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留まり知らずの狂想曲(カプリッチオ)
今回は真面目なお話なんです――と、自分で持ち込んだ紅茶を入れ、お菓子を嗜む青年が一人、興信所のソファに居座っていた。
ユリウス・アレッサンドロ。
金髪碧眼の武彦の自称親友は、旧教(カトリック)の聖職者としては高位でもある、枢機卿の座に就いているのだが。
「シスター・久遠 咲夜(くおん さくや)――」
その他愛の無い話に武彦がうんざりとし始めた頃、しかし、ぴくり、と。
不意に口にされたその名前に、武彦は顔を上げざるを得なかった。
久遠、咲夜だと?
「……そのシスターが、どうしたって言うんだ」
「武彦さんだって、ご存知でしょう? 咲夜さんのことは。少しばかり有名な悪魔祓い師(エクソシスト)ですからね」
まぁ、公認ではないのですけれども。
付け加え、ユリウスはポケットから一粒、お得意のチョコレートを取り出した。
公認ではないとは雖も、咲夜の能力は密やかに、教会側からも十分頼りにされていた。咲夜が女性でなければ、公認のエクソシストとして在職していても何らおかしくはない。
……おかしくは、なかったのだ。
「ふむ、その表情からすると、どうやら咲夜さんのことはご存知だったようで」
「聞いた事がある程度だ。で、それが何だ。まさかホワイトデーにお返しをしようとか、そういう話じゃあ――、」
「もう、武彦さんったら、すぐそうやって私のことをお疑いになるんですから。今回は真面目な話だって、そう申し上げたではありませんか」
チョコレートを一口、微笑みかける。
――そうして、暫く。
「まずは前言を撤回するところからはじめましょうか。――彼女はね、少しばかり有名なエクソシスト、でした」
「……まさか、」
「多分、思っていらっしゃる通りですよ」
そこで武彦も、初めて悟っていた。
今回のユリウスの話は、本当に言葉通り、真面目な話になるであろう、という事を。
「ちなみに咲夜さんは、私の友人でもありますけれどもね。――葬儀は修道院の中で、修道司祭が。私も参列させて頂きました」
それでも、ユリウスの表情は何一つ変わらない。
雰囲気の欠片すらも変えぬそのままに、
「公には、病死です。公にはね――けれど、実際はそうではないと申しましたら……武彦さんは、信じます?」
「今回は真面目な話なんだろ? ユリウス」
その上武彦は、この枢機卿がそこまで性質の悪い冗談を言わない事を、重々に承知している。
「……です、ね」
「ああ。それで――どうなんだ」
「咲夜さんは昔、一度だけ悪魔祓い(エクソシズム)に失敗した事がありましてね。失敗、と申しますか、大分力は削いだのですけれども……つまりはその生き延びた悪魔、と申しますか魔物と申しますか、そういうモノが、時間を経て力を蓄えて、咲夜さんに、復讐を。まぁ、友人が一人死んだわけですからねぇ。そんなに暢気に、構えてもいられませんでしょう?」
いつもと同じ口調でのんびりと――さらりと言い放つ。
「ちなみに私と咲夜さんとは、ローマの図書館で出会ったんですよ。確か私が、パスカルの本を探している時に――、」
「そういう話は良い。で、だ。……俺には、何ができる=H」
重く、問えば、
「……まずはそいつの居場所を探すところから始まりますね。それから、封印なりなんなり、という形になるかと」
返ってきた、直接的とは言えないような、答えに。
武彦はそっと、次の言葉を待つ。
「だって、一人じゃあ心細いじゃないですか」
ですから、頼りになる方を、二、三人。
おどけて笑顔でほのめかし、枢機卿は静かに紅茶に手をつけた。
I, Primo movimento
その日、ユリウスの教会の聖堂で、四人は事件について話し合いの場を持っていた。
「……例えば咲夜さんの死亡については、形だけは自殺になっていますから――とは言え、そのような事は公にできませんから、病死となっていますけれども」
「けれども実際は、あの悪魔に殺された――と、」
呟いたのは、車椅子に腰掛け、銀細工の美しい杖を持つ青年――セレスティ・カーニンガム。長くさらりと伸びる銀髪に、海を思わせるかのような青い瞳。しかしその瞳は殆どの光を失っており、青年は、周囲に感じる気配の元に、それでも鋭い感覚が故に、殆ど不自由をする事の無い生活を送ってきている。
「ええ、随分と強い力で不意をつかれたのでしょう。夢と現実との区別がつかなくなった……の、でしょうかね」
「それが、今回の相手のやり方なんですか?」
「ご名答です、アインさん」
ふ、と、
横から口を挟んできたのは、ズボンもタートルネックも黒い色を身に纏い、さながら喪服姿であるかのような青年――アイン・ダーウンであった。
瞳も髪も黒く、しかし日本人よりも濃い小麦色をした肌。一見して見ればその姿はごく普通の青年であったが、実は彼にはサイボーグである、という一つの特徴もあった。
囮が必要なら引き受ける事もできますし、と、アインは自ら進んで手伝いを申し出、今日ここまでやって来ていた。
「そういう事でしたら、ラクスでしたら、抗魔力を高める術も――でもあれは相性がありますから――、それから、やはり封印の方法も……悪魔の種類、図書館に行けば詳しく調べる事ができるでしょうから……」
一方でその話に、まるで自分の思考を整理するかのように呟いていたのは、ラクス・コスミオン。
紫にも似た赤い髪はするりと長く、その瞳は、彼女の故郷の川――ナイルを思わせる、深緑に輝き。
しかし、彼女がその他の点でも他人と異なっていたのは、その姿形が人のものとは言い難い点であった。顔と胸は女性だが、体はライオン、鷲の翼のついた、アンドロスフィンクス――つまりは、『知識の番人』。古代エジプトからの、知識を守り、増やす事を使命とする神獣であった。
しかしその姿を、あえて驚いて凝視する者はこの中にはいなかった。普段からラクスは、自分の魔術で周囲の認識を操り、自身の存在を当然のものとしているのだが、集まった三人には多分、その術は効いてはいない。あまりにも意思の強すぎる者には、この術は、無意味なものとなってしまうのだから。
それでも何も言及されなかったのは、三人が、そのような事に慣れているからなのか。
『書物についての造詣が深いとお聞きして、お知恵を拝借したいのですが――って、』
丁度ユリウスが草間に顔を出していた頃に別の目的でやって来ていた彼女は、しかしユリウスの話を聞き、快くこの件を引き受けてくれる事となっていた。
――男性恐怖症を治して来い! と。ある人に言われていた事もその理由の一つなのであるが。
「……正直、図書館で調べても調べはつかないかと……悪魔、と申しましても、魔物、にも近いと申しますか……そういう、曖昧な存在でして、ね」
ラクスの言葉に、苦笑してユリウスが言う。
「得意なのは、先ほどからお話していますとおり、精神的な干渉ですかねぇ……幻を見せるのがお上手みたいですよ。性格としては性質が悪い、と咲夜さんが仰っていましたけれど」
咲夜。
ユリウスの口からごく当たり前のように滑り出たその名前に、アインの動きがぴたり、と止まった。
――先ほどから。
