そう」
 写真を見てもらっていると言う人物に興味が無いわけではないが、どちらかと言えば写真を撮った場所が気になる。緋玻に気付いて近寄ってきたシリルが誘うものの、
「他に此処で調べたい事があるから、行っていて。ああ、それと、写真を撮影した場所に行くと思うから、その先生には会わないかもね」
 そう、断りを入れる。
「そうですか…分かりました。私も気になっていましたから、後で合流するかもしれませんね」
「分かったわ。行ってらっしゃい」
 手を振って別れたシリル達を暫し見送り、それから麗香に投稿した手紙を見せてもらおうと近寄った時、

 ――見ないで!!
 背後から悲鳴が聞こえ、思わずくるりと振り返る。
 其処には、こめかみを指先で押さえながら息を付いている青年の姿があった。

 この男が?

 一瞬そう思ったものの、今の声は明らかに女性のもので。違うわね、と呟き、麗香に声をかける。
 耳の奥に残る、悲痛と思える叫び声が再び聞こえて来ないかと思いながら。

「投稿の手紙の方?…ああ、そう言えばこっちに残してあったわね。ちょっと待ってて」
 麗香に話し掛けていると、気分が治ったのか先程こめかみを押さえていた青年が眼鏡の位置をくいと直しながら近寄って来ており、麗香がその場を離れた後、何とはなしに名乗りあった。
 ばたばたと忙しそうな編集部内を麗香が移動し、三下の机の辺りをごそごそと漁り始め…そして。
「あ…っ」
 珍しいと言うか、滅多に聞けないような麗香の小さな悲鳴と共に――書類が積み重なっていた山が崩れた。
「――はい」
 暫くして、崩れた場をそのままに何事も無かったかのように戻ってきた麗香が、厚みのある封筒を手渡す。
「写真は抜いてあるけど、他は全部残ってる筈よ。三下が抜き取ってない限り」
 怖がって見ようともしてなかったから大丈夫でしょ、とその直ぐ後に否定して腕を組む。

 緋玻がかさかさと手紙を開くのを、ケーナズがそのすぐ横に立って見ている。
「病院跡地?…また、随分な所で撮ったのね」
 現物を見ていないから何処で撮影したのかは分からないが、手紙を読んで緋玻があからさまに顔を顰めた。
「好奇心旺盛な人には、立ち入り禁止も見えないんでしょうね。嘆かわしいことだ」
 やれやれ、と肩を竦めるケーナズ。
 手紙は、写真を撮った日から変な夢を見るのだと書かれていた。同行した数人には何も起こらず、投稿者…写真を撮影した本人だけがずっと悩まされていたのだと言う。
 現像してみて驚いたのだろう。鏡越しに自分を覗き込んでいる『其れ』を見て。
「行ってみる必要があるわね」
 緋玻の言葉にケーナズも頷き、
「その前に、この人に電話します。…行方不明、とか言わなければいいんですけどね」
 ケーナズに住所の書いてある便箋を渡し、待つ間近くで2人の様子を見ていた麗香へと近寄って行った。
「大変ね。優秀な部下が居なくってしまって」
 麗香がやあねぇ、とぱたぱた手を振って笑う。
「優秀とはお世辞にも言えないけど、アレでもなかなか役には立つのよ。特に今回のような仕事はね」
「…それって、どういう?」
「彼、読者側の目で見てるから。こっちはもう慣れちゃっててやり過ぎてしまうことがあるんだけど…その辺の調整を取らせるには彼の目を通してみるのが一番ってこと。任せるとソフト方向へ突っ走るからそれは出来ないんだけどね」
 バランスよバランス、そう言って麗香が小さく笑う。
「――頼んだわよ」
 三下が戻ってこないからと言って其方にかかりきりになる訳にも行かず。また、それを証拠付けるように麗香を呼ぶ声が聞こえ、はいはい、と声のした方に向って手を上げて去って行く。思い切りが良く、割り切っているように見えるが。
 ――やはり、気遣っているのだろう。彼もまた、『此処』の一員なのだから。
 電話が終わったらしく、受話器を置いたケーナズに目顔で問い掛けるとゆるりと首を振る。
「お母さんの壁は厚かったです。――ま、雰囲気からして投稿者自身は特に問題ないみたいですけれどね」
 くすくすと笑いながらも、話終わりました?と訊ねられ、ええ、と答えを返した緋玻が、
「それじゃ行きましょうか」
 仕事に戻っていった麗香に軽く手を上げると、すたすたと先に立って緋玻が移動する。その後を当たり前のようにケーナズが付いて行きながら、
「移動は車でいいですね?」
 質問なのか確認なのかよく分からない聞き方をし、彼女を駐車場へと案内した。其処に置いてあった車に、これはケーナズが先に近寄って行き後部座席のドアを開ける。
「レディファーストって訳?」
「躾けられましたのでね」
 板についた動きでどうぞ、と勧めるケーナズを拒む理由も無く。
「ありがと」
 優雅に座席に着くと軽く腕を組んで外を眺めた。

