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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


怪盗ベンティスカ【ベンゴ】


 真っ直ぐに背筋を伸ばし、静まりかえった部屋の中で精神を集中させる。
 決して侮る事なかれ。
 反省は幾度もした。
 ならばそれを生かさなければならない、何処が悪く、どうすればいいのか。
 それが彼女、玉梓抄友子の取るべき行動だと信じていた。
「……」
 スッと目蓋を開き、筆を取る。
 真っ白な紙に書かれた文字は能力を使うための物ではない。
 これは……決意の現れだ。

 打倒・ベンティスカ

 その力強い文字が表す程に。
「絶対に捕まえるんだからっ!!!」
 抄友子の怪盗ベンティスカに向ける対抗心は強かった。
 今も尚世間を賑わせている盗人、もとい怪盗ベンティスカは現在もその知名度を上げつつある。警察を翻弄し鮮やかに氷や雪だるまを操り縁起物ばかりを盗んでいくのだ。
 相手は立派な特殊能力者、普通の人間では対応できないと抄友子が捉えるべく動いたのだが……初戦は敗退してしまっている。
 そこで、考えたのだ。
 相手に勝つにはまず相手を知らなくてはならない。
 そこで前回の反省を活かし色々準備もした。
 後は、怪盗に再戦を挑むだけ……と言ってしまうのは簡単である。
 問題はどうやったら、あの怪盗と相対する事が出来るかが問題だろう。前は知人の家だった事もあって怪盗と対面する事が出来たのだが……警察は一般人の抄友子を入れてくれないのだ。
 だとしたら手は一つ、相手を呼び寄せればいい。
 問題はどう呼び寄せるかだ。
「うーん……」
 悩んだ挙げ句に出した答えがこれ。
「叔母さん、お願いします!」
 今度開かれる叔母の主催する書道展に、特製の絵馬を飾るのだ。
 きっと……怪盗が狙う。そう考えたのである。
「本当に来るかしら?」
「うーん……き、来ますよ、きっと!」
 不確定な要素が強い事は解っているが、それでも試してみたい。
 何事も挑戦だ。
「さっそく今から絵馬の話を広めに行かなきゃ」
 果たしてそんなに上手く行くのか………叔母が小さく首を傾げた数日後。


 書道展が行われる建物の壁面にあの氷の文字で、絵馬を盗み出すという文面。
「やったーー!!」
 これで後は、準備を完璧に整えて待つだけ。
「怪盗ベンティスカ! 覚悟してなさい!!」