時には楽しそうに語るユリウスの口から、咲夜の話は何度も聞いている。
その出会いや思い出話も、随分と余計な話として、尾ひれ背ひれをつけたようにして話してくれているのだが。
……それだけに、
気にかかってしまう。
そのアインの異変に気がついたのか、ユリウスは小首を傾げると、
「……どうなさりました? アインさん」
「いえ、その――、」
アインは手元の紅茶を啜り、一息をほっと置いてから、
「大丈夫、何ですか?」
今更かも知れませんが、と、真っ直ぐに瞳を見据え、問いかける。
「大丈夫、って、何がです?」
「――いえ、」
……何て、言えば。
頭を悩ませ、言葉を失ってしまう。
逆にこう問い返されてしまえば、余計に問い辛くなってしまう――。
咲夜、という友人を失い、それでも普段通りのユリウスのその姿。それに、この教会に住むもう一人の神父は――アインの友人は、ここの所の師匠は本当に普通で、と、むしろそちらの方を気に留めていた。
彼もまた、知っていたのだから。
「その、大丈夫なら、良いんです」
自分の師匠が、大切な友人を亡くしたばかりである、という事を。
考えた挙句、自分でもあまり気の効いた答えではなかったと思ってしまうような答えを返し、アインはもう一口紅茶を啜る。
――不意に、
「……私は、ねぇ、大丈夫ですよ」
不意にユリウスが、微笑んだ。
アインが、顔を上げる。
「ユリウスさん――、」
「別段、この業界では珍しい事でもありませんし」
今度はユリウスの方がカップを手に取ると、紅茶を一口、ふぅ、と息をつく。
その、言葉に、
「……溜め込まないで、下さいね」
アインは思わず、付け加えていた。
……あの人も、いつもそうですから、と。
その姿が、知り合いのそれに重なってしまって、
「ほら、それに! 俺、チーズケーキの美味しいお店も知ってるんです。ですから、終ったら一緒に――皆で、食べに行きませんか?」
「おや、それは良いですね」
まくし立てるかのようなアインの誘いに、ユリウスは素直に頷いた。
頷いたその後、
「勿論ラクスさんも、ご一緒ですよ」
「えっ……」
「大丈夫ですって、ケーキのお店でしたらきっと、女性の方が多いでしょうし」
いかにも自分は別、と考えていそうであったラクスへと笑いかる。
――と。
今まで静かであった聖堂の扉が、勢い良く開かれたのは、丁度その時の話であった。
「ねーねー、遊んでーよー!」
駆け寄ってくる、小さな子どもの影。
ユリウスは甲高い声をあげた少女の方へと向き直ると、
「おや、麗花(れいか)さんは?」
「食事のジュンビ! だから美奈(みな)、ヒマいの! 今日はオキャクサンだねー。えっと、アインちゃんにラクスちゃんにセレスちゃん! 麗花に教えてもらったの!」
今の今まで教会のシスター・麗花が部屋であずかっていたはずの少女は、この教会に教会籍のある、とある夫婦の一人娘であった。今日は事情があったため、学校が終ってからずっと、この教会でお留守番という事になっていたのだが。
――その子がまた、酷くじゃじゃ馬であったりするのだから、
……あぁ、アインさんが生贄ですか。
ユリウスの考えも知らず、ぱたぱたと美奈に駆け寄られ、
「……はい、何ですか?」
「あ・そ・ぼ!」
「えっ……! あっ! ちょっと、危ないですって! よじ登っちゃ……あははっ?! あはいれすろっ?!」
天使の笑顔と共に後ろから飛びつかれ、口を左右にぐっと広げられたアインが、悲痛に叫び声をあげる。
が、
「ねねねねね、そのまんま『がっきゅーブンコ』って言ってみてよ! ねー、良いでしょー?!」
「ひやれすっ! れったひひやれすっ?!」
「がっきゅーぶんこー!」
「ひなはんっ?! らめてくらはいっ!」
「美奈はひなじゃなくて美奈ー! アインちゃんー! ねー、がっきゅうぶんこー!!」
更に口を広げられるアインの無残な姿に、ラクスが慌てて美奈を止めに入る。
しかしラクスも美奈の玩具にされたのか、やがて三人の大声の応酬が、聖堂の中に響き渡るようになっていた。
「美奈さんっ! 駄目です! あ、駄目! そこは引っ張らないで下さいっ! 痛いですっ!」
「ラクスちゃんのカミ、きれー! ねね、みつあみすーるー!」
「そんな……あっ!」
それでも満更嫌ではないのか、微笑みすら浮かべているラクスと、今にも泣き出しそうなアインと、
――そんな三人のやり取りを、遠くに暖かく感じながら、
「あの子は本当に、元気な子なんですね」
微笑ましい事です、と、セレスはほんのりと頬を綻ばせる。
ユリウスは紅茶を片手にしたそのままで、
「……まぁ、とっても元気すぎて少々困る事もありますけれどもね」
セレスの言葉に、一つ頷きを返していた。
II, Secondo movimento-b
――形見代わりの、メダイなのですけれど。
悪魔の詳細を調べる手がかりの一つとして、セレスがユリウスから借りてきていたのは、メダイと呼ばれる硬貨のようなものであった。キリスト教では主と讃えられるイエス・キリストや、時には聖母マリア、聖ベネディクトゥスの描かれている、身につけて持ち歩くお守りのような物。
その日の真夜中、書斎に篭もり、セレスはそれを手の平に乗せ、秘められた様々な情報を引き出していた。
咲夜のエクソシズムについての情報は、もはや既に収集済みであった。必要な部分を整理し、ある程度頭の中に入れてある。
だがしかし、最もな問題は、
その、悪魔がですね。
どこにいて、どう出てきて。どういうものなのか、という部分……ですね。
ユリウスには色々と聞いてみたものの、それでもまだまだわからない部分も多かった。
それを知る一つの手がかりとして、このメダイに希望をかけていたのだが――。
……その内に引き込まれた夢見があまり、良くなかったのだ。
あの人に――ヴィヴィに。
……そんな事、この先あるわけが無いのですけれど。
何もかもを、責められる夢を見ていた――夢を。
夢、
「――ご主人様、」
夢……?
夢と言うには、酷く違和感のある夢。例えれば何かに、
無理やり、見せられたかのような――。
いつの間に机の上で眠っていたのか、セレスが目を覚ましたのは、意識を手放してから数十分後の事であった。
後ろから、聞きなれた部下の声に意識を呼ばれ、
「……このような所でお休みにならないで下さい。お風邪でもひかれたらどうなさるおつもりです?」
元々体が強い方でもないのですから――。
毛布を手にした部下の言葉に、セレスはああ――と後ろを振り返ると、
「その時は、キミに治してもらえば良いだけの話、ですよ」
軽く冗談を添える。
主人の言葉に、部下も小さく微笑みを返すと、
「お茶でも、お淹れ致しましょうか」
セレスのちょっとした異変には気がついていたものの、あえて何も問わずにいつもの調子で付け加えた。
セレスは椅子に身を起こすと、手にしていたメダイを机の上に起き、
「夜も遅いですし、良いですよ。ご面倒でしょうし」
「そのような事は。……まだ起きていらっしゃるのでしたら、珈琲の方が良いのでしょうか? 何なりと――……、」
「それに、」
不意に、遮り、
「……少々、出かけなくてはならなくなったようです」
ポケットの中で、マナーモードにしてあった携帯電話が、着信を告げる代りに小刻みに震えていた。
――アインさん?
