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<東京怪談・PCゲームノベル>


バレンタインの魔法
 裏通りにひっそりと、まるで民家かなにかのようなたたずまいで店を構えている洋菓子店がある。
 店の名は<エルミタージュ>。
 バレンタイン間近のこの時期、<エルミタージュ>のチョコレートを求める女の子たちで店内はいっぱいになってしまう。
 なにしろ、<エルミタージュ>のチョコレートには意中の人を虜にする力がある――ともっぱらの評判なのだ。その効果は、まるで魔法を使ったかのようであるのだという。
 そのせいか、<エルミタージュ>のドアには、臨時でアルバイトの人間を募集する広告が貼られていた。
「……くっ、臨時バイトが必要だなんて、なんてうらやましい……!」
 物陰から店を観察しながら、パティシエかなにかなのだろうと思われる白衣の青年がつぶやく。
 そう、彼こそは<エルミタージュ>のライバル店(自称)である洋菓子店<エトワール>の店主、吉原太郎。
 敵情視察と称して、今日も<エルミタージュ>をのぞいては、勝手に対抗意識を燃やしているのだった。
「よし、ここはひとつ潜入調査を……ん、いや、そうだ、よく考えてみれば自分は顔が割れているのだった……よし、人を募集して潜入してもらおう!」
 名案が浮かんだ、とばかりに手を打つと、吉原は広告を出すべく、嬉々として<エトワール>へ戻って行った。

 そのようにして、3人の人間が集まった。
 男性2人はずいぶんと若く、片方は大学生だという黒髪に黒い瞳のマジメそうな青年で、もうひとりは髪を金色になるまで脱色した、ホストかなにかとみまがわんばかりの青年だった。
 女性の方はふたりよりやや年は上だが、真っ赤なカットソーのよく似合う、明るい茶色の髪をした豊満な美女だった。
「あら、慶悟クンも来てたんだ? 奇遇よね」
 見知った顔に気づき、美女がきっちりとルージュをひいたくちびるを笑みの形に歪ませる。
「あぁ。そういえば……以前、会ったことがあったな。例のときに」
 まさか女子高に女装姿で潜入したとは口に出せないのか、微妙に口ごもりながら慶悟が答えた。
「あれ、ふたりは知り合い?」
「ええ。慶悟クンとはちょっと前に、同じとこに潜入調査したことがあったの。あのときは結構楽しかったわよね、なにしろ女子こ……」
「まあ、深い事情があってな。俺は真名神慶悟。あんたは?」
 慶悟は美女の発言をさえぎり、もうひとりの青年に話をふる。
「九重蒼。そちらは?」
 蒼は答えると、首を傾げて美女の方を見つめた。
 美女はボブカットの髪をかきあげて、胸の下で腕を組む。挑発的な視線でふたりを見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「あたしは深薙宜更紗。よろしくね」
「……さて、自己紹介もすんだところで。早速、潜入調査の話に入りたいんですが」
 それまで黙っていた吉原が、重々しい口調で告げた。まだ若く、その上童顔である吉原がそのような口調で話をしてもあまり迫力はないのだが、本人はそれには気づいていないようだ。
「ええ。<エルミタージュ>にバイトとして潜入すればいい、んですよね? その場合、<エルミタージュ>からもバイト代を受け取ってかまわない、と」
 念を押すように蒼が訊ねる。生活費を自分のバイト代でまかなっている蒼にとって、それは非常に重要な問題なのだ。
「もちろん。こちらからもバイト代をお支払いします」
 吉原はうなずく。
「あたしにはオマケで、チョコレートもつけてくれるのよね?」
 首を傾げて更紗が訊ねる。
 やはりこの時期、義理チョコだけでも相当な出費になってしまうため、商売柄つきあいも広く義理チョコだけでもかなりの数になってしまう更紗にとって、チョコレートをつけてもらえるというのはありがたい話なのだった。
「深薙宜さん専用にきちんとラッピングして、注文個数をお届けします」
「よかった、助かるわぁ」
「真名神さんは特に条件は?」
「特には。件のチョコレート以外に、普通に報酬が出るなら」
「それはもちろんお出しします。とりあえず、バレンタイン期間の臨時バイトとして潜入して、<エルミタージュ>のチョコレートに魔法がかかっているのならそれをこちらに報告してください。できれば魔法を無効化できれば言うことなしです。臨時バイトの募集は製造スタッフではなく、販売スタッフの募集なので多少面倒なこともあるかと思いますが、よろしくお願いします」
 吉原は言いながら、深々と頭を下げた。

