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<東京怪談ノベル(シングル)>


★PURE・LOVE・CHOCOLATE★

 天馬屋百貨店地下。通称、食品ストリートと呼ばれるいわゆるデパ地下。
いつもなら暇つぶしのオバチャンや自称セレブのおば様方の姿が目立つその場所も、
今日ばかりは黄色い声があちこちで飛び交っていた。
 2月13日。
セント・バレンタインデー・イブ。まあ要するに、バレンタインの前日なわけである。
翌日の本番に備えて、チョコレートを買いに来た若い女性達、
有名な高級チョコレート菓子のブースに足を運んでみたり、
これまた有名で高価な限定チョコレートケーキ目当てにケーキ屋に足を運んでみたり…
果たしてそれは本当に誰かに渡すのか?と言いたくなるような雰囲気の者達も多かったのだが、
しかしまあ、皆、それぞれ色々な思いを抱いて食品街を歩いていた。
 その一角にあるとあるブース。
二月に入ってから特設として設置されたバレンタイン商品専用のブースにて、
一人の男、相澤・蓮はにこやかに微笑みながらお客様のチョコレートを包装していた。
包装紙にハートのシールを貼り付けて、デパートの紙袋に入れる。
「ありがとうございました!」
 微笑みを浮かべて、女性客に商品を渡し…蓮は深く頭を下げた。
受け取ったお客は、どこか恥ずかしそうと言うか、嬉しそうに受け取って静かに去って行く。
その背中を見つめながら…蓮はどこか遠い目をしているのだった。
 本来なら、今日も今日とて営業で走り回っているはずなのだが、彼がここにいるには理由がある。
実は蓮の勤め先の”大正製菓”はバレンタイン商戦に賭け、デパ地下に出店する事にしたのだが、
最近この不景気なご時世。その為にアルバイトを雇っている余裕も無く…
どういうわけだか、蓮とその他数人の従業員がそのブースの販売員に抜擢されたのだった。
「おかしい…もらう側のはずの俺が…何故、一生懸命売ってるんだ…」
 蓮は去り行く女性客の背中を見つめながら、ぼそりと呟いたのだった。
そうしている間にも、お客は次々にブースにやって来る。
 多くのバレンタイン系のブースが出ている中、”大正製菓”のブースに来客が多い理由…
それは、並んでいるチョコレート菓子やその他のバレンタイン用のお菓子が魅力的な事もあるのだが、
ハタから見れば黙ったままで静かに立っている蓮のルックスに惹かれた女性が、
あわよくば…と思い、様子を見に来ているという事も理由の一つ。
 なのだが―――。
「ちくしょー!俺だってなあ…俺だって…バレンタインにチョコレート貰った事が無いわけじゃないんだ…!
近所のあの女の子、チロルチョコくれたっけな…お隣に住んでたお姉さんがチョコボールくれたこともあった…」
 本人ですら気付かないほどの無意識下で先ほどからブツブツと呟いている事もあり、
お客は来ても声をかける事は無く、ただ引きつった笑みで商品だけを買って行くのだった。
「いやー!蓮ちゃんは器用だから助かるわあ!」
 突然、何者かが蓮の背中をバシバシと叩く。
まあ、何者かというか…蓮と一緒にここに配置された、会社の事務員のおばちゃんである。
商品を丁寧にかつ綺麗に包装して仕上げる蓮の腕にずっと感心しきりで、
暇を見つけては、こうやって蓮の背中を叩きまくって笑うのが好きなようだった。
 どうせ一緒にするなら美人のお姉さんと一緒がいいとまでは言わないが、
なにも自分の母親くらいの年齢のおばちゃんとチョコ売りしなくても…と、内心思う蓮なのだが…
「いえ、俺なんかまだまだですよ。でも、ありがとうございます」
にこやかに笑みを浮かべて返してしまうのだった。
そこへ…
「あの〜…この300円チョコを10個と100円チョコを5個なのですが…」
「はい!いらっしゃいませ」
 再び、お客様の声がして、蓮は営業スマイルで振り返る。そしてそのお客とふと目が合い。
「…あれ?もしかして…恵美ちゃん?」
 思わず声をかけた蓮に、お客は顔を上げる。
それはやはり蓮の思った通り、あやかし荘の管理人、因幡・恵美だった。
恵美は最初はきょとんとした顔をしていたのだが…やがて、驚いた顔に変わり。
「――相澤さん!どうしてここに?」
「いや、ほら俺…仕事中って言うか…」
「あ、そうですよね!相澤さん、お菓子屋さんですもんね!」
