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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


如月チョコレイ日

 二月は不思議な月である。一年で一番の寒波を記録するのは、大抵は二月中だが、二月も終わり掛けになると春一番が吹いたりして、途端に春の様相を見せ始める。たった一ヶ月、しかも二月だから他の月よりも日数が少ないのに、たった一ヶ月の間で二つの季節を感じさせるのだから、不思議と言えば不思議である。

 その理由が、二月の中頃にある、とあるイベントの所為であるような気もするのだ。

 今回の二月十四日は、いつ雪が降り出しても可笑しくないぐらいに冷え込んだ。クリスマス・イヴに雪が降ると、ホワイト・クリスマスとか言ってロマンティックだとか何とかともてはやされるものだが、バレンタイン・デーは如何なものだろう。
 「雪は降り積もると真っ白になって何もかも覆い隠してしまいますもの、確かに寒いのは厭ですけど、風景が美しくデコレーションされるのは素敵だと思いますわ」
 「つっても、門音さんは隠さなきゃならんような事はなんもないっしょ」
 龍樹がそう言うと門音は、それはそうですけど、と屈託の無い笑顔を向けた。
 クリスマス・シーズンの街中、しかも週末と言うのは、どこを見てもカップルなのではないか、と目を疑いたくなる程、恋人同士の姿が多い。もしかしたら、数的には普段の週末と変わりないのかもしれない、ただ、クリスマスと言うイベントの所為で恋人同士の姿が目に付くだけなのか。或いは、そう言う時期だけ恋人同士の放つ幸せオーラのようなものが強くなって、それで目立って見える、のかもしれない。いずれにせよ、それと同じく、このバレンタイン・デー前後の週末と言うのもそれに似た雰囲気を醸し出しているうえ、それにプラス、チョコレートの甘い香りである。更に恋人同士のテンションが盛り上がっても致し方ないのであろう。

 繁華街の、人も熱源も多い場所とは言え、日が落ちれば寒さは更に本格化する。龍樹はフェイクファー付きの革ジャンパーを、珍しく襟元までしっかりとファスナーを締めて、吹き込む冷気を防いだ。ふと己の隣を歩く門音の姿を見下ろす。彼女の方は大丈夫かとやや心配そうな目で見詰めれば、その視線に気付いたのか、門音が顎を上げて龍樹と視線を合わせてきた。
 「どうか致しまして?」
 「あ、いや…その、寒くなってきたな、と思って」
 寒くないか、そう聞けば済む話なのだが、なかなかその一言が言えない。人を気遣う事が苦手な訳ではない、寧ろ何かと器用な分、そう言う部分に対しても人よりもきめ細かな配慮をする事が出来た。だが、それをストレートに口に出せない辺りが、龍樹の不器用な部分なのであり、利点であり欠点でもあった。しかも相手が、極めて微妙な関係の門音であれば尚更で。さらっと人を気遣う言葉を贈る事、これが出来れば、恐らく龍樹は世紀のプレイボーイになれただろうに、と、それを分かっている門音は口元でふんわり微笑んだ。
 「そうですわね、やはりお日様が翳ってしまうと急に寒くなりますものね…でも、わたくしは、今日は一杯着込んできましたので大丈夫ですのよ?あなたこそ、寒くありませんこと?」
 「俺は大丈夫、いや、門音さんが寒くねえんならいいんだ」
 緩く首を傾げた門音の肩から、引っ掛かっていた黒髪がさらりと豊かな胸元へと落ちるのを見て、わざとらしく咳き込みながら龍樹が視線を逸らした。今日の門音は、言葉どおりに暖かそうな風合いと色合いのカシミアのハーフコートを着込んでいる。襟元から覗くモヘアのニットも、ほんわかと門音の華奢な首周りに纏わりついていて、如何にも暖かそうだ。勿論、幾ら暖かな格好をしていても、外気の寒さを現わすよう、門音の白い頬はぴんと張り詰めて赤く染まった部分がある。まるで、冷たい空気が、容赦なく門音の肌に密着しては、産毛を凍らせているかのようだ。それでも互いに、どこかの店に入って暖まろうと言い出さないのは、きっと自分達の周囲を自分達と同じように歩いている、幸せそうなカップル達に影響された所為なのだろう。二人は繁華街の大通り、街路樹にはイルミネーションが施され、夕暮れでうっすらと明かりが灯る歩道を肩を並べて歩いていたのだが、龍樹と門音以外にも、同じように寄り添いあって歩く男女の姿が目立っていた。さすがバレンタインの週末と言った所だろうか。

