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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 帰ってきた男(前編)

 さくっと、そう、さくさくっと終わらせてしまうんだから……そう思いながらつかつかと歩く。そして、目的の扉、草間興信所のドアノブを掴むとばっと開けた。
「妙な事件発生なんだって?」
 軽く小首を傾げつつ、草間を見つめる。そのあと、すたすたと歩き、草間と向かいあうようにソファに腰をおろす。既にそこには中年の男がひとり座っているから、会釈くらいはしておこうと笑みを向けておく。が、すぐさま正面の草間を見つめた。
「娘から陰謀めいたものだからって折角の休暇を蹴ってきたけど……ああ、ありがと」
 早速、持てなしに茶を差し出す零に笑顔を向け、受け取る。そう、久しぶりの休暇。娘たちと過ごそうと思ったのだが、その可愛い娘に草間興信所で陰謀めいた依頼があったの、なんだかとても困っているみたいだったから……と言われてしまっては、動かないわけにはいかない。
「そうか、助かるよ。今から詳しい話をしようと思っていたところなんだ」
 草間は答える。みたまはうんと頷き、周囲を見回した。自分の他には二人の男がいる。それが今回の事件を共に探るに違いない。
「そう。じゃあ、先に名前だけでも自己紹介しちゃおうか。ここにいる二人が今回、一緒に事件を探るんでしょ? 私は、みたま。海原みたま、ね」
 みたまが名乗ると、隣の中年の男がそれを受けて軽く会釈をする。
「わたしは城田だ。城田京一。よろしく」
 黒髪に透きとおった青の瞳。白衣を着ているから、そういう系統の職業にあるのだろう。
「僕は功刀です」
 もうひとりは黒髪に深緑の瞳が印象的な青年。名乗りながら、懐から名刺を取り出すと丁寧に差し出す。名刺によると、名前は渉であるらしい。肩書は、建築家とある。
「城田に功刀ね。了解」
 名刺に軽く目を通し、それをしまったあと、みたまは確認するように言った。
「もうひとりあとから来る。その前に事情を説明しておこう」
 草間は言い、改まった態度で城田とみたまに臨む。
「死んだはずの男が帰ってきた。自分の葬式の日に」
「……」
「依頼者はその男の妹だ。自分の葬式当日に帰ってきた兄が本物であるのか偽物であるのか、その真偽のほどを確かめてほしいという依頼だ」
 城田とみたまを交互に見やり、反応を確かめた草間は言葉を続ける。
「葬式当日に現れた兄は、白衣を着た男たちに取り押さえられ、連れ去られたということだ。彼らが言うには、現れた兄は兄ではなく、雑誌を見て兄とそっくりだから、兄だと思い込んだ他人だとか」
 白衣……ねぇ? みたまはちらりと隣の城田を見やる。隣に座るこの男も、なんだかちょっとうさんくさいように思えてならない。草間興信所に出入りしているくらいだから、うさんくさくて当然かな……というのは、独断と偏見か。
「その兄はタウン紙の記者で、冬の怪談特集という記事のために、取材を行っていた。その帰りに車が峠から転落、炎上、葬式に至っている。事故の前に兄が調べていたものは……冬の山に天使猫を見た?! というものだ」
「んー?」
 城田はまじまじと草間を見つめている。みたまは天使猫というものを想像してみた。とりあえず、単純に翼のある猫だろうか。しかし、珍獣で騒がれることはあっても、怪談にはならないかもしれない。
「仕方がないだろう。俺にもよくわからないんだ。だが、現時点で確実なことは、その言葉だけ。炎上してしまったから、具体的に何を調べていたのかはわからない。だが、残されていたメモにはそう書かれていた」
 その言葉を素直に受け取るならば、兄が調べていたものは天使猫とかいうもので、場所は冬の山ということになる。
「で、天使猫が出没するという場所は、地図で見る限りでは山しかない村だ。寂れていたそうだが、アルカディアとかいう企業がそこに工場を作ってからは発展したらしい」
 ちなみに化粧品の工場だということだと草間は付け足した。なるほど、少し陰謀を感じられなくもないかなとみたまは思う。
「さっきも言ったが、自分の葬式に帰ってきたという兄が本物なのか、偽物なのか……その行方と真偽のほどを確かめることができれば、依頼は果たされる」
 そして、天使猫の正体がわかると俺の気持ちがすっきりする……と草間は小さく付け足す。
「……よくわからない説明だが、わかった、手伝うよ」
 草間の話が終わったところで、城田は俯き加減に小さく息をつき、そう言った。それから、顔をあげ、神妙な表情で草間を見つめる。
「その筋道が通っていない話は間違いなく煙草のせいだな」
 煙草で脳をやられたんだろう草間君と城田が言うと、草間はため息をつき、横に首を振った。そんな草間に追い打ちをかけるように、わたしは猫に嫌われるたちだから天使猫の調査は無理だなと付け足す。草間はがっくりと首を折った。
「さて、本題に入ろうか……」
 城田がそう言ったところで、興信所の扉が開かれた。現れたのは、さらりとした長い黒髪に深い青の瞳を持った二十代半ばと思われる女。
「ああ、誰が現れるのかと思っていたが。四人目は、きみか」
 その女に対し、城田は言う。どうやら、知り合いであるらしい。
「誰かと思えば……こんなところで、奇遇ね」
 その言葉に対し、女もなんとも言えない顔で答えた。
 
