コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


和製ウィンチェスター館・前編


0 失礼な訪問者によることの始まり

「よう! 怪奇探偵!」
「――――帰れ、あほじゃり」
 あっさり過ぎて寂しい会話は草間興信所に入ってきたばかりの猫倉・甚大(ねこくら・じんだい)と、草間興信所の所長草間・武彦(くさま・たけひこ)の間で交わされた。しかし入ってきた甚大は草間の言葉をあっさり無視して少々手狭な事務所の中に入り込む。
「……おい」
「あ、零じゃん。こんちは、元気?」
「ええ、元気です。甚大さんもお元気そうですね」
 剣呑な目で吐き出された呼びかけは、能天気な来訪者と無邪気な妹によってあっさりと無視される。草間は多大なため息を吐いてからやけくそのようにデスクに置かれた煙草の箱に手を伸ばした。
 くしゃり、とつぶれる。――――切れている……。
「……おまえは疫病神か何かなのか」
 彼にしては珍しくもせつなげな声音で呟かれたセリフと握り締められた煙草の空箱を交互に見やり、甚大は「それは俺のせいじゃないっしょ」と呟く。正等な主張だ。
「ついでに頼みがあるんだけど」
「回れ右して二度と入ってくるな」
「……マルボロ三箱あるんだけど」
「…………!」
 古本屋の店主見習いは淀みなくそう答えて手に提げた小さなビニール袋を顔の前でぷらぷらと揺らす。
 草間は苦虫を噛み潰したような顔を精一杯愛想笑いに作り直して「まぁ座れ」と促した。

 据え置きのソファに向かい合って、甚大が切り出した言葉は唐突だった。
「ウィンチェスター館って知ってる?」
 零に淹れてもらったお茶を飲みながら、今せしめたばかりの煙草の箱を開けていた草間は一瞬考えて「ああ」と頷いた。
「あれだろ、銃の製造を手がけた会社の夫人が住んでた家」
「ほかには」
「無駄にでかい家らしいな。金持ちのすることは理解できん」
「そんで」
「……今は観光客用に開放されているらしいな。連れて行けというならほかを当たってくれ」
「わざと話の筋を見ないふりすんなよ、武彦」
 とにかくその方向には持っていかせるものか、とてこでも動かない姿勢の草間に甚大が横槍を入れる。
「――ウィンチェスター館。死者の呪いを恐れて夫人が死ぬまで意味のない増改築を繰り返したいわく付きの家、が正しい答えでしたー」
 ほら見ろ。嫌な方向に傾きだしたぞ……。
 羽振りのいい時にしか吸い込めないマルボロで肺の隅々までを満たしながら、草間はぼんやりと自分の仕事場の壁を見やる。
『怪奇ノ類 禁止!!』
『興信所は拝み屋にあらず』
 あんな張り紙は何の役にも立っていない気がする。草間は開き直って呟いた。
「それでどういう話なんだ」
 甚大は心持ち声を落として呟く。
「あったんだよ」
「何がだ」
「その『ウィンチェスター館』。人探し、頼みたいんだ」
 またしても理解不能なことを言い出した甚大に、草間は(とうとう頭がいかれたか?)とまじまじと彼を見やったが、彼にしては随分真剣な面持ちではあった。
「…………どういうことだ。きちんと順を追って話せ」
「わかってるよ。もちろん話すけど、その前に四人。四人、調査してくれる人を集めてよ。そしたら全部知ってることは話すから」
「……なんで四人なんだ」
 不思議そうに呟かれた声にはこたえず、「いいから早く」とだけ急かす。
 そういうわけで、草間興信所では昭和代の黒電話がしばし活躍することになった。


1 集まった四人、そしていなくなった不法侵入者

 その日。
 珍しく学校終わりのバイトもなく、初瀬・蒼華(はせ・しょうこ)がそこそこ行きなれた草間興信所の扉を開けると、中では調度所長の草間武彦が古めかしいわりに馬力のある黒電話を取り上げているところだった。
「あれ。草間サン。誰かに電話するんですか?」
 聞きながらざっと見渡すと、なにやら事務所の中は結構な混み具合のようだ。
 ぎちぎちに詰め込んであるソファには、古い型ではあるが清楚なセーラー服に身を包んだ少女、海原・みなも(うなばら・みなも)と、肩下ほどの金の髪を軽くまとめ、銀ぶちの眼鏡をかけた青年、ケーナズ・ルクセンブルク(けーなず・るくせんぶるく)が座っている。
 その向かいには、たまにこの事務所ではちょくちょく見かける青年、猫倉甚大がこれまたえらそうにどっかりと腰を据えていた。
 ソファの後ろに立って、資料のようなものをめくっていたのはこの草間興信所の事務員、シュライン・エマ(しゅらいん・えま)だ。
 扉を開けた形で固まっていた蒼華が視線を戻すと、草間は今度は受話器を置いているところだった。
「あれれ。電話やめちゃうんですか?」
「ああ。電話する前にあんたが来たからいいんだ。――まぁ座ってくれ」
 そういうと、首をかしげている蒼華にソファを勧めた。
「これで人数が揃いましたね」
 みなもがにこり、と笑って言うと、草間はどことなげやりな様子で「ああ、そうだな」と答えていた。
「さ、遠慮しないで座ってよ」
 朗らかな声でそう言う態度のでかい青年に、「どうしてアナタが言うのよ……」と事務員――中性的な顔立ちをした黒髪の美女、シュラインが突っ込んでいる。
 蒼華は長く、色素の薄い茶の髪をふわり、と揺らしてソファの両方を一瞬眺めた後、人数が一人少ない方の向かいのソファに細身の体を落ち着けた。
 向かいの二人に軽く会釈すると、二人からも軽い挨拶が返ってくる。
 甚大は心持ち場所を空けてくれた。
「それで、どうしたんですかぁ?」
 どことなく停滞した空気を吹き攫(さら)うように蒼華が尋ねると、荷物が山積みのデスクの向こうから武彦が態度のでかい青年に声をかけた。
「甚大。もういいだろう。四人揃ったんだから、説明しろよ」
 その言葉にうなずくと、青年は「俺は猫倉甚大」と周りの――特に初対面に等しい三人に名乗り、続いて「四人に頼みたいことがあるんだ」と言った。