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 駐車違反マークを気にする様子も無く、堂々とその場に車を止め、降り立つ。途端、顔を顰める2人。
「――厭な気」
 ぽつりと呟いた緋玻に顔を向ける事無く、軽く頷いたケーナズが先に立って歩き出す。途中、集中させるためか眼鏡をくい、と持ち上げて目をすう、と細め。
 鎖が錆び付いた門に蛇のようにのたくっているのを見て、
「これは越えないと無理ですね。行けますか?」
「問題ないわ」
 鉄柵の上をひらりと乗り越えたケーナズの直ぐ後に続いてあっさりと柵を越える。振り返って一瞬訝しげな顔をする青年に、
「パンツスーツで良かったわ。余計な動作をしなくて済んだから」
 言いながら、すたすたと、割れたガラスを微妙に避けながら中へと入っていった。
 『気』は、更に濃さを増している。救われないわね、と呟くも表情は変わる事無く。

 ――跡地になって久しいのだろう。好きなように荒らされた建物の中は、薄暗く埃っぽかった。
 通る壁に時折スプレーで走り書きが書かれている。廊下の窓が割られているのも、こういった手合いの仕業だろうか。
 こんな場所に来る輩でも、怖がるのかしら。
 街なかで見かけるスプレーアート…ある種芸術の域まで行っているモノを思い浮かべれば、この建物の中にあるこれらは酷く稚拙で、しかも中途で終わってしまっている。後は殴り書きや意味をなさないものばかりで。
 そう思った所で、ふと、右手の壁に映ったものに目を向けた。それは、――鏡。薄汚れたこの建物の中で、唯一…光を反射し、外の景色を映し出している。
 綺麗過ぎる、鏡。
 此れが。
 手紙に書かれていた階層と、位置からして間違いないだろう。
「何か見つかったんですか」
 落書きを見ていたケーナズが、緋玻の様子に気付いたか声をかけてくる。
「鏡よ。…手紙に書かれていた位置からしてコレだろうと思うのだけれど」
「――へえ」
 急ぎ足で近づいてきたケーナズが、緋玻より少し下がった位置で小さく声を上げた。

 ――綺麗なのに、歪んだ鏡。
 何処か、不自然さを感じる其処からは、重苦しい気が溢れ出している。
「こんなものの前で写真を撮って…写らない方がどうかしてるわ」
 苦々しげな口調は、吐き捨てるように。そして、そっと、鏡に手を当てる。

 指先に触れるのは、冷たい感触――だが、其れだけでは無く。
 ――怯え?
 ふとそう思った緋玻の指に、酷く馴染みの濃い気配が纏わり付いてきた。それは、とても暗い――冥い『気』。
 ……。
「気付いたのね」
 身じろぎした気配を察し、後ろを振り向きもせず言う。
 水のような、波紋が、緋玻の触れた手の先からゆら…と弧を描きながら現れた。
「この辺が、少し…歪んでいるみたい」