「……さて、と」
 あやしげな魔法が使われていないか調査するように命じて式神を飛ばした慶悟だったが、とりあえず、どこかで式神を待とうと手洗いの方へ足を向けた。
 なにしろ慶悟は、接客業というものにあまり適性がないのだ。
 笑顔でいらっしゃいませー、などという柄では断じてない。黒いベストに黒い蝶ネクタイに黒いシャツ――という服装は似合っているのだが、いかんせん、性格がそちら方面にとてつもなく向いていないのだった。
「あら、慶悟クン、すぐにサボろうなんて甘いんじゃなぁい?」
 そこへ更紗がやってきて、がし、と慶悟の肩をつかむ。
 更紗が着ているのは赤を基調としたチェック地の、レースやフリルがふんだんにあしらわれたメイド服にも似た制服で、どことなく胸元を強調する感じのその衣装は更紗にはよく似合っていた。
「でも俺はこういったことには向いてないから、ちょっと式神が戻ってくるまで待機を……」
「なに言ってるのよ、外、すごい数のお客さんよ? サボるなんてダメダメ。それだけで怪しいじゃないの」
「……ぐ」
 更紗からちっちっち、と舌を鳴らされ、慶悟は小さくうめいた。
 確かに、臨時バイトで入ったのだから、働かないのはおかしい。
「さ、それじゃあ、行くわよ!」
 にこりと笑んで、更紗はずりずりと嫌がる慶悟を引きずっていくのだった。

「あのぉ、店員さんのオススメって、なんなんですかぁ?」
 やや頬を赤くした若い女性客に訊ねられ、蒼は口もとに手を当てて考え込んだ。
 一応ひと通りは説明は受けているし、いくつか試食もしているのだが、漠然とオススメのチョコレートと言われてもピンと来ない。
「どのようなものをお探しですか?」
 にこ、と笑って蒼は訊ねた。それを見て女性客はさらに頬を染めて、もそもそと恥ずかしそうに意中の男性に宛てたものだと口にする。
「だとすると……これですね。『乙女の口づけ』。やわらかな口当たりの中にほんのりビターな味がまじっていて、男性にもいいと思いますよ」
 言いながら蒼はショーケースの中の、貴婦人の横顔をかたどったカメオのようなチョコレートのセットを指す。
 この<エルミタージュ>のチョコレートには、どれも「乙女の口づけ」や「小悪魔の誘惑」、「おしゃまな妖精さん」などの名前がつけられているのも特徴の人気のひとつだ。口にする方としては少々恥ずかしいものがあるのだが、そこがいいらしい。
「じゃあ、12個セットのやつをお願いします」
「はい、少々お待ちくださいませ」
 にこ、と営業スマイルを見せて、蒼は慣れた手つきでラッピングをはじめる。
 さまざまなアルバイトを経験してきた蒼にとって、ラッピングは既に手馴れた作業のひとつなのだった。
 そんな蒼の手元を、女性客がうっとりと見つめている。
 意中の男性にあげるチョコレートだから熱い視線を向けてきているのか、それとも――
 などということを考えて、多少複雑な気分になる蒼だった。