「四人って……えっと、あたしとシュラインさんと、……お二人と?」
 目の前の二人に目を向けて言いよどんだ蒼華に、セーラー服の少女が元気に答える。
「あ、あたし、海原みなもといいます。よろしくお願いします」
「……ケーナズ・ルクセンブルクです。よろしく」
 続いて、隣の金髪の青年も趣味のいい銀縁を持ち上げながら微笑した。
(ふあ〜……どっちも美人さんだね……)
 目を見開きながら、蒼華もぺこり、と頭を下げる。
「あたしは初瀬蒼華っていうの。草間さんところにはたまにお邪魔してるんだけど……えっと、今日って?」
 なになに、何があったの? と興味津々の目を向ける蒼華に、ソファの後ろに控えていたシュラインが眼鏡をはずしながら答えた。
「人探しみたいよ。おかしな館に行ったきり帰って来ない人物の捜索、としかまだ聞いていないの。詳しい話はこれから。……よね、甚大くん。はい、みんな。これ、簡単だけど資料よ。みなもちゃんがここに来る前にインターネットで調べてきてくれたの」
 右端を簡易クリップでまとめた資料を自分を除いた調査にあたる三人に渡して、シュライン自身は壁に軽くもたれる。
 手元に手渡された資料を見たみなもが「そう、これこれ」と頷いて、簡単に説明した。
「草間さんに電話をいただいた時に、それ自体じゃないけど、ウィンチェスター館が関係あるらしい、って聞いたから……ネットで検索してみたんです。あたしもよく知らなかったし。あ、でも、ネットにはウィンチェスター家のことならたくさん書いてあったけど、館のこと自体はあまり載ってなかったんです」
「ウィンチェスター……。銃の製造で有名な家名だね」
 資料にざっと目を通しながらケーナズが答える。頷いてみせ、シュラインが甚大に尋ねた。
「直接的に関係あるってわけじゃないのよね、甚大くん?」
「うん、まぁそう。ただ、家の造りがそっくり、っていうのと、なんか、雰囲気が黒いってだけなんだけど」
「……黒い」
 デスクの向こうで嫌そうな声をあげる草間を「まぁまぁ」と宥めて、シュラインは甚大を促した。
「それじゃあ、経過を話してちょうだい。どうしてその人は行方不明になったのかしら?」

 ――――甚大の話を総合すると、こういう話だった。
 一週間ほど前、甚大は自分を加えた友人四人と真夜中のドライブに出かけたらしい。そして、山道を流している間に、ふと小さなわき道に気づいた。
 よく行くドライブコースに見つけたひっそりとした横道。おまけに乗っているのは好奇心旺盛な奴ら。
 拒否意見がでるはずもなく車をその横道にいれて、道が車では進めないまで狭まったところで車を止めて、四人は歩いた。
 そして、その先に大きな旧家のような家屋敷を見つけたというのである。

「……まさかそこに入ったのか。不法侵入者ども」
「うっさいなぁ、もう。だって廃墟だと思ったんだってば」

 呻いた草間に、話の腰折らないでよねー、と文句をいいながら甚大は続ける。
 屋敷の中は月の明かりが差し込んでいるとはいえ、薄暗く、四人のうちの一人が車から持ってきていた懐中電灯だけが頼りだった。そうして屋敷の中を探索していくにつれて、その屋敷が知る人ぞ知るウィンチェスター館に酷似していることを悟ったのだという。
 ……ただし、日本家屋だったが。