「――三下は…何処かしら」
 ケーナズにも、気配は探れていないようだ。もしかしたら場所が違うのか?と思いつつもこの場の雰囲気も気になり、別に心当たりを探そうという気にもなれない。

 ――ふと。
 『視線』を感じて、緋玻が鏡をじぃ、っと見つめた。
 隣ではケーナズが自分でも気になるのか鏡に手を当てようとしている。
 集中している彼を乱すのも良くないと、声をかける事無く鏡から外れて壁沿いに奥へと移動してみた。
「あら」
 思いがけずすぐ近くに右へと曲がる通路があり、すい、と其処へ足を向けた。
 途端。
 緋玻の周りを、静寂が、覆った。

 ――どの位時間が過ぎたのだろうか。
 感覚はとうに失っている。数分か、数時間か、…数日か。
 白とクリーム色に塗り分けられた壁を延々と歩きながら、自分が今『何処』にいるのか考えてみる。
 静かだ。
 辺りはしん…と静まり返り、緋玻の立てる僅かな足音だけがリノリウムの床に響いている。その音さえも、一歩進むごとに何かに吸収されているようで立ち止まれば即ち、無音の世界に。
 ――普通の人間なら、おかしくなるかもしれないわね。
 時折立ち止まりながら、ほとんど歩き詰めでいる緋玻。…とは言え。
「そろそろ、飽きて来たわ」
 出てらっしゃい、そう誰もいない空間に向って語りかける。
 返事は――無い。
 その代わりだろうか。
 ふ、と。
 全ての情景が消えた。其処に残るのは、光さえも無い、闇。
「おいたが過ぎるわよ?」
 ややあって、ぽつりと呟く声。

 何かが、動いた気配がしたが――それも意に介す事無く。
 緋玻は、その『場』を――喰らった。

『――――――――!!!!』

 其れは、声にならない悲鳴。渦を巻く、怯えの感情。そして。
 ちゃりらりらりらり♪
 ちゃらりりり♪
 酷く間の抜けた音が、一気に世界を切り裂いた。

 ぺろ、っと赤い舌を出して軽く唇を舐める。
 軽く一口。
 それだけでも、『相手』には十分過ぎる恐怖だったらしい。
 その上に重なったもう1つの音が全てを現実に引き戻した。
 足元に転がっている其れを拾い上げ、履歴を見ると、シリルからのメールだった。発信されたのは1時間程前。
『三下さんへ、柚木です:
何度も掛けましたが電波が届かないようなのでメールにします。もしこのメールを受け取って返事が出来る状況にあれば直ぐに連絡を下さい』
 やっぱり、と携帯の主を確認し、蓋を閉じると改めて辺りを見回し。
「―――」
 あるモノを見つけて言葉を失った。
 其処には、

 目が。

 ――いや、其れは目と言い切れないものだった。近寄って良く見た其れは…只の、黒いゴムボール。
 其れが――立った姿で固定された骨格模型の両目の窪にぴったりと嵌め込まれ、セロテープでぐるぐると固定されている。その上、マジックだろう、歯を唇に見立てて赤く染め、目の上にはご丁寧に黒々とした眉と大袈裟な長さの睫が書き加えられていた。…髑髏の上に、直接。
 其れだけでも眉をひそめてしまいそうなものなのに、その模型の全身に書き加えられた文字や絵は言葉にするも汚らわしい冒涜と陵辱を加えていた。
 先程の気配は、大分小さくなったもののこの室内にわだかまっている。すぅ、と動きを見せた其れは、緋玻の目から標本を隠そうとして果たせず、置き捨てられた机の下の陰に身を潜めて、其処から光を通さない真黒な瞳で緋玻を見上げてきた。
 白目もない。
 ――真黒な…『目』で。