主人に気を使い、席を外した部下の気配。セレスは電話を広げ、受話ボタンを一つ押す。
もしもし、と問いかければ。
〈――セレスティさんも、見ましたか?〉
短い挨拶の後に、問いかけられる。
……つまりは、もしかして。
夢を、思い起こす。
あまり思い起こしたくは無かったが、独特の香り≠フあった、あの夢――。
見せられた……と、そういう事に、
なるのでしょうか。
〈俺の同居人に、そういうのに詳しい人が居るんですけれど……話をしたら、そうじゃないかって言ってました〉
「……わかりました、ラクスさんに連絡をとってみます」
アインの言葉に、セレスはこくりと一つ頷くと、
もしその『悪魔』からの精神干渉であれば、
――そういう事なら、
楽になりますね。
心の中で、そっと呟いていた。
III, Terzo movimento
――アインによってセレスとラクスとが車で迎えられ、そうして最後に、ユリウスの住む教会に辿り着いたその頃。
「……寝かせて下さい……」
「駄目ですよ、ユリウスさん」
きっぱりと。
ユリウスと、ユリウスと少し距離をおいて座るラクスとの座る後部座席の方を振り返り、セレスは情け無い声音に言葉を返していた。
再び窓の外、流れ溶ける夜景へと意識を辿らせながら、
「こうしている間にも、何があるかはわからないのですから――、」
ユリウスさんも、わかっていらっしゃるでしょう?
穏かながらに、しかし念を押すかのように付け加えられ、ユリウスはうーん、と唸り声一つ、それでも持って来ていたポケットのチョコレートへと手を伸ばす。
包み紙をくるりくるりと解きながら、
「……だぁってもう丑三つ時ですよ? 七時まで何時間あると……、」
「七時、って、あの……ユリウス様って、聖職者さん、ですよね?」
恐る恐る、といった具合に、ラクスに指摘され、
「ええ、そうですよ。私は神父ですからねぇ」
欠伸を噛殺しながら、チョコレートを口にする。
実は。
三人が教会についたその時、ユリウスは平和にも、愉快なキノコ柄のパジャマを着たそのままで、セレスの予想通り、何かしらの夢≠見させられていたであろうにも関わらず、二度寝への道をうとうとと辿っている最中であった。それも、教会のシスター・麗花に、何度も何度も頭痛がするであろうほど怒鳴りつけられながら。
――どおおおうして私が猊下のお着替えを手伝わなくてはならないんですかっ! もういい加減一人でお着替えくらいできるお歳でしょうっ?!
私、低血圧なんですよ……と、その場で眠りこけそうになる枢機卿と、朝も早くから血圧の高いシスターとを何とか三人がかりで宥め終え、それが故の、今現在。
眠気に負けそうになる中を無理やり着せ替えさせられ、着崩れたままの僧衣をぼんやりと直しながら、ラクスの問いにユリウスが答えを返す。
「でしたら七時、って、遅いような気が……ラクスの知っている限りですと――ほら、セント・カテリーナの朝は、もっとずっと早いような気が」
「ああ、あそこはギリシャ正教ですもの。エジプトの、聖カタリナ修道院のことですよね?」
「ユリウスさん、聖職者の朝の早さに正教も旧教も無いような気が……」
ハンドルを握り、夜の道路を見据えたそのままで、アインがするりとつっこみを入れてくる。
ユリウスは僧衣の裾の皺をほろいながら、
「――気のせいですよ、アインさん。きっとあそこの朝は、特別に早いんです」
「朝の祈りとかどうしてるんですか? あれって、三時四時からじゃあありませんでしたっけ?」
「おや、良くご存知ですねぇ。まぁ……――ほら、あまり深く気にしてはなりませんと、主もそう仰っていますし」
「絶対言ってないと思いますよ、そんな事……」
素直に呆れてしまう。
と、
「……お話の最中すみません、アインさん。そこを、右に曲がって下さい」
「あ、はい」
助手席のセレスに言われるがままに、アインは手元のハンドルを右へと回した。
そこで気になり、問いかける。
「でも、わかるんですか?」
悪魔のいる場所が。
教会からユリウスを拾って以来、この車はセレスの指示によって道を進んで来た。能力のあるラクスもユリウスも、何も言わずにそれに従っているのだ。
多分これで……正しいのでしょうけれど。
「……わかる、と申しますか、記憶を辿っているような――そういう感覚、ですね」
アインの問いに、セレスが答えを返す。
「残していった――そう、香り、のようなものを、辿るような感じです。占いとは、違う物ですよ」
「香り、ですか?」
「ええ」
心の中に夜景を鮮やかに描き出したそのままで、アインの問いにもう一度頷いた。
この先の交差点を、左に。
付け加え、
「……随分と入り組んだ場所になりそうですね」
頬杖をつく。
呟く青年の銀糸に飛んでは消える光の翳りを、アインはちらりと盗み見る。
「先ほど、夢を見せてきましたよね。あの力≠フ波長を、辿るんです」
繰り返す――、
「向うも、わかっていたはずなのですけれども……ああすれば、例えばユリウスさんにも、自分の居場所はばれてしまう。ものには、ですね、波長のようなものがあるんですよ。霊力、と申しましょうか、目には見えない――それを残すという事は、つまりは自分の居場所を特定されてしまっても、仕方の無い事ですからね」
それも、咲夜のメダイにあったような微弱な波とは違い、相手の波そのままに、かなり近い波。
息を吐く。
その波が、香りのクセが、一本の糸を通したかのように、どこかへと向けて繋がっていた。手繰り寄せるように追いながら、しかし、今はまだ、
「或いは、ご招待いただいたのかも知れませんが」
その真意に、頭を悩ませてしまう。
そこまでは、まだセレスにもわからない。
相手の考えが、今はまだ、読み取る事ができない。
「……わかっていて、あえて俺達に干渉してきた――と?」
「その通りです」
しかし、可能性としては、
――ありえない事でも、無いでしょうから。
無言で言葉を付け加え、さて、とセレスはもう一つ、アインに向けて指示を出す。
そのついでに、後部座席へと意識を向け、
「ラクスさん」
呼びかける。
「あ……は、はい……」
それでもやはり男は苦手なのか、ユリウスとは極力距離を置き、座席に足を折っていたラクスが、ぴくりと返事を返してくる。
セレスはその様子に、小さく微笑すると、
「ラクスさん、宜しければユリウスさんのこと、そろそろ起こして下さりませんか?――大丈夫ですよ、触っても、取って食べられたりはしませんから」
IV, Quarto movimento
車は途中で降りる事になった。
車を降りた地点から暫く歩けば、そこにあったのは――、
「……おや、」
「あらぁ……ここ、でしたか……」
セレスとユリウスとが、月光に佇むビルを見上げて声をあげる。
その視線の先にあったのは、一軒の――背の高い、ビルであった。ただし、火事になって以来放置されている、廃屋ではあったが。
しかしその廃屋に、セレスとユリウスには記憶があった。
「やぁですねぇ、やっぱりこういう所にたむろするんですか……これだから困るんですよ。この前なんて霊の通り道になっていましたから、誠司に頼んで塞いでもらったはずなのですけれども」
思い出し、早速ユリウスが一人ごちる。
その言葉に、
「――誠司(せいじ)さん、大変そうでしたよ」
セレスがふ、と付け加えた。
このビルにセレスがやって来たのは、昨年の夏頃であった。ユリウスの親友でもある誠司と共に――霊封じの御札を持たされた誠司を手伝う形で、セレス達はビルの屋上へ登った事がある。
「そういえばそうでしたね。話は、伺っておりますとも。誠司が随分とご迷惑をおかけしたようで……」
「あんなこっちの世界≠ノは素人の方に、無茶を頼んではなりませんよ、ユリウスさん」
「……だってあの時は少し忙しかったですし、それにほら、あの日は丁度武彦さんと飲みに行く予定があって、」
そういう能力の無い方に、無理をさせてはなりませんよ。
しかも親友なのでしたら、尚更です――と、適当に笑って誤魔化そうとするユリウスに、セレスはやんわりと付け加える。
――その、後ろでは、
「の、飲みに行かれる、って……」
「ラクスさん、ユリウスさんに聖職者の常を期待するだけ――多分、無駄かと」
飲みに――つまりはお酒を飲みながら、『どんちゃんどんちゃん』とやる事、ですよね?