「とにかくおかしな造りなんだよ。一つ一つの個室の大きさは結構狭いんだけど、階段が妙に曲がりくねってたり、その先が行き止まりになってたり、襖を開けたら壁だったり」

 床がないところもあって、結構びっくりしたんだー、と無邪気に笑う甚大に「それでどうしたの」と背後で資料をめくっていたシュラインが促す。その言葉に、甚大は彼にしては珍しく表情を曇らせた。
「それがさー……。そこでいなくなっちゃったの、友達が一人」
「…………いなくなった?」
 手前で眉を顰めたケーナズにうん、と頷きながら、甚大はため息をつく。
「それで……その人、おいてきちゃったの?」
 驚いたように目をぱちくりさせる蒼華にいまいちバツが悪そうに頷いて、いや、でもね、と甚大は言う。
「もしかしたら、車に先に戻ったんじゃないか、って思ったりもしたんだよ。そんで、戻ってみたら、やっぱいないし。他のやつらは気味悪がって、戻りたがらないから仕方なく俺だけで屋敷に戻ったんだけど――――」
「……見つからなかったんですか」
 甚大の言葉尻を継いだみなもに、甚大は軽く頷いた。みなもは続けて尋ねる。
「どうして、いなくなった時にすぐ警察に知らせなかったんです? いなくなった人を探すなら、草間さんに頼むより、警察の方がいいんじゃないんですか」
 すると、甚大はいや、それは無理、とあっさり答えた。首を傾げるみなもに言う、という風でもなく、呟く。
「屋敷に戻ってあいつのこと探してる時……なんとなくやばい気がしてきたんだ。普通じゃないっていうか……。このままじゃ、俺も消えるんじゃないかな、っていうような。……率直に言うと、警察の受け持ちじゃあないな、って思ったんだよね」
 自己判断だけどー、と呟きながら、甚大は短い髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。
 どうやらいまいちうまい説明が思い浮かばないらしい。
「……それでここにきたの?」
 助け舟を出すように呟いたシュラインに「そうそう」と頷き、ああ、そうかと独り言のように言った。
「要は、怪奇探偵の出番だと思ったってこと」
『………………』
 一同の間を、苦笑いとも、なんともつかない空気が一瞬流れ、停滞する。こういうの、幽霊が通ったとかって言うのよね、と思いながら、シュラインも壁の張り紙を見た。
『怪奇ノ類 禁止!!』。
 やっぱりあれ、何の役にも立っていないわ……。
 そして、つい数刻前この事務所の所長が感じたのと同じ事を考えながら気を取り直して咳払いをする。
 草間が、もはや諦めきった顔で呟いた。
「おまえの、あれか」
「…………うーん。まぁ、そうじゃないの」
 草間の言葉に、まるで人事のように甚大がとぼけた答えを返す。
 甚大は日頃は平々凡々な古本屋の店主見習いだが、たった一つだけ異能を持っていた。
 それが、何か強い思念や、闇の気配を感じ取る感応とでもいうべき力である。それが働いたとなると、これはもう何か人ならぬものが関わる事件ということに相違ない。
 息をついて、草間がシュラインに目配せすると、シュラインが簡単に甚大のことを三人に向かって説明する。
 それを聞いた三人は、なるほど、と頷いた。
「じゃあ、キミはその屋敷の素性も、由来もまったくわからない、とそういうことかな。ああ、確認するが、住人はいなかったんだね?」
「人の気配は、なかったよ。由来……はどうだろうなぁ。ああ、でも。あのドライブコースは俺の大学の連中もよく通るらしいけど、今までわき道を見つけたとか、あんなちょっと目だつような旧家がある、なんて話は聞いたことなかったな」
「……どの辺り? 地図でわかるわよね」
 乱雑に積んである事務所の中の資料の山から器用にドライブマップを選び出して、シュラインは甚大に示す。
 ソファから身を乗り出してそれを覗き込みながら、甚大は「この道路だよ」と答えた。
「…………この辺に、民家なんてないはずだけれど」
 いいわ、あとで調べてみる、と呟いて、有能な事務員は仕事用の手帳にいくつかの事項を書きつけた。
「他に何か気づいたこととかある、甚大クン?」
 ウィンチェスターについての資料を端々まで読み終わったらしい蒼華が聞くと、甚大は首をひねりながら「ああ、そういえば」と答えた。
「……そのわき道なんだけど。ちょっとおかしいんだよ。普通じゃないんだ」
「……というと?」
 ケーナズが促すと、甚大は奇妙なことを言った。手の指をすっと四本立てる。
「――四人。その道、四人以外の人数で行った時にはなくなってるんだ」
 事務所にいた面々は、今度こそそれぞれ顔を見合わせた。