 田中緋玻。
 それが四人目の名前だった。あまり人馴れしていないのか、軽く会釈しただけでにこりと笑みも浮かべない。会った瞬間から打ち解ける人間もいれば、徐々に内面を見せてくる人間もいる。数多くの人間と関わってきたから、そういうところは自然体で理解しているし、気にもならない。
「とりあえず、これが問題の兄だ」
 草間が差し出したのは写真が貼りつけてある履歴書だった。名前は常磐友成。写真は年齢にして二十代前半だろうか。可もなく不可もなくといった風貌。三流と思われる大学を卒業。資格および免許は第一種普通免許のみ。性格は温厚。健康状態良好。特技なし。趣味は映画鑑賞に読書。運動はテニス。特筆すべきところはない、見れば見るほどありがちな、面白みのない履歴書に思えた。
「んー。素直に考えれば、アルカディアの研究施設を偶然見てしまったお兄さんを事故にみせかけて始末しようとしている……というところかな」
 みたまは履歴書を眺めつつ、うーんと唸る。
「でも、生かしておく理由がわかんないなー」
 そう言いながら金色の髪を軽くかく。見たところ、この常磐という青年、取り立てて短所はなさそうだが、長所もなさそうだ。このアルカディアという企業が、世間に知られるとあまりよろしくない何かをこの青年に知られたしまったのであれば、消す方向に動けばいい。生かしておく必要などない。なのに、死んだと見せかけている。素直に消すよりもよほど手間がかかるというものだ。では、生かしておく利点があるのか……と思えば、この履歴書を見る限り、それはかけらにも伺えない。研究に貢献してくれそうな能力もなさそうだ。
 ただ、それは現れた兄が本物であると考えた場合に限ってのこと。現れた兄が偽物であるのであれば、また話は変わってくる。しかし、草間の話を聞いている限りでは、本物であるという線が濃厚そうに思える。
「とりあえず、方向性としては、どう考えているのかな?」
 みたまは草間を含め、周囲の意見を参考までに聞いてみることにした。現れた兄は本物であるのか、それとも偽物であるのか。
「この時点ではどちらとも言えませんが……本物のお兄さんであり、それを救出するということを念頭において行動する予定でいますよ」
 ……とはいえ、予定は未定ですがと功刀は言う。
「そうね、あたしもどちらかといえばそっちね」
 緋玻は功刀の言葉に同意した。
「本物か偽物か……まあ、どちらであれそのアルカディアなる企業が怪しいことには変わりはないだろう。草間君、もう一度、確認を取るが、お兄さんに似た男を連れて行ったのは白衣の男……これに間違いはないかね?」
 城田は草間に向き直り、確認を取る。草間はこくりと頷いた。
「ああ。依頼者はそう言っている」
「そうか……ならば、行動は決まったようなものだ」
 うむと城田は頷く。
「さて、ここには四人いますが、今後の行動はどうしましょうか」
 功刀の言葉に皆が皆、場の面々を見回す。そして、誰もが同じ答えを出すに至ったらしい表情を見せた。それぞれが得意とする方向というものがありそうだ。ならば、個別に行動をした方がいい……そんな、結論。
「私は、そうね……とりあえず、アルカディアに関して調べてみようかな」
 みたまは自分が思うところを告げる。現時点で必要なものは確かな情報だ。
「では、僕も僕なりにそれについて調べてみます。皆さん、そこから始めるのでしょう? それでは……これを」
 功刀は携帯の番号とメールアドレスを公開する。
「何かありそうな場合は連絡をとりあう、ということで」
「確かに、何かあってからじゃね」
 お互いの連絡手段を整えたあと、それぞれに行動を開始した。
 
