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<東京怪談ノベル(シングル)>


天地と剣と

「大丈夫だって! ほらほら、占ってもらえばさ、安心するかもしれないじゃない」
「でも純華――。彼とはもうダメです……とか言われたら」
「もう…占ってもらってもない内からそんなこと言わないの!」
 私は友人の背を押して、長い渡り廊下を歩いていた。夏の終わり、秋の始まり。
 恋というものはたいがい夏に始まる。そして、騒がしい時間が過ぎるように、落ちつきと変化の時期がくる。もちろん、今連れ立って歩いている友人もそのひとり。ひと夏の恋の終わりを心配しているのだった。

 私の高校にはけっこう有名な占術部があった。
「カードと水晶玉で当る――ってのが、イマイチ信じられないのよね」
 口では友人に占いを勧めつつも、私自身は占いに対してあまり良い印象を持っていなかった。雑誌などの巻末にある占いはことごとく外れていたし、幼い頃から私に身についている能力のお陰で、当るものとは考えられなかった。
 その能力とは未来を垣間見る、というもの。
 だからこそ、未来を言い当てるはずの占いが外れる現実ばかりを見てきたのだった。
「ここみたいよ。ほら、入ろう」
「う、うん」
 私は友人と一緒に、初めての占術部へと足を踏みいれた。
 驚いた。暗幕が張られて3つ並んだテーブルを、特設らしいライトが照らしている。到底教室とは思えない雰囲気に、思わず飲まれそうになる。友人はすっかり魅了されているようだった。
 ――雰囲気は悪くないんだ……。

「いらっしゃい! 恋の悩みかしら?」
 まっすぐな髪を一本で結んだ女性徒が私達の前に立った。なんだろう、もっとミーハーな感じを想像していたのに、その人はとても凛とした姿だった。
「部長! これ、どこに仕舞いますか?」
「そこに置いておいて……ごめんなさい。さぁ、どちらからでもいいから、座って。占うわ」
 私は慌てて「付き添いなんです」と答えて、友人を座らせた。
 そうか、この人は部長なんだわ。校章と上履きの色からすると同学年らしい。こんな人いたかなぁ?
 元々、興味のないことには目がいかない性質なので、知らなくても仕方ないかもしれない。

 別のことを思考している間に、すでに部長の手は止まろうとしていた。
 ごく普通のタロットカードのように見える。
「うーん、どれも正位置じゃないわね……『剣の3』か。『正義』に『吊られた男』、こっちは逆位置だわ」
 絵柄だけ見てもあまりよくないカードがたくさん置いてある。
「あ、あの……結果、悪いんですか?」
 友人が恐々聞いた。部長は少し眉をひそめて頷いた。意気消沈してしまった友人の背中。
「じゃ、説明するわね。この位置に『剣の3』、これは混乱と口論を示しているの。それからここ、『吊られた男』と『正義』のカードが逆位置。遅滞とすれ違いを表しているの」
 すべてのカードの説明が終わった後。友人は、小さな声で「もう彼とはダメなのか」と訊ねた。
 私でもさっきの結果からは、良い結果を伝えることはできないだろうなと思った。『恋人』のカードはあったけど、逆位置。正位置と逆位置では意味が反転することくらい知っているから。
 どうみても、友人は明日から泣き暮らすことになるかもしれない。
 私はため息をついた。

 ――占いって、やっぱり当てにならないな。

 でも、次に続く部長の言葉に、私は意見を覆された。
「いいえ。ほら、これはすべてあなたに注意すべき点を教えているの。恋人のカードが出ている――ということは、彼だってずっと恋人でいたいって思っているからなの。天は天なり、地は地なり。自分が直すべき部分を知らなければ、変化はない。けど、どこが悪いのか知ったら、地は天にもなるし、剣は人を傷つけるものじゃなくて、守るものになるわ」
 感動さえ覚えた。
 カードの説明では最悪の結果だった。
 でも、伝える言葉。相手を思って解釈する心を持てば、どんな結果が出ても占った人を安心させたり、喜ばせたりできるんだ。
 友人は私を置いて走り去った。
 彼に「大好き」だと伝えるために――。

「ありがとう、部長さん」
「ううん、これが私の天職だからね。それに占いは心を癒すためにあるの。結果だけがすべてじゃない。その裏に眠っているのは可能性。自分自身の力。運命は決まったものではないから」
 満足そうにライトをみつめている部長。私も頷きを返す。
「それはそうと――ね、あなた八雲さんでしょう?」
「えっ? そうだけど……何か? 私を知ってるの?」
 部長は嬉しそうに笑むと、机の下から真新しいカードを私の手に握らせた。
「えっえっ? これ…どうして?」
「私からのプレゼント。理由は後日、分かるはずよ。じゃあ、彼女を迎えに行ってあげてね。今日は占いに来てくれてありがとう」
 私は不思議顔のままで、占術部を後にした。

 手に残ったタロットカード。一枚手にして思った。
 未来は自分の力で変えることが出来る。どんな結果であれ、それは過程なんだ。そこから新しく運命が芽吹いていくんだ。

 数日後、私は占術部のドアを叩いていた。
 部長の言葉の意味が、今はっきりと分かった。彼女には見えていたんだ。
 私が占いに魅了されることが――。

「敵わないなぁ……」
 零れる苦笑を隠すことができなかった。


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 遅くなり申し訳あまりせんでした。ライターの杜野天音です。
 久々に純華ちゃんのお話しを書けて嬉しかったです! しかも、以前登場した占術部の部長さんのことも忘れられてなくて、純華ちゃんと関われてきっと喜んでいるはずです。
 今回は素敵な話しを書かせ頂けて、ありがとうございました(*^-^*)