2 不可思議な屋敷、奇妙なわき道

「……ただ単に見逃している、ということじゃないのかね」
 のっけから否定するでもなく、確認するような口調で尋ねたケーナズに、甚大は何度も確かめたから確か、とだけ答える。
「それで、四人っていうお話だったんですか……」
 頷きながら、みなもは続けて言った。
「どうしましょう……。四人でないと道が消える、ということは、別行動するわけにはいきませんよね」
「何かしたいことでもあったの?」
 シュラインが尋ねると、みなもは少し考えてから答える。
「……屋敷が問題で、甚大さんのお友達が消えてしまった、ということなら他にもその屋敷で行方不明になっている方がいるかもしれませんよね? それなら、調べてみたらわかるんじゃないかと思って……もう一度ネットで調べようと思ってたんですけど、四人一緒の必要があるならそうゆっくりもしてられないな、って」
「あ、そっか。そうだよね」
 あたしもちょっと準備したいものがあって、買い物に行こうと思ってたんだけど、と蒼華が言ったので、シュラインは頷いてよく通る声で全員――――とりわけ調査に向かう自分以外の三人を見て言った。
「OK。それじゃあ、必要と思うもの、やりたいことを言っちゃって。みんなで準備してから向かえば問題ないでしょう。まずは、何が必要かしら? えーっと」
 眼鏡をかけてメモを見つめるシュラインを見ながら、まずケーナズが甚大に口を開いた。
「まず、その人物の顔写真をいただけないだろうか。私は千里眼の能力を持っているから、何かしらその友人の居場所に検討をつけられるかもしれない」
「写真……? おっけー。すぐに用意するよ」
「はい! あたしはねぇ、チョークを買ってきます! 迷子にならないように、印つけて歩いた方がいいでしょ? それから懐中電灯と……」
「あー、ちょっと待って、蒼華ちゃん。今の段階じゃまだその屋敷が誰のものだかわからないから、印をつけるのは……どうなのかしら」
 優美な眉を顰めて一瞬考え込み、シュラインはやがて自分で結論をつける。蒼華は目をぱちくりさせながらも、大人しくシュラインの言葉を待った。
「いえ、それでもいいか……。見たところは廃墟だったのかしら、そこは」
 目を移されて、頷く甚大を見るとシュラインはそれにも軽く応えて、
「それなら、その方がいいかもね。ワイヤーだと長さが足りなくなるかもしれないし……ああ、でもウィンチェスター館に似た造りだということだから、やはり呪いを封じ込める為の造りなのかしら。だとしたら勝手に印を刻んでいいものか……誰か呪いに詳しい人は? ……いないか。じゃあその時々ね。一応ワイヤーと両方用意していきましょう。――他に何かいるものはあるかしら? とりあえず磁石と……住人はいなかった、と。ああ、失踪者の写真は私にもくれるかしら? あと、その当日の服装なんかも分かればとてもありがたいわ。彼の性格と、そう、身長ね」
 メモと宙を見比べながら自分の中で調査方針を組み立てていっているらしいシュラインに、周りの者は軽く目を見張る。
 その着眼点はさすが、というところか。面白そうに彼女の呟きのような発言を聞いていたケーナズは「ほう」と声を漏らして興味深げに笑った。
「身長なんかどうすんの?」
 そして状況を把握できずに不思議な顔で聞く甚大に、シュラインはメモから顔もあげずに答える。
「あら。人探しに身長はとても重要よ。迷路のような室内で行方がわからなくなったとなるとなおさらだわ。彼の身長に合わせて目線を設けることで、その人物が目に付いただろう景色が予測できるでしょう。そうすればいなくなった場所や、方向も特定しやすいものよ。屋敷でその彼を最後に見た場所は覚えている?」
「…………多分、なんとなく」
「できるだけはっきりと思い出して。そこから身長を手がかりに目線を追えば、その人にしか見つけられない何か……隠し扉なんかがあってもおかしくないわ。その辺りから心音や呼吸音、調査員に居ない声や足音の癖等、音と視点の高さ…あと埃の跡等に気を配って捜索すれば、大分探す幅は狭まるんじゃないかしら。――――最も、その屋敷が或る程度常識のある屋敷である場合だけれど」
 一気に気になる点を喋り終えたシュラインは、眼鏡をはずして小さく息をついた。
 探偵ってすごいね、と甚大が呟くと、当たり前だ、とまるで自分のことのような草間の誇らしげな声が飛んでくる。
「となると……やはり一番必要なのは図面、ということになってくるね」
 それまで話を聞いていたケーナズがそう呟くと、シュラインもそうなのよね、と眉を顰めた。
 甚大の話に寄れば、四人は本当に偶然にその廃墟と思われる屋敷に迷い込んだだけ、ということになる。となれば、当然住人の協力は仰げないし、持ち主を探し出して図面を提供してもらうにも手間がひどくかかるだろう。――いや、そもそもはっきりとこの世ならぬものが関わっている屋敷だ、と決まっているということは、即刻調べてみたとしても持ち主が出るかどうか――――。
 そこは調べないことにはなんとも言えない状態だ。だが、恐らく正式な図面が手に入る可能性は薄いだろう。もしくは、難解。
 どうしたものか、と思案していると、「あ、そうだ」というあっけらかんとした声が上がる。
 甚大だった。
「そういえば、俺が覚えてる限りだけど、図面を起こして書いてみたんだ。書いてある部分には間違いない。俺、記憶力いい方だし」
 言いながら、ジーンズの尻ポケットを探り、生暖かい紙面を取り出して目の前のケーナズに渡した。ケーナズはそれを広げて一瞥してから、「彼を最後に見た場所をこの図面で示せるかね」と尋ねる。
「うーん、と。武彦ー、ペン貸してー」
 半ば、てめえを突き刺してやる、とでもいう勢いで飛んできたペンを難なく受け取り甚大は大まかな場所を書き込んだ。それを確認したうえで、ケーナズはその紙面をシュラインに手渡す。
「じゃあ、これを全員分コピーするわね。調査には明日から向かいましょ。今日の内にできるだけのことを調べておくわ。みんなは、それぞれ必要だと思う準備をしておいて。でも、あんまり重装備は困るわよ。OK?」
「OKですー」
「わかりました」
「了解した」
 それぞれが頷き、では、とばかりに立ち上がる。
 早々と思い思いに散ろうとする中、みなもが「あ」と呟いて皆を振り返った。
「あの……連絡とか取り合えないとだめですよね? 携帯とか、持って行く方がいいですか……?」
 どうしましょう、と首を傾げると、ケーナズがそれは任せてくれ、と声を上げた。
「そのことだが……そういった不可視の場所では恐らく携帯電話などが不通になることが多いかと思う。霊的な場所や、何らかの力が働く場所とは、機械は相性が悪いものだ。かといって、連絡を取り合うことは必要だ。ミイラ取りがミイラになるのは避けたい。――幸い、私にはそういった連絡を取り合うことのできる精神感応の能力があるから、私がベースとなって、皆に状況を伝えよう。波長を覚えておけば個人を追えるし、意志の疎通も可能だ。問題はないよ」
 そういってにっこりと微笑むと、一同は安堵したように頬をゆるませた。複数の人間でこういった調査に当たる場合に必要なのはまずチームワークと情報の潤滑性だといえる。
 その点、基本となるべき部分はとりあえず押さえられたといっていい。
 それでは明日、と挨拶を交し合う四人を眺めながら、甚大は草間に呟いた。
「ふわ〜……なんか武彦以外は無敵んぐだね」
「うるさい、黙れ」
 感心したような甚大の声に邪険に響く草間の声をに苦笑いのような空気が流れたあと。
 思いついたような調子の「あ、そういえば」という可愛らしい声が事務所に響いた。
 みなもだった。
「あの、一応確認、なんですけど」
 言い置いて、至極真面目な顔で彼女は続ける。
「館、もし、持ち主さんが見つかったら、事情をお話して壊してしまってはだめなんでしょうか」
「―――壊……!?」
 一瞬悲鳴のような草間の声が事務所に響く。
 そして数分後。屋敷破壊は最終手段、しかも持ち主(がいたとして)の了解が取れた時のみ、と協議の上で決まった(そしてひどく念押しされた)。
(あいつ……見つかんのかなぁ)
 屋敷に同行しない甚大はせめても、とばかりに友人の無事を祈った。