 お菓子屋さんとはちょっと違うんだけどな…と内心思いつつ、
しかし蓮はここで意外な人物と出会った事が嬉しく、弾んだ声で「そうそう」と返す。
恵美は改めて「こんにちわ」と微笑み頭を下げた。
「えっと…チョコレートだったっけ?」
「あ、はい。これを10個、こっちのを15個、それからこの大きいのを1個、それぞれ包んで欲しいんですが…」
「ありがとうございます!って、もしかして…って、もしかしなくてもバレンタイン?」
「え?ええ…そんなところです…あやかし荘の男の住人さんにあげようかなって思って」
 少し恥ずかしそうに言う恵美の姿を見て、蓮は思わず目頭が熱くなる。
若いのになんてしっかりしたコなんだろう!!と、微妙にオッサンくさい事を思いながら、
恵美に言われた通りの商品を手に取った。
「包装紙とシールやリボンの組み合わせはどれにする?好きに選んでいいからさ♪もちろん無料サービスねv」
「えっと…どうしよっかな…あの、相澤さんにお任せしちゃってもいいですか?」
「俺に?いやー、俺ってセンス無いからなあ…」
「そんな事無いですよ!相澤さんになら、お任せできますから」
 にこにことしながら言う恵美を見て、蓮は再び目頭が熱くなる。
なんていいコなんだろう!!と、再び微妙にオッサンくさい事を思いながら…
持てる限りのセンスを総動員して蓮はラッピングを開始したのだった。
数が多い事もあり、少し時間がかかる。
 わかりやすいように種類ごとに包装紙を変えて包む事にした蓮だったのだが、
300円が10個…100円が15個…そして、1000円が1個。
どう考えても、100円はかなり義理である。300円もほぼ義理であろうか。
最近不景気で義理チョコを配らない人が多い中、若いのにちゃんとあやかし荘の住人に、
チョコレートを用意する恵美の気持ちを蓮は感じてじ〜んとしながら手を動かしたのだった。
「それにしても…」
 1000円の大きなハートチョコは、どう考えても本命であろう。
一体、恵美の本命はどんな人なのだろう…その相手は、ちゃんと受け取ってくれるのだろうか?
そして彼女の気持ちにちゃんとこたえてくれるのだろうか?
妙にそんな心配をしながら、しかし恵美の気持ちが伝わるように丁寧に作業を続けたのだった。
 一般の人なら10分近くかかりそうなその作業も、蓮にかかれば5分もかからずに終了する。
包んだ商品を大きめのデパートの手提げ紙袋に入れて…
他のお菓子類を見て時間を潰していた恵美に声をかけた。
「はい!3000円と、1500円と1000円で…しめて5500円になります」
「えっと…消費税は…?」
「俺からのオ・マ・ケ♪」
 ウインク交えて言う蓮。恵美は財布の口を開いた状態で手を止めて、
慌てて「駄目です!悪いです!」と手をパタパタと左右に何度も振る。
最近では「やったー!」とはしゃぐ若い子が多い中、その恵美の態度がまたなんとも蓮には嬉しく…
「いいんだよ…ほんの300円足らずだけどよ、俺から恵美ちゃんへのバレンタインって事で」
「で、でも!」
「恵美ちゃんには色々と世話になってるし…これからも世話になると思うからさ?」
「そんな…私、好きでしている事ですから…」
 ためらいがちに頬を少し赤く染めて俯く恵美がこれまたいじらしく、
思わずその両肩にポンと手を置いて「うんうん」と何度も頷きたいような気分になる蓮だった。
「ま、本当…気にしないでくれよ?俺はほら、まあ一応はサラリーマンだしさ?
親戚のおじさんからのお小遣いとでも思ってくれれば!」
「いやだ相澤さん!おじさんだなんて…まだ若いんですから!せめてお兄さんですよ」
 恵美は口元に手を添えながら、静かにくすっと微笑んで。
「それじゃあ…相澤さんからのオマケいただきますね…ありがとうございます」
「いいって!それよりさ…明日、本番って言うか…その…当日って言うか…」
 紙袋を手渡しつつ、蓮は先ほど包んだ”本命”チョコの事を思い出す。
恵美はきょとんとしながら紙袋を受け取った。
「あ、いや…俺…ほら!まあ、明日とか色々と大変だろうと思うんだけどさ、
何かこう、相談だとか頼りたいような事があったら何でも言ってくれよな?お兄さんだと思ってさ!」
「よくわからないけど…はい!ありがとうございます」
 恵美は相変わらず蓮が何を言いたいのかわかっていない表情だったが、
しかし嬉しそうに満面の笑みで蓮に答えたのだった。