苦笑するラクスに、アインが溜息混じりに答えを返していた。
そうこうしながらも、四人は入り口に張られたロープを超え、ビルの中へと入って行く。
元々は、店も入りながらに住宅としての機能も果たしていた場所であった。一階のロビーであったその場所に、ふ、とセレスは立ち止まり、
「……います、よ」
静かに呟きを零す。
あれ以来感じていた香り≠ェ、一番強く感じられる地点。
「最悪、強制的に呼び出す事になるでしょうね」
だが、悪魔は出て来ない。
しかしまさか、
……まさか、逃げられるとも思っていないでしょうけれど。
心の中で付け加える。
勿論その時は、容赦をするつもりは無い。
咲夜の件も然る事ながら、こうして四人の夢にわざわざ干渉してきたという事は、
この先別の方々にも、きっと危害を加えて歩く事でしょうし、その上、
その上、相手は、
――人を、殺めているのですから。
情状酌量の余地などは、
と、
「俺には色々とわかんない事もありますけど……でも、ここだったら、悪魔も居易いかも知れませんね」
顎に手をあて、ぽつり、とアインが呟いた。
アインには、ラクスやユリウスのように、確かに悪魔はここにいます――と、その隠れた気配を自分で感じ、頷く事はできなかったが、
……酷い場所、
この場所であれば、悪魔は住みやすいのかも知れない。
ふとそんな事を、考えてしまう。
時の隔ては、現場を生々しい火事の記憶から、そっと覆い隠してはいた。しかしそこかしこに残された傷跡が、
「……相当、酷かったようですね」
薄く漂う焦げ臭い香り。辛うじて自分達の元いた場所にこびり付いている、高温で溶かされた幾つもの物達。原形も留めず、ただ、在るだけのそのままに。
或いはこれは、電話であったのだろうか――焦げのこびり付いた台の上、四角く黒ずんだ物に、アインの手が伸びかけた、
その時。
「――何……、」
ラクスの高い声音が、小さく闇の中に木霊した。
脅えたように身を怯め、ラクスの瞳は虚空の一点を――否、
「……どうしたんです? ラクスさん」
階段の方を、じっと見つめていた。
その異変に、三人がラクスの方を振り返る。
「何か、ありました?」
アインが問う。
しかし、ラクスは簡単には答えようとはしなかった。
――いつもなれば。
三人の男性から注目を受けてしまえば、脅えて隅の方にでも逃げ出してしまっているかも知れないと言うのに。
「嘘、」
「……嘘、って、」
今はそれよりも、目先に見えたあの事実が、あの事実の方が、
……嘘。
よほど、怖い。
ラクスにとっては、よほど怖かった。
――見てしまったのだ。
「美奈さ――……」
あの階段の方を上っていった、小さな影を。影の、後姿を。
しかも、その影は、
「美奈?」
それって、美奈ちゃんの事ですか?
でもどうして美奈さんが、と、ラクスが脅えないように事情を聞きだそうと、アインが身を屈めたその時。
三連符を伴った電子音が、どこからともなく鳴り響く。
――交響曲第五番・ハ短調『運命』
間合いが悪いとは悟りつつも、慌ててポケットを弄ったのは――ユリウス。
こんな、時に。
思い、ユリウスも電源を切ろうかと一瞬考えたものの、その着信音に電話をして来た人物が誰かを悟り、渋々ながらにも受話ボタンを押した。
「……あー、もしもし?」
――麗花だ。
〈猊下、大変なんです!〉
「はぁ……もしかして、何方かお亡くなりになりました? でしたら、申し訳ありませんけれど、あの子を起こして――、」
教会の信徒が天に召せば、昼夜構わず教会には連絡が入ってくる。
それが誰かを聞いてしまえば、或いは思い出か何かに駆られてしまうかも知れない――懸念し、あえてそれが誰かは聞かないつもりで構えていたのだが、
しかし。
どうやらそちらを心配する必要は、無かったらしい。
〈違います! 行方不明なんですっ!〉
「行方不明?」
誰が――、
内に問いかけを秘めたユリウスの声音に、全員の視線が彼の方へと向けられる。
……行方不明。
その響きに、ラクスの戸惑いが大きくなる。
そんな彼女の反応に、
「もしかして、」
アインが呟いたのと、
〈美奈ちゃんがいないって……今、お母様から電話があったんです! ちゃんと夜は寝かしつけたはずなのに、お手洗いに起きたらいなかったって……! 警察にはもう知らせたらしいけれど――だから、〉
電話向こうの麗花がまくし立てたのとは、どちらが早かったのか。
人々の営みの燃え尽きた廃屋の中、静まり返った隙間風に、受話器から麗花の声音が零れ落ちる。
アインも、セレスも。そうしてラクスも。瞬間全てを、悟らざるを得なかった。
「あれは、本当に美奈様ご本人……」
ラクスが悲痛を零し落とす。
――ありえない話では、無いのだから。
「そういう手で、来ましたか」
セレスが、呟く。
悪魔が、人の体を乗っ取り――人に化け、何かをやろうとする。
そのような話は、世界中のどこにでも存在しているのだ。
「卑怯な……」
呆れるかのような、同時にそこにうっすらと憤りを滲ませたかのようなセレスの声音に、アインも知らず両脇で拳を握り締めていた。
相手のことは、良く知らないのだが、
子どもにまで。
あまつさえ子どもにまで、手を出すだなんて。
「でしたら早く、美奈さんを迎えに行かないと……!」
何たる、卑劣さ。
何たる――。
――電話は手にしたそのままで、ユリウスは三人の反応を、一通りざっと見つめていた。
その反応に、電話向うへと返す言葉を、ユリウスにしては珍しく慎重に選び出す。
麗花は、上辺のみの事実を知っているとは言え、今回の事件の全貌を知っているわけではない。
まさか、
――まさかそんな事を言って、
これ以上心配させてしまっては……麗花さんも、辛いでしょうから。
苦笑して、
「……わかりました。でもですよ、麗花さん。ヨハネによる福音書の十四章一節には、こう書かれていますでしょう」
早く、上へ。
言わんばかりのラクスとアインとの視線に頷き、ユリウスはセレスと共にゆっくりと歩き出した。
それを了承と受取ったのか、ラクスとアインとが駆け出して行く。
――遠くなるその背を見つめながら、
ユリウスは電話を握る親指を電源ボタンへと添え、短く麗花へと、含みのある伝言を付け加える。
落ち着いて、待っていて下さい。
ねぇ、麗花さん。
ラクスさんの言葉が本当であったとしたのなら、私は必ず、美奈さんを連れて帰りますから。
「『心を騒がせるな、神を信じなさい。そうして、わたし≠も信じなさい』――そういう、事です」
私も咲夜さんの件の二の舞を、決して演じたりは、しませんから――。
V, Quinto movimento
屋上に駆け上り、立ち止まった小さな影を見つけたその瞬間。
四人は――一番このような事件とは縁遠いであろうアインでさえも――気がついてしまっていた。
あの悪魔は、ここにいる、という事に。
そうしてその悪魔は、おそらく――、
「美奈様!」
あの少女の中に、いるであろうという事にも。
美奈を心配するあまりにか、逸早く屋上へと駆け上がったのはラクスであった。
彼女の声に、呼ばれた美奈が――間違いなく美奈が、振り返る。
「……ラクスちゃん? あれぇ、それから……アインちゃんに、セレスちゃんに、それからユリウスに――どうしたの? こんなジカンに」
月の輝きを脚光に、続々と屋上に現れた面々に、無邪気に笑顔で小首を傾げ、
「そんなに美奈に会いたかった?」
一歩前へと歩み出る。
「美奈、様……」
子どものものとは、到底考えられないような威圧感。押されるかのように、ラクスは一歩後退してしまいそうになる。
けれど、
「――美奈様を、お放し下さいっ!」
宵闇に飲み込まれないように、自分を奮い立たせるかのように――しっかりとコンクリートを踏みしめ、一声叫ぶ。
後姿は、さながらワンピースのようで。ネグリジェだったとは、気がつけなかったその姿に、
「その子はまだ、小さいですのに……!」
心が、煽られるかのようであった。
……美奈様のご両親様は、今頃本当に美奈様を心配していらっしゃるでしょうに……!