3 不気味な屋敷

■ウィンチェスター館についての概要(海原みなもによる資料より)
ウィンチェスター館、もしくは「ウィンチェスター・ミステリーハウス」と呼ばれる屋敷。
部屋数は160、うちベッドルーム40、台所四つ、暖炉45。
建物の元の主はサラ・ウィンチェスター(1840〜1922年)。かのライフル銃の製造で有名なウィンチェスター社のオーナーの妻。
彼女はオーナーである夫と、一人娘をある時期に相次いで失くし、霊媒者から「ウィンチェスターの銃で殺された多くの人々の呪いのためだ。家を建て、増築しないと呪いは解けない」と告げられ、それを実行した。増改築は38年間、昼夜を問わず続けられ、その間にも奇妙な建物にサラは一人で住んだという。サラの死後、建物は市に買い取られ、公開された。
結局サラを襲った呪いがなんであったのか。それは今現在でも定かではない。


 その屋敷は、概ね依頼者である甚大が話していた場所にあった。
 特にどうということもない、ドライブコースの脇に見出された、見過ごしてもおかしくない程度のわき道。
 ぎりぎり車が通れる程度、と聞いていたが、おそらくそれは甚大たちが乗っていた車が小さかったのではないだろうか。
 車は、ほんの少しわき道に乗り入れただけで、枝や茂みに阻まれ、先には進めない状態に陥った。
 仕方なく、中途半端な場所に車を止め、少し湿り気のある地面に降り立った四人は互いに顔を見合わせた。
「……仕方ないわね。歩いていきましょう」
 肩を竦めたシュラインの言葉に、全員が頷く。
 乗ってきた車はそのままに。車は、何の妨げにもならないだろう。
 恐らくよほどの偶然がない限り、この道には誰も入ってはこない。
 この、地図には存在しない道には――――。

『――――調べたの。結果、あの場所にそんな屋敷が存在するはずがないことが分かったわ』
 持ち主なんかいるはずがない、とシュラインは冷静な声で告げた。
 日本にある山の所有権は、そのほとんどが個人のものである場合が多い。人間は広い土くれでできた坂の大地を切り分けて、ここからここまで、と区切って県道を通したり、共有で管理したりということを普通に行っている。
 よくドライブコースに選ばれる道が通るこの山もその類だった。
 この山の所有権を持った人物に問い合わせてみたところ、ひどく怪訝な態度で応対された上に、そんなわけがあるはずがない、との答えが返ってきたことを、シュラインはみなに告げた。
『これで実際わき道とやらがあって、その屋敷があったとしたら……もうそれは完璧に甚大くんが言った通りの場所ね。覚悟すべきだわ』

『私も、調べてみたんですけど』
 少し困ったような口調で、みなもが遠慮がちにシュラインに続く。
『ネットには、この道の周辺での行方不明者の噂なんて出てませんでした。この道でひっかかった検索記事は、大体が地域密着型のドライブコースの紹介なんかで……おかしなものは特に見つからなかったし、奇妙な屋敷があるなんて噂もなかったです』
 つまり、それは、どういうことなのだろう。

 ――――やばいような気分。……まるで、自分まで消えるんじゃないか、って……

 その言葉が、四人の心にそれぞれの形を持って染みこんだ。
 そうして今、そんな四人は件(くだん)の屋敷の前に佇んでいる。
 人間の――――。
 人間の、心の不安を具現化させたら、こんな風な概観になるのだろうか。
 甚大が告げた。『ウィンチェスター館に似ている』、と。
 それは、内観の造りだけのことのような言い方をしていた。けれど今、実際にその屋敷の前に立って、それを見つめる四人の心には、表し方は違っても、同じ類の不安とでもいうようなものが少しずつ心の底の沼から浮上してきていた。
 常識から離れた造りをした家。形も見えない呪いを封じ込める為に無意味にも見える増改築を、一人の夫人はずっと繰り返した。ずっとだ。死ぬまでだ。

 ――――それは狂気だ。

 まったく同じではないにしろ……今は、四人とも甚大がうまくない言葉で言わんとしていたことが分かるような、そんな気はしていた。
 どす黒い空気。体を包む大気はけして冷たくはないのに、肌寒いような、身を縮めたくなるような気分に陥っている自分。
 広々とした、年代を感じさせられる平屋の日本家屋を前に、四人は立って、覚悟を定めた。
「……必要だと思うものは、持った?」
 落ち着いた声で尋ねるシュラインに、皆が頷く。
「忘れてはいけないよ。我々が身を危うくしては意味がない。全員でかたまって行動するのでは効率が悪い。わたしが、みなを繋ぐ糸になろう。状況を伝えることを忘れないように」
「お友達……見つかると、いいですね」
 ケーナズの言葉にしっかりと頷きながら、みなもがふと不安そうな色を含ませて呟く。
 蒼華はその言葉を受けて、明るく答えた。
「大丈夫! きっと見つかるから!」
 能天気にも聞こえるその言葉。けれど、悪くはない。
「……行こう」
 そうして四人はその屋敷に足を踏み入れた。