 ――みないで。

 わたしを――みないで。

 小さな、耳を澄まさなければ聞こえない小さな声が、緋玻の耳に届く。その言葉に反応しているのか、小刻みに震えているのは…標本。
 其れに目を向けようとすれば、小さな小さな悲鳴が聞こえる。
「…貴女の体なの?」
 身体を屈め、なるべく其れを見ないようにしながら訊ねる。
 ひと目見て分かったのは、アレが本物だと言う事。

 ――みないで…。

 怯えきって、小さくなっている其れは、その言葉だけを繰り返している。
 その目は、明らかに…そう。
 与えられた『瞳』。
 歪んだ姿は闇色の中で、顔に当たる部分だけが不自然な楕円を描いてぼぅと光り、そして目はあくまで黒。

 其れは。

 『鬼』。

 緋玻の捕食の対象であると同時に、この場に――この建物に、あの写真に影響を与え続けた存在で。既に魂という存在から外れ、歪み続けてきた結果の姿に、緋玻は言葉も無く。
 小さくなった其れを、緋玻はそっと手の平で包み込み、そして――。

 ――喰らった。

 この部屋は、あの通路の曲がり角を曲がった直ぐ先にあった。部屋を出、長い通路に顔を出し、辺りを見渡す。
 してみると、結構長い時間経っていたらしい。鏡の近くに皆が居り、何処か疲れたような顔で思い思いの位置に座ったり寄りかかったりしていた。
「…田中さん」
 シリルが弱々しげに、それでも嬉しそうに声を上げて立ち上がった。
 その声に皆が一斉に緋玻を見、そして立ち上がる。
 ――皆、大丈夫みたいね、とざっと見て思い、向こうが浮かべている安堵の表情にどこかくすぐったい思いをしながら、
「こっちよ」
 皆を呼んだ。
「大丈夫か?」
「――平気。それより」
 手招きする動きに従って近づいて来た彼らに、アレを、と指された先を見た皆が始めに見た緋玻と同じく言葉を失う。

「―――そうか」
 慶悟が、髑髏の直ぐ隣に顔を持って行き、納得したように呟く。
「何だ?」
 隆之の声にアレを見ろ、と顎をしゃくると、皆が一斉に其処を見た。
 ああ…と、声が洩れる。
 割れた窓が。
 廊下が。
 この部屋から、良く見えていた。
「マジックミラーか…悪趣味な。潰れるわけだぜ」
 隆之が酸っぱいモノを食べた時のような顔をする。
「その向こうから写真を撮った訳だな…此れは、間が悪かったと言うべきか?」
「間じゃないわ。こんな場所に踏み込む方が悪い」
 思わず吐き捨てるように言った言葉の強さに気付いたのか、数人が何とも言えない顔で緋玻を見つめていた。

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 ぼろぼろだったがあり合わせの毛布を見つけてきた百合枝とシリルに礼を言い、数人がかりで骨格標本を丁寧に包んでやり。
 此処に来た時よりは随分ましになった空気の中を、忠雄を探して部屋中を漁り…そして、
「三下さん!」
「はい…ごめんなさい、ごめんなさい…もうしませんから…」
 戸棚の奥に押し込められていた忠雄が見つかったのは、その後。揺すっても声をかけても、同じ言葉を繰り返すばかりで埒が明かず。更に良く見れば手放すまいとしたのか封筒が腕の中でくしゃくしゃになっていて。
 忠雄は手の中で眼鏡を握り潰し、その上更にネクタイで見えないよう目の周りをぐるぐると覆っていた。
「あ…そうか、眼鏡だ」
 其の様子を眺めていた慶悟がその手の中に握り潰されている眼鏡を見て、納得行ったように頷いた。
「それって、あれか?『見られたくない』象徴か?」
「まあ、良く見るためのものだしな。おまけに、写真選考で何度も見てたんだろ?怖い怖いって思いながらさ」
 隆之の言葉に慶悟が答え、なるほど、とその言葉に納得した何人かが頷いた。
「それにしても」
 ネクタイを外してもらい、ややうっ血の跡が残るものの眩しさに気付いたか、ぱちぱちと目をしばたたかせる頼りない編集者を見て、百合枝が複雑な顔をする。
「眼鏡を外して綺麗に見えるっていうのは昔の少女漫画でのパターンだったけど…まさか実際に見るとは思わなかったわ」
 ぺたんと床に座った姿勢でまだ良く見えないのかしきりに目をぱちぱちと瞬きしながら皆を見上げている忠雄。
 ぷっ、と百合枝の言葉を聞いてその場に居た誰かが吹き出し、
 そして、皆なんとなく晴れ晴れとした顔で表に出た。

