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<東京怪談ノベル(シングル)>


私が『みたま』になる前のこと。


 産声と共に鮮血を浴びて。
 ばぶぅ、なんて可愛らしい声を上げる前にナイフを振るい。
 自分ではいはいが出来るようになる前に銃を撃ち。
 物心着く前に立派な人殺し。

 …ま、誇張はあるだろうけど(せめてそう信じたい)そんな赤ん坊時代を送ってたらしいのね。
 気が付いたら周りがそんな目で私を見てる訳。
 …ホラ、物心着いた時にはもうそうだったから、私自身記憶に無い訳よ。
 本当のところはどうだったのかしら?

 とにかく、獅子の子みたいな触るな危険、って態度だったのよね。
 …いったい私の親ってダレな訳?
 考えている間に周りはどんどん動いてく。
 付いて行くのに精一杯。
 考える暇なんてどんどん無くなる。
 この世界で生き残る術、敵に最大限のダメージを与える術、そちらで思考は許容量限界。
 余計な事を考えてる暇なんて全然無かったわ。

 育ての親はロクでもないゲリラ。
 潰れ掛けみたいな荒廃し切った劣悪な環境。
 そう。ゲリラってだけでもロクなもんじゃ無いだろうに、そこの更に最底辺の環境ね。
 取り敢えず、子供を育てるには非常に適さない環境である事は確かだったと思うわ。
 …だって年端も行かない子供に敵を素手で殺させる?
 兵隊にする?
 ムチャも良いトコ。
 せめてすぐ折れる安物ナイフの一本でも与える程度の余裕と慈悲はあるでしょ。大抵のトコなら。
 なのにそれすらも無い、本当に何の装備も無い訳。
 それで何も出来ないってんなら他の兵隊の単なる使い捨ての盾扱いになるしかなくて。
 ――生き延びたいなら殺しなさい。
 小さい身体を活かしたやり方、子供だから出来る方法。
 片っ端から仕込まれて。
 人間の機能ってモンを限界まで見た気がしたわ。

 装備が無けりゃかっぱらってくれば良い。
 まぁ、そんな感じで死体から拾って来たり、盗んで来たり。
 誰もやってはくれないから全部自分で。
 使うものは自分で手に入れる。
 …子供なんだからカラシニコフくらい常識でしょ。
 弾が詰まらない、取り扱いのプロじゃなくても滅多に暴発しない便利な便利な御子様ゲリラ御用達銃。
 理想語る前にバンバン撃ちまくってたっけ。
 生き残るだけで精一杯で。

 …殺した相手がとうさんかあさんって。
 あいするつまとか。
 断末魔代わりに、縋るみたいに言い残して死ぬ事とか良くあって。

 何の事だろうと時々不思議に思ったり。
 特に『あい』って何だろう。
 なぁんて、ぽつりと漏らした事はあって。
 不用意なもんよね。
 幼い自分がそう言った、それだけで…それを耳にしていたゲリラの男たちに当然の如く犯された。
 知りたかったら教えてやるよと建前で。
 …ガキでも女、性欲の捌け口。

 それでも特に何も感じず。
 気が付いたら感情も感覚も麻痺してた。
 ま、マトモじゃやってられない環境だったんだけどね。元々。
 …せめてもう少しマトモな意識持ってたならキレて相手ブッ殺してたと思うけどね。
 その時は…それが当然の事なんだろうなと思う従順な自分も居た訳よ。
 何もわからないガキだから。
 そんなケダモノ連中が元々親同然だった訳だから。
 考え方がはじめっから壊れてたねぇ。

 仲間なんて呼べる相手は居やしない。
 それでも建前、味方な訳で。
 …他の誰に裏切られたって私たち友達だよね。
 きつく言い交わした相手も居たよ。
 たっくさん。
 ま、大抵、数時間〜数日後には金で売っていたけどね。
 友達なんて、利用する為『だけ』のコネクション。
 それ以外の何物でも無くって。

 …ごめんねぇ、装備が足りないんだ。つまりアンタが代金ね?
 …私が行くのイヤだからね。アンタが代わりで良いってさ。
 …アンタひとりの犠牲で私含め他の多数が生き残る訳だ。安いもんだろ?