 朝、目覚ましがわりのCDデッキが蓮の好みの曲を奏でる。
まだまだ寒く、布団から出るのが億劫になりつつも、
ボリュームが大きい為に、消すなり下げるなりしなければならず…
蓮はもそもそと起き上がってCDデッキに手をのばした。その隣に置いてあるカレンダーが目に入る。
2月14日。
「…はぁ〜〜〜…」
 朝っぱらから、これでもか!と言わんばかりの盛大な溜め息をついて、
蓮は力なくベッドの上に突っ伏したのだった。
 幸か不幸か本日は休日。
がばっと起き上がって、蓮はとりあえず洗面台に向かった。
パジャマ代わりのジャージ上下に、寝癖のついた髪。そして一晩で僅かに伸びた髭。
「こんなんじゃあ…誰っからも何も貰えねえよなぁ…」
 蓮はがしがしと髪の毛を掻き毟ると、再び大きな溜め息をつき…
「…あやかし荘にでも行ってみるかな…」
特に予定も無く、行くあても無い蓮は漠然とそう呟いたのだった。



「おはようございます!お待ちしてました!」
「へ?俺?」
 あやかし荘の玄関先にて、にこにこと笑顔の恵美に迎えられて、思わず蓮は自分の後ろを確認する。
しかし、後ろには誰もいない。少なくとも、蓮の目には誰もうつっていない。
「……えっと…俺、来るって言ったっけ?」
「いいえ。でも…なんとなく、相澤さんならいらっしゃると思ってたんです」
 恵美はそう言うと、蓮を中へと案内する。
入ってすぐにたむろしている見知った面々に挨拶をしつつ…
恵美について彼女の部屋に向かう。そして、部屋に入る前に恵美はくるっと振り返り。
「――これ、相澤さんに」
 少し恥ずかしそうにしつつ、恵美はチョコの包みを廊下に置いてあった紙袋から取り出した。
それは昨日、蓮が包んだ覚えのあるあの300円のチョコ。
突然の出来事に、再び自分の背後を確認してしまう蓮。恵美はその様子にくすっと小さく笑みを浮かべて。
「色々とお世話になった方に贈っているんです…あ、100円のチョコは住人の皆さんへですよ」
「あ、そうなんだ…」
「なんだか相澤さんのお店で買って包んでもらったものを相澤さんに渡すなんて変な感じですね」
「ははっ!まあ確かに!いや、でも…ありがとう!!めっちゃくちゃ嬉しいぜ♪」
 蓮は両手で丁寧に受け取り、頭上に掲げて深く頭を下げる。
よもや誰かからもらえるとは思っていなかったバレンタインチョコレート、である。
本命だとか義理だとか関係無く、くれる相手の気持ちが伝わってくるという事が本当に嬉しい。
思わず薄っすらと涙すら浮かべてしまいそうになり、慌てて蓮は天を仰ぎ見た。
「…あんまり俺って恵美ちゃんの為に何もしてねぇと思うけどさ…嬉しいぜ!
お礼ってわけじゃねえけどさ、恵美ちゃんに困った事があったら必ず何でも手伝うからな!」
「いいんですよ、そんなの…!」
 恵美は井戸端会議のオバサンのように手の平を上下に動かしながら笑う。
蓮は嬉しい気持ちと、そしてやはり思う「いい子だなあ…」という気持ち、
そして妹を見守る兄のような心境にもなりつつ、優しく目を細めて恵美を見つめたのだった。
「そう言えば…あの1000円チョコはもう渡したのかい?」
「え?あ、あのチョコですか?」
「まだだったら早く出かけなよ!留守番なら俺がしてやるからさ!」
 表情ではニッとしながらも蓮は恵美に真剣な眼を向けつつそう言ったのだが…
恵美は何故かきょとんとした顔をした後、「ああ!」と両手を合わせ。
「違いますよー!あれ、自分用なんです」
 これまた恥ずかしそうにして恵美は小さく告げたのだった。
「ほら、最近…自分用に買う人って多いじゃないですか?だから…」
「じゃあ本命チョコってわけじゃ…」
「やだ、違いますって!美味しそうだなって思って、自分で食べたくなって買っちゃっただけです」
 良ければ一緒に食べます?と、恵美は自分の部屋へ蓮を通す。
すでに室内にはあやかし荘の住人をはじめとする先客が数人お茶を片手にチョコレートを頬張っていた。
中心にある卓上の上には…確かに、恵美が買った1000円チョコが開封されていた。
 その様子は差し詰め、バレンタインチョコレートパーティである。
恵美と二人でほのぼのと…と言うわけにはいかなさそうだが、これはこれで楽しそうである。
「相澤さん!どうぞ座ってください」
「あ、ああ…それじゃ、お邪魔させてもらうかな♪」
 ニコニコ顔で、空いている座布団の上に座る蓮。
とりあえず、バレンタインデーに一人で孤独に過ごさなくても良さそうだ…と、妙に安心しつつ…
夕方頃までパーティタイムを楽しんだのだった。


オ・マ・ケ♪
 蓮が帰宅すると、郵便受にどう見てもバレンタインチョコレートらしき包みが入っていた。
ドキドキと、そしてワクワクとしながら…いそいそと部屋に入り包装紙を取った蓮だったのだが…
「お、おばちゃんッ…」
ドでかいハートのチョコレートに添えられた事務員のおばちゃんのメッセージカードを手に、
蓮はほろほろと涙を流したのだった。
 果たしてその涙が嬉しさなのか切なさなのか虚しさなのかは…蓮本人ですらわかっていないのだった。





★END★



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