§

 屋敷の中は、日頃かき回されることのない淀んだ空気と、埃とカビの入り混じった鼻をつく匂いを漂わせて静まり返っていた。
 あける時にみしみしと軋みを上げた引き戸を半分ほどあけたままにして、四人は固められた黒い土の三和士(たたき)から、板敷きの上に上がる。
 土足だったが、特に気にするものはいなかった。ここが廃墟だということが、目に見えて分かったからかもしれないし、なんとなく靴を脱いで上がる気になれなかったからかもしれない。
 他人の住居に上がる際に、靴を脱いで、上がる。それは、礼を尽くすことであり、当然のことだ。けれど、ここは……。
 どことなく黙りこくったまま、四人は甚大からもらった見取り図に従って薄汚れた廊下を歩きすすむ。広い廊下だった。それでも、四人も固まって歩けば少しは狭く感じられる。
 悲鳴のような音をあげて軋む板敷きのそこかしこに、外から吹き込んだのか、木の葉や、何かしらのくずゴミのようなものがたまに転がっている。
「人の気配……ありませんね。それに、昼なのに、すごく暗い」
「……ほんとだねぇ」
 呟いたみなもに、蒼華が同意をこめて頷いた。
「日本建築だが……少し、造りが古いようだね」
「そうね。新しいとは、言えないわ」
 進んでいる廊下には、まだ甚大が言っていた奇妙な造りは見えない。そうして、四人は長い廊下を突き当りまで進んで、'居間みたいなところ'と書かれた場所――――だだっ広い座敷にたどり着いた。
「見取り図によると、恐らくこの座敷が唯一結構な広さのある座敷、ということになる。ここを、拠点にしよう」
 高めの天井を見やりながらそう言ったケーナズに、見取り図を開いたシュラインが答える。
「……これによると、母屋しかないようね。この見取り図を全部頭から信用するってわけにもいかないから、各自、探索の時に自分なりにマッピングして歩くことにしましょう。……縦長な造りな割りに、随分カクカクと折れ曲がってるようだから、それこそ記しをつけないとね」
「はい! チョーク持ってきたしね」
 腰につけたウェストポーチからまっさらのチョークを取り出し、蒼華はみなもとシュラインにそれを渡す。この屋敷の造りが何を目的に通常でない造りをしているのかがわからないから、とりあえずマーキングで一番作業効率のよい方法を取ることになった。もちろん、状況に応じて対応できるようにワイヤーも持参していた。
「荷物は、ここに固めておいてしまっていて、いいでしょうか」
「かまわないよ。私はここにいるからね。最低限必要なものだけを持って、探索に出てくれればいい」
 みなもに答えながら、ケーナズは座敷の中を歩き回って色々と物色を始める。
 情報伝達の役目を買ってでてくれたケーナズには、拠点となる場所の守り役をしてもらうことになっていた。
 こういった場所の探索では全員がむやみに歩き回るよりも、拠点と決めた場所に一人を据え、全体の状況に常に客観的に気を配ることができるというのが望ましい。
 通常、そうした捜索体制を整える為には莫大な機材が必要だったろうが、ケーナズのような実績のある精神感応者がメンバーにいたことが幸いした。
 いくつかの種類に分類される超能力。類の異なる力同士をあわせ持つ超能力者は非常に稀な存在だ。現に、そうした異なる種の力を二つ以上併せ持っていたユリ・ゲラーは世界でも名高い超能力者として知られている。ケーナズの存在が公になった時、いったい心霊研究家や、サイキックの研究者たちはどんな反応を見せるのか。そんなことは、考えるべくもないが。
 今はただ、ケーナズがメンバーの一人であることがひどくありがたいことなのは確かだった。
 そのケーナズは、それなりに広い、十五畳ほどの座敷をくまなく一回りして、かなり埃をかぶってはいるが手ごろな机を持ち出してきたところだった。
「……やれやれ、こんなものしかないが、まぁ仕方あるまい」
 呟いて、机を座敷の真ん中あたりに置き、その上に見取り図のコピーと、行方不明者の写真を置く。そんな彼の行動をそれとなしに見ていた三人の女性のうち、シュラインが難しい顔で少しほつれた畳を見つめていた。
「どうしたの、シュラインさん?」
 それに気づいた蒼華が声をかけると、シュラインはうん、と生返事のような反応を返してから三人に向き直った。そして、言葉少なに答える。
「……埃」
「埃?」
「そう、埃。この入り口から、この座敷に来るまでの、床の埃だけど……」
 言いながら、彼女の目はたった今埃を払っていたケーナズの手元を見ていた。
「私たちの分しか、踏み荒らした跡がついていないわ」
『――――――――』
 言われ、慌ててみなもと蒼華がうっすらと積もった埃と、今しがた歩いてきた廊下を覗いてみる。
「今はもう複数の足跡でわからないかもしれないけど、私たちが入ってきた時にはどこにもついていなかった。ずっと確かめながら歩いていたから、確かよ」
 だとすると。
 ケーナズは顎を抱え、みなもと蒼華は顔を見合わせた。
 埃を踏み荒らした跡がない……?
「……彼ら四人がここに踏み込んでからそう時はたっていない。その間に新たに埃が積もったとしても、少々不自然だ。捜索の際に注意を払ってみた方がいいかもしれないね」
「それがいいと思うわ。それで気づいたことがあったら、図面か、メモに書いておいた方がいいかも」
「……屋敷は、どのように回りましょう?」
「あ! それ、決めないといけないよね」
 全員が舞い上がる埃を手で避けたりしながら、とりあえず机の周りに集まる。
「固まってまわると、効率が悪いよねー」
 みんなを見回しながら蒼華が言うと、一同同意を示して頷く。
「でも四人しかいないから、二人一組、ってわけにもいかないし……んと。とりあえず、回るのは三人で、なんだよね! じゃあ、適当にわっちゃう?」
「うーん。そうねぇ……ちょっと、それぞれができることを確認しましょ?」
 首から下がった眼鏡をかけ、シュラインが見取り図とそれぞれの顔を見比べる。
「ケーナズさんは、ここで待機」
 使いやすそうな携帯ペンで、今全員がいる座敷にマークが入る。
「これで……まずはどの辺でその彼がいなくなったのか、という当たりをつけないといけないんだけど。……ケーナズさん。何か、わかるかしら」
「……今のところ、なんともいえないね。キミたちが探索してくれている間に努力してみよう」
「了解。それじゃあ……蒼華ちゃん?」