 ふふ。信じる方が悪いのさ。

 ってね、あの当時…情け容赦の無さは筋金入りだったかな?
 私にそんなもん教えてくれる人はだぁれも居なかったからさ。
 …ああ、やってる事は人間じゃなかったねぇ。
 今ならそう思えるよ。
 ………………私も充分ケダモノだったさ。

 まぁ、そんな最悪な私の『育ての親』は、私含め数人だけを残していつの間にか全滅してたけどね。
 当然と言うか何と言うか、味方も何もないこんな状態で、戦場で生き残れる訳が無いじゃない?
 おかげで私はサバイバルには強くなったと言えるけど。

 で、その時の生き残りも結局、ちりぢりにそこらのゲリラに紛れてて。
 結局、今までとあんまり変わらない生活を送ってたのね。
 何処に行っても似たり寄ったり。
 追い剥ぎ紛いの事もちょくちょく。
 女の子だからすぐ足りなくなるものもあるのよね。
 襲う対象も、子供だから簡単に油断する訳。
 ふふ、そもそも初っ端素手でやってたからね、今更、武器なんか無くてもなぁんにも問題無い訳よ。
 相手の銃口さえちょっと逸らしておけばね。
 で、子供らしく無邪気ににっこり人殺し。
 必要なのは正義より性技なんて全然笑えないダジャレ言えるくらいに気が付いたらなってたっけ。
 生きる理由なんて考えてる余裕は無かったよ。

 でもね。
 何故か頭の片隅に残ってたのは『あいするつま』。
 いつだったか…私がこの手で殺した相手が言ってた最期の言葉。
 私にもいつか、そんな風に言ってくれるひとが現れるのかなって。
 時々漠然と思ったり。
 運命の王子様がいつか迎えに来てくれる。
 なぁんて、イマドキ、子供でも考えないような夢。

 …何か無いかなと踏み込んだ御家庭にあった幸せそうな笑顔の家族の写真。
 …襲撃された後の壊れた家、寄り添い、確りと抱き合うような姿で炭化していた死体。
 …何かを庇ったような格好で撃ち殺されていた女。その死体の下には餓死したと思しき赤ん坊。

 戦禍に会わなければ、これらはどんな家庭だったんだろう。
 私には経験が無いからわからない。
 笑顔の写真。
 なんだか、羨ましいな。


 ………………私もいつか運命の王子様と、あの写真の中の家族みたいに――。


 って、そんな事を心の片隅に置きながら…それでもやっぱり戦場を駆けていて。
 その内。
 どう言う訳か、私は他から『直接』仕事を請け負う事が多くなっていたのよ。
 何故か私の腕が買われ出したみたいなのね。
 確かに一度言った事は遣り遂げるし?
 失敗した事なんて…そう言や、最近は全然無いな?
 むしろ最近、私を敵に回したら最後だ、って色んなところで言われるようにもなっていたっけ。

 昔の知り合いはそろそろ皆して土の下。
 当時のあの環境から生き延びてるのってひょっとすると私くらいだったかもしれない。
 今、似たような仕事やってるのは…どーも、私が見るに昔と比べて結構マシな奴らになっていて。
 女だからって侮りもしないし、変に欲望の目でも見て来ない。
 外面じゃなくちゃんと実力を見て動いてる。
 で、そんな中で、さん付けで呼ばれたり一目置かれる事が多くなって。
 私の立てた作戦に進んで乗ってくれる連中も増えて来たのね。
 …そろそろ追い剥ぎみたいな真似はしなくなってたっけ。
 何たって、クライアントが確りお金を払ってくれるから。
 わざわざ危険冒してあまつさえ人様に迷惑を掛ける必要が無い訳よ。
 …そう、私『たち』のこの『腕』、結構イイお金になるのよね。

 つまりその頃には戦争と聞けば好き好んで飛んでいく『傭兵』になってた、って事。
 …それなりに信用できる『仲間』も増えたわね?
 昔はこんな事考えもしなかったのに。
 有能な相手はさすがに売れないわ。
 人材って結局一番得難いものだしね。
 戦場で良く顔を合わせる面子も増えた。
 元気だった? なんて場違いに挨拶し合ってたりして。
 私も丸くなったもんねぇ。
 って言っても、やってる事は結局人殺しなんだけどね。
 …だって傭兵は戦争が御仕事なんだもの。

 それでもって。
 私の運命の“赤い糸”が…一応存在だけはあったんだけど、忘れられちゃうくらい放って置かれて、返り血で色がどんどん濃く黒っぽくなっちゃって、その内赤くなくなっちゃうかも、って心配し始めた頃にね。
 ぱっ、て突然咲いた、花みたいなパラソルが視界に入ったの。
 でね、銃弾飛び交う戦場にはちょっと場違いっぽい『あのひと』が。
 …そこに居たの。


 私にとてもあたたかいものをくれた、私の小指の“赤い糸”の先が繋がっていた、運命の王子様。
 ………………その時、やっと、巡り逢えたの。


【了】