「いいかい?三下君。…キミは私の大事なペットなんだから、そう簡単に行方不明になってもらっちゃ困るんだよ。分かるかい?」
「ふぁい…わかりました、もうしません…」
 ぐったりと弱りきっている忠雄を優先的に助手席へと寝かせ、自らの上着をかけてやり…その後で毛布に包んだ標本を抱いた緋玻を後部座席に座らせてやり。その上で皆と別れて一足先にアトラスへ走らせている車上でのこと。
 噛み合ってるんだか噛み合ってないんだか分からない2人の会話に、後ろで聞いている緋玻が小さく笑みを洩らす。「何をしているんでしょうねえ…全く」
 帰り道に体力が続かなくなりそうだと、ケーナズに押し切られる形で車に乗り込んだセレスティが小さく呟き、緋玻と目を見交わしてごく小さな笑みを浮かべた。

 再び全員が編集部に戻ったのはもう夕闇が濃く街に影を落とした頃。持ち込んだ古びた毛布の中身の説明を聞いた麗香は、開かせる事無く残っていた社員に奥へと運ばせた。
「編集長…」
 よれよれのスーツ姿の忠雄が、恐る恐る、といった顔で皆の後ろから顔を覗かせる。倒れないよう、ケーナズが支えてやりながら。
「……」
 黙ったまま、麗香は手の平を忠雄に差し出した。きょとんとした青年が可愛らしく首を傾げる。
「――写真は?」
 手をひらひらと上下に振り、早く、と音にならない声が出る。ひ、と一瞬竦んでしまうのは習性か、スーツと同じくよれよれの、写真が詰まっていた封筒を手渡した。
「……危険な写真はあったの?」
 忠雄が行方不明になっていた事などなかったかのように話を進めて行く麗香。
「は、はいっ、ばっちりありました。先生からも、良くないものだから使わないようにと言われています。――えーと…あ、あれ?」
 一枚の写真を取り出した忠雄が良く見えないのか目を見開き、更に近づけてじぃ、と見た後で首を傾げ。
「――消えてます」
 そう、言った。どれどれ、と見た他の者の目にも、写真の中に写る奇妙なモノは見えず。友人達と投稿者の写りこんだ姿しか残っていなかった。まあいいわ、と言った麗香が封筒ごと奪い取り、
「残ったのがコレね。ご苦労様」
 中身を確認しつつ、柳川の一言コメントを見る。
「ちょっとインパクト足らないけどコレで行くか…三下」
「は、はいっ」
 とん、と忠雄の胸元に軽くぶつけるように封筒を渡し。
「先生のコメントと写真のレイアウト任せたわ。今晩中に何が何でも――出来る?」
 出来なかったら他に回す――そう言われてこくんと頷き、嬉しそうによれよれの姿のまま口元をほころばせ。
「はい――やります」
 はっきりと、頷いた。

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 ―――後で聞いた話だが。
 編集部で出される『おやつ』が忠雄の机の上に、いなくなった日数の分しっかりと置かれていた事。
 差し替え用の記事を用意していたにも関わらず締め切りを過ぎても印刷に回そうとしなかった事。
 その、どちらも麗香の命令だったらしい。