「……それで、どう? なにか怪しいところってあった?」
 やっと客足が途切れてひと段落ついたところで、3人はこっそりと抜け出して集まっていた。
「いや、特にはないらしい。式神にも調べさせたんだが――シロだな」
「他の店員にも聞いてみたけど、特におかしなことをしている形跡もないな」
 慶悟に続いて、蒼も答える。
「そうよねえ……あたしも、実は収穫ゼロなのよ」
 ぼやくような声音で更紗は言った。
 そう、<エルミタージュ>は今のところ、ただの洋菓子店であり、怪しいところなどひとつもなさそうなのだ。
「吉原さんの勘違い、ってやつなのかしらねえ?」
「それもありえないとは言い切れないな」
 慶悟が同意する。
「――どういうことかしら?」
 そんなとき、うしろから声がかかる。
 更紗が振り向くと、そこには、<エルミタージュ>の店長でもありパティシエでもある沢田美緒子が腕組みをして立っていた。
「今、吉原さん、って言ったわよね。あなたたち、<エトワール>の手のものなのかしら?」
 美緒子は詰問口調で訊ねてくる。
 更紗は思わず後ずさり、わきにいた男性ふたりに視線で助けを求めた。
「……ええ、実は、あんたがチョコレートに心をあやつる魔法をかけてるんじゃないか、って話があってね」
 慶悟は物怖じしない様子で美緒子に返す。
 それを聞くと、美緒子はぴくりと片眉をはね上げる。
「……まったく、アイツは……ロクなことを考えないわね」
「アイツ……って。吉原さんのことを知ってるんですか?」
 蒼が訊ねる。
「ええ、知ってるわよ。幼馴染みだもの」
「……え?」
 意外なひとことを耳にして、蒼は眉を寄せる。
「別にこっちにはその気はないんだけど……いつも突っかかってくるの。チョコレートに魔法をかけたくらいで相手の心が手に入るんだったら、誰も苦労しないのにね」
 ふぅ、と美緒子は息を吐く。
「う、ウソだ。だったら……なんで!」
 そこに、物陰から吉原が現れた。
「え!? 吉原さん、なんでここに!」
 更紗は思わず声を上げた。
 自分は顔が割れているから、かわりに潜入してほしい――そういう依頼ではなかったのか。
「いや、つい心配で……人任せにはしておけない性格でして」
 ふふ、と吉原はカッコをつけて見せる。もちろん、まったくカッコはついていない。
「太郎、まったく、どういうつもりなの?」
 美緒子がつかつかと吉原の方へ近づいていって、肩をつかんで言う。
「私はなにもやましいところなんかないわ。私のところのチョコレートが売れるのは、純粋においしいからよ。それ以外になにがあるっていうの?」
「……それは」
 太郎は気まずげに口ごもる。
「魔法で人の心が手に入るんだったら……とっくに、やってるわ」
 ぽつりと寂しげな口調で美緒子が言う。
「え!? つまり、誰か好きな男が……!?」
「いるわよ。悪い?」
「悪くはないけど……どんな男なんだよ、そいつ」
「ものすごく鈍感な男よ。ダメな男」
「そんなダメな男なら……ほかにいくらだってイイ男はいるだろう?」
「ダメなのよ、そのダメ男に惚れてるんだもの。私。チョコレートで本当に人の心を変えられるなら、私、そいつにチョコレートを食べさせてやりたいわね」
「美緒子……」
「なんなら、今から食べてみる? 人の心を変えるって評判の、チョコレート」
 ふん、と鼻を鳴らして美緒子が言う。吉原は目をぱちくりとさせている。
「……ねえ、あれって、つまり、痴話喧嘩ってことなのかしらねえ?」
 ふたりの邪魔にならないように少し離れた位置へ移動しながら、更紗はふたりへとささやいた。
「そういうことだろうな。……まったく、人騒がせな」
 慶悟が半眼になってつぶやく。
「本当に。まあ、おかげで懐が潤うからいいけど」
 ぽそりと言いつつ、蒼もうなずく。
「でもあれ、見せつけられ代とかで報酬に上乗せしてほしいくらいだな」
 慶悟がそんなことを言う。更紗は大きくうなずいた。
「そうよね。目の毒だわ」
「あとで交渉してみたら案外、出るかもしれない」
 蒼はやや真剣な面持ちで口にする。
「だとしたら、いくらが妥当かしらね?」
 などと、どこか熱いムードの吉原と美緒子を眺めながら、具体的な額の相談をはじめる3人だった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2479 / 九重・蒼 / 男 / 20 / 大学生】
【2593 / 深薙宜・更紗 / 女 / 28 / 喫茶店経営/何でも屋】
【0389 / 真名神・慶悟 / 男 / 20 / 陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、4度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
 今回は慶悟さんは制服は似合っているものの接客は苦手、という感じで、接客場面の方は描かずに、サボろうとしているところを引きずられてしぶしぶ――という感じにしてしまいました。いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけると喜びます。ありがとうございました。