 では、調査開始。
 まずはアルカディアという企業について、一般レベルで知りうることが可能な情報を調べてみようか。みたまはとりあえずの情報源として、ネットにアクセスしてみる。自社サイトがあるようなので、まずはそこを軽く眺めてみた。
 正確には、アルカディアジャパンという名前らしい。日本の他にも海外に幾つかの支社を持ち、化粧品、健康食品、薬品といった方向で活動している。商品は店頭ではなく、通信で販売し、サイトから購入することが可能。その評判が気になるところだが、その前に最近の為替市場、株価の動向について調べてみた。
 特別な変動は見られない。
 小刻みかつ緩やかな変動で、急落していることもなければ、急上昇していることもない。新たな開発といった話もないらしく、状態は安定しているように思えた。
 次に、問題の施設の責任者とアルカディア上層部との関係を調べてみる。何かあった場合にたやすく切り捨てられる関係なのか、どうか。しかし、これはアルカディアのサイトで調べられることではない。みたまは携帯電話を手に取ると、とある番号にかける。
「……あ、もしもし。私だけど。うん、そう、ちょっと知りたいことがあって。調べてほしいんだけど。なるべく急ぎ。いいかな? アルカディアという企業についてなんだけど……うん、そんな感じで。ありがとね」
 これでよし。次は施設周辺の地形、および施設の内部構造、そして、送電施設。このあたりの情報を抑えておきたい。それに、村の周辺の地脈に断層、自然の造形も抑えておくべきだろう。……これは最悪の場合だけれども、施設を壊す場合は自然現象に見せかけた方がいいだろうし。
 地図のデータを集め、わかったことは化粧品を製造しているだけあって、周囲は水に溢れているということだ。それに、地下水が流れている。みたまはここに注目した。……地下水のくみあげすぎで、地盤沈下っていうのもアリかも。
 そうなると、必要な装備は……と、準備を整えているとメールが届いた。早速、調べがついたのかと添付ファイルを開く。しっかり暗号化されていた。ツールを使い、暗号を解読する。
「どれどれ……んー」
 送られてきた内部資料のなかから、アルカディア上層部と問題の施設の責任者の部分だけを拾ってみる。施設責任者の名前は、内藤春樹。年齢は二十六歳。上層部にも内藤という名字がある。繋がりを見てみると……親子。上層部の息子が施設責任者。これは、切り捨てられない方向に考えるべきだろうか。とはいえ、親子の仲が最悪ということも考えられる。
「……まあ、行ってみればわかるかな?」
 とりあえずの資料は揃った。それを手にみたまは現地へ向かうことにした。
 
