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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


激写ツアー

 楽しそうだ。心の奥底から楽しそうだ。否、寧ろ楽しそうで無い筈が無いとまで断言できる。
 御子柴・荘(みこしば そう)は黒髪の奥にある黒の目でじっと目の前に立っている柚品・弧月(ゆしな こげつ)を見つめた。一つに結んだ黒髪に、細めた黒目。何処からどう見ても楽しそうであるに違いなかった。荘は隣にいる蒼月・支倉(あおつき はせくら)の方をちらりと見る。支倉も、呆然と黒髪の奥にある青の目でじっと弧月を見ていた。
「……何事かと思いましたよ、師匠」
 ぽつりと、その微妙な沈黙を破ったのは支倉だった。それに先導されたように、荘も言葉を続ける。
「本当に、何事かと。急に連絡するから……」
 支倉と荘の言葉に、弧月はただにんまりと笑うだけだった。
 事の起こりは、弧月が二人に連絡を取った所から始まった。なにやら楽しそうな声で、二人に是非とも家に来てくれと言ったのだ。突如言い渡された訪問への誘いに、二人は何事かと思い訪れたのだ。そしてそれは、きちんと応接間に通されてからも未だに謎は解けない。
「で、どうしたんです?何か用事でもあるんですか?」
 支倉が言うと、弧月はこっくりと頷いてから、傍らに置いてあったノートサイズの豪著の箱を二人の目の前に置いた。
「……豪著な箱だな……」
 ぽつりと荘が一人ごちる。一体何物なのかを聞こうかと顔を上げると、はやり弧月は満面の笑みを浮かべていた。
「師匠、一体これは……」
 箱から目を逸らさずに支倉が尋ねた。否、箱から目を逸らさずにいるのではなく、満面の笑みを浮かべている弧月から目を逸らしたいのかもしれぬ。尤も、本当の所は分からないが。
「これは、二人に連絡するちょっと前に見つけたものなんです」
 口元に笑みを浮かべたまま、弧月は言った。二人は「はあ」とだけ返事する。
「ちょっと見てみたら、どうやら昭和初期の絵葉書が入っているようなんです」
「昭和初期?そりゃ、珍しいな」
 荘が思わず声を上げる。古い絵葉書が未だに残っているかもしれない、というのはなんとも興味をそそられる。
「そうでしょう?だから、折角なので皆で開けてみないかと思って」
「師匠……僕らのことも考えてくれていたんですね」
 支倉は感激を交えて言ったが、荘は小さく首を傾げた。弧月は確かににっこりと笑っているが、それは本当に自分達にただただ純粋に絵葉書を一緒に見ようという心からなのかは分からない。
 まあ、それもすぐにどういう事なのかはわかるはずだ。どっちに転んでもいいように、一応荘はそっと心の準備をする。
「じゃあ、開けましょうか」
 うきうきとした声で弧月が言った。考古学を研究している弧月にとって、目の前の古い箱は研究対象にもなりうるようなものなのかもしれない。もちろん、単純に古く珍しいものを見られるかもしれないという喜びもあるのだろうが。
 ぱかっ。
 緊張の中で開かれた箱は、簡素な音をして開けられた。そうして飛び出てくる、うっすらとした埃と、古めかしい匂いと……幽霊。
「……え?」
 まず気付いたのは荘だった。箱が開けられたのと同時に飛び出てきた幽霊達。
「……し、師匠!」
 誰に何を言えばいいのか分からず、とりあえず自分がここにいる原因である弧月を、思わず支倉は呼んだ。その間にもゆらゆらと幽霊が飛び出てくる。
「……これは、ビックリ箱だったんですね」