 人と同じなんて、格好良くないし、つまらない。そうは思う。でも何故か、大抵の人は恋愛の事に関しては、俗に言う『王道』を進んでみたいと思うキモチの方が先に立ってしまうのだ。それは例えば、クリスマスやバレンタインに、好きな人、気になる人と一緒にいられない事が、世を儚む程に辛い事だと感じてしまうような、そんなキモチ。
 そんなキモチとは、無縁だとばかり思っていたのも、いつまでの事だったのか…。
 「何を考えているのかしら?さっきから黙りこくってばかり」
 柔らかな笑いを含んだ門音の言葉に、は、と龍樹は現実に立ち戻る。揶揄うような門音の声の調子に、気まずそうな顔をしながら龍樹は自分の後ろ髪を自分で掻いた。
 「いや、…考えてっつうか、なんか俺だけ場違いな気がしてさ…」
 「あら、わたくしとこうして歩くのはお気に召さないかしら?」
 勿論、龍樹がそんな事を思っているとは露とも考えていないが、門音は敢えてそんな事を口にする。そうすると、龍樹が慌てたように弁明してくれる事を知っているから、そんな龍樹が見たくて、つい意地悪してみたくなるのだ。そんな門音の想いなど知る由もなく、龍樹は門音が思った通りに、焦った風で片手を横に振って立ち止まる。
 「そ、そんな事はないって!ただ、なんつーか…こう言う雰囲気は慣れてないっつうか…」
 「慣れてないのはわたくしも同じですわよ?…そんな、わたくしがあなた以外にもこんな風に連れ立って街を歩く男性が、居るとお思いなのかしら……?」
 門音の声は、笑み混じりが半分、残りの半分は僅かな不安を滲ませつつも、曖昧に誤魔化して冗談に摩り替えようとしている。不器用なのは門音も同じ、ただ、門音の方が幾分年嵩なのと、女性である分(一般的に、同い年なら男の子よりも女の子の方がおませで大人びているものだから)、龍樹よりも手馴れているように振舞えるだけだ。…時折、妙に大胆になって周りを驚かせるのは、単純に門音の性格故だが。
 だが、今回、その役目は龍樹が担ったらしい。門音の冗談に、また焦るかと思われた龍樹だったが、何故か生真面目な、見ようによっては不機嫌そうな表情になって、少しだけ視線を逸らして唇を引き結んだ。
 「……居たら承知しねえ」
 時折、龍樹には驚かされるというか、ドキドキさせられる。門音は思わず返す言葉もなく、ただ赤く火照る頬を白い指先で押さえて俯いた。

 タクシーで帰れば然程時間も掛からない距離、何故か二人はそうやって肩を並べてのんびりと歩いて帰ってきた。寒い事は寒かったのだが、同じ時間を共に過ごすなら、例えたかがタクシーの運転手とは言え、他の人が介入する事が無い方が暖かく感じられそうだったから。
 門音はさっきからタイミングを見計らっている。コートのポケットに入ったままの手作りのチョコレート、これをいつ渡そうかと龍樹の方を窺いながら歩いて来たのだ。
 そんなの、ハイと言って渡せば済む話なのかもしれないが、それがすっと出来ないのが門音と龍樹らしいと言う所か。寒いからとの名目でさっきからポケットに突っ込んだままの門音の手、その手はずっと、チョコレートの箱を所在なさげに指先で弄ってばかりいたのだった。
 「門音さん」
 「は、はい?なんですの?」
 不意に名を呼ばれて門音は、動揺を表に出さぬように細心の注意を払って返事を返す。それに気付いたか気付かなかったか、龍樹は何でもないような顔で隣の門音を見下ろし、視線がポケットに突っ込んだままの門音の両手辺りで止まった。
 「ポケット。手ぇ突っ込んだままだと危ないぜ?すっ転んで顔でも打ったら洒落んなんないだろ」
 「あっ、あっ、そうですわね」
 慌てて門音は、コートのポケットから手を引っこ抜く。その時、門音の手に引っ掛かってチョコレートの箱もポケットを飛び出し、勢いよく宙を舞った。それはまるで狙い済ましたかのよう、門音の頭上へと飛び、やがて急カーブの弧を描いて落下し、彼女の両掌にことんと乗っかった。
 「………」
 「………。あ、これはですね、その…」
 はい。と龍樹の方へ、そのまま両手を差し出す。俯き加減で目を硬く閉じている門音だったが、その掌から僅かな重みが消えた事を感じ、ようやく睫毛を上げて龍樹を見上げた。彼の手には先程まで門音のポケットの中で鼓動をときめかせていたチョコレート。そして、照れ臭そうな龍樹の表情。
 「……サンキュ」
 ぼそり、とぶっきらぼうに呟く龍樹の顔は、薄暗くてよくは分からなかったがきっと赤らんでいた事だろう。そんな龍樹の様子に勇気付けられたのか、先程までの動揺もなんのそので、門音が爪先立ちをした。
 ちゅ。
 触れたのは頬、そして唇。冷たさだけは感じる事が出来たけど、その感触までは言葉では表現し切れない。
 「…門音さん」
 「あの、あのですね……」
 目前では、真っ赤になって何か躊躇うような門音。それを可愛いなぁ等と呑気に思っていた龍樹だが、次に門音がそう来るとはさすがに予想だにしていなかった。
 「もし、…あの、もし……よ、宜しければですけど…、朝まで一緒に居てよろしいでしょうか、……?」


 的確な返答の言葉は見つからなかったが、断る理由は元より無かった。


☆ライターより
はじめまして、この度はシチュノベの発注、ありがとうございました!ライターの碧川桜です。
バレンタインネタなのに、既にホワイトデーに近い日にちに…と言う訳で、遅くなって誠に申し訳ありませんでした(平身低頭)せめて、す、少しでもバレンタイン当時の気分を思い出して頂ければ幸いです……(汗)
ではでは、またお会い出来る事をお祈りしつつ…お風邪など召されぬよう、ご自愛ください〜。(←自分が引いてるらしい…)