 そして、当日。
 警察も考えてはいるらしい。
 噂の怪盗を一目見ようとする客で溢れそうになった会場を上手く入場制限し、それでいて一般客にも警官を紛れ込ませてもいる。
 そうでなかったら、今頃室内は人で一杯だ。
 客に変装していたらと言う事を警察は考えていたのだが……抄友子はきっと盗む時はあの格好のままで来るに違いない。
 そう確信し絵馬の近くで窓や入り口で気配を待つ、きっと冷気を感じるに違いないとも思った。
 規則正しく動いていく時計の音。
 過ぎていく時間に僅かに集中が乱れ始めた頃。
 彼はやってきた。
「来たぞ、怪盗だ!!」
 一人の警官の声に走り出したのが半数。
 囮である事を警戒し動かなかったのが残り半数であったが、やはり意識は外へと行ってしまう。
 なにせ本当に外に白いマントがはためいて見えたのだ。
 誰もがその白に意識を注いだ瞬間。
 抄友子の背後から伝わるヒヤリとした冷気。
「しまった!」
 壁を伝わる氷の筋。
 その上をいつの間に潜ませていたのか、小さな雪だるまが絵馬をまるでスノーボードのように滑っていくではないか。
「そうは行かないからっ!」
 間一髪。
 窓の外に出る寸前に、抄友子が雪だるまから絵馬を奪い取る。
「上手く隙をつこうだなんて……」
 怪盗ベンティスカは向かいの建物から抄友子を見下ろし小さく笑う。
「な、何? 絵馬は……」
「フッ……我輩を罠に掛けようとは、随分と卑劣な真似をするのだな、抄友子君」
「ーーーーーーっ!」
 冷静に諫められてみれば、思わず痛い所をつかれて言葉に詰まった。
 確かにそうかも知れない。
 おびき寄せると言うことはつまり、言い換えれば罠にかけるという事だ。
 抄友子の日々主張する正々堂々と言った単語からは、少しばかりその道を異なってしまう。
 頭を過ぎる迷いを余所に、怪盗ベンティスカはそんな抄友子を気にせず言葉を続ける。
「ま、どの道、我輩はそれを盗むのだから、関係の無い事だがね」
 ハッと息をのむ。
 相手は泥棒だ。
 確かにまずい事はしたが、まだ事件は終わっていない。
 捕まえなければならないのだ。
 考え事はそれからにしよう。
 気を取り直した抄友子は一瞬で考えをまとめ、絵馬を掲げ怪盗を指さす。
「絵馬が欲しければ追ってきなさい!」
 元からここで戦う気はない。
 どうしたって被害がでてしまうし、人か多くては身動きが取れなくなるのは明らかだ。
 抄友子は絵馬を抱えたまま走り会場を抜け出す。
「待ちたまえ!」
 もちろんそれで止まる訳も無いどころか足を速めて行く。
 出来る事ならこちらの有利な場所におびき寄せたかったのだが……流石にそこまでは出来なかった。
 逃げている内に前と似たような木の多い場所……つまり下は土である。
「さあ、その絵馬を渡して貰おうか」
「追い詰めたと思ってるの?」
「君が期待している警察は……足止めさせて貰ったよ」
 抄友子を追っている間に細工は済ませているらしい。
 警察が偽のベンティスカに誘導された事が解ったのは翌朝の新聞での事だ。
 手際のいい事だと思わなくもなかったが、相手が油断している内なら手の打ち様は幾らでもある。
「観念したまえ、応援が来る前に終わらせたい」
「やれるものなら……」
「その絵馬だけは……何があってもいただく」
 いつになく真剣な口調。
 だがここで怯む訳には行かない、絵馬を護るという目的の真剣さは抄友子だって同じなのだ。
「勝負よ、怪盗!」
 取りだした短冊で火を作り出す。
 その行動を予測していたのか氷と雪だるまで壁を作り出しそれを防ぐ。
「同じ手は効かないよ。抄友子君」
「それはボクだって同じだよ!」
 火の短冊を掲げたまま、雪だるまの間を真っ直ぐに走り抜けて怪盗との間合いを詰める。
「ーーーっ!?」
 手を伸ばせば届きそうな距離まで迫ったが、指先を掠めたところで怪盗ベンティスカは背後に作り出した氷の道を滑り遠のく。
「捨て身とはやってくれるね。だが……」
 雪だるまを溶かしたおかげで水を被る事になった。前回はここで短冊が濡れてお終いだった。
 だが今回はここからが違う。
 作り出した火で尚も怪盗を追い詰める。
「なにっ!?」
 降りそそぐ水も、ぬかるみ始めた地面もものとせずに追い詰めていく。
 白いマントを翻しながら逃げの一手を打ち始めた怪盗に抄友子はにこっと微笑んで短冊を掲げた。
「不思議に思ってるようね! これが貴方を捕まえるために用意したものよ!!」
 見せつけた短冊が光りを浴びてその表面を光らせる。
「ラミネート加工!?」
「対ベンティスカ対策! 水につけても大丈夫!」
 そして靴にも『乾』と書かれた短冊が貼り付けてあるのだ。
 効果は二時間だが、それで十分。
 能力が付加された靴はその効果を現し、ぬかるんでいるはずの地面を瞬く間に乾していく。
「……余裕だね、そんなに話してしまうなんて」
「そう思う?」
 もちろんなんの理由もなく手の内を明かした訳ではない。
 抄友子にはもう一つの秘策。特別製の超撥水加工シューズがあるのだから、どれだけ水を溶かしても泥に足を取られる事はないのだ。
 それに広範囲に火をを作り出していれば、怪盗が身をかわすために作っている氷の道も途切れてガタガタになり動きが鈍る事に繋がる。
 例え怪盗がその事に気付いても、どうにもならないはずだ。
「さあ……覚悟しなさい、怪盗ベンティスカ!」
 逃げる事は……出来ない。
 勝利を確信し、腕を捉えたその瞬間。
「……フッ」
 口の端を僅かにあげ、怪盗は余裕の笑みで笑ってみせる。
「なに!?」
 つかんだはずの腕は、僅かな抵抗でスルリと滑り離れていった。
 腕や衣服の表面を凍らせ、つかめ無くさせて居る。それだけじゃ、きっと無いだろう。
 浮かんだのはそんな予感。
 それだけならただの時間稼ぎで、逃げられる訳がないのだ。
「絵馬はいただいたよ」
「ーーーーあっ!」
 いつの間にか盗られている。
 腕を取らせる程に接近を許したのは絵馬を奪うためだったのだ。
 絵馬に目が行ったほんの僅かな隙を怪盗が見逃すはずがない。
 抄友子とベンティスカの間を阻む氷の壁。
 前だけじゃない、四方全てが氷で覆われている。
「すぐに溶かして……!」
「遅いよ、抄友子君」
 パチリと指を鳴らすと頭上に出来る影。
「なにこれーーー!?」
 下から見れば大きな丸。
 氷の壁がミシリと音を立てた。
「解っているだろう、我が輩が呼び出したスノーゴーレムだ。君の検討に敬意を表し教えてあげよう」
「な、何を……」
「壁を溶かしたりすれば、大量の雪で押しつぶされる」
 コンと氷の表面を叩くとミシリと軋んだ音を立てる。
「や、やめっ!!」
「頭症の雪だるまを溶かせば……中は水で一杯になるだろう。さて、どうする?」
 なんて嫌な説明だ。
 例え解ってもどうしようもない。
「っく、くーーーーー!!!」
 悔しがる抄友子に怪盗ベンティスカは勝利の笑みを浮かべる。
「絵馬は確かにいただいた!」
 颯爽と奪い取った絵馬を手に姿を消す怪盗ベンティスカ。
 翻ったその白を見送るしかない抄友子。
「卑怯者ーーー!!」
 ギシリと歪んだ音に慌てて口を塞ぐ。
 不安定な氷のおかげで大声も出せない。

 助けられるまでの間、抄友子は無言のまま今度こそはと再戦を誓うのだった。