「あ、はいはい〜」
 ケーナズに軽く答えて、シュラインはきちん、とかしこまっていた蒼華に尋ねる。
「あなたはどう? 何か、気づいたことはあるかしら」
 物質や人から残留思念とでも記憶を読み取る能力を持っている蒼華だ。その力に終始しているだけに、何かしら感じ取れるものがあるかも、と思ったが、彼女は少し色素の薄い黒目を申し訳なさそうに顰めた。
「……う〜。ごめんなさい……アタシの力って、結構集中しないと、失敗しちゃうっていうかね?……つまりその、あとは勘みたいなものだから、確かなことはまだ何にもわかんない、デス……」
 非常に申し訳なさそうに謝られ、シュラインは少し目を見開きながらすぐに苦笑した。
「全然いいのよ。ただ確認してるだけだもの。――わかった! それじゃあ、やっぱり初めはしみつぶしで行きましょう。いい? 三人いるから、三手に別れて……そうね。まず外側から概観とか、この周りを見回るのが一人。あとの二人はとりあえず中を回りましょう? 外を見てくれる人も終わったらおっつけ中の捜索に回ってくれればいいわ」
「一応、図面があっているかどうかも確かめるんですよね?」
「そうね。その方がいいと思うわ」
「内訳はどうしますか?」
 みなもが首を傾げると、シュラインはうーんとね、と呟く。
「そうね……。彼はこの屋敷の中でいなくなった可能性が高い、と思うの。見て。甚大くんが覚えてる範囲で書き込んだ位置は、ここ……。ここって、結構屋敷の内部で、外に出られるような場所ではないでしょう。畳でも上げたのならまた話は別だけれどね。内部でなんらかの理由が発生して、行方不明になった、という可能性が高い、とは思う。……そういうことを考慮して、今ある能力から考えると私と蒼華ちゃんが中を回るのがいいかもしれないわね。けれど、やっぱり外周りも確認しておきたいところだから……」
 シュラインは自分の、常人よりも鋭い聴覚、そして蒼華のサイコメトリの力を考慮してそう提案した。みなもがそれに頷く。
「それじゃあ、私が外の概観とこの周りを調べますね。きっと、そんなに時間はかからないでしょうから、すぐに応援します。中を回るのは一度、ケーナズさんのところに戻ってからの方がいいですか?」
「……そうだね。どちらでもかまわないけれど、戻ってくるといいと思うよ」
 一瞬考えてからそう答えたケーナズに頷いて、みなもは任せてください、と微笑んだ。
「おっけー! じゃあ、早速行く? 行く?」
 話はまとまった、と立ち上がる蒼華に、座ったままのケーナズが口を開く。
「ああ、そうだ。くれぐれも、状況は一定間隔で伝えて欲しい。私がラインを繋ぐからね。初めは慣れないだろうが、なに、すぐに問題なくなるだろう。……ただ」
「ただ?」
 珍しく少し浮かない表情を浮かべたケーナズに、蒼華は一度上げた腰をもう一度ぴょこん、と下ろした。
「……少し、力の具合が良くない。中継は問題ないと思うが、絶好調でないのは確かだ。こうした能力は常に場所や体調にも左右される。とにかく、できるだけ私に意思を伝える、ということをいつも心に留めておいて欲しい。そちらからラインを閉じられたら、こじ開けるわけにもいかないのでね」
 ケーナズの慎重な言葉に、一同は神妙に頷く。
「わっかりました! それじゃあ、行ってくるねー」
 元気にそう告げて必要なものをウェストポーチにまとめた蒼華が一番に座敷を出て行く。それに続いてみなもも、「それじゃあちょっと行ってきます」と頭を下げて、こちらは玄関の方に歩いていった。
 そんな二人を見送りながら、シュラインは難しそうな顔をしたケーナズを見る。
「……ねぇ、ケーナズさん。一つ、いいかしら」
「なにか」
 気づいて顔を上げた彼に、シュラインは尋ねた。
「彼の……行方不明の子の居場所について、本当は何か気づいた?」
 こちらを探る、という風でもない。
 一つの目的を共有した仲間として、シュラインは思ったことを口にする。ケーナズはそれに方眉を上げ、やがて僅かに苦笑してから尋ねた。
「どうしてそう思います?」
「別に。強いて言うなら、女の勘、かしら」
 肩を竦める彼女に、なるほど、と呟いてから彼は数瞬黙りこみ、「……確かなことじゃない」、と答えた。
「確かじゃ、ない?」
「そう。確かなことでは、ないんだよ。だから、口にはできない」
 軽く唇に人差し指を添えて、ケーナズは言った。
「どうして、と聞いてもいいかしら」
「――もちろん。答えは単純だ」
 失踪者が写った写真に手を載せ、彼は目を細める。銀縁の眼鏡の奥の碧眼が深い色で応えた。
「私は製薬会社研究員だ。……けれども、それと同時にサイ能力者でもある。サイキックという能力は何でも可能な能力と思われがちではあるが、実はまったくそんなことはないのだよ。むしろ、諸刃の剣と言える。私がサイ能力者であることは、私が知っている。そしてその能力がそれなりに万能であることも。けれど、過信はいけない。仕事としてこの依頼を受けた以上、私には責任がある。能力者である私が口にする一言は真実でなければならないのだよ」
 そう言うと、ケーナズは鋭い眼光をたたえたまま銀縁眼鏡に触れた。
「この銀縁は私の最後の砦だ。これを取れば、或いは、この失踪した彼の居場所を多少強引にでも探れるかも、しれない。――だが、そうするつもりもない。ここはひどく不安定な場所だ。分をわきまえて、臨まなければならないと思うから」
「それで、今現在で自分が感じていることは確かじゃないから、余計な先入観を与えない為に、口にはしない。……そういうこと?」
「そう。ご名答」
 すんなりと理解の色を示したシュラインに満足げに頷きながら、ケーナズは銀縁に添えた手をそっとはずした。
「――分かった。あなたの言うことは最もだわ。だから、聞かない。けど、仲間なんだから、迷った時には相談くらいしてね」
 さらりと笑って言いながら、シュラインは手早く用意を整え、状況は逐一報告するわ、と告げて座敷を出て行く。
 一人残されたケーナズは、最後にシュラインに言われた言葉に珍しく目を大きく見開いてから、破顔した。
「――――仲間か。その通りだね」
 そうして改めて意識を落ち着け、全員の気配に意識を繋げる体制を作る。
 右手は、失踪者の写真に添えて、目を閉じた。
 しじまが屋敷を、そして彼を包んだ。
「さぁ、始めよう。聞こえるかね……? みんな」
 