 更に後日談がもう2つ。
 …ひとつは、緋玻がケーナズの車に押し込んでまで連れ帰ってきた骨格模型のこと。これは正確に調べてもらい――結果から言えば人骨だった。それも、20前後の…女性のもので。今は綺麗に洗浄され、日を見てアトラスで供養を行うことになっている。
 そんな事もするんだな、と出た結果にやはり良い顔をしなかった隆之が麗香の言葉を聞いてほっとしたように笑みを浮かべたのが、印象的だった。

 そしてもうひとつは――――
「さー、じゃんじゃん行ってねー。すいませーん、タンにカルビにビール追加ー」
「へ、編集長ぉぉぉぉ」
「やるわねぇ。それじゃ私はハラミとロースと…」
「…藤井さんまで…」
 がっくりと肩を落とす忠雄を、ぽん、と叩いた手がある。
「キミはそのくらいが一番似合いますよ――ほら、笑って笑って。今日は皆がキミを救ったことの感謝なんですから。ホストがしょぼくれていては話になりませんよ?すみません、此方にも追加注文を――」
 ケーナズの言葉に魂まで抜けたか、虚ろな笑いを浮かべる忠雄。
 今日はあの日のメンバーに麗香と忠雄を合わせた総勢9人もの面子が顔を合わせていた。というのも。
「面倒かけたんだから、何か奢れやコラ」
 言い出しっぺは隆之。忠雄を見つけ出した後にもアトラスにちょこちょこ遊びに来ては、からかい半分真面目半分であの時の礼をしろと迫り、
「あら、いいわね。…迷惑なら私も被ってるわ よ ね?」
 にっこりと笑った麗香が追い討ちをかけ。
「おーし、それじゃあの日のメンバー集めて焼肉行こうぜ、焼肉ー」
 隆之が音頭を取った。

 忠雄は食欲が無いのか、付け合せのレタスやパセリをぽそぽそと食べ。
 麗香はその俯いた頭を肘当てにして次から次へと追加注文し。
 ――おまけに、誰が――とは言わないがザル並みの酒豪が混じっており。
 そして9人とは不吉な、と当たり前のように高い酒をかぱかぱ飲みながら慶悟は呼び出した式に黙々と肉を焼かせていた。
 遠慮していたのは――煙が身体に付かない様、頼んだお冷で防御壁を張りながらにこにこと焼きに徹していたセレスティと、おにくおにく、と呟きながらもあまり手を出さなかったシリルくらいのものだろう。
 尤も、出来上がった隆之達にシリルの取り皿に山のようにレア肉を置かれてしまった後では、そんなものは何処かの彼方へ飛んでいってしまったようだったが。
 緋玻まで、黙して語りはしないもののいつの間にか酒も肉も消えていると言う有様で。

 いくらかかったか、伝票を手にした忠雄は何も言わなかった。言えなかったと言うのが正解かもしれない。
 その後、家に戻った忠雄が焼肉の匂いをたっぷり持ち込んだお陰で住人に更にいびられたと言うのだが、それはまた別のお話。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389/真名神・慶悟      /男性/ 20/陰陽師          】
【1466/武田・隆之       /男性/ 35/カメラマン        】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男性/ 25/製薬会社研究員(諜報員) 】
【1873/藤井・百合枝      /女性/ 25/派遣社員         】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2240/田中・緋玻       /女性/900/翻訳家          】
【2409/柚木・シリル      /女性/ 15/高校生          】


NPC
碇麗香
三下忠雄
柳川鬼魅華(やながわ・きみか)

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■         ライター通信          ■
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お待たせ致しました。「闇覗き」をお届けします。
2月の雰囲気に合わせて書いていたのが、いつの間にか春一番も過ぎ何やら4月の陽気とか。其れはあまりに惨いじゃないですか、と思わず言いたくなりますね。あれだけ寒かったこの冬も「暖冬」と言われてしまうんでしょうか。
…めげずに作品はなるべく季節に合わせてやって行きたいと思います。
今回も沢山の参加、有難うございました。
それでは、またの機会にお会いしましょう。
間垣久実