しかし、ラクスの悪魔へと向けた言葉は虚しく、美奈ではない美奈が、きょとん、と問い返してくる。
「はなす? 何言ってるの、ラクスちゃん」
そうして対峙する、ラクスと、アインとセレスと、ユリウスと。
「美奈にはイミ、わかんないよ」
「卑怯ですよ! 子どもを利用するだなんて……!」
「アインさん、無駄ですよ――相手は、そういうものですから」
思わず叫んだアインに、冷静な面持ちでセレスが付け加える。
――ふと、
「夢は、どーだった?」
唐突に、美奈がからりと笑いかけてきた。
「本当はもっと楽しい反応が返ってくるだろうなー、って思ってたから、ちょっとザンネンだったけど…・・・ま、咲夜の場合と違って、コロそうと思ってやったわけじゃあないから、良いけどね。セッカクきょーみを持ってもらったんだから、遊んであげたいなー、って思ったの」
その言葉に、一瞬ユリウスが口を開きかけた――が、
「ね、遊びに来たんでしょ? だったらちょーど良いかなぁ。今日は、『出エジプト記』の世界を、ノゾいてみない?」
「出エジプトを……ですか?」
「うん。――ほら!」
『出エジプト記』
『旧約聖書』の中でも有名な、預言者・モーセに纏わる話でもあった。エジプトで奴隷的生活を強いられてきたイスラエル民族が、神から約束された地・カナンへと向け、モーセを筆頭にエジプトを脱した時の記録とされる物語。
美奈はラクスの鸚鵡返しにいつものように満面の笑顔を浮かべると、右の手を高く虚空へと翳した。
そこに、虚空から現れたのは、一本の――『モーセの杖』。
少女の背丈にしては長すぎる杖を、美奈はぎゅっと握り締めると、
「イスラエル人をミチビくためにカミサマが力をかした、モーセの台詞」
瞬間屋上の光景が、壮大な川辺の風景へと一転していた。
音も無く、気配も無く。
銀幕の上で切り替わった場面であるかのように、すり返られた世界。
「……ここは……!」
青い空。突然顔を出した太陽に、知らず目を細めてしまう。
ラクスにはその川に、いやという程見覚えがあった。
――ナイル川。
エジプトにある、ナイルの流れ――ラクスの、故郷の川。
「えっと、『我が手にある杖で、ナイルの水を打つと水は血に変わる。そうして、ナイルの魚は死に、川は臭くなる。エジプト人はナイルの水を飲む事を嫌がるであろう』――出エジプトの、七章十七節、だよ」
驚くラクスを差し置き、美奈は歌うように言い放つ。
途端緑色であった川の流れが赤く染まり始め、あっという間に川は血の色の流れへと変化する。
ナイルの水が赤くなる事は、さして珍しい事ではなかった。水量の変化等によって赤藻が発生すれば、そう見える事もあるのだから。
しかし、
――違う。これは、そんな優しいものじゃあ……。
ラクスは直感する。
だとすれば、強く漂い始めたこの鉄の匂いも、古びたような香りも、どのように説明すれば良いと言うのだろうか。
その一方、
「一体どういう……」
「おそらく、このまま私達を自分の世界に、引きずり込むつもりでしょう」
周囲を見回しながら呟いたユリウスに、容赦無く輝く太陽の光に軽く頭痛を覚えながらも、セレスが一言、答えを返していた。
知らず、手に握る杖へと寄りかかるようにして体重をかけながら、美奈の気配の方へと意識をやると、
「相手は精神干渉を得意としていますからね。このまま取り込まれれば、おそらく負けるのは――私達の方でしょう」
四人は今、同じ悪魔によって、同じ幻の中に閉じ込められている。
日々の日常と同じように、一つの世界を共有している。
しかし、
……迂闊な行動は、慎んだ方が良さそうですね。
ローマに入らば、ローマ人のするようにせよ。
思うセレスの思考を遮ったのは、次なる美奈の言葉であった。
「まだまだ。モーセは言うよ。『見ておれ、明日の今頃、エジプト始まって以来かつてなかったほどの、凄まじい雹を降らせる』」
途端、美奈の言葉に従い雲がたち込め、雷が世界を切り裂いた。
言葉どおり降り出した雹は、次第にその強さを増して行く。しかしセレスは無言のままに杖を持たぬ方の手を高く差し出し、逃げ場を探し始めたラクスとアインとは正反対に、その場から一歩も退こうとはしなかった。
――退く必要が、無いのだから。
セレスの命じたその周囲のみ、空から降り続く氷は解け出し、水と化す。
水を自在に操る、水霊使いのその力。
「雨……になった……?」
誰かの呟きのどお大雨に降られるセレス達のすぐ傍では、大きな氷の塊がナイルの大地を打ち砕いていた。
「……皆さん、そこを動かないで下さいね」
言いながらに、更に考える。
美奈にはまだ、直接手を下すことは出来ない。
かつ、この厄災を、押さえる方法は……、
でしたら。
聖書の言葉には、聖書の、言葉で――。
思い出す。
確か新約聖書には、
……こんな、一場面が。
「イエスが、弟子達と共に湖に舟を出した時の事です……ですよね、ユリウスさん」
宗教聖典としてだけでなく、世界で、最も広く読まれているとされる書物――物語。
セレスはちらり、とユリウスの方を意識で一瞥し、美奈の方へと向き直ると、
「突然突風が起こり、舟は波を被って危なくなるわけです。しかしイエスは艫の上で眠っていた。恐怖に負けた弟子達が、そうしてイエスを起こすわけです。『「主よ、私達が溺れても構わないのですか」弟子達は言った。イエスは起き上がり風を叱り、湖に「黙れ、静まれ」と言われた。すると風は止み、すっかり凪になった』――マルコの四章、三十五節辺り、でしたね」
セレスが記憶の通りに読み上げた途端、
今までの雷雨が嘘であったかのように。
水の音が、静まり返る。
氷の砕ける音が、地面に解け消える。
そうして再び世界に取り残されたのは、血の色の揺れるナイルの水面のみであった。
――その、一連の出来事を、
「すっごい……セレスちゃん、すっごいっ!」
見つめ、美奈は心の底からの感嘆に地面の上を軽く飛び跳ねて見せる。
さながらその姿は、昼間の彼女と同じであるかのようにも見えてしまって、
「でも、まだまだだよ。もっと色々な話があるもん。……ジカンはあるんだもん、ゆっくり、しよーよ、ね?」
セレスは知らず、地面に付き立てた自分の杖を握る手に、力を込めてしまっていた。
何も知らない小さな子どもを、
自分の勝手な都合に、巻き込むだなんて――。
VI, Sesto movimento
出エジプト記でモーセの起こした、否、神の起こした奇跡は様々であった。エジプト人を苦しめる為に、その全土に蛙を蔓延らせた事もあれば、エジプトを徹底的な闇の中へと閉ざしてしまった事もある。
その出来事を美奈が再現する度、四人も聖書の知識を持って手を打っていた。主に『新約聖書』で語られる、神の子とされるイエスの成す業は、旧約のモーセのそれに対抗するのには十分すぎるものであった。
しかし。
このまま終わりのない追いかけっこを続け、精神的にこちらを追い詰めてくるつもりなのか。
何度も何度も続いてきた幻を、つい先ほどは、モーセがエジプト中に蝗を留まらせたという話に基づく幻を、セレスとユリウスとでどうにか収めたその後で、
ふ、と、
美奈の起こす数々の厄災を中和する事には直接関与せず、じっと事の成り行きを見守ってきたラクスが――動き出した。
……それはあの夜、セレスが夢に残された香り≠ゥら、この悪魔の居場所を突き止めた事にも似た作業。ラクスは今の今まで、美奈の力の波を分析し、この空間の構成系統を見極めていたのだから。
そうする事によって相手の行動を手にとってしまえば、
「あ……あの、セレスティ様……」
美奈を助ける事も、大分楽になるはずであった。
少女の体から悪魔だけを呼び出し、美奈の体には傷一つつけぬ様にする――この事がどんなに難しい事であるかは、その場にいる全員が深く理解している。
「……ラクスはこれから、この結界を壊してみようと思います。ですから、その……何かありましたら、」
援護を、お願いできますでしょうか?