 ある意味その通りだが、そうではないと思われる言葉を、さらりと弧月は呟いた。幽霊はとりあえず全て出きったのか、部屋の中をぐるぐると飛び回っている。
「弧月……これは、どういった冗談なのかな?」
 荘はひらひらと舞っている幽霊を見ながら、弧月に問い掛けた。
「冗談?いつ俺が、冗談を言ったんでしょうか?」
 真面目に捉え、首を傾げる弧月。
「師匠、自分では冗談を言っていないと思っていても、案外口に出しているものなんです。ならばいっその事、どういう言葉を口にしたのかを尋ねた方がいいです」
 理屈に適っているのか適っていないのか、はたまたそれは真面目なのか真面目ではないのか。どちらともにもとれず、支倉が言った。
「支倉君、俺が聞きたいのはそう言う事じゃないよ?」
 思わず突っ込む荘。
「なるほど、俺は何を言ったんでしょうか?」
 真面目に問い直す弧月。荘はがっくりとうな垂れた。
「……分かった。こういう状況だから何もかも訳が分からないんだな……」
 荘はそう言い、すくっと立ち上がってぱんぱんと手を鳴らして幽霊達に注目させる。
「皆さん!では、ちょっとお話を聞かせてもらいましょうか!」
 幽霊達は互いに顔を合わせ、『えー』とか『はーい』とか言いながら三人の前に整列した。
「何だか、先生になったみたいですね」
 支倉が小さくドキドキしながら言う。
「そうですね。偉くなった気分です」
 弧月もこっくりと頷きながら言った。
「ええと、何でこの箱の中にいたのかから教えてもらえませんか?」
 荘が支倉と弧月の会話に気にせず幽霊達に尋ねると、幽霊の中の一人がにこにこと笑いながら箱の中を指差した。
『絵葉書ー』
「絵葉書?」
 三人は声をそろえていい、箱の中を覗きこんだ。中に入っていたのは、三枚の絵葉書だった。最初に弧月の言っていた、昭和初期のものだ。かなり古い。
 一枚目は、緑の絨毯が広がった、広大な土地だった。遠くの方に山々も見えた。勿論、古い為本当に緑なのかどうかは分からない。だが、緑であろう事は容易に想像できた。そう感じさせる、迫ってくるような風景であったのだ。北海道の釧路湿原に良く似ていた。
 二枚目は、広大な海にたくさんの島々が浮かんでいた。光と海と島が絶妙なバランスを保っており、言葉では言い表せぬ感動にも似たものがこみあげてくるかのようだった。視界が海から覗いているかのように光を浴びており、遠くに見える島が丁度視界の水平線に浮かんでいた。日本三景の一つである宮城県の松島に良く似ていた。
 三枚目は、断崖絶壁の壮大な景観を持った岬だった。近寄ると足がすくみそうな、だが妙に心惹かれる場所だ。様々な岩が突き出ており、下から上を見上げたようなアングルである。恐ろしいながらも岩に打ち寄せる波飛沫が妙に惹かれさせる。福井県の東尋坊に良く似ていた。
「……綺麗ですね」
 ぽつりと呟くように言ったのは弧月だった。それに荘と支倉も同意する。
「色は褪せているけど、本当に綺麗だな」
「凄い……」
『そこで、写真撮りたい』
『同じ場所で記念写真撮りたいー』
 幽霊達はそう言って三人に向かってにこにこと笑った。三人の動きが止まり、顔を見合わせた。
「同じといっても、時代が違うからな」
 ぽつり、と荘が呟く。
「全くの同じというのは、まず無理でしょうね」
 頷きながら、弧月が言う。
「せいぜい、似たような場所に行くくらいかな」
 絵葉書をじっと見ながら支倉が言った。
『ずっとその絵葉書と同じと頃に入っていて』
『その場所で写真を撮りたかったんだよね、もう一度』
『時代が違うって言うのなら、似た場所で我慢するから』
『写真撮ってー』
 幽霊達は口々に言い合う。三人は再び顔を見合わせ、溜息をついた。もうこうなったらとことん付き合うしかない。弧月はカメラを取り出し、荘と支倉ににっこりと笑いかける。
