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<東京怪談ノベル(シングル)>


きつねのしっぽ。

 バー「ケイオス・シーカー」店内。
 店内はシックに纏められ、上品な照明器具が暗いとも明るいともつかぬ不思議な光を放っている。
 人も多くもなく少なくもなく……漣のような静かなざわめきが店内に満ちていた。
 そんな中で……カウンターにてカクテルを作る青年に話し掛けている常連客が一人。

「どうです? いい毛艶でしょう?」
 此処までのものは、そうそう買えないんですよ。
 最近じゃあ、本当にお上の方も五月蝿くってねえ……ぶちぶちと、上への批判を続けながらも、その人物は自分が手に入れた最上級の狐の襟巻きを、大いに九尾桐伯へと自慢して見せていた。

(……自慢するなら自慢だけすればいいものを)

 上への不満が余程溜まっているのだろう。
 桐伯は、極力そう考えることにしようとつとめつつ、「ええ凄いですね」と微笑を浮かべ客の言葉に相槌を打つ。
 桐伯自身は、あまり意識していないのだが、いつも微笑を浮かべている様な穏やかな顔立ちをしているので更に微笑を深めた表情は、客に極上の気分を味あわせるのに充分であり、かつ効果的だった。

「良ければ触ってみる? 本当に気持ちの良い肌触りは手放せなくなる程ですよ」
「良いんですか? では……お言葉に甘えて」

 作り終えたカクテルをグラスに注ぎ、差し出すと桐伯は、客ご自慢の襟巻きに優雅な手つきで触れた。
 なるほど、随分と素晴らしい値段がしただけあって触り心地は絶品ではある。

 だが、何かが――

 そう……何かが足らないような気がして桐伯は首を……客に知られぬよう、微かに傾げた。

(…素晴らしい一品の筈なんですが何かがこう……)

 何が足らないかを一瞬考え。
 ふと。
 客が自慢している商品に対し、自分はもっと毛艶も良く、更に――触り心地の良いのではないかと言うモノを知っているような気がした。

(すっごく身近な人物で、子供の外見で……ああ!)

 ぽむ。
 心の中で手を叩くこと一回。

 ひたすら、自慢トークへと切り替わった客のトークも右から左に桐伯は自らの思考を進めて行く。

『人のこと、キツネって呼ぶなあっ!』

 それが口癖で――桐伯自身、酷く懐かれており桐伯本人もまた妹分だと思っている、あやかし荘住人である柚葉――その人物が持っているだろう尻尾……。

(比べてみたいですねえ、触り心地♪)

 と言うより。
 どれだけ柚葉が嫌がっても触らせてもらおうと思う所存ではあるのだが。

 ……さて。
 どう言って丸めくるめたものだろう?

 ……この問題が、実は一番の難問ではあるのだが。



                       ◇◆◇


「…………」

 場所は変わり、あやかし荘。
 ひたすら沈黙している桐伯と、まだ夏ではないのにだらだらと汗を流している柚葉が居た。
 まだ陽は高く、室内には柔らかな光を投げており、ふたりの手元には何故か桐伯が淹れた「八女茶」がある。
 緑茶にしては柔らかで甘く感じる馨りが室内に漂う。
 陽の高い時刻に桐伯が起きている、と言うのも職業柄珍しいのだが、それもこれも柚葉の尻尾を触らせてもらうためである。
「夜でもいいか」等と言う妥協は出来る筈もなく。
 ただ今、無言の交渉中でも、あった。

 ちなみに。

 桐伯自身の名誉の為に言っておくと――彼にロリコンと言う趣味は無く。
 ただ単に、物凄く高まった好奇心から是が非でも柚葉の尻尾を触りたいだけなのだ。

 ……長い沈黙の合間。

「うぬぅ」と柚葉が音をあげたように声を出す。

「どうしました? もう覚悟はつきました?」
「つ、つくわけないじゃん!! 尻尾なんてねえ! …触らせるもんじゃないんだってーーー!!」

 猫だって犬だって尻尾に触られるの嫌がるでしょー?と柚葉は暴れた。
 …室内だから良いものの外で暴れていたら、きっと人だかりが出来るだろう見事な暴れっぷりを見て桐伯は瞳を細めた。
 和やかな光が、桐伯の赤い瞳に宿る。

「柚葉さんは、いつも本当に元気ですねえ♪」
「だぁっ!! 人の話、本当に聞いててんのかーーー!? 嫌だったら嫌っ! 絶対に嫌ーーーー!!」

 じたばたじたばた。
 多分文字を柚葉の行動に書き加えることが出来るなら、そんな文字が行動に浮かんでいた。

 が。

 ――「嫌」と言ったからと言って「そうですか」と返す筈も無いのが人の常…ではなく世の常である。


「…柚葉さん、以前寝ている私ににマウントポジションで乗っかってきましたよねえ」
「ぐっ」
「しかも、起こされて某ネズミ王国のナイトイリュージョン見に連れて行ってあげましたよねえ?」
「うぅっ!?」
「……その時の感謝の気持ちを尻尾で返す――と言うのも良いものではないかと思うのですが……」
「う、うーんうーん……」

 そうなのかなあと考えながら柚葉は唸る。

 まだ「うん、いいよっ」と頷かない柚葉に桐伯も「それなら」と妥協案を出す。

「じゃあ、こうしましょう。次の休暇には私は寝るのも返上して朝から夜まで某ネズミ王国に付き合います。その前賃代わりと言うのは如何です?」

 突如。
 瞳をきらきら輝かせ――柚葉は大きな声で「うん!」と叫び……尻尾が喜びのためか、ぱたぱたと揺れた。
 まるで子犬のような笑顔に瞬間、桐伯は幼い頃の思い出を一つ補完してもらったような気がして、いつもとは違う笑みが零れてしまったが……柚葉自身は、気付いてはいないようだった。

(……本当に、こう言うのもね)

 兄妹のような会話をしていると、少しずつではあるけれど過去の何かが浄化されていくような気がして桐伯自身に悪くは無い感情をもたらしてくれる。

 そう言う意味でも――桐伯は柚葉の事を「妹分」と考えているのかも知れず。

「触ってもいいよ♪」と言う柚葉の言葉にいつもの微笑を向けながら「有難うございます」と礼を言い、触れる。

 無論柚葉は座っているので桐伯自身が移動して、ではあるけれど。

ふんわりした手触りが手に気持ちよく思わず、自らの頬にも尻尾を持ってくると更に優しくあたたかな感触が頬へと触れ―――。

(…こ、これは…やはり想像通り、最上級以上の一品!)

 自分の想像に間違いは無かったか…と、桐伯はうっとりと柚葉の尻尾に未だ触り続け――終いには。

「ね、もう良いでしょっ? くすぐったいよ〜!!」

 と、言う柚葉の叫びが、あやかし荘全体に聞こえたとか聞こえなかったとか………。


 後日。
 バー「ケイオス・シーカー」にて例の常連客から「あの襟巻き、伝手がありますし良ければ一つお譲りしましょうか?」と言われたが、桐伯はにっこりと。

「いいえ、私には私の――最上級の襟巻きがありますので」
 そう――微笑を深めたと言う。






・End・