しかし、そこまで言う必要も無く、
――わかりましたよ、と。
どうやらセレスも、自分と同じ事を考えていたらしい。
ラクスという気配の方に向けられた、セレスの海のような色の瞳。
普段は男性に見つめられれば、一目散に逃げ出してしまいそうになるラクスも、しかし、
……セレスティ様、
瞳を見つめ返し、こくりと一つ、頷いた。
強く頷き、視線を手元へと移す。荒れ果てたナイルの地を踏みしめる、ライオンという動物にも似たその手の方をじっと見つめるその瞳を、一息の後にふ、と、閉ざし、
どうか――通じて。
今の今まで吸収してきた魔術知識を総動員し、頭の片隅に引っかかる、僅かな空間の歪みを感じ取ろうとする。
その歪みに干渉し、それを広げる事ができれば、或いは――、
「んー、いつまでも出エジプトじゃあ、つまんないかなぁ。それじゃあ次は、何にする? 美奈、りくえすとにオコタエするよっ! 例えば『列王記上』とかも面白そうだけど。ヨゲン者エリヤだよねぇ。デシがハゲエリシャなんて、すっごくぐーぜんなのかタンジュンなのかわかんないけど」
相手に有利なこの空間を崩壊させ、元の空間に戻るように促す事もできるかも知れない。
ラクスは考える。
否、
いいえ――やって、みせます。
無邪気な美奈の声に抗うかのように、祈るように想いを研ぎ澄ます。
美奈は、その真意に気がついていないのか、
「……だまっててもわっかんないってば。んじゃあねー、アインちゃん! アインちゃんは、聖書のドコが好き?」
「え――、いや、どこが好き、」
アインはうっかりと、昼の調子で答えてはっとする。
――しかし、
「って聞かれましても――」
止まりかけた言葉の先を促したのは、
「……時間を、稼いで下さい」
ひっそりと耳打ちをしてきた、ユリウスの意外な一言であった。
ユリウスは美奈の視線と意識の先を、さり気なく盗み見ながら、
「もう少しですから」
付け加える。
――アインには。
正直な所、何の事だか良くわかってはいなかった。
ラクスの試みも、セレスの考えも、アインはユリウスのようにしっかりと理解する事ができない――いくら近頃はこういう系統の事件に慣れて来たとは言え、それを本職としているわけではないのだから。
しかしだからこそ、アインは小さく頷いていた。
心の中で、そっと呟く。
例えば俺の体の事は、こういう感覚≠ナはわからないように、
……きっと、
皆さんには、俺にはわからない考えがあるのでしょうから――。
「俺、皆さんのように、そんなに本に詳しいわけじゃあありませんし。まして聖書なんて、縁遠いですから」
道端で配っているのを、見た事はありますけど。
苦笑する。
美奈はその表情に、ふぅん、と腕を組むと、
「ま、別に良いけど……でも面白いよ、聖書。それに、麗花が言ってたもん。新約聖書の頃にもなると、カミサマは大分丸くなった〜って」
「麗花さん、そんな事を……」
ユリウスが苦笑するが、今一アインにはその理由がぴんと来ない。
……丸くなる? 神様が?
「ほおら、ノアの洪水ってあったでしょ、アインちゃん! ああやって、昔カミサマは人間をホロぼしたりしてたんだよ? それなのに新約聖書にもな――……!」
だが。
美奈がアインの疑問を払拭しきるその前に、その言葉が、止まった。
そうして次の瞬間そこにあったのは、
「――ラクス……コスミオン!」
先ほどまでの愛らしい声音とは一転、敵意に満ち溢れた低い声音の――憎しみ。
舌打ちするかのように美奈は慌てて、手に持つ杖を突如振り上げる。
しかし。
「……させません!」
大陸を急ぎ行く風よりも速く、何の前触れも無く美奈の目の前に現れたアインが、無謀にも素手でその杖に掴みかかっていた。
――サイボーグとして強化された体に、超加速の装置。
流石の美奈も、それには一瞬驚いたのか動きを止め――。
……それで、十分であった。
その隙をつき、空間の解析を終えたラクスの精神が、一気に力を解放つ。
「これで――もう、ラクス達の世界≠ナす!」
「ダメっ!」
空気が、風が、土が、水が。全てが全て、見た目には変わらずとも変容を起こし始めていた。
広げられた歪みに耐え切れなくなった空間は、ラクスの一言と共に崩壊を始める。
気づくのが、遅かった……!