「行きましょうか」
「……仕方ないか」
「まあ、なりゆき上そうなっちゃうか」
 荘と支倉はそれぞれに呟いた。諦めにも似た、呟きであった。


 一日で北海道と福井と宮城を回る為に、上から順番に行こうという話になった。まずトップバッターは北海道の釧路湿原だった。季節は、冬である。ともかく、寒い。吐いた息から固まっていくのではないかと不安になるくらい、寒い。
 熱さ寒さを感じぬ幽霊達はいいかもしれないが、三人は生身の人間だ。容赦なく吹き付ける冷たい風に、思わず身をすくめる。カメラ係は、支倉。
「……は、早く並んで欲しいな」
 ガチガチと噛み合わぬ口で、支倉は呟いた。わいわいと何処に並ぶかどうしようかと話し合う楽しげな幽霊達に、支倉は何となく泣きたくなってきた。だが、泣く事も許されない。涙はきっと、流した端から氷となってしまうだろう。
「予想以上……」
 支倉はそう呟き、がくっとその場に崩れた。慌てて荘と弧月が支倉に駆け寄った。支倉は半涙目で二人を見る。勿論涙は流さない。氷が顔に張り付くのはきっと恐ろしい結果になる。
「僕、もう駄目……」
 支倉はそう言って目を閉じかける。妙な眠気が着て仕方が無いのだ。荘は慌ててぺちぺちと支倉の頬を叩く。
「駄目だ、支倉君!寝たら、絶対死ぬぞ!死んじゃうから、起きるんだ!」
 弧月も支倉の体をゆさゆさと揺らして眠気を取り払おうとする。
「しっかりするんです!気をしっかりと持って!」
 そんな必至の二人を見て、幽霊達はくすくすと笑いながら指をさす。
『おお、死んだら仲間だね』
『仲間仲間!おいでませー』
「やかましい!」
「仲間に入れんな!」
 幽霊達に思わず荒い口調で突っ込む荘と弧月。そうして二人の必死さも手伝い、支倉は再び帰ってきた。三人に安堵の声が漏れる。
「……じゃ、じゃあ撮りますよ。ははは、はい。チーズ」
 カシャ。支倉は無事に写真を撮る。そしてすぐに建物の中へと走った。ともかくこの寒い中から脱出しなければならなかった。
「こここ、これで終わったんですよね」
 ガチガチと歯を鳴らしながら支倉が言った。荘と弧月はこっくりと頷き、そっと涙を拭うのだった。もう、固まる事は無いのだから。


 次に辿り着いたのは、宮城の松島だった。カメラ係は弧月が引き受けた。手分けをして絵葉書の場所と良く似た場所を探し、そして気付く。
「……このアングル、どう見ても海の中から撮ったようにしか見えないのですが」
 弧月がぽつりと呟いた。それを聞いて、荘と支倉はひょいと覗き込む。確かに、絵葉書にあるようなアングルで撮る為には、カメラマンは海の中に入らなくてはならないようだった。
「季節、冬ですよね?」
 ぽつりと呟く弧月。
「寒いですけど、頑張って下さいね。師匠」
 既に役目は終わらせたと思ったのか、幾分か明るい声で支倉が言った。
「度胸で乗り越えればいいと思う」
 アドバイスになっているのかなっていないのか、荘がぐっと拳を握り締めながら言った。弧月が溜息をつきながら幽霊達に妥協案を提案しようとすると、幽霊達は既に綺麗に並んでカメラのシャッターを待っていた。
「釧路湿原の時とは違う態度だな」
 そっと支倉は呟いた。少しだけ、悔しそうだ。弧月は何かを言いかけ……諦めた。カメラを握り締め、大きく深呼吸し、ぐっと唇を噛み締めてから海に入っていった。傍から見ると、入水自殺でも図っているかのようだ。幽霊達はシャッターの切られる瞬間を、今か今かと待ちわびている。
「うう、冷たい……」
 唸るように弧月は呟いた。冬の海は、容赦なく冷たい。痛いくらい、冷たい。だが幽霊達はそんな事はお構いなしだ。