なるほど、地図にあるとおり、確かに山の中だ。
 所謂、盆地、山に囲まれてはいるが、その一角が平地であり、そこで人々が生活をしている。
 問題の施設は、白亜の建物。工場というよりは、やはり研究施設でそれほど高くはない塀に囲まれている。外観から伺う設備投資はかなりのものと思われ、それだけに警備も厳重なようで、警備員とおぼしき人数は多い。
 そして、村はといえば、見事に二分されているような印象を受けた。施設に近い方は区画整備され、外観も美しい建物が並ぶ。反対に、施設から離れた場所は農業に基本を置いていると思われる、例えてみれば、所謂、田舎、長閑な光景が広がる。
 とりあえず、村の様子伺うつもりで歩いてみると、施設から離れた田舎のような光景が広がる地域にはやたらと猫が多く、施設に近い区画整備された地域には猫の姿がないことに気がついた。
 自然な流れといえば、そうなのかもしれないけど。みたまが周囲を見回していると、猫が近寄ってきた。愛想を振りまき、足に頭を擦り付けてくる。
「にゃあーん」
「あら」
 猫はゆらゆらとゆっくり尻尾を振りながらみたまを見あげた。微妙な動きを見せる尻尾が可愛いかもと屈み、その頭を軽く撫でていると猫はぴくりと何かに反応するように顔をあげた。にゃおんと小さく啼くとひらりと身を翻し、みたまの前から去る。
「ううーん、素っ気ないのね、もう」
 逃げたという雰囲気ではない。何かに心寄せられたというように思える。いったい何に心寄せられたというのか。少しばかり気になり、村を歩くついでにそのあとを追ってみる。それほどは歩かないうちに猫が十数匹という光景に辿り着く。その十数匹の猫に囲まれているのは、白衣を着た男。その顔を確認して、目を細める。
 草間から渡されている履歴書を取り出し、その小さな写真を確認する。そして、そこにある顔をもう一度、確認。
 間違いない。履歴書の人物、常磐友成だ。
 猫と戯れている目標たる人物は、まあいいとして。その周囲を伺ってみると、ただならぬ気配の男がふたり。護衛といった雰囲気を漂わせているが、目の前のそれが兄だとすると、護衛というよりも見張り役と見ておく方が無難かもしれない。
 さて、どうしようか。
 施設内で囚われの身かと思えば、そこにいる。相手の出方、対応を見るためにもとりあえずは話しかけてみるべきか。それとも、彼らに倣って問答無用で拉致するか。……とはいえ、後者は問題解決にはならないか。
「こんにちは」
 こういうときは、愛想のよい笑みで近づくに限る。みたまはにこやかな笑顔で接近をはかる。
「こ、こんにちは……」
 戸惑うような表情を浮かべながら、消え入りそうな声で言う。兄だと思われるその男は自分をじっと見つめたまま惚けたように動かない。が、その背後にいたふたりは違う。明らかに警戒している。それには気づいてはいたが、気づかないふりで言葉を続けた。
「可愛いですよね」
「え、ええ……この村の人ではない……ですよね?」
 みたまを見つめつつ兄だと思われる男は言う。その胸元にある名札には『内藤春樹』とあった。その名前は、施設責任者のもの。
「なんでも冬の山で天使猫というものが見られるとかで。観光です」
 その言葉を出すと明らかに動揺が見てとれた。それに背後のふたりが気づいたようで、時計を確認し、そろそろお時間ですと告げる。
「え、ああ……すみません、そろそろ行かなくては……え?」
 みたまは身を翻そうとする兄だと思われる男の肩に手を添え、その耳元に顔を近づける。そして、耳元で小さく囁いた。
「常磐友成サンでしょう?」
「な……何を言っているんですか、俺は……違います、内藤春樹です」
 みたまから顔を背け、そう答える。みたまは添えた手で埃を払う真似をした。
「埃がついていたから。それじゃあね、内藤サン」
 ばいばいと小さく手を振る。なんとも言えない顔で兄だと思われる男は背を向ける。ふたりの男に付き添われ、去っていった。
「なるほど、ね」
 みたまは呟く。生かしておいた理由、なんとなくわかった……かな。
 それなりにわかってきたところで、他の面子はどうだろう。連絡をとってみるかと思った矢先、施設から異常な事態を示すようなサイレンが鳴り響いた。
 もしかして、自分以外の誰か……他三人のうちの誰かが施設に乗り込んでドジを踏んだとか? ……もう、しょうがないなぁ。みたまは小さく息をついた。

 −前編・完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】
【2346/功刀・渉(くぬぎ・あゆむ)/男/29歳/建築家:交渉屋】
【1685/海原・みたま(うなばら・みたま)/女/22歳/奥さん 兼 主婦 兼 傭兵】
【2585/城田・京一(しろた・きょういち)/男/44歳/医師】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
まずはぎりぎりですみません。最後まで前編で片をつけるかどうか悩んでいました。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

はじめまして、海原さま。
海原さまのプレイング内容ならば前編でカタもつきそうなのですが、他の参加者さまとの連動ということで、プレイング内容のすべてを実行する前に前編を終わらせています。性格は豪放ということでしたが、可能な限り静かにとあったので、目の前で兄ではないと否定した男を確保していません(実は確保するかどうか少し悩みました)

今回はありがとうございました。予告したとおり前後編となりましたので、よろしければ後編もおつきあい下さい(後編は納品から一週間後の夜に開ける予定です)
願わくば、この事件が海原さまの思い出の1ページとなりますように(とはいえ、前編なのでなんだか途中なのですが)