思い、叫ぶ美奈は、一先ず体裁を整えなおそうと、アインを振り払うべく必死になって抗いもがく。
――そこへ。
一歩歩み出たのは、今まで沈黙を守っていた、セレスであった。
「そろそろ、終わりに致しましょう」
甘く呟き、杖は片手に、懐へと手を伸ばす。
取り出した小瓶の蓋を、するり、と抜き、
「私もいつまでも、こうしてはいられませんからね」
こんな夜も遅く……早く寝ないと駄目ですっ! などと、またヴィヴィに、寝坊を責められるのは、宜しい事ではありませんでしょうから。
セレスの手に持つ小瓶から、ふと一粒の水が、血の流れにぽつん、と零れ落ちる。
途端。
聖なる雫の描いた水の円軌跡は幾重にも重なり、列なり、揺れるその度にナイルの流れを深く、深緑へと変えていった。
風が、鉄の香りを失う。
錆び付いた景色が、鮮やかさを取り戻す。
――ああ、と、
その風景に、ラクスはわかっていても安堵を覚え、深く息を吐いていた。
ここはあの場所ではない、と、
あのナイルではないと、わかってはいても――、
「良か、った……、」
……ラクス達にとって、
ナイルは大事な、場所、ですから……。
ナイルによって積み重ねられて来た歴史のその上に、ラクス達もまた、ナイルの優しさと共に生きている。
エジプトはナイルの賜物、
ですから、
「さあ、」
咲夜様の、仇――きっとユリウス様がとられる事が、心情だと、そう思います……けれど。
ですから尚更、
許し難い。
「もう、逃げられません」
しかし、今はそのような事を考えている場合ではないと、セレスの声音に、ラクスははっと我に帰る。
顔を上げれば、彼の手に持つ瓶から伸び走った水の糸が、美奈の小さな体に巻きついた瞬間が見て取れた。
――そうして、
「川が――、」
その時を境として、ふっつりと消え去るナイルの流れ。
空は再び、闇の中に薄く星の輝きを映し出していた。
VII, Settimo movimento
美奈をその先に縛り付けた水の糸を、セレスから受取り。離さぬ様にと、しっかりと引いたのは――知人から借りた、霊力に触れる事のできる手袋をはめていたアインであった。
霊力によって編み上げられた束縛を、元々体力には恵まれていないセレスの代わりに、しっかりと繋ぎながら、
「……逃げようと、しない……?」
「いいえ、違いますよ――逃げられない、のですから」
呟いた疑問に、セレスの答えが返り来る。
「こちらの世界に戻ってくる事ができたのは、ラクスさんが空間の構成パターンを読んで崩壊を促して下さったから、なんですよ。……一方で、私が読んでいたのは、美奈さんの体の中における、あの悪魔の波長のようなものです」
車の中でしたような話を、もう一度簡単に繰り返し、
「その波を捉えて離さないように、この糸はできているのですよ」
そういう特別な力を、溶かし込んであるのですから。
微笑する。
先ほどからああして美奈の一手一手に答えを返しながら、しかしただ単に、セレスは四人の身を守っていただけではなかったのだ。
――力の解放から、相手を束縛する為の情報を見極める。
ただ単に美奈を捕縛する事なれば、もっと簡単にできる事ではあった。しかしそれでも、あえてこうしてこの時を待っていたのは、
……逃げられなく、する為ですよ。
どこにも逃げ場を、与えない。
美奈の体ごと悪魔を捕らえ、宙に逃れることも許さない。更にその行動をも縛り上げ、これでもはや、相手は無力になったも同然であった。
「……ハナしてっ!」
糸の繋がるその先から、美奈の声音が響き渡り、美奈がその場で暴れ出す。
が、
「――キミはもう、逃げられないのですよ」
対峙している相手の姿が子どもであるとは雖も、その通りに従う謂われは一切無い。
相手は、あくまでも美奈の方ではなく、その体を借りた悪魔であるのだから。
それも、かなり性質の悪い――ですね。
心の中で、付け加える。
「尤も、逃がすつもりもありませんが」
縛られた美奈に、一歩一歩歩みを近づけながら、
「……キミは本当に、酷いお方だ」
す、と、呟いた。
目の前に立ち止まり、とん、と足元に杖をつく。
「咲夜さんの好意を、キミは嘲ったのですから――キミの命乞いを聞き入れた咲夜さんは、キミに、殺されたんです」
ラクスと共にその様子を傍観していたユリウスが、セレスの溜息にはっとする。
「セレスさん、どうしてあなた、それを……」
それについては、一言も話をしていないと言いますのに。
「見えて、しまいましたから」
「見え――あ、」
「お借りした、咲夜さんのメダイを手に取った時にですね」
――つまりは。
咲夜のエクソシズムは、決して失敗などしていなかったのだ。
しかしそれを、失敗と定義付けた、ユリウスの気持ちは。
「ユリウスさん……」
その会話に、そこまで悟ったアインも、思わず小声で名前を呼んでいた。
咲夜さんは、と。
そう話をする時のユリウスは、本当に楽しそうであったというのに、
「……それに、ですよ。ご存知ですか? キミにそのような権利があるのなら、私達にもそのような権利が、あるはずなのですよ」
どれほど彼が咲夜のことを慕っているかは、一目瞭然なほどで。
……本当はユリウスさんだって、
笑っていられないほど、辛いはずなのに――、
「キミに人を殺める権利があるのなら、私達にも、我が身を守る権利があります」
続くセレスの言葉を、アインは――美奈を含めた四人は、各々の想いと共に見つめていた。
そうして、やがて。
「――時間です」
セレスが、天使ラッパを吹くかの如く、審判の時を告げ知らせる。
美奈の瞳は、溢れんばかりの恐怖を色濃く湛えていた。
しかし、ユリウスは『Ritiale Romanum〈ローマ定式書〉』を片手に、少女の方へと向き直り、十字を印し、聖句をそっと口にする。
――時が、
静止する。
「Princeps gloriosissime calestis militia, sancte Michael Archangele...〈天軍のいとも栄えある総帥、大天使聖ミカエルよ――〉」
VIII, Ottavo movimento
「……やですね、俺は大丈夫ですって」
ラクスの心配に笑って答えながら、はたはたと手を振るアインの胸には、穏かに寝息をたてる美奈の姿があった。
あのビルから、現実にあってはならないような降り方をしたアインと美奈と、慌ててその後を追うべく階段を下りた、ラクスとユリウスとセレスと。五人が合流してから、数分の時が経っていた。
が、しかし、
「本当に、ごめんなさい……ラクスがもっとしっかりしていれば、」
「そんな事ありませんって! ラクスさんは何も悪くないです」
「でも……、」
「本当に大丈夫ですから!」
先ほどから謝り倒しのラクスに、アインは思わず苦笑してしまう。
小さい子どもがビルの屋上から飛び降りた事に相当な恐怖を感じていた上に、アインまでその後を追う始末――。
その苦笑と、美奈とを見比べながら、ラクスはもう何度目になるかもわからない安堵のため息を零していた。
一瞬本当に、どうなるかと思って、ラクス……、
本当に、怖かった。
初めて一人東京の道を歩いたあの日、周囲の男性達に目前を覚えたあの日よりも、
怖かったんです――……。
――あの後。
ユリウスの祓魔により美奈の体が解放され、引きずり出された悪魔をセレスが消滅させたのだが。
しかし最期の一瞬、出来る限りの報復を、と言わんばかりに再び美奈の体を乗っ取ったあの悪魔は、彼女の体を屋上の縁へと走らせた。
そこで力尽き、悪魔は消滅し――美奈は意識を失い、地上に続く闇の穴の方へと倒れて行った。
全員の絶句する中、駆け出したのが――アイン。
目にも留まらぬ速さで屋上を駆け抜け、美奈の後を追い屋上から飛び降りたのだ。
「で、でもほら、良かったじゃあないですか! これで美奈さんを、お家に帰してあげる事ができますし!」
全身をサイボーグとされているアインにとって、そのくらいの動作は、出来ない事も無い範疇にあった。
しかし、事を思い出しているのか、また瞳を覗き込んで来るラクスに、アインは再び慌てて手を振りながら、
って……俺、煩くしちゃあ、
駄目。
腕にかかる重みに、はっと気がつく。
どんな夢を見ているのだろうか――あんな事があったばかりだと言うのにも関わらず、微笑を浮かべる美奈の寝顔。
……まぁ、美奈さんらしいと言えば、らしいのですけれども。
微笑んだその時、
「――その件なんですけどねぇ、」
アインの言葉を丁度良い間合いと見取ったのか、今まで携帯であちこちに連絡を回していたユリウスが、ぱたん、と電話を二つに折りながら振り返る。
「まぁ、今ちょっと誠司に電話をしましてね、IO2の上に、警察に手を回してもらえるように頼んでもらっているのですけれど。美奈ちゃんのお母様、警察に通報なさっていますから。ちょっと事後処理が面倒になったら、宜しくお願い致しますね」
「え……」
ユリウスの暢気な声音に、身を引いたのはアインではなく、ラクスの方であった。
「……ご無理でしょうかね?」
「あ、いえ、ゴムリ、なんかじゃあ……ない、ですけれど――ケイサツ、様、ですか? あの……男の方ばかりの……」
「いえいえ、最近ですと婦警さんも多いですよ?」
「いえ、そういう意味ではなくて……」
また、男性の多い所に行かなくてはならないのですか――?