to be continued……
(前編END)

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2540/初瀬・蒼華 (はせ・しょうこ)/女/20/大学生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク(けーなず・るくせんぶるく)/男/25/製薬会社研究員(諜報員)】

(受注順)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんばんは、はじめまして。
ねこあ あつきと申します。この度は「和製ウィンチェスター館」を発注くださって、ありがとうございます^^

当初予定したシナリオからはまるっきり変えてしまった上に色々してたら当日納品なんてこんちくしょうなことをしてしまいました。本当に遅すぎですいません;
そうして、妙に長くなってきたところもあり、きりが良かったのでえらいところで「続く」にしてしまいました。重ねて申し訳ないです。
一応予告したとおり、事件の概要と屋敷の概要をちらり。それから一日目まで、で部屋の割り出しについては登場人物の方々の能力とこれからの展開を考えてここまでを前編とさせていただきました。

後編はそれぞれの捜索の描写と、事の顛末を語る形になるかと思っています。
長くて申し訳ないのですが、もう少しお付き合いいただけたら嬉しく思います……(すいません、すいません)

前後編ははじめての試みでもあり、色々と学ばせていただくことも多いですが、とても勉強になる上に、結構楽しんで書かせていただいております。

■初瀬さま
はじめてお目にかかります。この度は目を留めていただいてありがとうございました。
とても可愛らしいPCさんで、書いていてとても動かしやすかったです^^
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。(ただ、あまりまだ活躍をお見せできなくて……すいません;)

■シュラインさま
はじめてお目にかかります。ご発注、真にありがとうございます。
プレイングの綿密さにまず驚かされましたが、色々としきっていただいたりとかしてしまって……;冷静だし、さりげないところにも目を配れる方とお見受けしましたので結構要所で話しを引っ張っていっていただいてます^^;
ご参加いただいてありがとうございます。少しなりとも楽しんでいただけたら幸いです。

■海原さま
はじめてお目にかかります。ご発注いただいてありがとうございます。
中学生、ということで一体どう書かせていただこう! と発注を頂いたときは随分舞い上がったものですが、(オヤジすぎる)とても素直な方だったので、やはり、動かしやすいです。
ただ、それがお好みに沿っているかが心配ですが……^^;
少しなりとも楽しんでいただけたら、とても嬉しいです。

■ケーナズさま
はじめてお目にかかります。ご発注いただき、真にありがとうございます。
なにやらクールでかっこいいお兄さんなのですが、私の筆ではなかなかかっこよくならなくて申し訳なさ満開です。すいません;精進します。
今回はケーナズさまの能力がすごく話しを引っ張ってくださいました。もうかなりあり難かったです。ありがとうございます。
少しなりとも楽しんでいただけたら、幸いです。

後編のOPは本日から一週間後。3/18の夜間、22時ごろに窓を開けようと思っています。(あくまで予定ですが)
タイトルは「和製ウィンチェスター館・後編」。(そのままで)解決編となります。
もしよろしければまたご参加くださいませ^^

この度は本当にありがとうございました。それでは、またお目にかかれることを願いまして。

ねこあ拝