『ちゃんと、同じに撮ってねー』
 ぱしゃり。
 無事にシャッターは切られた。
「もう二度と、撮りたくないですから」
 ぽつりと呟く弧月の心も、少しだけ切り裂かれたとか、切り裂かれなかったとか。


 最後に辿り着いたのは、福井の東尋坊だった。日本海の荒波が、容赦なくばしゃーん、と岬に襲い掛かる。
「……凄いな」
 ぽつりと、人事のように荘は呟いた。弧月と支倉は「おー」と言いながら海を見つめている。
 荘には分かっていた。順番から言うと、ここでのカメラマンは自分になるのだと。
「何だか、自殺者が一杯いそうなところですね」
 感心したように支倉が言った。
「いそう、ではなくいるでしょうね」
 こくこくと頷きながら弧月がいった。どちらも、完全に他人事である。荘は小さく溜息をつき、絵葉書を見る。そして、気付いてしまった。そのアングルの凄さに。思わず固まってしまった荘に気付き、支倉と弧月がひょいっと覗き込む。
「あー……これは難関ですね」
 思わず苦笑しか漏れない、弧月。
「これって、飛び降りながらでないと無理でしょうね」
 変に感心しながら言う、支倉。そのどちらもに、妙な感情を持ってしまう、荘。楽しみだといわんばかりに期待している、幽霊達。
「ああ、くそ!分かってる、分かってるって!」
 荘は半ば自棄になりながらそう叫び、カメラを握り締める。そして、幽霊達を所定の位置に立たせると、そっと断崖絶壁の下を見下ろした。ひょう、と丁度計算していたかのようにいいタイミングで風が吹き抜けていく。
「……頑張って下さいね!」
「ガッツです、ガッツですよ!」
 明らかに人事の応援をする二人を軽く睨み、荘はカメラを握り締めた。崖の上には幽霊達がいる。海を覗くような格好になって。
「行くぞ!」
 荘はそう言い、勢い良く海に向かって飛び出した。カメラを上に向け、覗き込む幽霊達にピントを合わせる。
 ぱしゃり。
 無事にシャッターを押し、荘は体をさっと捩って錬気を足に集中させ、がっと勢い良く岩に突き刺した。そして再び足に集中し、勢い良く蹴り上がり、元の場所に戻る。「おおー」と弧月と支倉が、幽霊達も思わず声を上げてぱちぱちと手を叩いた。荘の背中を、つう、と冷たいものが流れる。ほっと安堵しながら。
『……初の仲間が出来るかと思ったんだけどなー』
 ぽつりと幽霊たちの中の一人が呟いたのを、荘はちゃんと聞き逃さなかった。思わず涙目になり、ぎろりと睨んでやった。
「これで、全部終了ですよね?」
 弧月がそう言い、仕切りなおす。幽霊達は互いに顔を見合わせ、にっこりと笑う。
『有難うー』
『また写真撮ってね』
『仲間になったらよろしく!』
 幽霊達は口々に好き勝手にそう言い、去って行った。全てを終え、三人は顔を見合わせてからぐったりとその場に座り込んだ。疲労は最高潮、それも精神的んも肉体的にも。
「疲れた……」
 日本海へと向かって行く夕日を見て、ぽつりと荘が呟いた。
「でも、ちゃんと買えてよかったです。お土産」
 ばさり、と大きなビニール袋を抱えながら、弧月が言った。
「師匠ちゃっかりしてますね」
 感心しながら、支倉が言った。そんな支倉の手にも、ちゃんと土産袋がある。
「まあ何にせよ……終わってよかったよ」
 荘は苦笑しながら言った。夕日はゆっくりと沈んでいこうとする。騒がしい幽霊達を見送り、恐るべき三枚の写真を残し、たくさん買い込んだ土産を手にして。
 長い長い一日が、漸く終わりを告げようとしていた。赤い夕日は、そんな三人を柔らかく包むかのように、ゆっくりと、そして艶やかに海へと吸い込まれていくのだった。

<夕日にてツアーは終了し・了>