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<東京怪談ノベル(シングル)>


願わくば、彼の人に

 その日も、アンティークショップレンはそこそこの客入りだった。
 日頃はいわく付きの商品のいわくをほどいてやる為にやってくる変わり者たちも今日はおらず。この店の主人、碧摩・蓮(へきま・れん)と、その店を間借りして日銭を稼ぐ占い師、白瀬川・卦見(しらせがわ・けみ)の二人が時折商品を持ち込んでくる客を出迎える。
 そんな当たり前の日常が今日も目の前にあった。
 今も、蓮が一人の男性の相手をしているところで、卦見はその様子を見るともなしに見ていた。
 中途半端な長さになってきた銀の髪を、もう少し伸びたら切りましょうかね、などと思いながら、静かな光を湛える銀の目で、眺めていた。

 古臭いランプが灯す明かりは、独特の色をもって店内を照らすがどこか暗く。
 店の中にはなんらかの因縁を持った骨董品(こっとうひん)たちが互いにひしめき合っている。独特な重苦しい空気を吐き出して、店の中を満たしていく。
 そんな雰囲気を、客は肌で感じるのか、どことなく会話を急いでいるようだった。
 ――――早く厄介払いして帰りたい。
 そう思っているのがありありと分かる。
(…………違いますよ。厄介なのはその物じゃない)
 蓮に押し付けるように差し出されている物を見ながら、卦見は思う。
 いわくがあるとされる物――――確かに、このアンティークショップレンに寄せられる物はそういったものばかりだ。
 時には持ち主に呪いをかけることもあれば、不幸をもたらすこともあるし、果ては、殺してしまうこともある。
 ……けれど、卦見はこう考えるのだ。
 悪いのは、その物自身ではないと。

 ――客の男はいよいよ興奮してきたようだった。
 蓮はいつものあの笑みを浮かべて、男をやんわりと宥めている。

 物にいわくがついてしまう原因は、根をたどるとその大抵は人にある。
 初めの持ち主であったり、作った本人であったり、とその種類は様々ではあるが。
 少なくとも、この店に持ち込まれる物品につけてはそうであった。そして、そのいわくを覚ましてしまったのは他でもない、今の持ち主なのである……。
 そんな状態であるからこそ、その物自体を手放したところで、その人物自身の人生がそこから急に好転するなどということはあまりない。
 それは、卦見の占いを見ても明白なことだった。
 卦見はこの店の一角を間借りして店を開くようになってから、この店に来る客を占ってきた。そして、その大抵がいい結果ではない。……けれども、それもその人物の行い次第で好転するものなのだ。
 易占いとはそもそも「山 水 蒙」の卦辞の中に「初筮告。再三涜。涜則不告。」と表されるように、初回の卦だけが正しくその人物の先行きを表すとされる。何度も占いを繰り返すと卦が穢れてしまい、正しい道は示せなくなる。
 つまり、最初の卦をどう受け止め、どのように努力したかによって次の卦が得られるのだ。
 ――――すべては、その人物の行い次第。
 占いは、その手助けをするだけのもの。……作られた物は、その行いを映す鏡。
 目に見える明らかな原因だけを遠ざけたところで、その人物自身が行いを改めなければ何の意味もない。
 卦見はその手助けの一端となるようにと願って、このアンティークショップレンに来た客の行く末を占うのだ。
 厄介払いとばかりに店を訪れた人物が多いので、この店にもう一度くることはないに等しい。だから、うまく良い方向に向けられたかどうかはわからないけれど。
 卦見は、愚かだとわかっていてもけして人間が嫌いではないから。
 たとえ、二度と巡り会わずとも、その者が歩く先にあるのはできれば健やかに過ごせる明日であった方がいい。行く筋もある道の中から最良の道を選べれば、いい。
 自分の銀目はそれを僅かに見通すから。自己満足かもしれなくても、それを示してあげれたらいい、と思う。

 ――――男は、ようやく納得したようだった。
 蓮の手には、引き取った「いわく」付きの物が握られている。
 そのまま踵を返して一直線に出口に向かいかけた男は、ふと吸い寄せられるかのように卦見の方に歩いていく。
 そして、一つ占いを頼む、と呟いた。
 卦見は柔らかい笑みを浮かべて、「喜んで」と答えた。

 やがて、占いの結果を伝えられた男は肩を落として店を後にした。
 その様子の一部始終を眺めていた蓮は、咥えた煙管を口からはずし、煙と一緒に「やれやれ」という言葉まで吐き出して、卦見の方を見る。
 蓮の黒目と、卦見の銀目が何となく合わさり、どちらともなく軽く笑った。
「……あの客ももう来ないだろうねぇ……。あんたが占った客はこの店にもう一度来たためしがないよ」
「おや。そうでしたか?」
 微笑して答える卦見に、蓮は小さく鼻で笑って、からかうような表情を浮かべて見せた。
「ああ、そうさ。……ひょっとして、あんたはうちの疫病神かい?」
 それを受けて、卦見はさらり、と答える。
「まさか。わたくしは、お客に困らないからここに居るのですよ――――」

 ……繰り返し――――ここには来ない方がいいのです。客として来るのは最初で最後。きっと、それが一番いい。……自分の足で歩いていくことを覚えて欲しいから。

「ほら。また、お客さんが来ますよ……」

 扉の上の鈴が、今日も来訪者を告げる。
 卦見はゆるりと願う。

 ――――願わくば、彼の人にも自ら歩みゆく強固な力を。


END