再び表情を取り繕わざるを得なくなったラクスに、
「――けれどもラクスさん、大分お慣れになったのではありませんか?」
ビルの上に小さく沈む月の光に想いを馳せていたセレスが、小さく微笑みを向けていた。
え――と呟くラクスに、
「私達も、男ですからね」
悪戯に、付け加える。
ラクスははっと目を見開くと、セレス、アイン、ユリウス――と三人を順に見回した。
そういえば、
そんな事、考えている余裕がありませんでしたけれど……。
この方達も皆男性です、と。
思い返せば、不意にくらくらしてしまう――。
「……大丈夫ですって、ラクスさん」
ユリウスは無責任にからり、と、
「誰も取って食べたりはしませんから」
そういう問題じゃあありません――。
ラクスは言葉にしようと思ったものの、突然上手く言葉にならなくなってしまう。
そんな彼女の様子に、
冗談ですって、と、
「ま、大丈夫ですよ、きっと。IO2ならこういう事件には、立派に手を回して下さりますから」
両方とも、ちょっとした冗談ですよ、と軽く笑ったユリウスは、ポケットに手を入れ、空を振り仰いでいた。
そうして、微笑んで零し落とす。
――風が冷たい、と、
ふとそんな事を、思いながら、
「……そうですよね、咲夜さん?」
私達それで、結構IO2にも煙たがられたりしてましたものねぇ――?
Fine
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I caratteri. 〜登場人物
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<PC>
★ セレスティ・カーニンガム
整理番号:1883 性別:男 年齢:725歳
職業:財閥総帥・占い師・水霊使い
★ ラクス・コスミオン
整理番号:1963 性別:女 年齢:240歳
職業:スフィンクス
★ アイン・ダーウン
整理番号:2525 性別:男 年齢:18歳
職業:フリーター
<NPC>
☆ ユリウス・アレッサンドロ
性別:男 年齢:27歳
職業:枢機卿兼教皇庁公認エクソシスト
☆ 星月 麗花 〈Reika Hoshizuku〉
性別:女 年齢:19歳
職業:見習いシスター兼死霊使い(ネクロマンサー)
☆ 美奈 〈Mina〉
性別:女 職業:とある教会信徒夫婦の幼い一人娘
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Dalla scrivente. 〜ライター通信
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周囲も静まり返った、本の見守るその世界。
硝子越しの陽だまりが、歴史の眠る空間を淡く照らし出す頃。聖都の国立図書館。
ふ、と、
一人の僧衣姿の青年が――ユリウスが、下方の棚の本に手をかけたその瞬間、不意にその手の上に感じていたのは、ほんのりと軽い優し気な温もりであった。
――突然ユリウスの手の上に乗せられていたのは、小さな、手。幾分か黄色を帯びた、温かな、手。
青年は、思わず反射的に、
「Che cosa vuole da me?〈私に何かご用でも、〉」
振り返るよりも先に、言葉を、紡ぎ出していた。
しかし、
「いっけない!」
振り返ったその先から返って来たのは、イタリア語ではなく、
「えー……っと、こういう時は……ううん、――あ、そう! I can't speak Eng……違う、Italian!〈英語――じゃなくて、イタリア語、話せないんですっ!〉」
黒髪の、背の低い女性の適当な英語と――
……日本語ですよねぇ、これ。
このような所で、珍しい。
おやぁ、と、ユリウスは、それでもちゃっかりと本を手にしてから、女性の方へと振り返ると、
「あああんもうっ! だから外に出て歩きたくなかったのに! 全く、ドメニコのヤツ、何がイタリアに早く馴れるタメだって、しかもこのヒト、神父様……?!」
「あー、大丈夫ですよ。私、日本語話せますから」
「Really?!〈うっそぉっ?!〉」
「本当ですって」
素直に驚く女性へと、ユリウスはにっこりと微笑返し、自信満々に言い放つ。
その、微笑みに。
女性は一体何を考えていたのか、
――それから、暫く、
暫しの間じっとユリウスの瞳を見据え、黙ったままで数度、瞬き。
……まさかこんな所で、
日本語を聞く事になるだなんて、と、
小声で呟き、数分後、ようやくほっと一息をつくと、
「……でしたら、神父様。あの――、」
恐る恐るといった具合に、ユリウスへとちょこん、と問いかけて来た――。
--Il anecdote passato circa Julius e Sakuya...
まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。
今回はご発注を頂きまして、本当にありがとうございました。又、二日ほど納品にご猶予を頂く結果となってしまいました事、心の底よりお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。
……ざっと、ご解説を。
今回のお話は、Primo→Secondo(a〜c)→Terzo→Quarto→Quinto→Sesto→Settimo→Ottavoの合計十章から成り立っております。今回は一部に枝分かれがございますので、宜しければ、他のPCさんの部分もお読みいただけますと幸いでございます。
怪談で真面目にシリアスに取り組ませていただきましたのは、今回が初めてとなりました。いただいたプレイングを反映できなかった部分も、きっと多々ある事と思います。その所に関しましては、先にこの場を借りてお詫びを申し上げたいと思います。力不足で、本当に申し訳ございません。
今一すっきりとしないまとまりとなりましたが、少しでも――ほんの少しでも、お楽しみ頂けましたら嬉しく思います。
>セレスさん
今回も遅刻してしまいまして、いつもいつも大変申し訳ございません……。
毎回毎回、セレスさんのプレイングにはとても楽しませていただいております。今回もとってもシリアスな感じが……。
セレスさんの見解は、ある意味では正しかったのではないかと思います。色々と詰め込んでしまいましたのでそういう感じも無かったような気は致しますが、今回の相手は随分と性質が悪かったようですので。
ユリウスが、今回も色々とありがとうございました、と申しておりますので、一応お伝えしておこうかと思います(笑)
>ラクスさん
お初にお目にかかります。が、初回にして突然遅刻してしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。
もう少しエジプトの術形態について描いてみたかったのですが、そうこうしている内に字数がとんでもない事になりまして……これで良かったのかと、色々と不安になる部分も残っているのですけれど――。
男性恐怖症、なかなか治らないようで……大変だとは思いますが、これからもお強く生きるラクスさん、楽しみに致しております。
お付き合いの程、ありがとうございました。
>アイン君
一応こちらではお初に――そうして遅刻の方、本当に申し訳なく思います……。
あのプレイングは反則かと(笑)。本当にどっきりしてしまいました……本当は話の最後に挿入したかった部分なのですが、流れ上最初の方に無理やり押し込む事となってしまいました。個人的にも残念だったのですけれど……。
アイン君、いつの間にかきっちり子どもに虐められてしまいまして……すみません、なんだかああいう姿も似合っているなぁ、とか、勝手に思ってしまったものですから(笑)。
では、そろそろこの辺で失礼致します。
様々なご無礼があるかとは思いますが、どうかご容赦下さりますと幸いでございます。
何かありましたら、ご遠慮なくテラコン等よりご連絡をよこしてやって下さいませ。
――又どこかでお会いできます事を祈りつつ……。
Grazie per la vostra lettura !
11 marzo 2004
Lina Umizuki
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